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公平の友達

「せっかく新潟帰ってきたしな」


 なんて言いながら公平は携帯電話を弄る。帰ってくる直前に中学からの友人である卓也と勇人に連絡していた。今度帰るから遊ばないか、と。

 急なことではあったが二人とも快く了承してくれた。土曜日、即ち今日の夜7時から、勇人の家で一緒に飲むこととなった。いい友人を持ったものだと嬉しくなる。

 会話を見返すと、どうやら二人には公平に話したいことがあるようだった。


「ふーん。なんだろーね?」

「彼女でも出来たのかもな」


 そうやって公平とエックスは呑気に笑いあう。お祝いするかもしれないから高いお酒でも二人は持っていこうかなんて話し合って、その夜を心待ちにした。


--------------〇--------------


 古い木造建築の日本家屋。それが勇人の実家だった。お土産にちょっと高いお酒も用意した。「お邪魔しまーす」と言いながら玄関の戸を開ける。


「あれ?」

「よお公平。久しぶりだなあ」


 出迎えてきた何故か家主の勇人ではなかった。四角い顔の卓也がにっこりとしている。公平はエックスと二人で首をかしげた。

 卓也はエックスを認めると「あ」と小さく声を上げた。その言い方に何かを感じさせる。


「あ、と。もしかしてエックス……を連れてきたの、ダメだった?会費が足りないんなら、二人分出すよ」

「あ、いや。それはいいんだけど。……いや、俺はね。まあ取り敢えず上がれよ」

「いやここお前の家じゃないだろ」


 変な口ぶりだった。まるで『勇人はダメって言うかもしれない』というような。

 前に会った時に嫌われるようなことをしたかしら。エックスは靴を脱ぎながら思い返してみる。居酒屋さんで飲んで、その後悪い人に公平と一緒に捕まって、自分が助けに行った。嫌われる理由はないような気がする。が、もっとよく考えてみると犯人の目的は人質を使って彼女の力を利用することだったはずである。もしかしたら面倒ごとに巻き込まれたせいで避けられているのかもしれない。

 卓也は先に二階にある勇人の部屋に戻っていた。エックスは部屋に向かう公平の後ろにくっついていく。


「この場合どうすればいいんだろうね」

「何が?」

「もしかしたらボクは勇人クンに嫌われたのかもしれない」

「アイツそんな奴だったかなあ」


 ぎしぎしと軋む階段を何となく音をたてないように上がっていく。登り切った先に続く長い廊下、一番手前にあるのが勇人の部屋である。灯りの零れる引き戸を開ける。そして、二人は思わず「うわっ」と声を上げた。


「俺はよお。もう二度と女なんかよお。信用しねえからよお!」

「あ、ああ。ああっ!そうだなっ!お前の言う通りだ。うん!」


 勇人が卓也相手にくだを巻いている。既に相当酔っているのが見て取れた。決して酒に強いわけでもないのに。入り口でぽかんとしている公平に気付くと、「いらっさーい」なんて陽気に手を振ってくる。しかしその後ろで戸惑っているエックスに気付くと態度が豹変した。


「てめっ。公平!お前なに女連れ込んでんだあ!ここは、女人禁制らぞお!」


 卓也はあちゃあといった風に顔に手を当てた。公平はあまりのことに頭がショートして思考が一瞬止まる。辛うじて口を開いて出たのは疑問だった。


「いつからこの部屋女人禁制になったんだよ」

「今月からあ」

「お前はどうしてそうなったんだよ!だって、お前そんな奴じゃなかったろ!」

「うるへー!」


 友人の横暴な態度に怒りを隠せない公平。その裾をちょいちょいと引っ張られる。後ろのエックスに振り向いた。


「なに?」

「公平?勇人クンなんか変だよ?」

「う、うん。こんなヤツじゃなかったんだけどなあ……」

「きっとなにかあったんだよ。先に話を聞いてみない?」


 そう言うとエックスは勇人の部屋に足を踏み入れた。


「あ、あ、あー!ダメって言ったじゃないですか!」


 突然の敬語がなんだか可笑しかった。なんやかんや言って人の良さが隠しきれていない。彼女の悪戯心がむくむくと立ち上がってくる。


「ボクもダメなの?この際ダメなのはいいけど、せめて事情を聞かせてよ」

「い、や。だから……」

「あんまり言いたくないけど、これでもボクはキミの命の恩人って奴だよ?」


 勇人はそこで押し黙った。エックスは意地悪に笑う。


「……ダメです!帰って!」

「そう。残念だ」


 パチンと指を鳴らす。その直後、勇人の姿が消えた。公平も卓也も茫然としている。エックスは構わずに一歩進んで、それから足元に手を伸ばした。


--------------〇--------------


「あ、あ、あれ?」


 突然景色が変わった。勇人は周囲を見回す。


「あ、あれ……?」


 自分の部屋、ではある。ただ大きさがおかしい。家具やら酒やら食べ物やら、とにかく大きい。酔い過ぎたのだろうか。頭の中に浮かぶのは『不思議の国のアリス症候群』とかいう言葉。物の大きさが狂って見える現象。子供のころに滅茶苦茶に大きなトカゲを見た記憶があるので、そういう事かなと思った。

 次の瞬間、床が大きく揺れた。何か大きなものが落ちてきたような。改めて正面を見る。肌色の何か。ずうっと上まで伸びている。勇人は恐る恐る顔を上げた。ニコニコ顔の巨大な女が手を伸ばしてくる。


「うわー!?」


 身体は動かせない。簡単に巨大な指先に捕らえられる。仮に身体を動かせたとしても、逃げられなかったはずだ。身体の大きさの違いは逃走すら許さない。

 持ち上げられながらこれが幻覚ではないことを自覚する。現実離れしているのに現実としか思えないリアルな上昇感覚。自分は小さくなったのだな、と頭のどこかで冷静に考えていた。

 自分を捕えた指先は、その主である巨人の顔のすぐ目の前で停止する。ぱっちりした緋色の瞳。意地悪気な笑顔。さっきまで話をしていた女の子だ。


「あ、の、これ、は……」

「どうする?」

「へ?」

「ボクに話すか」


 言いながら手を顔の上にあげる。勇人の真下には、ぽっかり開いた彼女の口。冗談ですよね、と言う前に、彼女は更に続けた。


「それとも、ボクに食べられちゃうか」


 ぷらぷらと指先を揺らして。も落とされそうで。頭が真っ白になって。


「はな、話しますっ!話すからやめて!」


 いつの間にか勇人は叫んでいた。エックスはニコリと口を閉じて、手を顔の前に戻す。そして一言。


「よろしい」


 次の瞬間、彼女はパッと指を離した。え、という勇人の声。状況を理解できないままに悲鳴を上げて、思っていたよりずっと早く尻もちついた。

 心臓がバクバクしている。生きている。家具やらなんやらも元の大きさに戻っている。周囲を見回す。さっきまで自分を食べようとしたり、自分を落っことそうとした女の子が、その前に会話をしていた大きさに戻っていた。腰に手を当てて胸を張っている。


「はいおつかれ。それじゃあ、何があったか話そうか?」

「は、はい……」


 逆らうことはできない。逆らえばきっとまた縮められる。


--------------〇--------------


 ベッドに座る勇人。その前にエックスと公平と、卓也とで座る。卓也がちょいちょいと公平の肩を叩いて、小声で聞いてくる。


「お、おいっ。おい公平。さっき、この人何したの?」

「……勇人を、小さくしたのかなあ」

「……うそお」


 信じられないというような雰囲気。ただし、エックスは出来る。ここでそれをやるとは思わなかったが。もしかしたら女人禁制だとか言われてムッとしたのかもしれない。

 エックスはそんな二人に構わずに勇人に改めて質問した。


「それで。何があったのかな」


 勇人は深く息を吐いて、それからぽつりと呟いた。


「去年の、10月。文化祭の後に、彼女ができたんですよ」


 勇人は大学のサークルで吹奏楽をやっていた。同じ楽器をやっている二年年下の後輩の女の子にアドバイスしたり、音楽以外にも相談に乗ったりした。それが功を奏したのか、彼女と付き合うことになったのである。

 クリスマスには二人で過ごして、春休みには旅行に行った。


「楽しかったよ。うん。楽しかった」

「過去形……なんだな」

「うん……。まあ……」


 勇人は言葉を濁しながら公平に答える。更に話を続けた。ここから先が核心部分。


「八月病でさ。全然会えなかったんだよね。……もう、言っちゃうけどさ。その間にな、アイツ……院生の先輩と、その……浮気してて」

「ああ……」


 公平は暗い声を出した。卓也が深いため息を吐きながら俯く。薄々そんな事じゃないかと思ったけど、まさか本当にそんな事だったなんて。プレゼントに持ってきたお酒。却って彼の心の傷を抉るものになってやいないか。

 エックスは一言「なるほど」と呟いた。それから、改めて勇人に顔を向ける。


「ねえ勇人クン」

「……はい?」

「仕返ししよう」


 真剣な眼差しで真っ直ぐ勇人を見つめる瞳。隣に座る公平は理解した。エックスは今、すごく怒っている。

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