非倫理的な部品
大学へ続く山道。公平はエックスに怒鳴っていた。
「絶対一週間だからな!それ以上家に置いておくなよ!絶対!」
「分かってるってばあ……」
うんざりした表情で返事をする。公平の怒りはエックスが虫かごに捕まえている女子高生三人組についてだ。事情は分かった。エックスの考えも理解した。それはそれとしてやっていることが誘拐。拉致監禁。当然だが犯罪である。その上相手は警察組織の上層部の娘。同じ家に住んでいる自分も罪に問われるかもしれないとヒヤヒヤものだ。
「大丈夫だよ。あの子らの家には人形が生活してるし。普段通りの暮らしをしている。いなくなったことに気付きやしない。あの子たちが家に帰って親御さんに訴えたところで困惑するだけさ」
「だからってやっていいことと悪いことがあるだろっ。警察が捕まえにくるかもしれないんだぞ」
「まあそうなったらやっつけるしかないねー」
「力で黙らせようとすんなっ!」
公平の一喝にエックスはむっとした表情で返す。
「な、なんだよ」
「……むー。別に公平の目に届かない部屋に置いてるんだしいいじゃないか」
彼女の言う通りで、女子高生たちの入った虫かごは物置の棚の上に置いてあった。当然扉は魔女が使うためのものであり、公平では魔法を使わなければ開けることも入ることもできない。意図しない限りは絶対に入ることはできない。
だがそういう問題ではないのだ。公平は一度ため息をついて答える。
「そりゃあ俺はその女の子たちを見てないけどね。あの部屋の扉なんか異様な妖気が漂ってる気がするんだよ」
「そんなもんないよ」
「気分の問題。……まあ、それはそれとして。さっさと械人が見つかってよかったよ」
「そうね。ふふっ」
上着のポケットをまさぐって、縮めた械人を取り出す。前回のものよりも破損している箇所が少なく、調査にはうってつけだ。
「今日は峰崎クンとも予定合わせたし……。さっさと引き渡そう」
「ん。そうだね」
「そうしたら帰れよ?」
「え。なんでさ」
「家に置いてきた三人が心配だからだよ!」
「別に虫かごの中から出られやしないのに……」
「だからこそ恐いんじゃねえか。追い詰められて自分の命を……ってこともあるだろ」
「だから大丈夫だってば」
レスキュージュエルの類似品を虫かごの近くに置いてある。何か中の三人に起これば、ジュエルが砕けてエックスに連絡が行く仕組みだった。
「仮にそうでも万が一ってこともあるだろ」
「もうっ。分かった分かった。ちゃんと見張っておくよ」
渋々といった調子でエックスは公平の言い分を受け入れる。本当に分かってくれているのだろうか。公平は少し心配になった。
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峰崎たちと合流した公平とエックスは、彼の提案で現在使われておらず、また人が入ってくることもないであろう講義室に場所を変えることにした。理工学棟の一番上層階。5階の一番端っこの講義室。仮に暇つぶしの学生であってもここまで来ることはないと思われる場所だ。
SF研の三人が見守る中で、エックスはポケットの中から破損した械人を取り出し、元の大きさに戻す。その姿がはっきり見えるだけのサイズになったところで、峰崎がおおっと驚嘆した。
「っていうか戻す必要あったの?取り次いでくれれば俺かエックスがT大に……っておい」
峰崎は公平の言うことなど聞こえていないかのように械人の腕を持ちあげたり、首を動かしたり、上体を起こしてみたり、腕を引っ張って伸ばしてみたりする。見ると田母神や朱音も興味津々といった様子だった。
「流石T大卒……。専門外だろうにこういうのやっぱ気になるんだな」
「そんなんじゃない。いや。驚いた。写真で見たときは半信半疑だったが。まさか本当に」
「あン?どういうことだよ?」
「こうして完成品が見れるなんて。あんなものどうやって作るんだと思っていたが……。明石先輩の設計通りだ」
「は?」
「明石先輩?」
エックスと公平は同時に顔を上げて田母神に目を向ける。彼女は二人の視線に気づくとこくりと頷いた。
「明石四恩って知ってる?T大のOBで、ここの教授だったこともあるんでしょ。峰崎の入ってた研究室で沢山の成果を残した人なんだけど」
彼女の説明に二人は言葉を失った。当然知っている。知らないわけがない。その明石四恩を二人は追っているのだから。
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T大在籍時代の明石四恩はいくつもの論文を書き残していた。一つ一つが革命的な発見・理論を記したものだったという。大学を去った後は民間の研究機関に就職したらしい。そのうちの五つはそれぞれ異なる独自言語で記述されており、評価不能となって封印された。
「そいつを教授に見せてもらった俺はコピーを取って、翻訳した。解読には田母神や朱音……それからT大の同期総動員でやって、うち三つの解読に成功したんだ」
「あれは面白かったな……。学部の枠を超えて一致団結って感じでさ。T大のころに一番楽しかった思い出かも。……あ、いや。一番は二年生の時の夏旅行かな?」
「そんなことより!じゃ、じゃあお前、明石四恩のことを知って……」
峰崎は首を横に振る。
「論文のこと以外は知らないコトだらけだよ。それもあって俺はこっちに来たんだ。一番はエックスさんの近くに行きたいってことだったけど。次点で明石先輩の研究室に入れるかも、と思って」
そう言うと、少しおいて『そうか』と呟く。明石四恩について知っていることは包み隠さず話していた。大学教授であった明石四恩は公平たちとの戦闘の末に海に沈んだことも、その後どういうわけか蘇り、現在目下敵対中であることも。
「……そういうことなら。これはT大に送らない方がいい」
「えっ」
「な、なんでだよ」
「理由は二つ。一つは送っても無駄だから。あの人の論文の翻訳データは俺が持っているだけで他には出回ってない。下手なところに流れるとやばいと思って、みんなで相談してそういう管理にした。だからコイツを調べる技術が今のT大にはない。調べてもらうには俺の持っているデータを教授連中に渡す必要がある。それはちょっと、リスクが大きい。そういうことなら俺はしない」
「もう一つの理由は?」
「悪用されないように」
その一言で公平とエックスは峰崎の言いたいことを理解した。械人は現在の機械工学技術を超えたもの。悪用される可能性はゼロではない。T大の技術力で解析出来てしまった時の方が、峰崎には恐ろしい。
「……ちっ。また手詰まりか」
「さてどうするかな。このまま呑気に械人と戦って、明石四恩が出てくるのを待ってても仕方ないしなあ……」
悩んでいる二人を見かねてか、田母神が峰崎に言う。
「何かないの?ほら。アンタが調査するとか」
「できないことはないけど……」
「マジで!?」
「……信用も期待もするなよ?」
「いやいや。信用も期待もするさ。なあエックス」
「うんっ!」
「……じゃあ俺の家に送ってもらって」
「任せろ!」
峰崎の家まで続く空間の裂け目を開けて、その向こう側に械人を押し込む。裂け目を閉じる前に峰崎が『ちょっと待って』と言った。裂け目の中に入って自宅に帰ると、ノートPCを持って戻ってくる。
「明石さんの論文データはここにある。解読できた三つの概要だけ伝えておこうと思うんだ。あの人の設計した械人の完成品が襲ってくるってのは意図的なものを感じる」
言いながら峰崎はPCの奥底にあるフォルダを開いた。大量の画像が入ったフォルダ。サムネイルだけで巨大な女の子が街に対して下品に蹂躙しているのが分かる。
「ね、ねえこれ……」
「あっ。間違えた」
「おいっ!」
「悪い悪い」
「コイツこわっ……」
己の性癖をさらけ出しても一切動じない。その姿に公平は畏怖を覚えた。
峰崎は再度PCを操作し、フォルダの階層を進めていく。途中でさっきと同じような性的な画像ファイルの詰まったフォルダに行きついた。いい加減にしろと公平もエックスも怒ったが、峰崎曰くこれはフェイクらしい。
「こんな画像の入ったフォルダの中に重要データがあるとは思わないだろ?」
「お前な……」
「さて。あった」
翻訳された論文のpdfファイル。それぞれに付けられた名前は、『械人』・『機械天使』・『魔女』。
「魔女の論文は未完成だった。けど、さっきの話を聞く限り、今ではもう完成しているかもな。どうにかして手に入れたいもんだ」
「私欲のためかよ……」
「械人と魔女は分かるけど。機械天使ってなに」
「ああ。これはですね」
ファイルを開いて、下にスクロールして、途中に張り付けられた画像を見せる。
「簡単に言うと、機械でできた巨大怪獣だよ」
「あっ。これアレだ」
「ああ。アレか。……アレも明石四恩の仕業だったの!?」
公平とエックスの反応にSF研の三人は訝しがる。
「アレとは?」
「異世界に現れた怪獣。やっつけてほしいって言われて、助けを求められたからやっつけたことがあるんだ」
「……え?」
「そう。そうなるよね。まさかこいつももう動き出してたなんてさ」
「なあ?」
「……ああうん。そう、ですね」
言いながら田母神たちは互いに顔を見合わせる。彼女らは機械天使に関する論文をすでに解読している。それ故に機械天使の理論上の設計も知っている。その上でこれは絶対に再現不能と判断していた。技術面以上に大きすぎる問題がある。
(機械天使には、ある部品が使われている。その部品のおかげでこいつは勝手に動いて、自分で判断して、破壊活動を行える)
とても部品として定義していいもの。エックスには絶対に告げられない。機械天使を倒したということは、必然的にその部品を破壊したということなのだから。論文を読まれないようにファイルを閉じる。
非倫理的な部品。その名前は──人間。




