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リフレッシュをしよう:追いかけっこ②

 ぜいぜいと息切れしながら全力疾走する。


「くっそー!この後どうする!?」


 公平の叫びが『箱庭』に響いた。その口調は焦っていたが、内心では冷静である。次の手はもう考えてあるのだ。


「ふっふっふー!待て待てー!」


 追いかけっこは続く。ビルとビルの間にある路地から脱出して大通りにでた公平は、振り返ることもせずに駆けていった。後ろからは途轍もなく大きな破壊音が聞こえてくるが、知ったことではない。

 今のエックスがやりたいのは追いかけっこだ。そうやって公平と遊ぶことでリフレッシュがしたいだけなのである。故に愚直に狭い路地に巨大な靴を突っ込んで、両サイドのビルを粉砕しながら突き進んでいるのだ。迂回するでもなく飛び越えるでもなく敢えて効率の悪い追跡方法を選んでいる。それはすぐに捕まえるのではなくて、じっくりと追い詰めることを楽しみたいからである。


(そういうことなら全力で逃げ続けてやる!)


 エックスも疲れている。精神的な疲労は目に見えていた。ならば出来るだけ疲労回復を手助けするだけだ。こういう遊びがしたいのならば、全力で付き合ってやるのが今の自分の役割である。


「よっとお!」


 一際大きな音が後ろから聞こえてくる。一瞬だけ後ろを見る。そして目を奪われそうになり、慌てて正面に向き直る。

 エックスが進路としていた路地。その両側に在ったビルは完全に崩れ落ちていて瓦礫の山と化していた。そしてその代わりであるかのようにエックスだけがそこに立っている。

 そこに人がいれば大惨事──などという程度の言葉で片付けることさえ憚られるほどの被害。そんな凄惨な現実のなかでただ一人、嘘みたいに無傷なまま不敵な笑みを浮かべてこちらを見下ろしているエックスの姿。粉塵の中でもはっきりと見えたその景色はあまりにアンバランスで、一層美しく彼女を映し出しているようにも思えた。目が離せなくなっても仕方がない。パンパンと頬を叩いて気を引き締め直す。


「……よしっ。あそこだ……!」


 そうして手近なビルに入って行く。次に隠れる場所はここだ。


--------------〇--------------


「む。そんなところに隠れて……」


 半ばスキップするみたいな歩き方で公平が隠れたビルに近付いていく。ビルの大きさは凡そ40m。決して大きくはない。エックスの腰の高さほどもない。


「ふふん。こんなところに隠れて。無駄だって分からないのかなー?」


 と、言いつつも。内心ではうきうきしていた。公平のやつ分かっているじゃないか、と。周囲にある邪魔な建物を蹴飛ばして、公平が潜んでいるビルだけがぽつんと残っている状況を作る。そしてその場に腰を落とす。ビルを取り囲むように、脚でひし形をつくる。正面の入り口はすぐ真下。視線を落としたその先だ。鼠径部のすぐ前なのが少しだけ恥ずかしい。顔をあげれば目の前にあるのは屋上。


「……まあ。いいや。さあて追い詰めたぞー?」


 正確な表現ではない。こちらが追い詰めたのではなく公平が自ら追い詰められた、と言う方が正しい。いい加減ただ逃げる公平を追いかけるだけというのも飽きてきたところである。この辺りで趣向を変えてくるのは彼なりの気遣いである。


(そういうことなら乗ってやろうじゃあないか)


 『魔法』の探知を切り、ビルの何処に公平がいるのか分からないようにする。一方で異連鎖からの侵入に対する警戒は継続。これで心置きなく、ビル内のどこにいるか分からない公平を追い詰めることができる。


「……そうだ。良いこと思いついたぞ。最上階から順番に。このビルを叩き潰していこう。3・2・1で壊していくからね……」


 3・2・1。カウントダウンの後でビルの最上階を両手で挟み潰す。手の中の瓦礫を適当なところに放り投げて、ビルの中に目を向ける。息切れしている公平の姿が、崩れた最上階部分の瓦礫が転がるフロア内に見えた。ニッとエックスの口元がにやける。


「おやおや?そんなところにいたのかい?」


 再び両手でビルを挟み込む。公平が一瞬だけ、焦った表情でエックスを見上げた。


「ほらほら。早く逃げないと」

「くっ!」

「いくよー?3・2・1!」


 ぐしゃり。またしてもビルの一フロアが潰れた。少なからずビルが揺れる。それでも公平は足を止めずに下へ降りていく。窓の向こうにはビルを挟み潰そうと楽し気に、くにくに動く、エックスの手のひらが見えた。


「じゃあ次だ……!3・2・1!」


 こうして順番にビルを上から潰していく。初めは40mくらいあったビルが徐々に徐々に磨り潰されていく。


「3・2・1!」


 そうしてまた一つがエックスの手の中で潰れた。公平もその気になれば窓から飛び出して逃げられるのにそうしない。そもそも最上階にいること自体が不自然と言えば不自然である。或いはこういう遊びを彼女がすることを予期して一番上まで登ってくれていたのかもしれない。


「さあ次だ!3・2・1!」


 そして遂に2F部分が潰された。残るは1F。瓦礫をどかして中を覗き込む。疲労困憊となった公平がしゃがみ込んで荒い息をどうにか整えようとしていた。


「おー!ここまで頑張ったんだね!すごいすごい!」


 そう言いながら。最後の1F部分に手をかける。


「じゃあ最後だ」

「!」

「さーん」


 最後はわざとゆっくりとカウントダウンをする。公平は慌てて走り出した。目指す先は正面玄関。ガラス戸の向こう側には青いエックスのジーンズが見えた。


「あとちょっと……!」


 瓦礫に足を取られながら必死に駆ける。


「にーい」


 それとは裏腹な、酷く呑気なエックスの声が上から落ちてきた。


「いーち」

「──!」


 エックスの手に力が入る。少しずつビルが潰れていく。公平は最後の最後でひときわ強く脚力を強化させた。思い切り地面を蹴って、飛び蹴りで正面玄関を打ち破って飛び出した。

 後ろでぐしゃりと音がする。飛び蹴りの勢いのままに着地した公平はつんのめり、転びそうになりながら一歩二歩と前へ進んでいき。そして。


「あっ!?」


 足を滑らせた。あとはもう転ぶしかない。デニム生地に包まれたエックスの鼠径部に倒れ込む形になって。


「……ふふ。狙い通りだよ、公平?」

「う……」


 そっと公平を摘まみあげて顔の前にまで持ってくる。エックスはにこりと笑って彼に言った。


「捕まえた。ボクの勝ちだね、公平」

「……ああ。うん。そうだね」


--------------〇--------------


 お風呂場から。下着姿のエックスは同じく下着を履いただけの公平を手の中に包んで出てくる。


「はあーっ!さっぱりしたー!」

「あー……疲れたあ……」


 お風呂からあがったばかりの彼女の手の中は高温高湿であり、ちょっとしたサウナのようであった。身体を綺麗にしたばかりなのにまた汗が流れてきそうである。

 『箱庭』の中で飛んだり跳ねたり。走って走って走り回って。瓦礫にまみれて泥まみれ。こうなったらお風呂に入るしかない、ということで、さっさと部屋に戻ってきてさっぱりした二人である。

 公平を寝室にある箪笥の上に降ろして、中から彼の寝間着を摘まみあげて、手渡す。それから自分の寝間着も取り出して着替えた。


「ふうっ!」

「どう?リフレッシュできた?」

「うん!……あ、いや。まあまあかなー?」

「今思いっきり元気よく『うん』って言ったじゃないか」


 ここで満足したことにすれば明日はない。だから『まあまあ』ということにしたのだろう。変なところで小賢しい。


「まあいいけどさ。また付き合ってあげるよ。明日やるかはともかくとして……」

「えー?」

「俺だって疲れちゃったんだよ。……牛乳ってあったっけ?飲みたいから入れてくれない?」

「はいはい。公平はボクがいないと何もできないんだからなー」

「この家に住んでりゃあしょうがないだろ……」


 何しろ何もかもがエックスに合わせた大きさなのだから仕方ない。台所に向かうエックスの後姿を見ながら呟く。

 少しして台所から戻ってきたエックスの手には牛乳が注がれた自分用のコップがある。猫のイラストが描かれたマグカップだ。


「はいコップ」


 魔法で手渡されたコップはからっぽである。代わりであるかのようにエックスは牛乳の入った自分のコップを差し出した。


「はい牛乳。好きな分だけ取っていいよ?」

「変なところで効率化するな……」


 そう言って一気にコップの中の牛乳を飲み干す。空のコップを箪笥の上に置いて一息つく。顔をあげれば両手でマグカップを包むようにして牛乳をゆっくりゆっくり飲んでいるエックスの姿があった。彼女を見ていると、今日はとても疲れたけれど、明日も付き合ってあげようかなと思ってしまう。


「……あ。エックス。そのパジャマゴミついてるぞ」

「え?ホント?」


 顔を上げて。ティーカップを机の上に置いて。自分の身体をきょろきょろ見回す。


「えー?どこ?」

「分からない?首の辺りだけど……」

「えー?」

「仕方ないな。取ってやるよ」


 立ち上がって。魔力で脚力を強化して箪笥から飛び出し、エックスの肩の上に飛び移る。ここまでくると彼女も大人しい。公平がゴミを取ってくれるのをじっと待つ。彼女の首元に向かって歩いていき、大きな毛玉を取ってやる。


「よし取れ──」


 その時だ。エックスの足下が突然カッと輝いた。


「え?」

「ん?」


 そして。そんな呑気な声を上げて。二人とも何が何だかよく分からないままに寝室から消える。


「ええ?」

「なんだ!?」


 そして次の瞬間。エックスの足下には何人かの人がこちらを見上げていた。数は数十人程度。顔をあげれば空が見える。部屋にいたはずなのにいつの間にか外に出ている。エックスはきょとんとした表情で目をぱちくりさせた。


「うおおおおお!」

「うわあっ!?びっくりした!」

「遂に神さまをお招きできたぞー!」


 足下から聞こえてくる歓喜の声。エックスは戸惑いの表情で下を向く。そこで初めて自分がを素足であることに気づいて、慌てて部屋にある靴下とスニーカーを、履いた状態になるように調節して転移させる。


「……随分喜ばれてるな」

「……やっぱり神さまってボクのことだよね?」


 ボクは神さまなんかじゃあないんだけどな。その声は地上にいる人たちには届いていない様子で、一方的な喜びを、ただただぶつけられるのであった。

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