四つのこと
「はっ!」
目を覚ますと視界一杯にエックスの顔が広がっていた。
「うわっ!?びっくりしたあ!?」
「なんでだよお」
「あれ……ここ……」
周りを見るとエックスの部屋である。吾我もヒビノたちも居ない。自分は今、エックスの手の上にいる。
「帰ってきたのか……」
「さて公平。ボクはキミに四つ言わないといけないことがあります」
彼女に目を向ける。神妙な面持ちで口を開く。
「まず一つ目。キミはリードくんに負けました」
「う……」
「いやー完敗だったね!まさかちょっと攻撃掠めるくらしか出来ないなんて……」
「ぐぎぎぎぎぎ……!」
「まったくもうっ。ボクが教えてあげてるのにあんな見事な完敗をしないでよっ」
言いながらエックスは公平を指先で軽く弾いた。リードに吹っ飛ばされた時のように公平は転がってしまう。
「まあ。そうは言っても彼の言うとおりではある。ボクの特訓だけ受けてるとどうしても相手が巨人を想定したものになるからね。背丈だけは普通の人間の相手は苦手なのは前からだ」
「……そうだよ。前からだ」
「ではどうする?」
「……次は負けんっ!」
「うん。その意気っ」
タンザナイトにも負け続けている公平にとって、この青天の霹靂のような敗北は精神的ダメージの大きいものだった。負けの流れみたいなものが出来てしまって、それに乗っかっている気分になる。だから強い言葉を負け惜しみでもいいから吐き出す。無理やりでもいいから気分を好転させるのだ。
「じゃあ二つ目ね。『聖技の連鎖』に行くのが三日後に決まったよ」
「三日後!?早くない!?」
「いや全然。方針が決まったんだからむしろもっと早く行ってもいいくらいでしょ」
「た……確かに……」
ヒビノたちとの話も終わってしまって、タンザナイト対策の戦い方もほぼ確定した。これ以上待つ必要は本来ならばない。クロガネが何か気まぐれを起こして、『聖技』へ行く手段を暴露する可能性もある。それを考えると少しでも攻めの一手を急ぐのは当然のことだ。
(残り三日……)
公平は諦観の念を抱いていた。リードの言っていた通りだ。残り三日では付け焼刃にしかならない。たったそれだけの期間では、どれだけ頑張って鍛えたところでタンザナイトと戦えるまでに至るビジョンが見えない。今回はリードに譲ることになるのだろう。
「で三つ目だけど。タンザナイトは公平が相手をしてね」
「うん……俺がね……」
口に出してから初めてその言葉のおかしさに気付いて、公平は怪訝な顔でエックスを見上げた。
「……俺が?」
「そうだけど?」
「なんで?俺リードに負けたのに……」
「そりゃあ。リードくんだとタンザナイトと戦いにならないからねっ!」
--------------〇--------------
タンザナイトとリードとではそもそも戦いが成立しない。エックスやヒビノは共に同じ答えを出していた。
タンザナイトは決して攻撃が効かない相手であるリードと戦闘する理由がなく、リードは神速で撤退をするタンザナイトに追いつく術がない。戦えば間違いなくリードはタンザナイトに勝つだろうが、そもそも戦うことすらできない可能性があるのだ。
「だからさっ。まあこっちで話して。今回はコウちゃんに譲ろうってことになったわけよ」
「ヒビノ……。キミは……」
戦いを終えてヒビノたちに合流したリードは彼の言葉に唖然とした。少し離れたところで気絶している公平の頬を叩いて『おーい』と呼び掛けているエックスに目を向ける。
「口車に乗せられて……。だからってコウヘイくんじゃなくていいだろ?僕が戦えるように用意をしたっていいし……そもそもキミが戦えばいいじゃないか」
「まあまあ。聞けって」
言うとヒビノは、エックスたちに聞こえないようにとコソコソ耳打ちをしてくる。その内容にリードは思わず『は?』と口に出してしまっていた。
「……正気か?ヒビノ?」
「えっ?悪くないだろ?
「悪くないって……。キミは。品性とかないの?」
「ないよ」
ちらっとヒビノはソラを見た。
「アイツの大事なもの。取り返してやらないと」
「だからって……」
「手段は、選んでられない。どんな手を使っても、あの女から取り戻す」
「……っ」
それしかないのだろうか。リードは疑問だった。自分が戦えないのであればヒビノが戦えばいい。彼が戦ってもタンザナイトなる相手とは有利に立ち回れるはずなのだ。
『アイツには。タンザナイトの体力削ってもらうことしか期待してねーよ。お前の言ってた通り、その常軌を逸した高速戦闘は長く使えないだろうしさ。相手が弱ってくればお前が戦う余裕もできるだろ?』
ヒビノの言葉が頭の中で繰り返される。確かに彼の言うとおり手段を選ぶ余地はないのだけれど。それにしてもドライ過ぎる。
「……だから『魔法の連鎖』の人とは仲良くしないわけね」
「え?なんか言った?」
「別に」
--------------〇--------------
「なるほど……そもそも戦いが成立しないから、か」
「そっ。普通は互いに何らかの勝算が無いと戦いにならないよ。勝算なく突っ込んでいくのはただ無謀なだけ。タンザナイトくらい強い相手だったら、数手打ち合って勝ち筋が無いと判断したら戦線離脱するはずだ」
確かにと公平は同意した。タンザナイトはどこか機械的な思考で動いているところがある。無駄なことはしないはずだ。
「それで……俺が?」
「うん。公平の場合は、リードくんとは違う。高い防御力で受け切るプランだ。防御を突き抜ければ敵の勝ちだし、耐えきれば公平の勝ち。どちらにも勝算がある。まだタンザナイトが相手をしてくれる可能性があると思うよ」
「……分かった」
リードに負けた結果だが、それでもタンザナイトと戦うのが自分であるということは決まった。息を数回吸って吐いて、気を引き締める。
「勝つよ。次は。二度負けてるんだ。三度目は、ない」
「うん。そうだね。その意気だ」
エックスがにこりと微笑むので、公平も笑顔で返す。
「……ん?あれ?そういえば言う事は四つあるって言ってなかった?」
「そうだけど?」
「話終わってないか?」
「終わってないよ?」
言うとエックスは軽く手を握り締めた。一瞬にして公平は脱出不能な手の牢獄に閉じ込められることとなる。
「忘れたの?残り三日しかないんだよ?残り三日しかないのに公平はタンザナイトと戦わないといけないんだよ?」
「お、覚えているけど……」
「なら最後の四つ目だ!」
そう言ってエックスは公平を思い切り放り投げた。悲鳴を上げながら空間の裂け目を通り、出た先に在ったのは『箱庭』である。
「こ、ここはっ!?」
「今日から特訓の量は倍にするからね!」
「ば……」
と、絶句しながら顔を上げると。空一面が、街を見下ろすエックスの顔で埋め尽くされていた。通常時から『箱庭』の街一つをその手に収められるほどの大きさにまで巨大化している。『箱庭』の街にいる公平も当然のようにエックスの手の上にいる。
「じゃあまずはウォーミングアップね」
「ウォーミングアップ!?」
エックスの声はビリビリと空気を震わせるソニックブームとなり、街のガラスというガラスを割って、透明で鋭利な雨を降らせた。咄嗟に公平は『勝利の鎧』を纏って、ガラスの雨を凌ぐ。
「こ、この程度ならまだ……」
「じゃあウォーミングアップ始めるよー!」
「まだ始まってなかったのか!?」
顔を上げるとエックスが人差し指をこちらに向けている。『まさか』と呟いている間に、彼女は指先を『箱庭』の街に突き立てる。『箱庭』にあるどのビルよりも大きな彼女の指先が公平のすぐ目の前に聳え立って、その衝撃で彼は軽く吹っ飛ばされる。
「な、なにを……」
「じゃあ。ランニングだ!頑張って逃げること!」
「嘘だろ!?」
「嘘じゃないよー」
エックスが指先を公平に向かってゆっくりと滑らせる。魔力による強化まで用いた公平の全力疾走より少し早いくらいだ。
「うわー!?」
己の限界を超えて走らなければ指に轢き潰される。公平は悲鳴を上げながら、鼻歌と共に迫ってくるエックスの指先から必死に逃げるのであった。




