閑話休題
「さて!そう言うわけで、いよいよ今日──昼一番に『聖技の連鎖』に乗り込むわけですが!」
エックスの部屋。オレンジジュースの入ったグラスを持ち、テーブルに座る三人の魔女の前に立って、意気軒昂と語る。そんなエックスを魔女たちは白けた目で見つめていた。
「……もうちょっと反応をしてよ。決起集会だってのに盛り上がりが薄いよ」
「このメンバーでどう盛り上がれと言うんですか?」
テーブルに座る魔女はワールド、ウィッチ、そしてユートピア。関係性はというと希薄であればまだマシな方で、ワールドとユートピアは敵対していた間柄。ウィッチはワールドともユートピアとも交流が少ないが、そもそもとしてエックスのことを好いていない。そういうこともあってこの場の空気は非常に悪い。
ウィッチはつまらなそうな顔で目の前にあるグラスを掴み、一気にオレンジジュースを飲み干してテーブルの上に戻す。
「はい。ごちそうさま。これで終わりでいい?出発時刻になったら呼んでよ。アタシもうちょっと寝るからさ」
「ちょ、ちょっと!?」
「ああなんだ。それでいいのか。公平クンも居ないみたいだし、私もこのジュースをさっさと飲んで帰らせてもらうかな」
一気に解散の空気が漂い出す。エックスは慌てて、欠伸混じりに部屋に戻ろうとする言い出しっぺの腕を掴んだ。
「まあまあまあまあ。ほら。せっかくだしさ。オレンジジュースのおかわりならあるし……ね?
「鬱陶しいなあ……。だいたい今日これから戦いに行くって日の、出発時間の数時間前に初めて顔合わせすること自体おかしいと思うけど?」
「それは時間がなかったから……。それよりほら!お菓子もあるし!」
「お菓子ねえ……。あ、そうだ!それよりエックスちゃんさ!子どもがいっぱいいそうな学校を持ってきなさいよ!そうしたら付き合ってあげる!」
「できるわけないだろそんなこと!」
「じゃあ寝る」
「ちょっとー……」
部屋に戻ろうとするウィッチは、ワールドの視線に気付く。それと同時にその視線に籠められた感情にも。彼女はすぐに察した。
「ああそうよね。アンタエックスちゃんと同じ世界の魔女だものね。人間を食べるのってアンタからしたら気色の悪い行為ってわけ?」
「……少なくとも私たちの文化にはない行為です。そういう言葉が出ること自体、驚きではあります。でも否定はしません」
「へえ」
「生まれた世界や場所が違えば文化も違いますから。それにもっと根本的な部分で私と貴女は共通の思想を持っているように思います」
「ふうん……そう?」
ウィッチが妖しく笑い、ワールドに興味を持ったのかテーブルに戻る。エックスはほっと安堵の息をついて元の立ち位置に戻った。そんな彼女にユートピアは耳打ちする。
「いいのかい。そりゃああの二人は根本的な部分で言えば同じ思想だろうけどさ」
「お前が言うな。まあ……フクザツだけどいいよ。この際」
この後一緒に戦う相手なのだ。少しでも仲良くなってもらった方がいい。例え両者の共通項が『人間死すべし』という思想だったとしてもだ。
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欠伸を噛み殺しながら、雑多な店が並ぶ人ごみのなかを歩く。朝早くに家から追い出されてしまった公平は、暇つぶしに県内に最近オープンしたばかりのショッピングモールに来ていた。
『これから女子会だから!』というのがエックスの言い分だったが、何のことは無い。公平を同席させたくなっただけのことである。何故なら今回協力を要請した三人は、今までことある毎に共闘してくれた魔女とはまるで違うからだ。
人類の天敵とさえ呼べる二人と、危険度はそこまでではないが公平に対して、エックス的にはよからぬ感情を抱いているユートピア。いずれも公平が一緒にいるとトラブルの素になる。
公平もその辺りの事情は了解していた。しかして表向きは女子会のために追放されたことだけが事実である。
「ったくもう。なにが女子会だっての。今更帰ってきてって言ってももう遅いぞ」
などと独り言を呟きながら洋菓子店のケーキを見つめる。お土産に買って行こうかと思うと同時に、数時間後には戦いに行くことを考えるとケーキを食べている時間なんてないということに気付く。食べるタイミングがあるとすれば、それは全部が終わって帰ってきた後だ。
「……すいません。このイチゴのフロマージュとモンブランください」
帰ってから食べればいい。そう公平は結論をつけて、エックスへのお土産を買った。きっと帰ってこられる。だから問題はないと。
「……さて」
ケーキを入手した公平はスマートフォンで時間を確認する。まだ予定の13時まで二時間である。本当ならば一度ケーキを冷蔵庫に入れるために帰っておきたいところだが、今帰ってもエックスに追い出されてしまう。仕方がないのでこちらはこっそり氷の魔法で保存しておくことにする。
ケーキのことは置いておくとしても二時間。12時から昼食を取ることを考慮しても一時間。映画を見るにも人と会うにも短く、一人でウィンドウショッピングをするには少し長い。微妙な空き時間だ。パチンコなど何かしら趣味があればそこで暇を潰せるのだが、幸か不幸か公平にはそういうお金のかかる趣味はなかった。ここからの一時間完全な虚無時間である。
「どーすっかなあ……」
と、考えていると。
「あれっ?コウちゃんか!?」
後ろから声をかけられた。こんな呼び方をする人間は一人しかいない。公平は若干の嫌悪感を纏う表情で振り返る。オレンジ色のド派手なジャケットを着た男がそこに立っていた。
「やっぱコウちゃんだ!」
「やっぱお前かヒビノ……」
そしてその後ろにはリードもいる。先日公平をやっつけた男だ。
「何してんだよこんなところで」
「いやー。ほら。今日でこっちにいるのも最後じゃん?せっかくだしお土産でも買っていこうかなーってさ!」
「お前ら金ないんだろ?」
「そーなんだよ!いやーだからコウちゃんに会えてよかったなーってさ!」
「……え?もしかして俺から集る気?」
「いやいやっ。ほらっ。俺らとコウちゃんの仲じゃん?」
公平は一つため息をついて、けれど暇つぶしにはなるなとも思った。お金なら一応ある。
「仕方ないな。で?何が欲しいんだよ」
「え?マジでいいの?いやー悪いなあ!じゃああっちの……」
先行するヒビノの後についていくと、『ごめんね』とリードが声をかけてきた。
「流石に僕もヒビノのやつがここまでやるとは思ってなくて……」
「まあいいよ。別にさ。嫌味なことを言うけど金はあるんだよね」
公平自身は経緯を覚えていないのだが、エックスのおかげで宝くじがとんでもない当たり方をし、彼には今、億を超える貯金がある。ヒビノが何を買おうとしてもある程度は対応できる。
「俺も暇つぶしが出来てよかったよ。こっから一時間暇だからさ。終わったら一緒に昼飯でも食おうや」
「……ああ。ありがとう」
そうして。ヒビノのお土産探しに一時間ほど付き合った。彼は果物と焼き菓子と少し高い服を購入した。リードは結局なにも買わなかった。
「お前もなんか買えばいいのに。コウちゃん無限に金あるっぽいぞ」
「だからってお前みたいに好き勝手できないよ。他人のお金だぞ」
「まあまあ……。それよりそろそろ昼だしさ……メシ食うだろ?」
「ああ……」
「あ、ごめん!俺らこの後用事あるから!」
「はっ?」
「えっ?」
「じゃねー!」
そう言って。ヒビノはさっさと駆けていく。リードは困ったような顔で公平と走り去っていくヒビノを交互に見たが、結局『ごめん!』とだけ言い残してヒビノを追いかけることを選んだ。
ぽつねんと残された公平は呟く。
「なにそれ」
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商業施設を出ていくヒビノを追いかける。その肩を無理やり掴み、強引に振り返らせる。そうしてリードは彼の胸ぐらを掴んだ。
「おいヒビノ!流石に滅茶苦茶だって!何考えてるんだ一体!」
怒りの形相を向けるリードに対して、ヒビノは涼しい顔で一言答えた。
「アレでいいんだよ」
「はっ?なにがだよ!?」
「アレくらいやれば、『魔法の連鎖』の連中は俺らのことを嫌うだろ?」
「当たり前だろ!高い買い物をしてもらって、誘いは断って!誰がどう見てもロクデナシだ!」
「そう思ってくれた方がいいんだって」
「……え?」
そのヒビノの言葉にリードは戸惑う。
「仲良くなんかならなくていい。俺たちには絶対にやらなきゃいけないことがあって。その為にこの連鎖を利用するんだから。全部終わって、俺たちがいなくなった時に、はた迷惑な連中が帰ってくれたって思ってくれた方がいい」
「ヒビノ……」
「それにこの連鎖の連中お人よしだからさ。仲良くしちゃうと、いざって時に切り捨てられないだろ。だからこれくらいでいいんだ。互いに切り捨てて、切り捨てられるくらいでさ」
リードはゆっくりと手の力を緩めて、やがて手を離す。
「……そうだったな」
「悪いな。気分悪いことをお前にもさせて。でも、一つ想定外もあった」
「想定外?」
「コウちゃんさ。アイツ多分強くなってた」
「……ああ。そうだったね」
強者は強者を知る。相手の所作を見ればその強さがある程度推し測れる。この決戦当日にあって変に気負うこともなく、自然体で過ごしている公平の姿は明らかに何かが変わっていた。
「たった数日でああなるとはね。むしろそこまで育てた師の力量がとんでもないな」
「捨て駒の予定だったけどなあ。全部ひっくり返すかもなあ」




