真夜中の街
人間世界はいずれ魔女が闊歩する世界になる。それは仕方のないことである。少なくともエックスはそう思っている。
--------------〇--------------
「トリガーはああ言ったけどさ。別にイヤなこととか怖いことが無くったって魔女になる時はなるんだよ」
ただ、そういった例の方がずっと多い。エックス自身もそうだった。戦火に巻き込まれ、凶弾に撃たれる直前、命を落とすギリギリの刹那に彼女は魔女となり、巨大な身体と力を手に入れたのだ。しかしそれが全てではないのである。
「魔女は結局人間が生物として進化した結果だ。普通に生きていても突発的に魔女になる事が無いわけじゃあない」
そして、エックスは人間世界がそうした世界になる可能性が非常に高いと思っている。魔女の侵略で大打撃を受けた世界。今後も起こりうるその災いに立ち向かうために人類という種が自然に、本能的に魔女になる道を選ぶのは不思議なことではない。
吾我や、彼の所属するWWは彼らなりに魔女化の未来に立ち向かっている。魔女と戦うのではなく、魔女と共存できる社会を作ろうとしている。人間では彼女たちには絶対に勝てないから。互いに存在を認め合い、許し合い、一緒に生きていける世界を目指す。これが彼らの選んだことだった。
その為に吾我は可能な限りエックスを、今まで何度も人間世界を守ってくれた魔女として表舞台に出したいと考えているのだが、これは彼女の預かり知らぬところであった。
「だからね。これから先、他所の世界の魔女が来たり、こっちの世界の人間が魔女になったりしたからって慌てることはないよ。絶対に悪い相手ってわけじゃないし。ホラ。ボクみたいに」
「まあそうだけど……」
公平は悩んでいた。先日のトリガーの話。飛竜の世界の件は決して他人事ではない。人間世界でも同じことが起きるかもしれない。その時自分に何が出来るのか、と。
エックスはあっけらかんと答えた。
「仲良くなればいい。無理なら倒せばいい」
「簡単に言うなよなあ」
「簡単にやるじゃんか」
指先でピンと公平を弾いてみる。うわあと言いながら転がった。
--------------〇--------------
実際この男は簡単に魔女を倒してしまう。でもそれはそれが一番確実だからだ。相手がこちらの実力を把握する前に、相手が人間だと油断している間に強力な攻撃で、一撃で仕留める。何度も経験してきた対魔女戦の末に確立した戦い方だった。
そして、この戦い方は魔女レベルの格上相手でないと出来ない。でないと相手を殺してしまいそうで怖いのだ。
--------------〇--------------
励まされたのだと思う。いつかまた魔女との戦いが始めるんじゃないかという不安。エックスは気にするなと言った。そんなことを考えたところで、今この瞬間に出来ることは、公平にはない。
きっとエックスが正しいのだと思う。考えても答えの出ないことを考えても仕方ないのだから。だから公平もあまり深刻に考えすぎないことにした。考え続けること自体は悪いことではないと思うけれども。
──さて。それはそれとして。
「そうだね。ちょっと思いついたことがある」
言うや否や、エックスは公平を摘まみ上げてそのままベッドの中に潜った。彼を枕に乗せると手の平を布団みたいに押し当ててくる。
「え……?なに……?」
「寝よう。明日は早いから」
まだ19時くらいなのに。仮に今から8時間寝たとしても午前3時。そんな時間に何をするというのか。それに何をするのかも分からない。
「いいからいいから」
なんて言ってエックスは目を閉じた。すうすうと呼吸を整えて、本当に眠ろうとしているみたいだ。訳が分からない。有無を言わさずとはこのことか。逃げ出そうにもエックスの手が重くて抜け出せない。魔法や魔力の行使は彼女に邪魔されている。仕方がないので公平も目を閉じた。こんなに早くに眠れるわけがないのに。
--------------〇--------------
「おーい。おきろー」
「ん?え?今何時?」
「えっとね。二時半」
エックスがパチンと指を鳴らすと、カップやポットたちが勝手に動いて暖かいカフェオレを作ってくれる。二人の分。二人の大きさのカップで。
「どうぞ」
「横着しやがって……」
「使えるものは使わないと」
こくこくとエックスの用意してくれたカフェオレを飲んでいく。ミルクが身体を暖めて、それに隠れた苦みが頭を起こしてくれる。しっかり寝てしまった。何だか自分が恥ずかしい。思考がはっきりしていくにつれてそんな気持ちになっていく。
「そ、それで。何するんだよ一体」
「うーん。夜の街をお散歩しようかなと」
「……いいけど。こんな夜中じゃなきゃダメなの?」
「ダメだねえ」
カフェオレを飲み干したエックスは公平を肩に乗せると、人間世界へ通じる裂け目を作った。そのままの大きさで彼女は街に足を踏み入れた。ずうんと音を鳴らして。小さな地震を起こして。一歩一歩と進んで行った。
先は某県のオフィス街であった。既に深夜。人の気配はなく、静かだ。それでも誰もいないわけじゃあない。コンビニや24時間経営の飲食店の灯りは未だ点いている。客待ちのタクシーだって停車している。しかしエックスは構わない。気にすることなく夜の道路を楽しそうに歩いた。
「い、いいのか!?コレ……騒ぎにならない?」
「んー?いいのいいの。こっちは騒ぎにならないように配慮してまよなかに遊びに来ているんだ。怒られる筋合いはないね」
なんて嘯く。そう言いつつもエックスは事象と確率の操作で人に気付かれないようにはしていた。この街に誰も来ないようにしているし、灯りの点いている店先を通ったタイミングで店員がバックヤードに入るようにしている。タクシーの運転手はお客さんが来ないからと、みんな眠っている。揺れや音など誤魔化しきれないことはあるけれど、姿を見られることはない。それでも比較的迷惑にならない時間を選んでいるのだ。怒られる心配はないし、万が一怒られたって気にするもんかといった感じだ。
足元に注意しながらちょっとスキップしてみる。自分より小さなビルが震えるのを見て小さく笑った。大きく揺れる身体に落ちてしまいそうで咄嗟にしがみ付いた。それが何だか愉快でもうちょっと大きく跳ねてみる。
「お、おいおい!危ないって!」
「ん?ふふ……。そう思うなら力づくで止めるしかないなー」
「無茶言うな……うわあ!?」
遂に彼女の肩から振り落とされる。咄嗟に身体を魔力で強化して着地する。結局こうして生還できるので問題ないと言えばないのだが。
目の前には大きな靴。見上げればその主である身長100mの女の子。悪戯げな顔で、腰に手を当ててこちらを見下ろしている。
「え、エックス……!」
「うんうん。当然無事だよね。偉い偉い」
え、と公平は呟いた。撫でてあげよう、なんて言いながら足を上げる。彼女の靴の裏。目の前に広がる。逃げることも出来ないで彼女の足に踏みつけられる。顔だけ出した状態だった。エックスはそのままぐリぐりと足をにじる。まさかコレで撫でているつもりなのだろうか。
「お、おい。危ないからやめてって」
「んー?危ないってこういうことカナー?」
身体にかかる重圧が強くなった。より強い力を込めてくる。魔力で強化された身体で押し返そうとするも、それすら上回る重さだった。
「あ……っ!」
「これが魔女の力だ。ううん。ボクはまだ手加減している。もし本当に魔女が攻めてきたらさ、こういう相手と戦わないといけないんだよ?」
この状態で踏みにじらない配慮がエックスにもあった。流石にそんなことをしたら怪我すると分かっている。
今日の昼間に話したことになぞらえて遊ぼうとしているんだな。そう思った時、エックスは手近なビルに手を乗せた。
「ほら。ボクが悪い魔女だったらこの子をそのまま倒しちゃう。頑張って抜け出さないと止められないぞー?」
冗談だけど冗談ではない。このまま力をいれれば本当にビルくらいなら破壊できる。エックスにはそれだけの力を持っている。
そうやって楽しんでいるのだと分かった。時々足に力を入れて公平を虐めてみて、時々手に力を籠めてビルを揺らす。楽しいなと思う反面、後でこのビル直しておかないとな、と冷静に考えてもいた。
暫くそうやっていたが、急に手を離し足をどけた。そのまましゃがみこんで公平に顔を近づける。けほけほせき込みながらエックスを見上げる。不思議と嬉しそうな顔だ。
「な、なんだよ」
「ううん。満足しただけ」
「そ、っか。よかった」
魔女らしい、エックスなりの愛情表現だ。それは公平にも分かっている。アレは彼女にしてみればちょっとじゃれつく程度でしかない。質が悪いのはそれが彼にとっては命がけだと分かっていることだが。
「あとちょっと続いてたら怒るところだった」
「そんな気がしたんだ」
エックスはくすくす笑った。こういう顔を見せられると怒る気が無くなる。ずるいなと公平は思った。
--------------〇--------------
再び公平を肩に乗せたエックス。無造作に歩いているように見えながらも、その実、足元に気を遣っている。これが他の魔女であれば建物や停車している車も無視して進んで行くのだろうが。
「ねえ公平?」
「うん?」
「魔女がさ。魔女のままこの世界で生きていくには、この世界を壊すしかないんだよ」
「……うん」
この世界は魔女には窮屈だ。この世界で魔女が魔女らしく自由に生きていくには全部を壊さないといけない。
公平にも何となく分かっていた。この世界で、エックスが魔女の大きさのままで出て行こうとしたら空を飛ぶくらいか、今みたいに真夜中に出歩くくらいしかできない。それを解消しようとしたら、世界の在り方を壊すしかない。
「どうせならさ」
「うん」
「無理やりじゃなくて、みんな納得して。魔女も人も関係なく生きていける世界にしたいよね」
「……そうだね」
どうしたらそんなことが出来るのかは分からないけれど。だけど出来ることならそうしたい。無理やり魔女が暮らしていける世界にするのでも、人と暮らすのを諦めてこの世界から離れるのでもなく、互いに分かり合って。
「まあ考えても仕方ないけどな」
「そうだね」
そうして二人は笑いあった。真夜中の街に笑い声が響く。




