おまえはもう逃げられない
『魔法の連鎖』を守る錠。三つの連鎖が互いに力を掛け合わせることで成立する究極の防御。その準備がいよいよ整った。あとはエックスが合図を一つ送るだけ。それだけで防御が完成する。『聖技』と同じように、鍵を全て集めなければ中に入ることはほぼ不可能になる。
「それで。『聖技』はどうやって攻める?」
『聖技』攻略の作戦会議。エックスの部屋には吾我とローズの姿があった。机の上には吾我と公平が座り込んでいて、向かい合う椅子はエックスとローズが使っている。
「『虹翼』の時みたいに、みんなで乗り込むつもり?」
「いいや。今回はボクだけで行こうかなって」
吾我が怪訝な表情を見せる。『聖技の連鎖』を治める女神はア・ルファー。推定だがエックスに匹敵する能力を持つ強力な女神である。それに加えて『聖技の連鎖』には聖女がいる。魔女のような巨人たちが前座として襲い掛かってくるのだ。脅威度は『虹翼の連鎖』よりも高い。
「何故だ?以前よりも危険な場所だろうに」
「んー。危険だから、かな……」
『聖技』にはルファーがいる。彼女を相手にするのは万全の状態で、一切の隙がないときでなければいけない。そうエックスは考えていた。
仲間を連れて行けば出来ることは増える。しかしその分彼らを気にかける必要も出てくる。全く無視が出来る程エックスは合理的にはなれない。で、あれば。いっそ殆ど誰も連れて行かない方がいい。
「俺も留守番?」
公平が尋ねる。エックスは視線を彼に向けて、『そうだよ』と言うと、人差し指でつんつんとその背中を軽くつっつく。
「せっかくタンザナイトを倒すために今日まで魔法の特訓をしてきたのになー」
「う……」
痛いところを突かれた。一応、三つの連鎖が『鍵』の用意をしている間はそういう理由で今日まで彼を鍛えてきた。実際最初のうちはそのつもりだった。しかし今日が近付くにつれてその考えが変わった。今回は相手が悪い。それに色んな意味で負けるわけにはいかないのだ。
「ごめんって。ちゃんとホントのことを言わなかったのは謝るよ。でもさ……」
エックスが困っている。公平は彼女の表情と、自分を突っつく指先の勢いでそれを察した。流石に意地悪が過ぎたかなと反省する。彼女の指先を撫でて、微笑みながら口を開く。
「ごめんごめん。ちょっとイジワルした。分かってる。今回はエックスに任せるよ」
「……もうっ」
「それなら。今回は私たちは留守番ってわけね」
「うん。悪いけど、万が一『魔法の連鎖』を襲ってくるヤツがいたら相手をしてほしいな」
「いないだろう、そんなの。杞憂だ。完璧な防御を組んだんだから、入り込まれたら困る」
「それもそうだ。ふふっ」
小さく笑いながらエックスは立ち上がる。いよいよ出発の時である。
「そういうことだから。『魔法の連鎖』はみんなに任せるよ。ボクはルファーをやっつけてくる!」
公平たちは同時に頷いた。とはいえ彼らがやらなくてはいけないことはこの段階になればもうない。エックスが『聖技の連鎖』に乗り込んで、ア・ルファーを打倒し、帰ってくるのを待つばかりである。
本来であれば。
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「よしっ」
『魔法の連鎖』の外側。暗い暗い虚無の海。連鎖よりも大きくなったエックスが浮かんでいる。
「まずは……っと」
『神秘』・『天拳』・『心錬』の三つの連鎖へ合図を送る。と、同時に彼らの力が発動されて、『魔法の連鎖』を守る錠が完成した。ここまでは予定通りである。
次にエックスは『心錬』・『影楼』・『虹翼』から回収した鍵を用意して、力を流し込む。魔法のエネルギーを取り込んだことで鍵が力を発動し、『聖技』を守る錠が外れた。
「……なるほど」
今までは錠のせいで、ルファーの巨大な力を探し出すことが出来なかった。だが今、その錠が消滅した。連鎖の海の遥か彼方に、途方もなく大きな力の気配を感じる。恐らくはアレがルファーの力である。流石に目の当たりにすると緊張するが、もう止まることは出来ない。
「『開け』」
『聖技』に行き着く空間の裂け目を開けようとする。が、うまくいかない。遠く離れすぎているせいだ。本来ならば問題なくそこまで行けるが、スタートとゴールが遠いせいでルファーの妨害を受けている。
仕方がないので、連鎖の海を泳いでいくことにした。更に巨大化して近付くという考えはない。これより大きくなると進んでいく間に他の連鎖とぶつかって、壊してしまう恐れがある。
「まあ。いいさ。急いで行けば一時間くらいで着くでしょ」
と、進みだしてから三十分が経過した。ちょうど『魔法の連鎖』と『聖技の連鎖』の中間地点。そこでエックスは気付く。ルファーは新たな錠の用意をしている。以前のモノと同じ、三つの連鎖の連携により成立する錠だ。エックスが集めた鍵によって既存の錠が外れたことで、新たな錠をかけられるようになったのである。問題なのはそれが完成するまでの残り時間だ。エックスは慌ててスピードを上げる。
「あと二十分しかないじゃないか!」
恐らく、ルファーは初めから保険をかけていた。仮に錠が外されても、新たな錠をすぐさま用意できるようにしていたのだ。そうでなければこのスピードで鍵をかけられるわけがない。鍵がかけられてしまったら、また1から──ではなくゼロからのスタートになる。どの連鎖が鍵の管理をしているのか、調べ直さなくてはいけないのだから。
『急げ―!急げ―!』と。無意識に独り言を言いながらエックスは進んでいく。このペースで休まずに進めば、『聖技』の鍵が完成するよりも先に辿り着くことができる。ほっとしたところで。まるでここまで『魔法の連鎖』からエックスが離れるのを待っていたかのように。
「これなら……。ッ!?」
『魔法の連鎖』から『聖技』の力がするのに初めて気付いた。ここまで離れてようやく気付くなんてことは本来あり得ない。恐らくはルファーが、今の今までこの力の気配を隠していた。それが顕わになったということの意味は一つ。『さあ選べ。『聖技の連鎖』と対決するために進むか。『魔法の連鎖』を守るために引き返すか』──。
「ルファー……!」
どうして錠のかかった『魔法の連鎖』に『聖技』の刺客がいるのかは分からない。問題なのはそこではない。
ここで退き返さなくては『魔法の連鎖』が危ない。だがここで進まなければもう『聖技の連鎖』にはたどり着けないかもしれない。それはつまり、公平の記憶を取り戻すチャンスが永遠に失われるかもしれないという事だ。
「公平……」
エックスの答えは、とうに決まっていた。
--------------〇--------------
「弱いね。相変わらず」
「……くっ」
タンザナイト。水晶のような聖剣を手にした美しき殺戮者。彼女は突然に現れた。
場所はWWの一施設。ガンズ・マリアの収容所。彼女の気配を手掛かりにして参上し、職員たちの胸を手当たり次第に一突きにして殺害。異変を察知した吾我は、ちょうど一緒に昼飯を食べていた公平と共に駆けつけた。
血まみれのデスクとノートパソコン。そして転がる血まみれの死体。それを踏みつけて、こちらを睨む下手人と思われる女の姿。死屍累々の状況に激昂した吾我は斧を手にして突撃し、そこを一瞬のうちに斬りつけられた。彼が動き出した瞬間に、公平が回復魔法をかけておかなければ恐らく死んでいた。
続けざまに公平は『ギド=デイルハード』を発動させる。超高速で動くタンザナイトにはこの魔法を使わなければ勝負にならない。そう思ってのことだったが。
「この数か月何をしていたのやら」
「コイツ……」
タンザナイトの剣圧に吹き飛ばされ、事務所内の備品に激突する。痛む身体で彼女を睨む。両者の距離は目測でおよそ10m。
『ギド=デイルハード』を使ってなお、公平はタンザナイトには追い付けなかった。重ね掛けしていた魔力の鎧が無ければ、とうに四肢は切断され、息絶えているはずである。
「さあ。打つ手がないなら。このまま死んでもらうね。『限定解除申請。レベル3。リミット1セカンド』」
「っ!」
公平が手に持っている魔法。そのオリジナルの使用者たる心錬使いのギドウが、目で追いかける事さえ出来ずに殺された速度。今の自分では間違いなく追いつけない。
「──なら!『レベル5』!」
「『限定解除承認。レベル3』」
「これなら──」
トン、と音がして。タンザナイトの剣が左胸に突き刺さる。ほんの一瞬のうちに、彼女は距離を詰めた。咳と一緒に吐き出した血が、タンザナイトの服を赤く染める。
「か……」
「さあこれで終わ……。ん?」
「く、くく……。剣が、抜けないみたいだなァ……?」
タンザナイトが信じられないものを見る目で自分を睨む。そんな彼女を、自分の残る力の全部で抱きしめる。こう来ると信じていた。ギドウの時も。WWの職員を仕留めた一撃も。吾我を襲った凶刃もすべて胸を突いていた。最後の一撃もここに来ると思っていた。
ならば一撃を耐えればいい。攻撃を受ける覚悟を決めて、魔力によって全力で守れば。痛みを耐えることができれば一撃は受けられる。少なくとも即死には至らない。それでいい。『レベル5』の力で胸元に仕込んだ杉本の魔法、『ハリツケライト』がタンザナイトの剣に当たれば、それでいい。
「お前……!」
「おま、えはもう、逃げられ、ない……」
物言わぬWWの職員たちに悪いな、と思いながら。最後の呪文を唱える。
「『未知なる一矢・完全開放』!」
施設の外。空の上。巨大なる光の矢が放たれる。それと同時に、公平の意識は途切れた。




