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答えは一つ。やるだけ。

 話を、した。ガンズ・マリアと。


『あんまりさ。いい結果にはならないと思うよ』


 エックスの言っていた通りであった。


「どうだったのよ。スタッグ」

「ああ……。あまり、いい話はできなかったよ」

「そう」


 姉である高野……レオンがお茶を淹れてくれた。礼を言って湯呑を手に取り一口。口の中で苦みと香りが広がる。

 決して、マリアと自分は深い仲になったわけではない。ただコンビニで話をしただけである。それでも少しは仲良くなれたのではないかと、勘違いしていたのだ。


『よお桑野じゃあないか!生きていたのか!そりゃあよかった!』

『あン?街を凍らせたこと?それがどうかしたかよ』

『……物足りねえことなんかねえよ。二度とそんなこと言うな。踏み潰すぞ』


 彼女との会話はこんな調子。自分で凍らせたというのに、彼が生きていることを喜び。街を凍らせたことに悪びれはせず、不愉快なことがあればこちらに危害を加えようとする。ある意味で典型的な、巨人の女の子だった。本当にエックスの言っていることが全部正しかった。

 ぐいっと一気にお茶を飲み干して、静かにちゃぶ台の上に置く。ユートピアの言う通りに、自分はどこかソードに似ている彼女に惹かれたのか。或いは何か他にワケがあったのか。分からない。今、分かるのは自分の心の在り方ではない。彼女と会話をした結果だけだ。自分と彼女は分かり合える関係ではなかったということだけである。


「というかそもそも相手にされていないな。それは。けれどよかったじゃあないか。話をして、しっかり分かり合えない相手だと分かった。これで後腐れはない。スッキリしただろう?」

「……姉さん。どうしてこの女を家に置いている?」


 横目に見た先にはユートピアが座っていた。桑野の隣で正座をしてお茶を飲んでいる。エックスの家から帰ってきた時に何故か姉が連れ込んでいたのだ。依然としてエックスの魔法の影響で未だ縮んだままだが、ある程度魔法は使える状態らしい。彼女に見つかってしまうので基本的には魔法は使わないと言っているが、信用ならない。


「ウチの家計は別に余裕があるわけじゃないだろう?」

「んーまあそうなんだけど」

「姉さん操られているんじゃないだろうな。ユートピアに」

「違う違う。そうじゃないのよ。そうじゃ」

「そうそう。昨日も言ったろう?私はエックスに見つかりたくない。だから魔法は使えないんだ。残念ながら」

「なら理由を言え。ウチに来たのは何故だ?隠れるためか?」

「それもあるけど。それだけじゃあない」

「なに?」


 コトンと小さな音を立てて、ユートピアはちゃぶ台の上に湯呑を置く。


「単刀直入に言えば。キミたち魔人を鍛えてやろうと思ってね」

「なに……?」

「魔人の魔法は私が考案・開発したものだ。他の誰かに教わったり、自己流で強くなるよりも私の指導を受けた方がいい。というか受けろ。私の魔人が中途半端な性能の魔法と思われるのは心外だ。今より二段階くらいレベルアップしろ」

「冗談も大概にしておけ。今すぐエックスさんのところへ放り出してやる」


 そう言って桑野は魔法を使おうと手を挙げる。その手を高野が握って、降ろした。


「……姉さん?なにを?」

「ごめん。あなたは好きにしていいけど。私は彼女の師事を受けようと思うの」

「な……」

「だって悔しいじゃない」


 『守護者の連鎖』の時にはすぐにやられて。『虹翼の連鎖』で聖女と戦った時には殆ど何も出来なかった。結局のところ自分たちは力不足で。それが悔しくて、許せなかった。


「この世界の人はさ。私たちを許して、受け入れてくれたからさ。次こそちゃんと役に立ちたいのよ」

「しかし……こいつは危険な魔女で」

「いいじゃないかレオン。向上心のないヤツに無理に教える気はない」

「お前……!」


 桑野がユートピアを睨む。彼女はこちらを嘲笑するように笑って、更に続けた。


「どうしてキミがガンズ・マリアに相手にされないか」

「あ?」

「弱いからだ。無害だからだ。気まぐれに弄べる玩具に認識されているんだ。けどそれはキミの望むところではないだろう?ヤツに自分のことを意識させようと思ったら、いっそ脅威に思われるくらいに強くなればいい。いいや。それ以外にはないな」

「……」

「まあ。今日、ヤツと話して。それで満足だったなら、それでいいと思うが──」

「──満足なわけが、ないだろう」


 桑野の返答に、ユートピアは満足げに微笑んだ。


「それなら。答えは一つだ」


--------------〇--------------


 椅子に腰かけるエックス。その頭の位置が限りなく微かに上がる。それから公平の声が彼女の耳に入ってきた。


「そうか……。ガンズ・マリアのやつはWWが預かってくれるのか……。それは……よかった……」

「ホント。四六時中『出せー!出せー!』だもの。吾我クンが引き取ってくれて本当に助かったよ」


 そう言うと同時にエックスの頭の位置がほんの少しだけ下がった。続けざまに『ごじゅーさーん』とカウントをする。


「ところでエックス……?」

「んー?」


 再びエックスの頭の位置が僅かに上がる。


「この特訓本当に意味あるの……?」

「あるよー?少ない魔力量でもきっちり身体強化をする特訓だ。敵に魔力を奪われたりしても対処できるようにする特訓だぞ。結構キツいでしょ?」

「キツい……」

「それがいいんだ。頑張れー!」

「くう……」


 外から見た時、公平の姿はどこにも見当たらないだろう。当然である。彼がいるのはエックスのお尻の下なのだから。そこで僅かな魔力だけで、身長100mの身体を持ち上げながらスクワットをさせられている。ジーンズに包まれた臀部を辛うじて支えて、ゆっくりと膝を曲げていく。堅いデニム生地の向こう側から伝わる暖かさとか香りとか、そういうモノを意識する余裕は今の公平にはなかった。気を抜けば一瞬で圧し潰されるからだ。


「お、おおお……!」


 この特訓は持ち上げる時よりも下げる時の方がキツい。そのまま重さに負けてしまいそうになるからだ。


「はーい。ごじゅーよーん。あと四十六回だぞー?」

「ぐぐぐ……もう限界……」

「えー。仕方ないなー?じゃあ後三回だけやろうか?」

「それは……さっきも……聞い……た」


 とん、とお尻が椅子につく。『あら』と声を上げて立ち上がる。そうして椅子の上に視線を落とす。お尻に敷かれた公平が目を回していた。つんつんと突っついてみる。『ううん』と反応がある。筋力強化には制御をかけていたが、身体の頑丈さに関してはエックスが魔力で十分に上げてある。全体重をかけても気絶で済む程度には安全だった。


「ふふ。まあ結構頑張ってたし。休憩にしようか?」


 当然だが、返答はない。『そりゃそうか』とエックスは小さく笑った。

 それから少しして。公平が目を開けると、こちらを見下ろしているエックスの微笑みが視界一杯に広がっていた。身体を起こして周囲を見回し、自分の居場所を確認すると、そこは彼女の胸の上である。


「起きたね?特訓の続きと行こうか?」

「も、もう少し休ませて?」

「そう?じゃああと五分ね」


 短い。今の今まで寝ていたから、体感では一瞬しか休めていない。もう少し長めの休憩が欲しい。どうにか引き延ばす手はないか考えて、一つ思いつく。長引きそうな話をすればいいのだ。


「ところでエックスさ。『聖技』には行かないのか?もう鍵も揃ってるのに」

「うーん……。まあ行きたいんだけどさ。今、『魔法の連鎖』を離れるのはこわいかなーって。その隙に他の連鎖や聖女に襲われたらイヤだし」

「ああ。そういうこと?『虹翼』の時みたいに持っていけばいいんじゃないか?」

「その状態でルファーと戦いたくないからなー」


 恐らくルファーはエックスと同格の相手。挑むのであれば十全の状態で挑みたい。人間世界や『魔法の連鎖』そのものをポケットに入れて戦うのは流石に隙が生まれる。デイン・ルータ相手ならともかく、ルファーであれば絶対そんな状態で挑むことはできない。


「だからどうするかってのを吾我クンやヴィクトリーとかみんなで考えようと思うんだ。公平も考えておいてよ。いい案。『聖技』に乗り込むのはそれからだ」

「う……面倒な宿題が増えた」

「面倒とか言わないの。大事なことなんだから。……って。そろそろ五分経つね」

「え?」


 しまった。もう少し引き延ばすつもりだったのにちょうどいい長さで会話が終わってしまった。


「待ったエックス。実は他にも話したいことがあるんだ。ほらユートピアはどこに行ったのかなーとか……」

「それは特訓をやりながら聞くよ。あ、それか終わってからでもいいかな?……クスッ。というわけで。続きを始めよう。やるかやらないか。答えは一つだ」

「ううう……やるよ……」


 エックスはくすくす笑った。キミの考えなんかお見通しだぞと言うように。そしてまた、公平を死なせないための特訓が始まるのであった。

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