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械人を調べよう

「さて、と」


 ミサを襲撃した械人。その躯体の部品。ようやく回収することができた。エックスの家のリビングのテーブルで寝かされている冷たい襲撃者を公平は見下ろす。エックスに踏みつけられたことで激しく損傷してはいるが、それでもこれまでの械人のように、ネジ一つ残らないほどに壊れてしまったわけではない。

 残った部品は上半身。そのうち右肩は三日月のように抉れていて、そこから右手の指の先までは回収できなかった。元々は公平と同じ姿をしていたのだが、大ダメージの末にそれもほとんど残っていない。人の姿をしていたと予測できる部分は左手の人差し指の第一関節まで。そこから先は化けの皮の中身である無機質な素体がむき出しになっていた。髑髏のような顔面と光を失った瞳はどこかグロテスクに見える。公平はもう動かない械人の胸に手を乗せた。


「俺たちの手がかりはこいつしかない」


 公平はエックスを見上げた。彼女も無言で頷いている。今の明石四恩は魔法も異連鎖の力も持っていない。完全なるゼロだ。それ故に気配を探ることができない。彼女を見つけるには、彼女が残した痕跡の一つ一つを辿って、追い詰めていくしかない。


「ここから明石四恩にたどり着くんだ」

「うんっ。早速調べよう」

「よし!……で、どうするんだ。これどうやって調べるんだ?」

「そりゃもちろんっ!……ん?あ、いやもちろん……」

「……もちろん?」

「……えっと。WWに……」

「WWはスパイがいるかもって吾我が……」

「……公平なんかそういう研究機関って知らない?」

「知ってるわけないだろ……」

「……え?じゃあ詰み?」

「……」

「……」


 情けない。公平もエックスも何も言えず、ただただ横たわる械人を見つめることしかできなかった。数分後、公平が力ない声で口を開いた。


「……今日ゼミだから。学校行くね?」

「あ、うん……。……ねえボクも行っていいかな」

「……いいんじゃないかな?」


 公平にもエックスの気持ちが分かった。なんの宛てもないままに、これしかないと信じて手に入れた械人の残骸は、今のままではただのガラクタになる。それを痛いくらいに突き付けられるこのいたたまれない空間に一人で居たくないのだ。


--------------〇--------------


 大学に来たのはいいけれど、公平のゼミに潜り込むわけにもいかない。仕方がないのでエックスは図書館で本を読んだり、適当な講義室に潜り込んで授業を利いたりしていた。やがて昼休みになったので、公平と合流して食堂へ行くことに。


「エックス何食べる?」

「えーっとね。うどん」

「じゃあ、俺ラーメン」


 昼休みの学食は人が多い。座れる場所の確保ができないと立ち食いになってしまう。幸い、今日はちょうどよく空いているテーブルがあった。エックスと公平は向かい合って椅子に座る。


「いただきまーすっ!」


 エックスの箸がうどんの麺を持ち上げる。箸を口に運び、つるつると音を立てながら麺を啜っている。外国人は麺を啜って食べる行為に抵抗があると聞くが、エックスはそんな様子はない。おいしそうにうどんを啜っている。


「田中クンとか田母神サンは?」

「んー。田中は学食が混むからイヤだって。田母神は授業料免除の申請で学生課に行くってよ」

「へー!田母神サンそんなのやってるんだ!公平も申請すればいいのに」


 エックスが言うと公平は首を横に振って答える。


「申請したけど落ちたんだよ」

「そんなに成績よくないことないでしょ」

「田母神と比べたら悪いよ。それにこういうのって家計も考慮に入るからさ。俺の場合はほら。バカみたいな収入があるから」

「あー……」


 数年前に当選した宝くじ。配当金である億単位のお金は、まだほとんど手つかずの状態で銀行口座に保管されている。


「ああいうのがあると免除申請は通らないんだろ。多分。平均年収くらいの家計ならともかくさ。金あるんだから授業料払えやってコト」

「なるほどねえ」

「まあその中でも全額免除貰ってるんだから田母神はやっぱすごいよ。俺はせいぜい半額免除だったからなあ。T大生は俺なんかとはレベルが違う」

「でも今は同じ学校に通ってるわけじゃないか」

「アイツらはお前を追いかけて来たんだろ。でなきゃわざわざT大からウチみたいなところに……。ん?T大?」

「どうかした?」

「……械人の部品さ。T大に調べてもらえないかな」

「……あーっ!その手があったか!」


 WWには頼れない。民間の研究機関には当てがない。自分たちでは手詰まりだった。ならば人の手を借りるしかない。田母神たちに協力を仰ぎ、日本最高学府であるT大に調べてもらえば、何か分かるかもしれない。


「そうとなったら!」

「急ごう!」


 言うや否やエックスと公平は同時に目の前のどんぶりを睨んで、急いで麺を啜り始める。田母神は今、学生課にいる。もしかしたら彼女と合流できるかもしれない。


--------------〇--------------


「……はあ。この写真に写ってる、この……何この……。残骸?を調べてもらえばいいの?」

「そう!」

「んー……。まあいいけど……」


 田母神は公平のスマートフォンに保存された械人の写真を再度見た。そうしてもう一度『いいけどさ……』と呟く。


「なんだよその……煮え切らない感じ」

「こんなのT大じゃなくてもウチの工学部に調べてもらえばいいんじゃないの?」

「あっ!それでもいいのか!」

「いやいやいや!一番いいところに頼んだ方がいいから!」

「そんな変わらないでしょ……」

「いや!T大の方がいい!っていうかウチは信用ならん!」


 田母神は呆れた顔で公平を見つめて、一度ため息を吐いて、械人の写真を自分に送るように言う。


「こういうのは私より峰崎に頼んだ方がいいと思う。彼、工学部の方にも顔を出してたから。私から送っておくよ」

「ありがとう!助かった!」

「ホント!ありがとう田母神サン!」


 エックスが田母神の手を取った。緋色の瞳に見つめられて、田母神は少し顔を赤らめて目をそらすと、『あまり期待しないでくださいね』と答えた。

 田母神の連絡に峰崎はすぐさま返事を送ってきた。『エックスさんの頼みならば喜んで』と『この後実験だから後は明日話そう』と。


--------------〇--------------


 そして。厄介ごとを解決できて、うきうき気分で帰宅したエックスと公平は机の上を見て愕然とすることになる。


「ない……!なんで械人がいないの!?」

「う、嘘だろ!?ちゃんとぶっ壊れてたじゃんか!」


 エックスの肩の上から飛び降りた公平は机の上のあちこちを探してみる。何か痕跡がないかと四つん這いになって目を凝らして。エックスはエックスで机の下に落ちたりしていないか確認をする。もしかしたら何かしらの理由で再起動し、この家の機器を材料にして自己修復したのではないかとも考えた。しかしながらそれらしいものはどこにもない。テレビもエアコンも洗濯機も冷蔵庫も、どれもこれもがまともな家電に見える。


「ホントかー!ホントにお前はボクの電子レンジかー!?」


 電子レンジをぽかぽかと叩きながら声をかける。当然のことのようにレンジは何も答えない。レンジの扉を開けて中を見たり、何も入っていない状態でボタンを押して、無を温めたりして疑いの目を向ける。

 そうこうしているとリビングで公平が声をかけてきた。


「エックス!ウチからなくなってる家電とかないか!?」

「多分ない!家電から直ったなら家の中にいるはずだ!」

「くっそー……今になって爆発したのか?でもそんな痕跡どこにも……」

「だよねー……。公平そっちは……。危ない上だ!」

「上?」


 顔を上げると照明が今までに見たことのないほどに強烈な光を放っていた。と、思った次の瞬間に、照明が光線を放つ。


「うおおっ!?」


 魔法を発動する一瞬すらなかった。やられた。そう思ったけれど、いつまで経っても意識の断裂は起こらない。恐る恐る目を開けると、暗い。何かに覆われている。その何かにはわずかな隙間があって、そこから強い光が漏れ出ていた。エックスの手である。公平よりも光線よりも早く、空間の裂け目を開いたエックスはそこに手を突っ込んでいた。こうして公平を守るために。


「あっ。光が消えた……」

「やってくれたなっ!」


 エックスの声が聞こえる。かと思うと手が引っ込んで、外の景色が見えるようになった。同時にどすんどすんという足音が響いてくる。エックスが『未知なる一矢』を構えてリビングに向かって走ってきていた。


「照明のくせに調子にのるなよ!」


 そうして。リビングに飛び込んできたエックスは照明に向かって矢を放つ。突き刺さった矢に膨大なエネルギーを流し込まれた照明は、果たして爆散することとなった。


「ふうっ。怪我はない?公平」

「俺は平気だけど……。エックスの方こそ」


 心配する公平に、エックスはにっと笑って手を見せる。


「ボクを舐めてもらっちゃあ困るな。あの程度へっちゃらさ!」

「よかった……はあ……」


 ほっと胸をなでおろして安堵する。


「けど。せっかくの械人が壊れちゃったね」

「いいよ……また捕まえよう。無事なら何でもできるさ」


 言いながら公平はスマホを取り出して、田母神に械人が壊れてなくなったことと謝罪の連絡をする。


「なんか埋め合わせしてやらないとなー……」


 昼飯を奢ったくらいで許してもらえるだろうかと、公平は考えてみた。

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