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何かが引っかかる

「もしもし?吾我クン?いなかったよー?そのカルマンってヒト」


 一軒一軒しっかり確認した。魔力やキャンバスの気配まで探って、隠れている者がいないこともチェックした。それでも組織の首謀者であるカルマンを見つけることが出来なかった。吾我からはこの街にいると聞いていたが、現実は違っている。そのことをエックスは彼に報告した。


「もう他のところに逃げたんじゃないの?」

『かも、な。エックスに見つけられなかったなら、いないんだろうな』

「うん。そういうことだよね……。それじゃあ、捕まえたヒトたちはみんな檻の中に入れておいたから。後はお願いね」

『ああ。後のことはこっちでやるよ。じゃあな。助かった』


 吾我との通話が切れる。久々に思い切り遊べてスッキリだ。エックスはその場でジャンプして、上空に浮かべている檻をキャッチする。檻の中は組織の構成員でいっぱいだ。握っている檻の中から見える顔は皆一様に怯えている。


「ふっふっふ。ボクが優しい魔女でよかったねー?」


 そっと檻を地上に下ろし、魔法で浮かべている家々も下ろし、平和な街を取り戻したエックスはそっと足元を蹴って再び浮かび上がる。


「はーっ!楽しかったあ!」


 それだけ言って、公平の待つ家に向かって、空の彼方へと飛んで行くのだった。


--------------〇--------------


「……いなかった。カルマンはいなかった、か」


 通話の切れた電話を見つめて呟く。吾我はエックスの能力を信頼している。彼女が見つけられなかったのであれば、間違いなく彼はいないということだ。

 昨日までの間にカルマンが街を出たという情報はない。エックスが行動を開始した時点で、鼠一匹絶対に逃げることだってできない。と、なれば最後に確認が取れたタイミングとエックスが動き出した時との間に敵は逃げたということになる。


「……運のいいヤツだな」


 そう呟きつつも、吾我の中には言い知れぬ違和感が残っていた。何かが引っかかる。そんな都合のいいことが起きるものだろうか。何かを、見落としているのではないか。


--------------〇--------------


「さて。おめでとうカルマン殿。無事にあの巨人から逃げおおせたわけだ」

「……アンタは一体、何だ?」

「何って。救いの女神さ。感動したかい?」


 どこからともなく現れた白衣の女。明石四恩。カルマンは当然のように彼女を信用してはいなかった。彼女の助けを借りることは、いずれ致命的な損失を与えることになるという予感があった。

 しかし背に腹は代えられなかった。宙に浮かんだ民家を、巨人が一軒一軒覗き込んでいる。組織のメンバーを狙っていたのを見るに、自分を探していることは明白だった。明石四恩の助けを蹴るということは巨人に捕まることと同義。彼女の手を取る以外の選択肢はカルマンにはなかったのだ。

 助けを乞うと明石は満足げな顔を浮かべて、手元にある機器を操作する。と、思えば目の前の空間に青い穴が開いた。彼女はカルマンの手を引いて穴の中に入っていき、そして、その先にあったのは広い広い空間である。一言で表現するのであれば、研究所。

 あちらこちらで科学者らしい人物が計器を見たり資料を睨んだりしていた。一人一人は殴り倒せそうな相手だ。武器を失った自分でも一対一なら容易に殺せる。しかし数が多すぎた。最悪逃げた先で明石を殺してしまえばいいと思ったが、こうなるとそれも難しい。


「……おや?どうしたどうした。あてが外れたような顔をして」

「い、いや別に」


 ゾッとした。カルマンにも科学者の知り合いや部下がいた。科学者という人種は人の顔色なんて気にしない。自分の研究が邪魔されない限りは自分の世界に没頭するものだ。

 しかしこの女は違う。この女はこちらの表情の僅かな変化さえ見逃さない。実験動物のモルモットをじっくりと観察しているような目を、常に自分に向けている。


「……それより。なんだよ一体。俺に手伝ってほしいことってえのは」

「ああ。そうだったそうだった。話が早くて助かるよ。なあに簡単な話さ。ちょっと十人ばかり、女を捕まえてきてほしい」

「女?」

「ああ。国籍も人種も問わない。年齢は……バラバラの方がいいかな。十代・二十代・三十代……それぞれ二人ずつでどうだろう」

「……あ、ああ。分かった。やってみる」

「本当に助かる!なんて話が早いんだ!気難しい人物だと聞いていたがとんでもない!こんなにも気さくな方だとは!」


 明石が手を叩いて笑っている。カルマンは苦笑いを浮かべることしか出来なかった。彼女は実験を手伝えと言った。その仕事が女を十人攫ってくること。


(コイツにとっちゃ人間さえ実験動物ということかよ)


 逆らえば本当にモルモットにされて殺される。観察されている間はまだマシだ。幾多の罪を重ね、無数の修羅場を超えてきた彼には、そのことが嫌というほどに分かってしまっていた。それに何より、あの緋い瞳に窓からのぞき込まれるよりはマシである。


--------------〇--------------


「……なんだろ。この感じ」


 何かが引っかかる。何かがおかしい。何かを見落としているような。スーパー小枝からの帰り道、エックスは後ろを振り返った。視界には人の姿は無い。しかし電柱の影に誰かが隠れている。魔法の気配がする。


「……?」


 気が付かないふりをして再び歩き出す。そうして百メートルほど歩いたところでもう一度振り返った。やはり人の姿は見えない。大通りから外れた小道を歩いているので車の通りもない。しかしさっきと同じように、自動販売機の影に人が隠れている。明らかに自分のあとをつけてきている。


「うーん……」


 ここで自動販売機の傍に歩いていって、『なんなのさっ!』と怒鳴りつけることは簡単だ。だが残念ながら尾行をしているという証拠がない。第三者に通じる確固たる証拠がない。魔法の気配がしたと訴えても理解はしてくれないだろう。例えばこれが成人男性だったとして、『甥とかくれんぼをしていただけですが』と言われたらそれまでだ。


(……なら)


 エックスは回れ右をした。そうして気付いていないような顔をして歩き出す。駆け足をしたりはしない。普段通りの歩き方だ。そうでなければ気付いたことに気付かれる。この罠に嵌めるためには、それではダメなのだ。


--------------〇--------------


 運命だと思った。彼女の緋い目を見た時に。


「そうそう!最近こっちに引っ越してきてー!」

「へー!そうなの!他のお店に浮気しないでよ、えっちゃん?」

「しないですよー!」


 親し気にスーパーの店員と談笑をしている名も知らぬ彼女。『えっちゃん』という愛称で呼ばれているが、目の色から考察するに日本人ではない。エリーとかエミールとかそういう名前なのだろうと御影静緒は思った。


「それじゃあまた!」


 静緒は今年の四月にこちらに引っ越してきた大学生である。静緒が初めて彼女を見つけたのは引っ越してきた初日だった。夕飯の食材を買おうと入ったスーパー小枝に『えっちゃん』がいたのである。

 静緒は彼女の瞳に目を奪われた。ルビーの輝きのようにも見える瞳の輝きに、目を離せなくなったのだ。それ以来静緒の買い物はスーパー小枝以外では行われなくなった。買い物といいつつも実際は『えっちゃん』を探すのが目的になっている。

 見かける度に声をかけたくなって、躊躇ってしまって、結局後を追いかけるのが精一杯。その上スーパーを出た彼女は人影の少ない裏路地に入ると同時に姿を消してしまう。

 だが、今回彼女と店員との会話で『えっちゃん』がこの辺りに住んでいることが分かった。知りたかった。彼女はどこに住んでいるのか。どんな暮らしをしているのか。だからいけないことだと分かっていながらも、その後を追いかけてしまっていた。

 『えっちゃん』は時々こちらを振り返る。しかしこちらには気付かずに歩きだしていた。勘が鋭いのか鈍いのか分からないが、そういうところも可愛らしい。暫く追いかけていると振り返ることすらしなくなった。

 そうして辿り着いた先は白い一軒家。明るい声で『ただいまー』と言いながら家の中に入っていく。静緒はごくりと唾を飲み込んだ。『えっちゃん』が入った後の家の扉は半開きになっている。

 これはいけないことだ。いけないことだと分かっているのに。静緒は扉に手をかけていて、中に入ってしまった。


「……え?」


 次の瞬間に世界が変わった。まるで巨人の家にでも迷い込んだみたいにあらゆるものが見上げる程に巨大になっている。今ほど入ってきた扉も『えっちゃん』の履いていたスニーカーも、何もかもが。

 戸惑っていると、打ち上げ花火のように大きな音が何度も何度も響いてくる。その度に床が揺れて、音がするたびに音は大きくなっていく。頭を抱えて揺れに耐えていると、一際大きな音がして、そして静かになった。恐る恐る目を開ける。


「うわーっ。まさかここまで付いてくるとはねー」

「……え?」


 そこには『えっちゃん』の足があった。顔を上げるとまるで虫でも見つけた子どもみたいにしゃがみ込んで、覗き込んでくる彼女の顔がある。

 静緒は慌てて逃げようとした。しかし『だーめっ』という声が上から降ってきて、唯一の脱出経路である玄関扉を閉められてしまう。逃げ場を失くしたところで彼女は手を伸ばし、静緒はひょいと摘まみあげた。運命のように感じた緋色の瞳が、星のように大きくなって、まじまじと自分を見つめている。


「……うーん。まさか女の子だとは」

「あの」

「ま、いいか」


 そう言うと。『えっちゃん』はにこりと微笑んで立ち上がった。静緒は指先に摘ままれたまま。高さは一気に100mほどにまで上昇し、あらゆる意味で脱出不可能となったことを否が応でも理解させてくる。苦し紛れ暴れてみるも、巨大な『えっちゃん』の指先はビクともしない。或いは気付かれてすらいないのか、『えっちゃん』は鼻歌まじりに家の奥へと戻っていくのであった。

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