返してもらう
エックスと分断されたヒビノたちは、目的である『機功の連鎖』の女神、白衣の女を探してルファーの神殿が変形した塔を駆けまわっていた。『ここには必ずアイツがいる』というソラの言葉を信じた。
聖女たちが暮らす場所だけあって、塔の中はヒビノたちにとって広大だった。まるで虫にでもなったかのような気分で進んでいると、時々聖女たちが駆けてくる。すわ見つかったかと身構えるも、聖女たちは足元にいる小さなヒビノたちには気付かない。すぐ傍に巨大な足が踏み下ろされるくらいである。そうしてどかんどかんと大きな足音を響かせながら、聖女たちはどこかへと走り去っていく。恐らくは同行した魔女たちが大立ち回りを繰り広げている現場へと向かっているのだろう。
「予定通りと言えば予定通りだね」
リードが苦笑いしながら言う。
「ああ。『魔法の連鎖』のおかげで、連中俺たちに気付かない。これなら安心してヤツを探せる。だよな、ソラ……。ソラ?って、ソラ!?」
「はあ……はあ……。ご、ごめん。先に……行って……」
『機功の連鎖』の人間は魔法や聖技のような異能を持たない。ソラは純粋な体力だけでヒビノたちに付いてきていた。しかしそれももう限界が近い。この巨人である聖女が生きる塔の中を人間の歩幅で走るのは限界だった。ぜいぜいと息を切らすソラの元へと駆け寄る。
「ごめんソラ!」
「わ、悪い!」
「ロロン、ヒビノ。ソラは僕が背負っていく。彼女がいないとヤツの居所が分からないから……」
「おやあ?」
上空から声が落ちてくる。同時に四人を暗い影が包んだ。反射的にヒビノとリードは振り返り、見上げる。果たしてそこには聖女がいて、こちらをしげしげと見下ろしていた。
「なんでこんなところに人間がいるの?もしかして侵入者の仲間?」
「……ロロン。ソラを背負って先へ」
「えっ?」
「ああ。こいつは俺とリードでどうにかする」
「……分かった!」
ロロンは指示通りにソラを背負って走り出す。当然だが聖女はそれを見逃さない。話を聞きだす必要はあるにしても一人二人なら殺しても問題はないと、ロロンに向かって足を踏み下ろす。
「『ワーグ・フィード・ロロン』!」
リードが呪文を唱えた。それと同時にロロンの位置がほんの少しだけ横にずれる。ギリギリ聖女の靴に圧し潰されない位置だ。山でも落ちてきたかと錯覚する衝撃をロロンは耐えて、更に前へと駆けていく。『あっ』という声が上から聞こえてきた。きっと聖女が逃げた自分に気が付いてこちらを見ているのだろうと彼女は理解する。しかし振り返らずに走り続ける。
「おいデカ女!」
「はっ?」
「お前の相手は僕たちだ。よそ見をするな」
何故なら信じられる仲間がいる。爆発的な火力を実現する『太陽の眼』を持つヒビノと、あらゆる攻撃をすり抜け、空間ごと敵を断つリード。二人ならば間違いなく聖女に勝てる。そして今の自分の仕事は二人を信じて、敵を探すことだ。
「ソラ!敵はどっち!?」
「あっち!」
ソラが指示する方へと、ロロンは駆けていく。
--------------〇--------------
『レベル5』による瞬間的高速連打。タンザナイトが公平の『灼炎鎧』を打破するためにはそれ以外の選択肢はなかった。そしてそうなった時点で公平は防御のために鎧を使うことを放棄する。どのみち一瞬で砕ける鎧だ。さっきは運よくタンザナイトがバックファイアで倒れたが、あと一歩の気迫・精神力で容易に刺し貫かれる。それならば、もう守ることに意味はない。
「あああああッ!」
「ば、かな……!?」
剣と剣とがぶつかり合う音が響く。鎧は既に砕けた。公平自ら砕いたのだ。そうしてバラバラになったそれは、剣へと姿を変えている。
公平の魔力を受け取って、耐久力へと変換する鎧のシステムは身体の中へと溶け込み、魔力を機動力に変えるエンジンへと形を変えていた。その速度は、タンザナイトの『レベル5』に肉薄する。『メダヒードの灼炎鎧』の別形態。名づけるのであれば『メダヒードの灼炎剣』。
しかしそれでも辛うじて戦える程度でしかない。速度はやはりタンザナイトの方が僅かに上。その上『灼炎剣』の反動は常に公平の身体を痛めつけていた。致命傷を避けながら戦うことしかできなかった。
「やァ!」
タンザナイトの一突が眼前に迫る。公平はそれを紙一重で躱す。刃が微かに頬を掠めて血が噴き出した。
「うああっ!」
剣は突けば引かなければ次の一手がうてない。公平は獣のように叫びながらタンザナイトの腹部を蹴る。そして離した彼女の鼻筋目がけて『灼炎剣』を振り抜いた。
「っ!」
その一撃を、タンザナイトは顔を後ろに引くことで、これまた紙一重で躱す。横一文字に切り傷が出来て、血が流れる。
そうして、再び互いに距離が出来たところで、二人の力が同時に解除される。
「が……あ……!」
思わず公平は膝をつく。全身を襲う痛みで意識が飛びそうになる。斬り落とされた左手よりも、『灼炎剣』の反動の方がずっと重く苦しい。
(だからコイツは使いたくなかった……!)
本当に短期決戦用の戦い方だ。偶発的に使うことの出来た魔法だが、エックスとの特訓の時でも連続して10秒も発動することが出来なかった。休み休みでも日に30秒が限界。傷と疲労でぼろぼろの今の状態では、それすらも難しい。出来ることならば鎧だけで決着をつけたかったところである。
顔を上げる。タンザナイトは既に立ち上がり、剣を構えて自分を見つめていた。まるでこちらを待っているかのようである。その姿勢は凛としていて、険しくこちらを睨む表情は息切れ一つない。
(あれだけやって余裕か……。いや。そんなわけはない……!)
もし本当に余裕があるのであればさっさと『レベル5』を発動して、トドメを刺しにくる。それをしないのはきっと出来ないからだ。
(そう。今の俺と同じ……)
疲労と痛みとでこれ以上の大技を発動させることが難しいのである。余裕ぶっているのは虚勢を張っているだけ。出来ることなら立つなと思っているはずだ。或いはこちらの焦りを誘っている。いずれにしても、駆け引きをせざるを得ないところにまで彼女を追いこんだ。
嫌がる足に力を入れて。歯を食いしばって立ち上がる。そうしてタンザナイトを見つめてにやりと笑ってみせた。
「へえ……。てっきり限界かと思ったけど」
「それはお前の方だろ。……悪いけどまだ終わらないぞ」
互いに見つめ合う。こうして斬り合った仲だからこそ、互いに相手が立ち上がった理由が分かった。公平はエックスへの。タンザナイトはルファーへの、強い想いが故だ。
かたや記憶を失くした結果ゼロから積み上げた想い。かたや他者の記憶から作られた仮初の想い。どちらにせよ、その感情は強い。どれだけ痛くても苦しくても、立ち上がる執念を彼らに与えてくれている。
「……けど。それは俺のモンだからな。返してもらう」
「……なに?」
タンザナイトはぴんと来ていない様子だった。公平はくすっと笑って『別に』とだけ答え、頬を流れる血を拭う。
(……ん?)
そこで改めてタンザナイトを見た。自分が斬りつけた鼻筋の傷は、既に血が止まって瘡蓋が出来ている。
「あ……!」
記憶と記憶が繋がり合う。ひらめきが脳細胞を刺激して、喜びに似た驚きを公平に与えてくれる。
そんな公平をよそに、タンザナイトはごくりと唾を飲み込んで、最後の『聖技』を発動させる。
「『限定解除申請。リミット……』」
「……!いくぞ……!」
「『限定解除承認』!」
「『メダヒードの灼炎剣』!」
「『レベル5』!」
そうして。再び二人がぶつかり合う。これが最後の激突となる。




