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バレちゃったっ!

「ついたー!」


 電車を降りて駅を出る。エックスは大きく背伸びをした。ずうっと座っていて身体が固まるような感覚だったから気持ちがいい。

 後からやってくる公平はへとへとだった。社内で散々彼女の玩具にされて疲れ果ててしまったからだ。

 エックスは公平に振り向いた。彼女の姿が背後の月光が映えて見えた。大分時間がかかってしまったらしい。すっかり夜だ。


「今日もお父さんが来てくれるの?」

「え?ああ。いや、今日は……」


 と、その時。駐車場の方でクラクションの音が聞こえた。二人はそちらに顔を向ける。


「あ……。いた」


 そっけない感じで公平は手を振った。窓を開けて運転手が顔を見せる。


「……誰?」

「えっと。弟」


 公平はエックスの前に行き、車に近づいていく。なんだか足取りが重たく見えた。そうか、と彼女は思う。あれが例の、喧嘩中の弟さんだ。


--------------〇--------------


 車内の空気がずうんと重たい。公平も、その弟の一馬も一言も何も喋ろうとしない。誰も座っていない助手席。外だけ見ている公平。車体の大きいバンの車内なのに何だか狭くて苦しく感じた。

 エックスは雰囲気を変えたくて何か言いたかったけれど、それすら許されないような気がしてずっと押し黙っていた。おかげで未だに自己紹介すら出来ていない。こんな状態で車に乗っていることなんてあるかしら。

 たまたま彼の両親ともに用事があったようで、車を出せるのが一馬だけだったのだ。どうして今日に限ってと何かに文句を言いたくなる。

 耐えられない。そういえば前回来た時、向こうにコンビニがあったなと思い出した。直前の信号が赤になって、車が止まった瞬間エックスは声を上げた。


「あ、あっ!ゴメンなさい!」

「うん?」

「ちょ、ちょっとトイレに行きたいんですけど……」


 顔を真っ赤にして、なんでこんなことを言わないといけないんだろうと思った。一馬は、はぁとため息を吐いた。信号が青になって車が動き出す。公平の家に行くにはこの交差点を左に行かなければいけない。だが一馬はエックスのお願いに応えてくれた。そのまま車をまっすぐ進めてコンビニに停める。

 公平は不思議そうにエックスを見つめた。魔女はトイレなんかいかないんじゃ、って言いたげな表情だ。彼女は構わずその手を握る。


「ちょ、っと来て。一緒に」

「え?あ、うん」


 その手に引っ張られる形で車から出て、小走りでコンビニの灯りへと走る。向かう途中でエックスは公平に声をかけた。


「ねえ」

「な、何?」

「息がつまりそうなんだけど」

「……ごめん」


 許すもんかと心の奥で思う。店内に入って、外からは見られないような場所に身を隠す。


「何があってあんなに喧嘩してんのさ?」

「いやあ。大したことじゃないんだけど」

「大したことじゃないことに他人を巻き込むなっ」

「ゴメン」


 一言謝った後、公平は一瞬逡巡したが、程なくして弟と何があったのか簡単に話してくれた。


「本当に大したことじゃないんだ。確か……一年の夏に実家に帰った時だったかな」


 暑かったので冷蔵庫に入っていたコーラを飲んだ。それが一馬のものだった。


「それで……まあ。喧嘩になって」

「買って返せばいいじゃない!?」

「そう言ったら、そういう問題じゃねえだろって」

「い、いや……そういう問題じゃないのかな……」


 よりにもよってその日は公平が新潟から帰る日だった。それ以降気まずい雰囲気のまま、時間が経ってしまった。今更コーラを買って返したところで、険悪の利子が溜まりに溜まって返済しきれない。

 エックスはあんぐりとした。その程度の喧嘩がここまで拗れることってあるのか。


「こんなことで修復不可能になるとは思わなかったよ」

「そんなことでボクはあんな空間に放り込まれたのか」


 とはいえ、なってしまったものは仕方がない。あまりにしょうもない喧嘩だからこそどうやって関係改善すればいいのかも分からないのだ。

 ふと、エックスは時間が気になった。自分はトイレに行っていることになっている。長すぎては変に思われるだろうか。


「そろそろ戻ろうか」

「うん」


--------------〇--------------


 結局その後も車内で一言も会話をしなかった。そのまま公平の実家まで着いてしまった。一馬は車から出ると、振り向きもせずに家に入っていった。今までは座っていたので分からなかったけど、彼は公平より背が高いようである。

 実家は何も変わっていないように見えた。億円単位のお金を送った後のようには見えない。公平の両親は既に帰宅しているらしい。車を買い替えた様子もなかった。


「何に金使ったんだろ」

「案外使ってないんじゃないかな」

「まっさかー」


 そんなことを言いながら二人は家に入る。靴や玄関の雑貨も家具も特に変わった様子はなかった。

 公平はただいま、と挨拶する。奥から彼の母親が出てきた。


「ああおかえり。エックスちゃんもいらっしゃい」

「こんばんは!私も一緒にまた来ちゃいました!」


 ニコニコしながら頭を下げる。実家に帰った時の『私』モードだ。公平はそれが何だかおかしくて笑いそうになる。彼の母親は何か複雑そうに微笑んで、奥に案内してくれる。

 リビングも何も変わった様子はない。本当に送ったお金に手を付けてないのではないかと思った。それとも何かの間違いで届いていないのだろうか。あの後一切連絡していないし、本当のところが分からない。。

 公平はテーブルの前に胡坐をかいて座った。エックスがその後ろにちょこんと正座する。先に部屋に座って雑誌を読んでいた父に聞いてみた。


「ねえ?俺、お金送った、よね?」

「うん?うん。届いているよ」

「もしかして使ってない?」

「うん。使ってない」

「なんで?」


 父が雑誌から顔を上げた。


「お前もこれから大変だろうし」

「えっ?」


 それから父はエックスに目を向けた。公平は思わず彼女に振り返る。当の本人は自分?という顔である。


「エックスさん。ってあのエックスさんだろ?」


 父の言葉に二人は凍り付いた。


「あ、あの……?」

「あの……って?」

「今後のことも考えたらお金も要るだろうし。手は付けてないよ」

「ちょ、ちょっと待って。え?」

「し、知って……たんですか?」


 戸惑う二人。台所から「最近ね」と声がした。母がリビングに戻ってくる。


「時々ニュースで出るじゃない。名前も同じだしよくよく見たら顔もそっくりだし」


 エックスは顔を真っ赤にして、照れているのか気まずいのか、或いは恥ずかしいのを隠しているのか引きつったような笑顔である。


「い、いやいや。わ、たしは──」


 その瞬間、母がぷぷっと噴き出した。


「『ボク』でいいのに」


 エックスはしょんぼりと俯いた。とっくの昔にバレていたのに入って早々『私』とか言ったのが間抜けみたいだ。なんて言えばいいのか分からない。

 ただ彼女にも一つ分かったことがある。この二人は本当の自分を受け入れているということ。頭では分かったけれど、どうしても確認したくて恐る恐ると尋ねてみる。


「あの……。ボク、ホントはもっとおっきいですよ?」


 本当の自分は今ここにいる家を丸ごと踏みつぶせるくらいに大きいのだ。人間なんか簡単に握りつぶしてしまえるくらいに大きいのだ。それを受け入れていいんですか。そこまでは聞けなかったけれど、エックスはそこまで聞きたかった。

 公平の母親はそれを分かってくれたのかもしれない。エックスに向かってにっかりと笑った。


「だって。アナタいい子じゃない」


 何だかエックスは泣きそうになった。ああ、よかった。心の奥が熱くなる。


「まあそういうわけだから。お金は使ってないよ。二人の今後の生活のために使いなさい」


 父の言葉。公平は迷いつつもこくりと頷いた。それでも実家に預けておこうとは思う。自分たちはきっと大丈夫だから。二人の老後に使ってもらいたいのだ。


--------------〇--------------


 その後、食事の時間になった。一馬は二階の自室から降りてこなかった。食事を終えた二人は、公平の両親と暫く談笑した。それから階段を登って、彼の部屋に向かう。


「一馬クン来なかったねー」

「まあ。いいんじゃないか」

「でもボクが本当のこと話したら仲直りするって言ったじゃないか」

「いや、ほら、あれはさ。なんていうかさ」

「なあ」


 突然に声をかけられた。顔を上げると階段の先に一馬が居る。彼は迷いつつも意を決したように口を開いた。


「なあ。ちょっと話がしたいんだけど」

「え?」


 エックスは一馬の言葉にピンときた。きっと向こうから謝ろうと言うのだ。仲直りの時であろう。あんなつまんない喧嘩、どっちかが謝ればそれでおしまいである。ならば自分はただの邪魔者だ。


「じゃあ。ボクは部屋で待って……」

「あ、いや、あの。一緒に聞いてもらっていいですか?」

「るから……え?」


 エックスは戸惑った。何だか予想外の言葉である。一馬は頬を掻いて、言葉を続けた。


「助けてほしいんです。俺ちょっと今ヤバイことになってて」

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