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喧嘩

「わははははー!逃げろ逃げろー!」

「なんだよなんだよっ。これなんだよ!」

「わっかんないよ!」


 某国立大学に通う大学生、北見と南井は、自分たちが乗っている車のすぐ真横に踏み下ろされる自分たちが乗っている車を容易く踏み潰して、一枚のアルミの板にしてしまえそうな巨大な足と外から聞こえてくる高笑いに戦慄した。

 運転手である北見は、既にアクセルペダルをいっぱいに踏みこんでいた。時速100kmを優に超えるスピードを出している。にも関わらず、外で自分たちを追いかけている巨人の足は依然として離れない。声の調子から察するに疲れてすらいない。それが二人を一層絶望させた。


「北見っ!もっとスピード出せって!」

「分かってるけど!分かってるけどぉ!」


 ただただスピードを上げ続け危険な走行をする車。乗員である二人は、泣き叫んでいてろくに前も見えない状態である。追いかけるエックスはそんなこととは露知らず、猫が鼠を甚振るかのように追いつくギリギリの距離と踏み潰すギリギリの位置を保ちながら車を追いかけまわしていた。

 昔は、ローズが万引きをした女子高生を巨大な身体で捕まえてお説教をしていたことを注意していたのに。今のエックスがやっていることは当時のローズよりも過激だ。彼女も己の矛盾は気付いていた。しかしその気付きごと踏みつぶすかのように、車のすぐ真横数十cmの位置に足を踏み下ろして、車体をよろめかせる。こっちの方が、よっぽど巨人の魔女である自分らしい。

 とはいえ気を遣ってもいた。追いかける車は迫ってくる巨人から逃げようと滅茶苦茶な運転をしている。何も考えずに『箱庭』の中を突っ走るのを放置していれば、間違いなく街の中のどこかに激突して事故を起こす。故にエックスはちょっとした魔法をかけた。道を車が走るのではなく、車が走ろうとする方向を道に変える魔法。これによって建物や障害物になるものは自動的に車を避けるようになっている。おかげで思うがままに車を追いかけられるということだ。


「さあて。そろそろ本気で捕まえようかな?」


 『よっと!』という掛け声とともに、エックスは思い切りジャンプをした。同時に魔法で車のブレーキをかけて、適度に速度を落としてやる。

 次の瞬間、『箱庭』全体が大きく揺れた。車の前に落ちてきたエックスの巨大な身体のせいである。咄嗟に北見は急ブレーキを踏んだ。果たして、エックスの計算通りに車は彼女の足のすぐ目の前で停止する。


「おーっ。ラッキだねえ」

「わああっ!わっ、あああああ!?」

「何してんだ北見!はや、早くバック!」

「分かってるよ!」


 慌てふためく車内の様子にエックスはほくそ笑んだ。ゆっくりと腰を落として、ゆっくりと手を伸ばす。恐怖を煽るように、車のフロントガラスを埋め尽くすほどに巨大な手を近付けていく。


「でもここまでだ。ふふふふ」

「早く早く早く!」

「わあああっ!」


 そしてエックスが捕まえるよりも一瞬だけ早く、車はバックをして急旋回し、そのまま彼女から離れていく。これも計算通り。こんなところで捕まえてしまってはつまらない。後ろに手を回して、余裕の表情でまた車を追いかけ始める。彼らを捕まえるタイミングをエックスは既に決めているのだ。


「あとごふーん」


 エックスの声が聞こえてきた丁度その時だ。助手席に座る南井が泣きながら『お前さあ』と呟きだす。


「なんだよっ、急にっ!」

「お前さあ。ホント。ホントお前さあ。しょうもないよな」

「あァ!?なに言ってんだよ!」

「よく見ろよ!」

「ああっ!?」

「ガソリン!」

「え……ああっ!」


 北見が絶句する。いつの間にかエンプティランプが点灯をしている。


「バカ!バカバカバカバカバカッ!死ね!ガソリンがなきゃ車が走らないってことも知らねえのかバカ!」

「なん、なんで。俺、家出てすぐに満タンにしてきて」

「そんなわけねえだろ!ドライブ始めてから一時間だって経ってねえのにガソリンなくなるわけねえだろバーカッ!」

「嘘だァ!こん、なん」


 魔女の超聴力は車内の怒号を完全に聞き取っていた。想像以上の大パニック。ちょっとイジワルしすぎたかなと一瞬だけ思った。車を『箱庭』に招くと同時にガソリンを一気に抜いておいたのである。これにより車が停止して自らその身を差し出す時間を設定した。タイムリミットは残り三分。

 車は残り僅かなガソリンで、それでもエックスを振り切ろうとスピードを上げる。しかしどれだけ加速したところで、身長100mの巨人から逃れることはできない。20代の女性の平均歩行速度はおよそ時速4.5km。エックスの大きさはその60倍。歩幅も当然60倍の大きさだ。普通に歩いているだけでも時速270kmである。逃げる車を追いかけるのであれば、ゆっくり歩いているくらいでちょうどいいのだ。


「さて。そろそろ時間かな……」


 車に聞こえないように独り言を呟くと。


「わわっ!?」


 足がもつれたフリをする。転びそうになるのを必死に堪えているような姿を見せる。本当は酷くゆっくりのんびり車を追いかけているくらいなので足がもつれるわけがないのだが、獲物である車の方はそんなこととは露知らず、僅かに見えた希望に全てを賭けた。


「北見!今だ北見!」

「あ、ああっ!」


 このまま巨人が倒れればその身体に車は潰される。しかし運が良ければ。一気にスピードを上げてこの道を駆け抜ければ、もしかしたら巨人が転んだ隙に振り切れるかもしれない。そういう希望をエックスは車の乗員たちに与えた。


「うわーっ!」

「行けえええ!」

「わあああああ!」


 そうして車は爆走していき、彼女の身体の下敷きになる位置を駆け抜ける。狙い通りに事が運んだことでエックスはほくそ笑んだ。地面に転ぶよりも先に地面に手を着いて、そのまま腕の力だけで跳躍。走る車を跳び越える。車がガソリン切れを起こして、少しずつスピードを落としていき、やがて止まった。同時にエックスは車の少し前に着地する。


「うんっ。計算通り。タイムリミットだよ!」


 そう言ってエックスはその場に座ろうとした。ジーンズに包まれた巨人の臀部が近付いてくる。車を乗り捨てて逃げようとした二人だったが、それよりもエックスが完全に座る方が早かった。

 ずずんという音がした。エックスは胡坐をかいて、ひし形を作った脚の内側で目を回している二人を見つめる。一人を摘まみあげて目の前に持っていき、じいっと観察をする。


「あらら。気絶しちゃった。残念。もうちょっと遊びたかったのに」


 とはいえ恐怖で倒れるくらいには追い詰めてやったのだ。事故を起こしかけただけで一応まだ誰も傷つけてはいない危険運転に対する仕返しとしてはこれくらいでちょうどいいだろうとエックスは自分で自分を納得させ、二人の記憶の処理をした。『箱庭』で起きた恐怖だけを残してそれ以外の記憶を消す。最後の『安全運転しなさい!』と書いたメモを車の中に残して、ガソリンを返してやり、攫ってきた地点から一番近いコンビニの駐車場に帰してやる。

 全てを終えて『箱庭』の中で一人になったエックスは大きく背伸びをした。


「あぁっ!楽しかったっ!さてっ!焼肉焼肉ぅ!」


--------------〇--------------


 危うく自分や公平を轢きかけた危険運転をしたドライバーに制裁……という名目で満足するまで彼らを弄んだエックスは人間世界に戻り、吾我に誘われた焼肉店に入った。先に公平が来ているはずである。店員さんに吾我の名前を伝えて、案内された席に向かう。


「やっほー!遅くなってごめ……」


 と、そこでエックスが目にしたのは。


「アンタなあ……!」

「参ったなあ。本当のことだろ?」


 公平が、何故か来ているヒビノの隣に座っていた見知らぬ男の胸ぐらを掴んでいる場面だった。

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