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境界線を越えるために

 岸田ナナは新潟県にある某大学の四年生である。心霊とか怪談とかが好きな女性だった。ゼミの研究を利用して心霊スポットを回っている。某県にある『本当に危険』と噂されていた岩波病院や殺人事件が起きた某ホテルが解体される前に行けなかったことを後悔している。

筋金入りのオカルト好きだった。

 そんな彼女は遂に『本物』が出ると言われている場所を見つけた。県内の田舎町の一角。あるうち捨てられた民家──通称、『箱のある家』。

箱に触れた者は気が触れる。その場にはいないはずの何者かの声を聞いたりする。実際に家に行った人から話を聞いた彼女はサークルメンバーを連れて現地に向かった。心が躍った。遂に自分も、深淵の一端を覗き込むことが出来る。

 ──そして。彼女は、箱を見つけた。


--------------〇--------------


 ぼさぼさの髪と寝不足の目。精神的に参っているのが一目で分かる。岸田も一馬と同じ夢を毎晩見るらしい。狭い空間に閉じ込められて、出して出してという叫び声に包まれる夢。その声も日に日に大きくなることに気付いた。いつか目が覚めなくなる日が来るんじゃないかってくなる。


「……バカなことをしました」


 岸田はエックスの手の上でぽつりと呟く。少しは落ち着いてくれたようだと胸を撫でおろす。


--------------〇--------------


 岸田のマンションについたエックスは、彼女の部屋の窓をトントンと叩いた。元の大きさに戻った彼女の身体であれば、ちょっと腰を屈ませれば上層階の窓を外から叩くことだって簡単に出来る。

 ところが中で聞こえたのは大騒ぎする声であった。異様に怯えた様子である。


「どうしたんだろ」

「とうとう幽霊がきたと思ったんだろ」


 公平の答えにハッとする。よくよく考えればここは相当に高い所だ。外から窓を叩く音がしたら怖いに決まっている。仕方がないので一馬に連絡をとってもらった。自分がお化けではない生きた存在である事を理解してもらう。代わりに巨人が来たということで悲鳴を上げられたのだが、それはまた別のお話。


--------------〇--------------


 ひと悶着あった後、エックスは他の三人を手に載せたまま『箱のある家』に移動した。一馬や岸田に教えてもらったので大まかな住所は分かる。魔法を使えば簡単に行ける。

 『家』を見てエックスが最初に思った事は、『これは確かに危ないな』であった。今まで見てきた心霊スポットとは根本が違う。ここには明らかな悪意がある。ちらりと手の上に視線を向けた。


「ねえ公平」

「うん」

「どう思う」

「ヤバイ」

「だよねえ」


 エックスはぽつりと呟いた。魔法が使えない人にだって恐怖を伝えてくる。出来れば他の二人は避難させたい。だが二人から目を離したすきに『箱』を仕留める前に危害を加えられそうでもある。二人のことは最後まで守らなければならない。

 しかし問題はない。エックスには自分が動けないときにでも戦ってくれる頼りになる人がいる。公平を摘まみ上げて地面に降ろした。彼を見下ろして言い放つ。


「じゃあ公平。中に入って『箱』の部屋に行ってみてもらっていい?」

「はーい」


 なんて言って平気な顔で家の中に入っていく。慌てたのは一馬の方だ。話と違う。この人が助けてくれるんじゃないのか。あんな奴に何が出来るんだ。


「ちょ、ちょっと。い、いいんですか。アイツ一人で……」

「大丈夫大丈夫。ボクは二人を守る役だからさ」


 笑いながら答える。それからちらっと岸田を見た。沈んで、反応も薄い。期待なんてしないよって顔。色々なことを諦めた顔。


「そういえばナナちゃん?」


 突然名前を呼ばれた岸田はビクッとしながらエックスを見上げた。彼女を安心させるように優しく微笑む。


「さっきナナちゃんの言ってた病院とホテルだけど」

「は、はい……。入ったらただじゃすまないって噂で……」

「そこにいたのをやっつけたのってボクたちだから」


 岸田はぽかんとした顔でエックスの緋色の瞳を見つめる。返事の代わりにウインクしてみた。


--------------〇--------------


 かっこつけるんじゃあなかった。公平は後悔していた。重い足取りで暗い階段を登る。この家の逸話も怖いし雰囲気も怖いし。

 幽霊には絶対に負けないけど、それは幽霊が怖くないという意味ではない。今だって一人じゃなくてもホラー映画を見られないし、遊園地のお化け屋敷だって怖くて入れないのだ。


「エックスのやつぅ……。覚えてろよなあ」


 中に入って箱を探してこいなんて簡単に言いやがって。あとで文句の一つでも言ってやらないと気が済まない。

 ぎしぎしと床が軋む。元々住んでいた家族が消えてから相当の時間が経っているらしい。そりゃあ床だって古くなっている。足元が抜けたりしないか不安だ。スニーカーが床を踏みしめるたびにそう思う。

 階段を登り切った先に二つの扉があった。『箱』があるのはどちらか。公平は開ける前に分かった。右手の扉。異様な雰囲気が漂っている。


「……こっち、だよな」


 ドアノブを掴んで回す。果たして、そこは『箱』以外何もない部屋だった。案外あっさり辿り着いたものだ。『箱』は確かにそこに在った。それを認めた瞬間に公平は『うげえ』と呟いていた。エックスに念話を送ってみる。


『あったぞ』

『おつかれ』

『それでどうする?』

『……触ってみる?』

『え』


 公平は嫌だなーって顔をしつつも箱に手を伸ばした。いくら何でも死にはしないだろう。と、その時である。耳元で声がした、気がする。


『開けて』『助けて』


 手を伸ばす。手を伸ばす。その度に声が大きくなる。気のせいじゃあない。この中の何かが語り掛けているのだ。鼓動が大きくなる。ゆっくり、ゆっくりと伸ばした手は、遂に『箱』に触れた。

 反射的に手を離す。『箱』の正体。中にあるもの。触れた瞬間にそれらが分かってしまった。


「──『最強の刃』」


 全ての魔法の中で頂点に立つ最強の魔法──そのイメージの具現。人を傷つけることが出来ない代わりに、魔法同士のぶつかり合いであれば一方的に『最強の刃』が勝利する。魔法を打ち消す刃の魔法だ。

 再びエックスの声が頭に響く。


『どう?』

『この箱は絶対ぶっ壊す』

『そう。で?その箱なんだった?』

『魔法だったよ』

『そっか。やっぱりそうか』


 それもとびきりに趣味の悪い。──だから。


「行け」


 公平は刃から手を離した。この『最強の刃』は魔法を破壊する力しかない。だからこそ、それだけに極限まで特化している。対魔法では無敵だ。自分から勝手に動いてくれたりもする。

 公平の手を離れた刃は、その機能によって、吸い込まれるように箱にぶつかった。箱が消滅し、その中身が外界へとあふれ出す──。


--------------〇--------------


 エックスは空を見つめていた。夜空の向こうの暗雲。そこから感じる嫌な気配。手のひらの上にいる二人が震えているのが分かる。彼女自身『箱』の正体に吐き気さえ覚えたのだ。

 家を見た時に気付いた。その内部にある各辺十数センチくらいの小さな空間。そこには夥しい数の魔法のキャンバスが詰め込まれていた。それこそが『箱』なのだとすぐに理解した。

 更に『箱』を解析した。その正体は魔法である。触れた者・近づいた者の精神を崩壊させたり、或いは悪夢を見せたりして死へといざなう。そして『箱』の影響を少しでも受けた者は死した瞬間に魔力とキャンバスを箱の中に詰め込まれるのだ。魔力は『箱』の維持のために。キャンバスは──。


「境界線を越えるために」


 エックスは無限の広さを持つキャンバスを手に入れた。そのキャンバスは心の世界を超えて、現実の世界にまで広がった。彼女はそれによって全能の力を手に入れたのである。そして、『箱』の術者は別のアプローチでそれを成そうとしたのだった。

 心の世界と現実の世界。その境界線はどこかに必ずある。小さなキャンバスでも無数に集めれば、億か兆か、或いはそれ以上かは分からないけれど。どこかで現実の世界にあふれ出すはずだ。そのキャンバスを手に入れることで神のごとき力に至る。それが術者の目的だったのだ。

 『箱』の内部のキャンバスはすでに万単位では効かない数だけあった。それだけの数の人が、既に犠牲になっている。

 そして……これは人間の発想ではない。人間の寿命では『箱』の中のキャンバスが境界を超えるに足る広さになるまで生きていられない。そして、この世界には一人だけ、それが出来る存在が居た。


「巡り巡ってこんなところで。何だか変な気分だねえウィッチ」


 エックスは手の中の二人を服のポケットに入れて、それから『未知なる一矢』を構える。


「『完全開放』」


 『箱』を解析して分かったことはもう一つあった。あれはウィッチの魔法であるということ。

 大抵の魔女は無限のキャンバスに至る前段階、ランク99にすら至ることすら出来ない。そこに到達できる魔女は本当に一握りだ。きっと、ウィッチもそうだったのだろう。それでも彼女はその先を目指した。その為の手段が『箱』なのである。

 『箱』がいつ頃作られたのかは正確には分からない。『箱』は様々な国の様々な人の手に渡り、巡り巡ってこの家に辿り着いたのだ。

 そして今、公平が箱を破壊したことで内部のキャンバスが空へと飛びだした。あの雲は正確には雲ではない。犠牲になった人々のキャンバスの集合体だ。悲しみや恨みの感情で一つに溶け合った怪物だ。箱が吸収した魔力の力で何らかの実態になろうとしているのだ。放置は出来ない。巨大なキャンバスと膨大な魔力を持つ怪物は、本能のままに動くだけで人間世界に大きな影響を及ぼす。

 エックスは『矢』を放った。流星みたいな軌跡を描いて、輝く矢は雲の中へと飛び込んでいく。次の瞬間、巨大な爆発音と共に雲がはじけ飛んだ。


「ふう。これでよしっ!」


 ガラリと家の窓が開いた。そこから公平が顔を出す。エックスは彼をにっこりと見下ろした。


「どうしたの?」

「いいとこ持っていきやがって」

「ふふん」


 なんて言って、得意げに笑う。


--------------〇--------------


 一馬は深夜の道で車を走らせていた。エックスは車も一緒に送るよ、と言っていたが断った。一人になりたかった。

 むかつく。むかつくむかつくむかつく。


「なんであいつだけ……」


 兄が、公平が、あの『箱』を壊したのだという。エックスから魔法を教わっているという。恋人同士だという。

 急に自分の今がつまらないものに感じた。特別な力も現実離れした出会いもない。兄より充実した日々を過ごしている気がしたけど、本当はそんなことはなかったのだ。

 今の二人の現実を分けた要因はシンプル。


『え?なんで公平に魔法を教えたのかって?えっとね。最初に見つけたのが公平だったから。この子でいいやーって』

『そんな理由で俺に魔法を教えたのかオマエッ!?』


 ただの運だ。そんな理由で。たまたま生活している場所が、タイミングが違っただけで、どうしてこうも違う。


「むかつく……」


 思わず口に出した。その時、目の前に何かが飛び出した。咄嗟に一馬はブレーキを踏み込む。帽子をかぶって、スーツのような服を着ている人。心臓がばくばくしている。焦りと怒りに流されて、窓を開けて怒鳴った。


「危ねえだろ!どこ見て歩いてんだよ」


 すると相手は一馬を指差して言った。


「あなたですよ」

「あ?」

「あなたを見ていました」


 声の様子と、帽子から覗く顔立ちから女性であることが分かった。男装の彼女は、口元を歪ませ更に続ける。


「神様って不公平なんです。力も富も愛も全てを与えられる人もいれば、何も与えられない人もいる。でもね。与えられなかった側だからって悲観することはないんですよ」

「あんた何言ってんだ」

「捨てる神あれば拾う神あり、ってやつです」

「だから何言ってんだよ。あんた誰だよ」


 一歩一歩。彼女は近づいてくる。一馬は思わず車から出ていた。


「ごめんなさい。申し遅れました。私の名前はアルル=キリル。あなたを選んだ『守護者の連鎖』の神様です」


 言っていることがよく分からない。頭のおかしい女だ。こんなやつ無視して然るべきだ。従ってはいけないのだ。


「私はあなたを『特別』にしてあげます。さあ、この手を取って」


 従ってはいけない。少なくともそれだけは分かっていたのに。その瞳は吸い込まれそうなくらい真っ暗で。気付いた時には、一馬は彼女の手を取っていた。


「正しい選択です」


 闇に溶けるような声がした。

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