機械天使
ネオンの住む世界。人間大の大きさに縮んだエックスは、公平と一緒にそこにやってきた。
「俺も来てよかったのか?」
「ボクが頑張るところを見ててよ!」
なんて会話をしながら多くの瓦礫が転がり、灰が舞う通りを進んでいく。
「元々この辺りは繁華街だったんですよ」
「へえ……」
ネオンはそう言っていたが、目の前に広がる景色からそのような過去の姿を想像することは難しい。一番多く存在しているのは破壊の痕。すり鉢状の穴が幾つも開いている。辛うじて小さな商店や、生き残りが避難していると思われるテントが建てられているばかりだった。
配給を貰う人々はネオンと同じように羽が生えていた。老若男女問わずに、とにかく翼が生えているのだ。どうしてそういう姿になったのか疑問ではあったが、そこを尋ねることはやめておくことにした。
彼らは一様にこちらを見てはひそひそと話をしている。こっそり聞き耳を立ててみれば『ネオン様だ』とか『女神様を探していたのでは』とか言っている。誰も彼も傷だらけで服はぼろぼろだ。特徴的な羽も変な形に折れたり、片翼が無かったりしている。神様扱いはともかくとして、彼らの力にはなってあげたい。
「エックス様。こちらです」
「ん?うん」
避難所のテントの一つに案内される。エックスと公平は促されるままに中に入った。テントの奥には老いた男女が四人、地べたに座り込んで気落ちした様子で話をしている。
「どうします?後少しでまたヤツが現れますぞ?」
「ネオンがエックス様を連れて戻ってきてくれれば……。うん?」
そのうちの一人が、テントに入ってきた何者かに気付いて顔を上げた。立派なヒゲを生やした強面の男性である。
「ネオン?」
「お父様。ただいま戻りました」
「おおっ!?では、こちらが……」
「はい。エックス様です」
その言葉にテントの中がどよめいた。
「つ、遂にか!」
「お手柄ですぞネオン様!」
「これで怪獣にも対抗できるやもしれん!」
「し、しかし……」
老婆がおずおずと口を開く。
「神話に聞いていたよりはその……小さいような……」
「おっ。小さいって言われるのなんか新鮮」
元の大きさで大きいと言われることは多々あった。どちらかというと迷惑そうな口調で。大きいことを期待されることはあまりない。少し嬉しい。
「あ、あの。エックス様は私たちに気を遣って……小さくなっていただいておりまして。本当はもっともーっと大きいんです!見上げるくらいに!」
「そ、そうなのですか……?」
エックスの大きさに四人は明らかに不信感を抱いていた。
「それより。怪獣ってなんですか?」
それに気付いた上でエックスは尋ねる。彼らの信頼を得られるかどうかは正直言ってどうでもいい。怪獣とやらを倒して帰ればそれでいいのだから。
エックスの問いに、ネオンの父は力なく首を横に振る。
「わ、分かりません。突然現れたもので……」
「ふうん……」
この時点でエックスには怪獣とやらの正体の候補を幾つか考えていた。一つは他の星から来た何か。以前人間世界にも宇宙人がやってきて侵略行為を働こうとしたことがある。その怪獣がそういう類のものである可能性はゼロではない。そうでないとしたら。
「『機功の連鎖』……?」
『魔法の連鎖』を守る防御を他の連鎖は突破できない。『聖技』が採用しているシステムであり、突破には苦労をした強力なものだから当然だ。例外は『機功の連鎖』のみ。
『機功の連鎖』は『魔法の連鎖』や『聖技の連鎖』の防御システムを開発した張本人。当然のように防御を突破する抜け道──チェインゲートなる技術も有している。それに鋼鉄の身体を持つ怪獣だなんてまさしく『機功の連鎖』らしい存在だ。
ただ、この場合一つ分からないことがある。『機功の連鎖』の目的だ。今の今までエックスがその存在に気を遣うことのなかった世界を襲うことの意味がよく分からない。何よりルファーを倒したエックスにちょっかいをかけてくる理由も不明瞭だ。
「……まあ。いいか。それで?その怪獣とやらはどこに」
「怪獣は、恐らく数分後に現れます」
「ほう」
ネオンの父が言うには、怪獣は一日おきに決まった時間に出現し、きっかり十分だけ破壊活動をしていくのだという。十分経てば姿を消すらしい。ネオンが世界間の旅を始めたのは三日前。彼女の旅が始まってから二度攻撃を受けている。今日の攻撃が来るギリギリで戻ってこられたのだ。
「そういうことか」
「それでどこに出てくるんですか?」
「それは分かりませんが出現すればすぐに分かります」
「え?それはどうして?」
「それは──」
と、ネオンの父が言いかけた時である。彼が言うとおりに、エックスも公平も、それ以外のテントにいる誰も彼もが怪獣の出現に気付いた。怪獣そのものではなく、その身にある大勢の魔法使いの気配を探知することで。
「き、きた!」
「そういうことか!」
ネオンは言っていた。怪獣は多くの戦えない魔法使いを攫ったと。その中には彼女の弟もいるのだと。怪獣の中にはまだ攫われた人たちがいるのである。
「え、エックス様お願いです!」
「任せなさい!」
エックスは公平の手を取って、テントから飛び出した。直後外から強い光が輝く。ネオンに連れられて他の四人が外に出た。
「おお……」
「これは……」
テントの外には元の大きさに戻ったエックスが聳え立っていた。瓦礫と灰の中で一人美しく大地に立つ巨人の姿を、ある者は見上げ、ある者は拝んでいる。誰も彼もがエックスに願いを向けていた。
「すごいな。エックス。本当に神様みたいだ」
「違うって言ってるのになあ」
エックスは苦笑いすると、『開け!』と叫んで、怪獣の現れた場所にまでつながる空間の裂け目を開き、飛びこんでいく。
--------------〇--------------
悲鳴と断末魔があちらこちらで上がる。鋼鉄の異形はそれらに対して一切の感情らしいものを見せずに、淡々と攻撃を加え、或いは収集していった。
ごうんごうんと音を鳴らしながら、怪獣はゆっくりと曇り空を進んでいく。抗う魔法使いの一人一人を、無視することなく殺していきながら、真下にいる人間を適当に光で捕まえて攫って行く。
「だめええええ!」
「お母さん!お母さん!」
一人の子どもが空の向こうに連れて行かれようとしている。それを守ろうと母親が手を掴む。魔力で筋力を強化し、怪獣の力から我が子を守ろうとする。その母の抵抗を、怪獣は『戦士』の存在として認識した。無機質な瞳が真下を睨む。その瞳が放つ光が少しずつ強くなる。我が子ごと自分を焼き殺す気なのだ。母親はすぐに気付いて、力を振り絞って我が子を取り返すと、その子を守るようにギュッと抱きしめる。果たして、次の瞬間怪獣の瞳は怪光線を放つ。
「──っ!」
ずがんという音がした。覚悟していたような痛みは襲ってこない。恐る恐る目を開けて振り返るとそこには、巨大な鋼が聳え立っていた。
「これって……」
「ふうっ。危ない危ない」
背後で何か大きなものが落ちてきた音がする。地面が揺れて転びそうになった。暗い影が差すと同時に、目の前にあった鋼が空に上がって行く。あんな巨大なものがどうして。彼女は疑問を覚えながら空を見上げる。
「あ」
「ふふっ。素敵なお母さんだ。助けられてよかった」
「ああっ」
そこには巨人が立っていた。その手には目の前に落ちてきた鋼──剣が握られている。
--------------〇--------------
「さて、と」
ぎろりとエックスは空に浮かぶ怪獣を睨む。大きさは目測で1km。自分のおよそ十倍。
「ならっ!」
足下に被害を及ぼさないようにと、ふわりと少しだけ浮かんでから魔法を発動させる。強い光がエックスを包む。同時に彼女の身体が膨れ上がって、怪獣と同じ大きさにまで巨大化する。
「公平!しっかり掴まっててよ!振り落とされないように!」
「お、おう!」
「ふっ!」
エックスが怪獣に向かって飛んで行く。怪獣の持つ六本の手が、同時に切り離されて、ロケットのように飛んできた。ネオンから聞いていた通りである。
「来い!」
そう言って剣を構えながら突撃していく。迎え撃つ構え──。
「──なんてね!」
と、見せかけて。エックスは一度元の大きさ、100mにまで縮んだ。巨大な標的が突然縮んだことで怪獣の手は迷っている。
「『レベル4』!」
詠唱の次の瞬間、怪獣の上半身から下半身が離れて落ちていく。空間ごと相手を斬る防御無視の斬撃。最強の刃・レベル4。その一撃が魔法使いたちの囚われている怪獣の下半身を切り離したのだ。魔法で落下を止め、中の魔法使いたちを救助すると、一切の気配を感じなくなった怪獣の上半身をぎろっと睨む。
「──!」
再び巨大化しながら怪獣に接近する。飛んできた怪獣の手たちが元の位置に戻った。そうして、間合いに入ったエックスに掴みかかる。
「さあ勝負だ!」
怪獣の手のうち二本を掴む。その握力に、エックスはにやりと笑うと、そのまま手に力を籠めて怪獣の手を握り潰した。初めて怪獣が悲鳴らしい、金属のきしむ音を上げる。そうして怯んだ隙に、エックスの身体が再び光を放った。
「さあ。終わりにしようか」
さらに十倍。エックスは大きくなっていた。肩の上にいる公平は、彼女が僅かに動くだけで振り落とされそうになる身体にひしとしがみ付く。
最早ちょっとしたフィギュアサイズとなった怪獣を手に取り、ゆっくりと力を籠める。六本の腕は必死に抵抗してエックスの手から脱出しようとするも敵わない。照射された怪光線はエックスの服に穴を開ける事さえ出来なかった。弱々しい抵抗を鼻で笑い、一気に手の力を強くする。ぐしゃりという音がして、怪獣はエックスの手の中で鉄の残骸に変わった。
「ふうっ。こんなもんか」
「あっさりだったなあ」
「まあねっ!これくらいは朝飯前──」
その時、地上からわっと歓声が響いた。びっくりしたエックスは思わず『わあっ』と声に出してしまう。下に目を向けると街の人達が大喜びしていた。怪獣の下半身は何人かの魔法使いが破壊をしていて、その中から攫われた人たちが次々に救助されていく。衰弱しているが命に別状はない。
「……ふふっ。みんな大変だったみたいだね」
「よかったな。エックスのおかげだよ」
「うんっ」
エックスはにこりと微笑むと、地上からの悦びに答えるように大きく手を挙げて『いえーい!』と叫んだ。
--------------〇--------------
「ふふっ。随分と楽しそうじゃあないか」
瓦礫の陰には白衣の女が一人。怪獣を倒して大喜びをしているエックスを見つめている。
「いいとも。予定通りだ。これで。貴女はもう戻ることはできなくなったのだから」
女はチェインゲートを使って、『機功の連鎖』へと帰ろうとしていた。今回の目的は達成されたこれ以上この場にいる意味はない。
「さて。次の機械天使を用意するかな」
『明石四恩』は最後にそう呟いて、姿を消した。




