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譲れないもの

 蘇ったタンザナイトが初めて目を開けた時。そこには涙を浮かべて微笑むルファーの大きな顔があった。

 ぽたぽたと落ちてくる大粒の涙が彼女の身体を濡らす。その涙がタンザナイトに自らの存在理由を理解させ、理解はすぐに実感に変わる。


「……嘘つきだねルファー。私がいなくなっても、大丈夫だって言ったくせに」

「ごめん。ごめんね。タンザナイト」


 『いいよ』と答えながら、タンザナイトはルファーの涙を拭おうとして手を伸ばす。けれど。巨人の手のひらの上から目元までは、ただのヒトでしかないタンザナイトにはあまりにも遠くて、手が届かなかった。


「何かが欠けているみたい」


 タンザナイトの口から不意をついて出てきた言葉に、ルファーの不思議そうな笑みで答える。タンザナイトも、それに言葉ではなくて微笑みで返した。返す言葉が彼女にはなかったのだ。どうしてそんな言葉が出てきたのか、自分でも分からないから。

 ただ一つ言える事があるとするならば、あの言葉は心の奥の奥の奥にいる己が叫んだ言葉だという事。ルファーに届かないから出た言葉なのか。或いは他に欠落があるから出てきた物なのか。タンザナイト自身にも、その答えは出てこなかった。


--------------●--------------


「ここっ!」

「了解!」


 ソラに指示された扉。見上げる程に大きい、聖女が使うことを前提として作られたであろうそれを、ロロンは殆ど蹴破る勢いでこじ開ける。扉の奥は薄暗い。部屋の真ん中に置かれた巨大な『箱』型の機械は、定期的に強い青色の光を放ち、二人の目に不快感を与える。


「来たか。残念だ。これでここでの実験も打ち切りだ」


 部屋の奥から声がする。女の声。その声のする方、『箱』の前にある椅子に腰かける白衣に身を包んだ女の後頭部が見える。


「ようやく見つけた!」

「返してもらうわ!私の……」

「お望みのものはこれかな?」


 女は振り返りもせずに、懐から取り出した影楼のカードを二人に見せる。


「影楼『アクセル』。格で言うのであれば特級よりは一段落ちるが……他の影楼と違ってコイツには欠損がない。完璧な影楼だ。特級影楼さえコイツには敵わない」


 影楼は皆、『何か』が欠けている。その欠落を埋めることが出来ない限り、影楼の力は特級で頭打ちとなる。何も欠けていない影楼は現状アクセルのみだ。


「確かにコイツは貴重な影楼だ。取り戻しに来るのも分かるとも」

「そんなことはどうでもいい!返して!私の親友を!」

「……はは。影楼が親友、ね」


 静かに彼女は立ち上がり、腕輪に『メタル』の影楼のカードを差し込む。直後、彼女の肩、肘、膝、手足、胸……と言った身体のあらゆる部位の周りに紫色の光の輪が出来る。輪は小さくなりながら彼女に離れるようにして進んでいき、その軌跡は黒い円錐へと変化する。


「他のものが目的ならばくれてやろう。しかしアクセルが目的ならば、ここで排除しなくてはね」


 そして彼女は振り返る、円錐は漆黒の鎧──クロガネと変わっていた。


「分かるとも。キミはアクセルと共に戦い抜いた。このクロガネの鎧を纏い、影楼の侵略を喰いとめた。アクセルはキミの世界に於ける英雄の片割れだ。ある意味では、命より大事な相手だろうね」


 『だが』。そう言いながらクロガネはもう一枚の影楼カードを取り出す。そのカードは『アクセル』。ソラが取り戻そうとしている親友。その力を、クロガネは発動させる。


「今このカードは私のものだ。欲しいのであれば、力ずくで取り返すといい」


 クロガネの全身の黒い円錐──針が射出される。炎を噴いてクロガネの周りを跳び回ったかと思うと、全ての針がクロガネの背に突き刺さり、ブースターの代わりとなる。同時に針で隠れていたクロガネの真の仮面が姿を見せた。


「それは……」

「『シン・クロガネ』。アクセルと併用することで発動するクロガネの真の姿だ」

「……勝手にそれを使うなよ!」

「お互い様だ。キミこそ私のゲートを無許可で使ったのだろう?」

「この……!」

「ソラ!」


 ロロンがソラの前に腕を出して、彼女を制する。


「ここは私に任せて」

「ロロン……」

「これはソラだけの戦いじゃない。あの子は、私たちみんなの仲間だもの」


 だからこそ、みんながここまでやってきた。ロロンが力を発動させる。竜と契約することで現れる竜の力を秘めた黒色の大剣。龍剣を構える。


「さあ!いくよ!」

「……!」


 二人は同時に走り出す。そして、漆黒の鎧と剣がぶつかり合った。


--------------●--------------


 『レベル5』を使うことで発動可能な魔法『UTOPIA』。その力で公平はタンザナイトから最後の記憶を取り戻した。エックスに関する思い出が彼の中に帰ってくる。同時に、彼女の抱いていた感情が、ルファーに抱いていた情愛までもが彼の中に侵入してきた。

 最後の記憶はタンザナイトとして生きていた。タンザナイトの性格や生き方を定義していた。それ故に切っても切り離せない不純物としてタンザナイトであった頃の記憶が混ざり合っていた。

 とはいえそこに実感はない。他人の人生を見ているだけだ。例えるならば、ラブストーリーの映画を見ているようなもの。それだけで公平の人生に影響が及ぼされることはない。

 ただ。



「そうだよな、タンザナイト。お前にだって、譲れないものは、あったよな」


 ただタンザナイトという人物に対しては、少しばかりの共感と理解が出来た。

 身体を動かしていた感情を構成する記憶を失ったタンザナイトはもう動かない。ただ生きているだけで、目を開けることも話すことも、当然のこととしてこれ以上の戦闘も不可能だ。大切の者のために命を燃やして戦った結果である。

 公平はしゃがみ込んで、彼女の顔をじっと見つめた。人形のように整っていて美しいその顔に、告げる。


「でも。その気持ちは。悪いんだけど、俺のモンだからさ。俺だって譲れないんだ。絶対に。だから、ごめんな」


 そうして公平は立ち上がる。


「さて……」


 ダメージは大きい。失った左腕は戻らず、それ以外の怪我は回復魔法で治せたものの痛みは依然として残っているが、それは休む理由にならない。自分たちの戦いが『魔法の連鎖』と『聖技の連鎖』の決着をつける戦いになるとタンザナイトは言っていた。

 しかし依然としてエックスは戻ってこない。一緒に来ていた魔女や異連鎖の者たちも同様だ。まだ戦いは終わっていない。であればこんなところで休んでいる暇はない。


「行くか……。エックスも心配だし、ヒビノとかもちょっと気になるし……」


 独り言を言いながら歩き出すと、途轍もない爆発音がして、部屋の壁面が吹き飛んだ。突然の事態に、公平は『うわーっ!?』と叫びながら吹っ飛ばされる。


「な、なんだァ!?」

「おっ。ビンゴだねえ。公平クン。左腕がない以外は元気そうじゃあないか」


 穴の向こうで、ユートピアが『やっほー』と言いながら手を振っている。千を超える聖女の群れを全員やっつけて戻ってきたのだ。


「……あれ。もしかしてそこで寝ているのがタンザナイトかい?」

「あ、うん」

「く……出遅れたか……!」

「お前マジで俺の記憶の改竄狙ってたのか……」

「当たり前だろう!」

「そんなに力強く言うことじゃ……。ああ、それよりさ」


 ここまでの状況を公平はユートピアに伝える。


「なるほど」

「まだみんな戦ってるはずなんだ。悪いけど手伝ってくれ!」

「ふふ。いいともさ。他ならぬキミの頼みだからねえ」


 壁の穴からユートピアは手を伸ばす。公平が困惑していると彼女は更に続けた。


「その一階の部屋だけど、見たところ出口がない。恐らく移動の魔法がルファーによって封じられている以上、そこから出るのは多分無理だ。きっと独立している。階段の類もないんじゃあないかな」

「つまり……」

「ああ。中からじゃなくて、外から上を目指した方がいい。ああでも、最上階には行かない方がいいね」

「え?なんで?」

「気付いていないの?力が大きすぎて認知できないのかもね。最上階でエックスが戦っている。相手は恐らくルファー」

「だ、だったら最上階に行くよ!」


 しかしユートピアは拒否するように首を横に振る。


「力が強すぎる。あの戦いの場に飛び込んだら、私だって身体がバラバラになって潰れて死ぬ。今のぼろぼろの状態のキミでも同じだ」

「そんな……」

「こんなことは言いたくないけれど」


 ユートピアは嫌悪感たっぷりの表情で公平に言う。


「この場はエックスを信じて、キミはキミに出来ることをやるべきだと思うよ」


 彼女の口から出てきた『エックスを信じろ』というアドバイス。公平は面食らって目を丸くしたが、やがて小さく笑みを浮かべて、『そうだな』と答える。


「なら俺は他に出来ることをやる!」


 差し出されたユートピアの手の上に飛び乗る。まだ戦っている仲間がいる。今の自分に出来ることは、彼らを助けることだけだ。

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