子供の世界・後編
「その後は?」
「謝ってきたから許した。それから事情を聞いて……」
「ふんふん」
「なんでも子供の世界はAIが人口を管理していて、定期的に培養液から子供が生まれるんだけど……」
「待った待った」
急にアクセルを踏み込まれると理解が追い付かない。
「アイツ等培養液から出てきたの。すっげえな」
「管理AI・ノイズVer2.82010はそうやって常に一定の人口を保っているらしい」
「管理AIの名前長っ」
「横やりを入れるなっ」
「ごめん」
「……で。14歳になった子供を殺して、殺した分だけ産む」
「ええ……」
エックスの話に聞いた魔女の世界よりもよっぽどディストピアではなかろうか。これで社会が成立するのか不思議だった。だがノイズはこれが最適な世界の形であると判断したのである。それに従い14歳以上の子供は処分されてきた。その結果として、子供の世界の安寧は保たれてきたのである。
「だけどノイズに異常が起こった。……というか起こっていたんだ。十年とちょっと前に生まれた二人の子供がミュータントで」
「ミュータント?」
「飛んだり炎を出したり……色々出来るんだって」
魔法使いみたいだと公平は思った。
「暴れ回って手が付けられないらしい。SOSのつもりでありとあらゆる世界の、とにかく強い反応を探してまわって、一番強かったボクの所に来たんだって」
「当たりを引いたんだかハズレを引いたんだか」
「どういう意味だよ」
「いやべつに。それで?」
「それでとは?」
「助けにいくの?」
言うとエックスは目を閉じてうんうん唸った。暫くそうして。それから小さな声で「行く」と答える。公平はクスっと笑った。
「じゃあ、手伝うよ」
「嫌な思いするだけだよ」
「二人なら大丈夫だよ」
エックスは一瞬目を丸くしてそれから微笑んだ。
「そっか。そうだね」
「そうそう」
そうして二人はくすくす笑った。同時に『子供の世界』に通じる道が開く。
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爆発音が響く。高層ビルがへし折れて、道を砕いた。住民である子供たちはあっちへこっちへと逃げ回っている。
空には二人の少女が浮かんでいた。彼女たちはミュータント。二人が引き起こした子供の世界に対する破壊活動が街を焼いた。もう動かない子供の身体が燃える。瓦礫の隙間から血が流れていた。
エックスと公平は、そんな世界に現れた。辛うじて無事だったビルの上。二人のミュータントは最初に現れた子供よりも大人っぽく見えた。中学生くらいの背丈。ツインテールとロングヘアのかわいらしい見た目。そして地上は、そんな二人には似つかわしくない地獄のような光景となっている。公平は言葉を失った。
「予想以上だね」
エックスは淡々と言う。彼女は人間大の大きさになっていた。行先は子供しかいない世界。必然的に戦う相手も子供である。子供と戦うのに魔女の身体は乱暴すぎると思ったのだが、認識を改めた。
「さっさと終わらせるべきだね。元の大きさに戻るよ」
これは魔女の世界で起きた人類に対する殲滅行為に近い。その時ほど大規模ではないが、どこかにそんな気配を感じた。
「俺はどうしたらいい」
「一緒に居てくれればそれで」
そう言うとエックスはビルの縁に走っていきそのままぴょんと飛び降りた。真下から放たれる強い輝きに思わず目を覆う。巨大になった彼女の足が地面に着き、地面を揺らした。そして巨体が立ち上がる。先ほどまで居たビルの屋上は胸元よりも低い位置にある。そこにいた公平を摘まみ上げて肩に載せた。
「さて。行こうか」
二人のミュータントは唖然とした顔でエックスを見ていた。そこへ向かってずんずん歩んでいく。一歩進むたびに道が割れて、大地が震え、足元の子供たちが逃げまどう。
無造作に進んでいるようで建物が壊れることも子供を踏みつぶすようなこともなかった。エックスはあらゆる事象を自由に操作することができる。その気になれば彼女一人で一等の宝くじを買い占めることが出来るし、大型トラックに真正面から轢かれた人間が無傷で生還するという奇跡だって自由に起こせる。その力のおかげで彼女は安全に歩いていける。
だが子供の世界の住民にはそんなことは分からない。無表情で足元を気にせずこちらに向かってくる巨人は、ミュータントよりもずっと凶悪な破壊の権化に見えた。大人の姿だからと笑うことも出来ず、力なく見上げていた。
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「な、なにあれ?」
「分かんない……」
突然現れた巨人。二人のミュータントは困惑した。巨人は明らかに自分たちを見ていて自分たちに向かってきている。
「……大人だね」
ツインテールのミュータント、リゼはぼんやりと呟いた。
「……やるよ。リア!」
「う、うん!」
迫りくる巨人を鋭く睨み、同時に光弾を放つ。攻撃を受けた巨大な身体は黒い煙に包まれた。一瞬、勝ったと喜びそうになる。だが。
「え……」
「うそ」
煙の向こうから平気な顔で更に進んでくる。彼女の身体を傷つけることは出来なかった。服を汚すことすら叶わない。生物としての格の違いに無力感を覚える。それでも二人は攻撃を続けた。どうにかして倒すと必死に、折れそうな思いを奮い立たせて。そんな彼女たちの想いの乗った攻撃だが、巨人は避けたり防いだりせず、ただ悠然と受け止めて進んでくる。
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「……ふうん」
「ああ。これってやっぱ」
「そうだね。魔法だコレ」
まあそんな気はしてたけど、とエックスは呟く。何もない所から炎や光弾を出す力。その正体が魔法であると推測するのは不自然なことではない。
そして、力の正体が魔法だからと言ってどうということはない。二人のミュータントの魔法使いとしてのスキルは決して高くない。エックスにしてみれば、二人はただ力が使えるというだけだ。はっきり言えば弱い。
何度も何度も放たれた攻撃も涼しい顔で受け止めて、遂に二人の目の前に至る。攻撃の勢いはなおも増しているが、まるで通用しない。僅かな痛みを与えることもできない。
エックスは大きく開いた手を掲げた。そこにほんの少し勢いを乗せて振り切る。ミュータントたちは巨大な平手打ちに叩き飛ばされた。
エックスは肩にいる公平に、二人をふっ飛ばした手を覆いかぶせる。
「飛ぶよ」
「うん」
公平を置いていかないようにその手に握って、地面を蹴って空を飛ぶ。自ら叩き飛ばした二人を追いかける。
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猛スピードで吹っ飛ばされたリゼとリア。不思議なことに身体に傷はない。それでも身体中が悲鳴を上げていた。痛みに耐えるようにして、リゼはリアの右手を握りしめる。そのまま自分の右手を彼女の左手に伸ばして、覆いかぶさるような姿勢になった。
「まだだよ。まだ生きてる。このまま逃げれば……」
「そうだね。まだ終わってなんか……」
その瞬間。二人を暗い影が包んだ。リアはその正体を見てしまった。ついさっき自分たちを叩いてふっ飛ばした巨人。どこかほっとしたように微笑む。
「まだ生きてるね」
巨人はスピードを上げて二人を追い越していく。かと思うと急上昇して、止まった。右足を二人に向けて落ちてくる。まるでスローモーションみたいに見えた。近づいてくる靴の裏の凸凹まで脳みそに刻み込まれる。もうすぐ踏みつぶされると分かっていて、そして逃げることは出来ないということも分かってしまった。地面と水平に飛ばされていた身体に巨人の靴が押し付けられる。二人を吹き飛ばすベクトルすらねじ伏せる巨大な質量が彼女たちを押しつぶしてきた。
辛うじてつま先から顔を出すことが出来た。そこから覗ける巨人の表情はどこか切なげで、思わずリゼは文句を叫んだ。そんな顔するくらいならこんなこと止めろって。しかしそんな小さな声は、巨人が地面に蹴りこんだ瞬間の爆音にかき消されてしまった。
「まだ生きてるね」
靴のつま先から顔だけ出す二人の子供。どちらとも怪我はなく、当然死んでもいない。
事象の操作で二人を死なないようにしてはいたが、何かミスが起きたりはしないだろうかと内心ビクビクしていた。普段使い慣れていないのだ。靴の下でそれでも元気に生きている姿にほっとした。
そこでもう一度、公平を肩に載せる。
「ここまで。これ以上やったってボクには勝てないって分かるだろ。これでおしまいだ」
2人は必死にエックスの靴を叩いて抵抗している。そのほんの少しのを、彼女は敏感に感じ取っていた。まだどこかで心は折れていない。その最後の支えをも踏みにじるように言い放つ。
「言っておくけど。キミたちが生きているのは偶然でも奇跡でもない。ただボクが殺さないようにしていただけだ」
抵抗が止まった。奇跡や偶然は二度起こらない。再現された時点でそれは偶然ではなく必然である。
その気になれば、この世界に入った時点で二人を殺すことも出来た。ただしなかっただけだ。最初から二人の命はエックスの手の平の上にあったのだ。
彼女の肩の上で、公平は唾を飲みこんだ。力を使った時のエックスはやはり圧倒的だ。これでも全然本気ではない。一度戦ったから分かることだ。
公平の様子に気付いて、エックスは小声で話しかける。
「こわい?」
「ホッとしてる」
「……なんで?」
「なんでだろう」
公平の返答に苦笑いして、足元に目を向ける。二人のミュータントの顔を見下ろす。その様子にエックスはどきっとした。公平は彼女の肩から身を乗り出し、視力を強化して真下を見てみた。
「あ、泣いてる」
「ち、ちがっ。ボクはそんなつもりじゃ……。ごめんて!ちょっとやりすぎたよ!」
足を離して腰を落として顔を近づける。ツインテールのミュータントが口を開く。
「どうして」
同時に、その全身から魔力がほとばしる。エックスは咄嗟に距離を取った。公平の表情が険しくなる。
「アタシたちは生きたいだけなのに!」
この感覚を公平もエックスも知っている。改めて、失敗したなと反省する。
「本当にやりすぎたみたいだ。もうちょっと適当なところで済ませるべきだった」
「けどしょうがない。こうなったらもう」
感情の爆発。魔力の暴走。それらが引き起こす人間の進化。魔女への覚醒。太陽のような発光と共に、その巨躯を手に入れた少女が大地に立った。
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リゼは今何が起きたのか、理解しきれずに一瞬茫然とした。まず裸であることに気付いて、赤面しながら”力”で服を作る。それから周囲を見回した。自分よりも背丈の低い建物だらけ。さっきまで自分を踏みにじっていた巨人が普通の大きさに見えた。大人だからか彼女の方が背丈は高いけれども。足元小人が逃げ惑う。そこで自分が大きくなったことを理解する。
「は、ははは」
思わず笑ってしまった。何が何だか分からないけれど、だけど一つだけ分かった。
「これならアンタとも戦えるよね。リアを守れるんだ!」
一歩前へ。右足を上げる。同時に緋色の瞳の女が慌てたように言う。
「危ないっ!友だちを踏みつぶすよ!」
ハッと地面を見下ろす。そこにリアはいない。
「何を言って……」
顔を上げた時、目の前に彼女が迫ってきていて、そのままリゼの左足を崩した。支えるものが何もなくなって倒される。組み伏せられ、四肢を抑え込まれて身動きが取れない。
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「こ、この……!ズルイ!こんなの……!」
ミュータントを抑え込む。魔女になったとはいえ足元にいる仲間は大切なはず。と、なれば一番スマートな戦い方はコレだ。
彼女を倒すのは簡単である。だが先ほどの叫びを聞いて、話をしてみたくなった。だから公平にもう一人のミュータントを助けに行かせた。魔女になった彼女が我を取り戻し、動き出す前に。そうすればきっと引っ掛けることが出来る。
「ねえ」
「離せっ!」
「キミは今、何歳?」
「……っ!」
そこでエックスは確信する。
「もしかして、だけど。キミもあの子も、もうすぐ14歳だったりする?」
少女は目を逸らした。もう一人のミュータントも、同じAIによって作られた命。ある意味で二人は姉妹で、そしてきっともうすぐ死ぬことになる運命を背負っていた。
子供の世界では14歳になった時点で管理AIノイズにより抹殺される。だが二人は生きたいと思った。そして、何の因果かそんな少女たちに魔法の力が与えられた。その力で死の運命に抗った。彼女たちは彼女たちなりに世界と戦っていた。
「ノイズがいる限りアタシたちはずっと追われる。アレを壊さなきゃアタシたちに自由は来ない」
「……そう」
エックスは逡巡して、手をかざした。ミュータントの身体が緋色の光に包まれて、巨大な魔女から人間の姿へと変える。戸惑う彼女を手に包んだ。それから公平を呼びだす。彼はその声にすぐ戻ってきた。
もう一人の少女も連れて。彼女を同じ手に握りこむ。
「けどボクは。キミたちを止めてほしいってお願いされてきたからさ」
そう言って二人を放り投げた。その目にはもう慈悲はなく、冷たく輝くばかりである。
地面にいる子供たちは、ミュータントの2人の悲鳴を聞いた。
「悪いね」
そして。回し蹴りで二人を思い切り蹴り飛ばす。身体がバラバラに砕けて、肉片が飛び散った。血が地面を濡らす。
その光景を見ていた住人たちは、彼女の持つ力に震え上がった。
エックスがぱちんと指を鳴らす。それと連動するかのように雨が降り出して、街を包む業火を消していく。
「これで終わりだ。二人のミュータントの排除。頼まれたことはやったよ。だけど。あんまり楽しくなかったし不愉快だった。もう二度とこんな世界には来ない。次に来ることがあるなら、それは全部を踏みつぶす時だ」
誰も何も言えなかった。この世界では相手をすることも出来なった二人のミュータント。それが殆ど何もできずにこの巨人に殺された。これ以上関わりたくない。
「じゃあね~」
にっこり笑いながら言い残して。子供の世界を去っていった。
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自分の部屋に戻ってきたエックス。肩に載せた公平を机の上に下ろして問いかけてみる。
「いっそ。ボクがノイズを壊しちゃえばよかったのかな」
公平は少し考えて答えた。
「どうかな。それはあの世界の人間が決めるべきことだと思う」
「……ううん。ねえキミたちはどう思う?」
そう言って机の上で手を開いた。ミュータントたちが降りてきてエックスを見上げる。彼女は二人に笑いかけた。
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この子たちを助けてもいいかな、と。エックスはそんな風に思った。初めに魔法で2人にそっくりの人形を作る。材質は人間のそれと殆ど同じ。そこに悲鳴を上げる機能だけ与えただけの簡単なものだ。あとは子供の世界の住人に見せつけるようにして人形を破壊すれば、住民もAIも二人は「死んだ」と認識するはず。
「これで私たち自由になったの?」
「本当?アタシもリゼも、生きていていいの?」
「リアと一緒に生きていていいの?」
「ああ、そういう名前なんだ」
公平が呟いた。思えば二人の名前も知らなかった。
エックスは手を取り合ってはしゃぐ二人を微笑ましく思いながら見下ろす。
「これで解決だね」
「それで。この二人どうするんだ。ウチで預かるのか?」
「それだって考えているよ。もっといいやり方があるからさ」
エックスはニシシと笑った。
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エックスは魔女の世界へ赴いた。リゼとリアを連れて友達の魔女であるヴィクトリーの元へと向かう。
「あらいらっしゃい。ふうん。その子がさっき言ってた」
リアもリゼは困惑しながらヴィクトリーを見上げる。金色の瞳が優しく微笑んだ。
「大丈夫。事情は聞いてるから」
二人の人形を蹴り飛ばす直前。エックスはヴィクトリーに連絡を取っていた。子供の世界の事情を伝えた上で、二人を連れていってもいいかと。
ヴィクトリーには人間の子供を育てた経験がある。血のつながりは無かったが、それでも彼女は母親だった。きっと、自分が預かるよりもずっと上手くやってくれる。
二人を助けたいと思ったのはヴィクトリーも同じだった。だからエックスからの突然の頼みも快く引き受けることが出来た。いくら彼女でも、あてもないのに子供の世界から連れて帰るほど無責任ではないのだ。
ヴィクトリーにリゼとリアを託した後、エックスは自分の部屋へ続く裂け目を開いた。バイバーイと手を振って去っていく。何が何だか分からずに置いていかれて、二人は困惑したていた。
「……なんなのあの人」
「さあ……」
ヴィクトリーはクスっと笑った。勝手に連れ出して勝手に放り出して。自分勝手で自由気ままでまさしく魔女らしい。そういう存在にあのエックスがなったということがちょっとだけ可笑しかった。