それなら今日は休憩ということにしようよ
海の食材の調達を終えた後。エックスは魔力探知によって人がいない島を見つけ出し、公平を連れてその島まで移動した。
魔女の大きさのまま、浜辺にて鉄板を魔法で作りだし、魔法の炎で鉄板を熱して、ヤキソバの具材を自分のサイズにまで一度大きくしてから調理を開始する。
「なぜその大きさで料理を?」
公平が足元で尋ねる。エックスはくすっと笑って答えた。
「完成するまでお見せしないように、さ。最後まで楽しんでもらうよ?」
エックスの言うとおり、ヤキソバはただいま数十メートルの高さで調理されている。地上にいる公平には匂いさえ届かない。当然エックスが目指す完成系も全くもって不明である。魔法で飛べば見られるだろうが、せっかくなので彼女の言うとおりにして完成を待つことにした。その場に座り込んで、脚をだらんと伸ばして、リラックスした姿勢を取る。
(……いや。流石に腹減ったな)
ぼんやりと思う。見上げる先にいるエックスは鼻歌を歌いながら楽し気に料理を進めていた。彼女はお腹が空いていないのだろうかとふと疑問に思って、空いていないんだろうなと納得する。
「よーしっ!かんせーい!」
完成品を皿に盛りつけて、公平のサイズにまで縮めて、そっと膝を落として彼に差し出した。いい匂いが公平の鼻を刺激する。イカやエビや魚などのシーフードや多種の野菜を具材とし、フカヒレの餡のかかった豪華仕様の海鮮ヤキソバ。白い皿の上で輝いて見える。
「おー。うまそー」
「ふっふっふー。『美味そう』ではなくて『美味しい』のさ。さあて。ボクも食べようっと」
ヤキソバを啜る。思いのほかソバや具材は薄味。その分フカヒレ餡が味の補強をしていて丁度いい。
「イカ美味いな。俺イカ好きかもしれん。イカリング好きだし」
頭の中に浮かんだ言葉がそのまま出力されてしまう。空腹のせいか或いは疲れているせいか、もしくは目の前に広がる広大な海に脳みそがどこかの機能をオフにして休んでいるのか。エックスはそんな公平を不思議そうに見つめながら、『イカリングは美味しいからねえ』とズレた返答をした。
「ふうっ。うん。エックスの言うとおり。本当に美味かった」
「でしょー?」
エックスが手を伸ばして空になった皿を手渡すようにジェスチャーで促す。公平はそれに従って、彼女の親指と人差し指の間に皿を挟み込んだ。
「ほら見たことか。やっぱりフカヒレはあった方がいいのさ!」
「うーん……」
正直なことを言うと。実際美味しかったことは美味しかったのだけれど、フカヒレの味はあまりよく分からなかった。醤油ベースの美味い餡のかかった美味い海鮮ヤキソバだったが、フカヒレはなくても味は変わらないような気がしていた。
「うん。そうだった。俺が間違ってたよ」
ただそれを正直に言ってもいいことはないので、そういうことにしておく。するとエックスは得意げな表情で微笑んで、『どうだどうだ』と右足の親指で公平を軽く小突いてくる。
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「こんなことしてていいのかなあ」
海を見つめながら公平は呟いた。水平線の手前で船が浮かんでいるのが見える。海鳥が幾つも青い空を飛んでいる。静かな波が浜辺に迫ってきては離れていく。
広大な海を見ていると時間が止まったような錯覚を起こす。けれど現実にはしっかりと時計の針は進んでいて、それを自覚するにつけ酷く無為に時間を浪費していることを自分自身に責められているような気持ちになる。
「うーん……。そうだねえ。それなら今日は休憩ということにしようよ。明日から本腰を入れて考えるということで……」
「明日からかあ」
夏休みの宿題を先送りにしている気分だ。このまま1週間後まで休憩し続ける気がして怖い。
「俺一回夏休みの宿題を8/31まで放置してたからなあ。アレトラウマなんだよ。泣きながら親と一緒に深夜まで宿題やってさあ」
「あははは。公平そんなことあったんだ。なんだか可愛いじゃない」
「まあ今にしてみたらいい思い出だけどさ」
タンザナイトの能力の正体が分かって、対策ができるまでヒビノは『聖技の連鎖』に行かないかもしれない。そうなれば公平たちも『聖技』には行けない。
これも十年二十年経った後ならば『いい思い出』になるのかもしれないが、現在進行形の今の気持ちとしては『もどかしい』以外の何物でもない。自分のせいでまたエックスに迷惑をかけてしまうのが不甲斐ない。
「そんなこと気にしなくてもいいのにな」
背伸びをしながらエックスは立ち上がる。身体についた細かい砂がぱらぱらと落ちてきて、公平にかかった。
「ほら。何も考えずに海で泳ごうよ。脳みその休憩をしようよ」
「まあ考えてもしゃーないしなあ。今は泳ぐしかないか……」
「よしよし、なかなか話が早いじゃあないか。それなら、っと」
「え?」
足下の公平に手を伸ばして、彼を拾い上げる。戸惑う彼を手の中に包んで、エックスは目の前に広がる海を睨んだ。にやりと笑みを浮かべて、公平に語りかける。
「公平は覚えてないと思うけど。実はボク昔キミと海に来てるんだよね」
「え?そうなの?」
「その時に聞いたよ?海で溺れそうになってトラウマなんだって?」
「う……。そうだよ」
「けど大丈夫。あの時の公平も最後には克服したからさ。今日のキミもきっと乗り越えられるとも!」
「え?」
「とはいえ念のためね」
風の魔法が公平を包んだ。これで最悪のことは絶対に起こらない。海に落ちても風の魔法が空気を供給し、浮き輪のように浮かび上がらせてくれる。逆に言えば、これで公平と思いっきり遊べるようになったということだ。
「と、いうわけで──」
「おい……」
ゆっくりと。大きく振りかぶる。その手の中には依然として公平がいた。
「一名様ごあんなーいっ!スリル満点のシーダイブ!満喫してくださいねー!」
「はっ!?シーダイブ?おいっ。ま、待て!待て待て待てっ!まだ心の準備が──」
「とりゃー!」
「うわーっ!?」
思い切り。エックスは海に向かって公平を放り投げる。その悲鳴が水平線に向かって遠くなっていって。小さかった彼の身体も徐々に徐々に見えなくなっていって。やがて、ぽちゃっという音とともに小さな水しぶきが上がった。
「よーしっ!」
そこに公平がいる。それだけ分かれば十分。魔力で脚力を強化して、思い切り走り出す。巨体が駆け、強い地面を蹴る度に無人島が揺れ、大地が抉れていった。エックスはお構いなしに走っていって、波打ち際で一気にジャンプをする。目指す先は公平の落ちた地点だ。
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「ぷはっ!ああ……死ぬかと思った……」
海に落ちた公平は顔を出した。エックスが事前にかけてくれた風の魔法のおかげではある。おかげではあるが。
「そもそもこんな乱暴なことをするなっての」
と、ぼやいていると。公平の身体を黒い影が包んだ。イヤな予感がして上を見ると。
「あ」
白いビキニに包まれたエックスの胸が。身長100mの巨人が。落ちてくる。
「うわーっ!?」
慌てて逃げようとするも地上とは勝手が違う。水の抵抗で身体は重く、当然エックスの着水からは逃れられなかった。
大きな水しぶきが上がった。エックスが海に飛び込んだ証である。
--------------〇--------------
「ふうっ!」
海からエックスが顔を出す。海水に濡れた顔を手で拭って、ぷるぷると頭を振って濡れた神から雫を飛ばした。
「おや。公平は?」
風の魔法がある以上溺れるわけがない。しかし周りの海面に彼の姿は無い。首を捻りながら魔力探知で公平の位置を辿る。すぐに彼のいる場所は分かった。小さく笑いながら髪に手をかける。
「まったくもう。そんなところにいたのかい?」
「うう……」
髪の毛に絡まっていた公平をそっと摘まみあげて手の上に乗せる。その手を顔の前に持ってきて、にこりと微笑みながら彼を突っついてやる。
「頼むからもうちょっと手加減してくれ……」
公平は力なく呟くのであった。




