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リフレッシュをしよう:ミサのため息

「はあ……」


 机の前。椅子に座って。ミサは魂ごと吐き出すようなため息をはいた。エックスによる魔法の特訓は、数分間見ているのが限界だった。目が痛くなって頭痛がして、だから先に帰らせてもらった。見た感想は一言。ついていけない。


(そりゃああんなことやってればイヤでも強くなるけどさ……)


 だがあんなものは特訓だなんて言えない。あれは特訓というよりも自殺と言った方が適切だ。あんなことをやっていればそのうち死ぬ。たかが魔法の練習で命を捨てるようなことをする意味が分からない。常軌を逸している。


「なんであそこまでして……」


 机に突っ伏して、また一つため息をはく。初めは単なる興味。魔法が使えたら面白そうだというただそれだけ。次に芽生えたのは公平をやっつけたいという感情。あの男から魔法を教わって、その力でぎゃふんと言わせてやりたいと思った。けれど今は。


「流石にアレはムリだって……」


 遠すぎるゴール。100m近くある彼女の巨体であっても遥かに遠い。それに向かって走って行くなんて、ただの徒労だ。それを続ける意味をミサは見いだせなかった。

 『ただいまー』という声が聞こえる。『ミサ大丈夫かー?』と公平が心配する声も聞こえる。適当に答えて、やりすごした。


--------------〇--------------


「おー。飛べた飛べた!やるじゃん!」

「うん……」


 ミサは風の魔法を覚えた。身に纏うことでほんの少し──数mだけ浮かび上がることが出来るようになっていた。ミサの身長と合わせて100mと少し下。地上では公平がぱちぱちと拍手をしている。


「あとはコントロールだけだなー。ここまでいけばもうちょっとだ」

「ああ……うん。ありがと……」

「……なんか。今日元気ない?」

「ん?別に……」

「いや、だって……」


 今日は襲ってこないじゃないか。公平はそう、言おうとした。

 普段だったら、ここで風の魔法を解除して、『死ねー!』とか言いながら潰そうとしてくるところだ。なのに今日は違う。暗い顔をしているだけである。

 だから何故今日は攻撃してこないのは何故か聞こうとして、その言葉を飲み込む。そういう直接的なことが今のミサに通じるとは思えない。


「……ちょっと休憩しよっか」

「え。でも。エックスはサボるなって」

「いいって。アイツ今忙しいからさ。ちょっとくらい休憩しても問題ないよ」

「……うん」


 ミサは風の魔法を解除して、そのまま数mを一気に落ちる。100mの身体が持つ質量が地面に触れた瞬間に、『箱庭』が大きく揺れた。最終的には風の魔法を調整してゆっくり降りてきてほしいのだが、今はまだそれを指摘するつもりはない。

 公平がその場に座る。それを見て、ミサも腰を落とした。公平の目の前にミサの靴があって、見上げてようやく彼女の表情が窺い知れる。


「昨日はめっちゃ疲れただろ?」

「別に……見てただけだし」

「そうか?でも、別に休んでもよかったのに」

「……そうだね。休めばよかったかも」


 ミサが膝を抱えて、その巨大な身体を少しだけ小さく縮こまらせる。口では大丈夫と言っているけれど、態度でそれが本当のことではないと分かる。元気がないのは体調が悪いせいでもないとは、なんとなくだが感じ取れた。けれどそこまでだ。


(難しいなあ。ヒトに物を教えるのって)


 どうしようか考えて。考えて。そして一つのことを思い出す。教員免許を取ろうとして。色んな人からお前は教師に向いていないと言われて。最終的に相談をした元教師の女から言われたことだ。


『あなたには中身がない。人に胸を張って自慢に言えるものが何もない。そんな人が子供に何を教えるんですか?』


 実際その通りである。自慢できることは何もない。何もないのだけれど。例外的にミサ相手であれば一つだけ胸を張って言えることがある。


「昨日さ。ぶっちゃけ引いたろ?」

「……え?」

「俺とエックスのアレを見てさ」


 ミサは目を丸くして、暫く公平を見ていた。どうして分かったんだろうという表情。それを崩さずにこくんと頷く。思わずくすっと笑う。


「まあね。アレはまあ、ヤバいからなあ」

「……そのうち死ぬと思うよ。あんなことしてたらさ」

「エックスがやってるんだから大丈夫だよ」

「いや……その信頼が意味わかんないっていうか……。だいたいなんでさ。あんな、自殺みたいなことしてるわけよ」

「んー、まあ自殺のつもりはないんだけどね」


 小さく息をはいて、公平は続ける。


「俺はさ。実は記憶失くしててさ」

「え?なんでよ。あの特訓で頭を打ったとか?」

「いやいや。アイツはあれでそういうところ気を遣ってるって。記憶喪失は別の理由。とにかくそういうわけなんだよ」

「……なおさら分からないわ。なんでそんな状態であんなことやってるわけ?」

「一番最初の、魔法を覚えようとした理由は覚えてないんだけど。けど、記憶を失くした俺が魔法を覚えようとして、エックスとの特訓を続けてる理由はちゃんと言えるよ」

「……なんで?」

「エックスを助けたいから」


 理由は本当にそれだけだった。エックスの助けになりたいだけ。


「……いやいや。アンタが頑張らなくてもさ。アンタよりエックスが強いんだからそっちに任せれば……」

「そこは。説明が難しいんだけど、エックスじゃあ戦えない相手もいるんだよね。けど、それ以上になんていうか。アイツに全部任せるのはイヤなんだよね。アイツに任せれば、全部済むんだろうけど、それじゃあイヤなんだよ」

「意味わかんない」

「……うう。俺の説明がヘタクソでごめん」


 公平が項垂れる。ミサはそれを見て、くすっと笑った。


「ところで、ミサは?」

「え?」

「ミサはなんで魔法を覚えようと思ったんだ?」

「私は……」


 初めは単なる興味。次に芽生えたのは公平をやっつけたいという感情。では今は。


「分かんない……」


 ただ、その気持ちはちゃんとあるなと、ミサは思っていた。まだ言語化できないだけで。


「あーっ!サボってる!」

「っ!」


 ぎょっとして公平は振り返る。彼の視線の先には少し遅れて『箱庭』にやってきたエックスの姿があった。ジト―っとした目で公平を見下ろし、ゆっくりゆっくりと歩み寄ってくる。


「ボクが見てないからってー……」

「あ、いや。うん。結果的にはそうなんだけど……」


 と。慌てる公平の姿に。エックスが目つきはそのままににんまりと微笑み、つんつんとつま先で彼を突っつく。


「これは公平が悪いね。先生なんだからちゃんとしないと。でもそれはボクのせいでもある。ボクが魔法を教えるやり方をちゃんと教えていなかったのも悪い。だから今日、改めて教えてあげよう。今日の特訓を楽しみにしておくように。いつもより厳しくいくよ?」

「マジかあ……」


 肩を落として項垂れる。昨日見たものよりも過酷な特訓が公平を待っている。しかし彼はそれを嫌がってはいるけれど、ちゃんと受け入れている。エックスはエックスで、彼がそれを受け入れるのを分かっていたように見えた。

 これはある種の信頼関係である。相手のことを全面的に信じているから成立することである。その上で彼らの特訓は成り立っている。ミサはそう、理解した。──ただ。


(いや、だからってさ!?)


 昨日よりも過酷な特訓なんてやったら公平が流石に死ぬのではないか。ミサはそう思った。だから思わず。


「あのっ!」

「ん?」

「え?」


 二人の会話に割り込んで。


「いや。あの。チビ先はさ。私が元気なかったから話してくれただけだからさ。別にサボってたわけじゃないから。その……」


 気恥ずかしくてこれ以上を言えない。そんなミサをエックスはきょとんとした顔で見つめて、やがてにこりと微笑んで。


「そう?なあんだ。先生としてちゃんとやってたの。それなら、いいや」

「え?ほんと?」


 公平の嬉しそうな声がミサの耳に入る。


(別にアンタのために言ったんじゃないよ。ほんとのことを言っただけだし……)


 と、考えるミサの口元は少しだけ微笑んでいた。心の裏側では『よかった』と思っている。

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