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防御の特訓

「どうだった?」

「んー、よく分からなかったなあ」

「そっか……。実は俺もなんだよな」

「じゃあなんであの映画を見に行ったんだよ」


 マリアが半分呆れた笑みで言った。姉に勧められたからだとはいえず、苦笑いで返答をする。


『デートってことよね?それなら恋愛映画がいいと思うの!今やってるのだと『明日の今、僕と君は』とか……』


 そういうものではないと何度も言っているのに、結局姉の言うとおりにしてしまった。桑野はため息を一ついて、近くにあったファミレスを指差した。


「ここで何か食べていこうか」

「おっ。いいねえ」


 案内された窓際の席でメニューを開き、マリアに見せる。『どれにすっかなー』と言っている彼女を見つめながら桑野は考える。


(まあ。いいか。映画はなんでも)


 同じものを見て、互いに感想を持てる。それを語り合うだけでも会話が成立する。ヒトとは違った感性を持つマリアと仲良くなるためには、一つでも多く話をすることが肝要だと桑野は自分を納得させた。そういうことなら、あのよく分からない恋愛映画でもいいのかもしれない。


「おい桑野。お前はどうするんだよ」

「え。ああ。えっと、お前は何を頼んだ?」

「これだ」


 マリアが指差したのは春野菜の和風パスタ。桑野は目をぱちぱちさせる。性格のわりに女の子みたいなものを頼むんだなと思ってしまう。


「あ、っと。じゃあ俺は。オムハヤシにするかな」


 店員を呼んで、各々の食べたいものの他に、ドリンクバーと山盛りポテトを注文する。


「じゃあ、飲み物持ってくるから」

「おう。気が利くな」


 マリアは何が飲みたいのだろうか。考えながらドリンクバーに描かれている飲み物をそれぞれ見る。


「……カルピスソーダで良いか。アイツ白いイメージあるし」


 マリアのカルピスソーダと自分用の烏龍茶を持って席へと戻り、彼女に飲み物を手渡す。『サンキュ』と言いながら、マリアは受け取った白い飲み物の入ったコップを怪訝な表情で見つめる。


「なんだこれ」

「カルピスソーダ」

「なんだそれ」

「甘くてパチパチしてる」

「なんだそりゃ」


 マリアは首を捻ってカルピスソーダを一口、飲む。


「甘くてパチパチしてる」

「な?」

「なんでお前が得意げなんだ」

「え」

「まあ美味い。うん。美味いよ。不味くなる要素ないもんな」


 半分だけ飲んだコップをテーブルに置いて、マリアは窓の外を眺める。車や人が行きかう情景を見つめながらにこにこしている。

 彼女が何を考えているのか、桑野には分からない。彼女はこの景色を壊そうとした張本人だ。なのにどうしてそんな顔を出来るのか分からないのだ。自分はそういうものと対面すると吐きそうになるのに。


「……さっきの映画だけど」

「ああ。よく分からなかったな。あの男は一体どうしてあの女に固執していたんだか」

「そりゃあ……好きな人だからだろう」

「もうすぐに死ぬのに?」


 『明日の今、僕と君は』は恋愛映画である。不治の病に侵されて余命宣告を受けている女の子と、そんな彼女に恋をした男のラブストーリーだ。絶対に避けることの出来ない別れの運命から逃げずに、最期まで精一杯生きて笑い合った二人の関係性が評判である。


「百歩譲って生きている間はいいとして。死んでからもその女を想い続けて一人身を貫くなんてどうかしてる。さっさと新しい相手を見つけるべきだろ、真っ当な生き物なら」

「……それは」


 不機嫌に言うマリアに対して、桑野は思わずある言葉を口にしそうになった。それを飲み込んで、代わりに『そうだね』と当たり障りのないことを言う。すると彼女はぱあっと笑顔になる。


「な?お前でもそう思うんだ。アタシは間違ってないよな?いつまでも死んだやつに囚われているなんて変だよな?」

「あ、ああ……」


 きっと、これを言いたかったのだろうなと桑野は想像する。遠い昔に亡くなったタンザナイトに固執するルファーに対して。


--------------〇--------------


 『箱庭』の街。にこにこ顔のエックスが楽しそうに手を挙げる。


「よーっし!今日も元気にやろうか!」

「お、おー……」


 彼女はその場で軽くジャンプした。公平はよろけながら力なく手を挙げる。

 昨日から始まった『守り』を鍛える特訓は過酷なものだった。やることはただ一つ。絶え間なく放たれるエックスの全力攻撃を避けずに受け止め続けるということだ。避けてはいけない。これはタンザナイトの回避不能な超高速攻撃に耐えるための特訓なのだから。


「それでは……まずはっと」


 カッとエックスの身体が輝いて、一気に膨れ上がる。膨張する身体や靴に、『箱庭』のビルは次から次へとなぎ倒されていった。

 普段の10倍へ巨大化。1kmの大きさ。圧倒的な重量は単純な物理攻撃ですら致命的なものとなる。ギリギリ死なない程度の加減に慣れているエックスでなければ、この体格差での特訓は成立しない。

 暗い影が公平を包む。見上げれば何やら妖しい笑みを浮かべている。半歩彼女が足を前に出せば、目の前にちょっとしたビルくらいの高さを誇る靴が鎮座する。


「じゃあ。始めようか?公平」

「よ、よしっ。『勝利の鎧』!」


 魔力による防御だけでは今のエックスの全力攻撃に耐えきることは出来ない。100%初撃で意識を持っていかれる。初日に分かっていたことだった。


「せー……」


 そっとエックスが足を上げた。踏みつけられると予想して公平は身構える。と、それを見たエックスがにやりと笑った。


「のっ!」


 その場に足を踏み下ろす。公平のすぐ目の間に、百メートル以上の高度から落ちてくる超巨大な靴と質量が、『箱庭』の街を一瞬にして粉砕し、衝撃であらゆるものが浮かび上がる。


「うおおおおおっ!?」


 当然公平も。相対的に十分の一に縮んで塵のようになったとしても、エックスは決して彼を見逃さない。再び足を上げて、正確に公平を蹴り上げる。


「うわああああっ!」


 悲鳴を上げながら上昇する。鎧のおかげでダメージは大幅に軽減されていたが、その鎧が既に罅割れて悲鳴を上げていた。もう一撃受ければ確実に崩壊する。


「『勝利のよろ』……」


 詠唱の最中。公平の目の前にエックスが現れた。一瞬動揺して詠唱が途絶える。その隙を彼女は見逃さない。呆けている公平を思い切り殴りつける。


「ぎゃああああ!」

「ふっ!」


 巨体は空気を蹴って公平を追いかける。既に彼の身体を守る鎧は砕け散っていたが、お構いなしにエックスは追撃する。勿論死なない程度の加減をしつつ、念のため彼女の魔法で公平を守りながら。


「油断しちゃダメだぞー?こうなるから……ねっ!」


 殴りつけて。吹っ飛んだところを追いかけて、続いて蹴り上げる。高度数十キロの高さまで昇ったところで手を向ける。次の瞬間に千を超える数の魔法の弾丸が一斉に公平を撃った。遥か上空で公平の悲鳴が聞こえる。

 やがてゆっくりと彼が落ちてくる。途中から攻撃を耐えるのではなく、耐えきれないほどのダメージを回復魔法で無理やり誤魔化して辛うじて意識を保つというスタイルに切り替えたらしい。それでも体力は限界で、飛行を維持することは出来ず、緩やかに落ちてくるのがやっとの状態だった。

 暫く待っていると、エックスの眼前に彼が落ちてきた。


「ご、ごめ……ちょっと休ませて……」


 エックスはにこりと微笑むと両腕を思い切り広げて。


「お──」


 ぱちん。公平を両手で叩き潰す。手を広げれば彼が目を回していた。エックスの保護の魔法のおかげで大きな怪我はない。ふっと息を吹きかける。細かい傷も即座に回復し、公平は目を覚ました。


「うう……。生きているのか……」

「当然だって。ボクがキミを死なせるわけないだろう?

「あはは……」

「よーしっ。じゃあ第二回戦を……」

「待って!一回待とう!ちょっと休憩しよう!」

「ふふっ。分かった分かった」


 そう言ってエックスはその場に座り込んで公平を下ろす。一息ついていると『ボクも休もうっと』という声と共に彼女がすぐ傍に腰かけた。


「疲れてないだろエックス」

「気疲れした。公平が死なないようにいい感じの加減を維持するのって大変なんだから」


 言いながら巨大な靴のつま先で、エックスは公平をつんつんと突っつく。休まらないなあと公平は苦笑いした。

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