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未知なる一矢

「『アルダラ・ジ・メダヒード』!」


 公平の詠唱と共に、その眼前に8つの魔法陣が、円形に並んで展開する。『レベル5』を振れば、8つ魔法陣から同時にあらゆるものを焼き尽くす超高熱の魔法の炎が発射される。

 単純計算でさっきの8倍。マリアは小さく舌打ちして、再度の迎撃を試みる。蛇たちが口を開けた。その喉の奥から覗く『聖剣』の銃口が青白く輝く。


「く……っそがあああ!」


 炎さえ凍らせるマイナスエネルギー。蛇が放つ冷気は空気中の水分を凍らせながら進む。きらきらと輝く氷の破片を纏ってようやく認識できる冷凍光線が、公平の撃った炎と正面からぶつかりあった。


「……く、そ」


 さっきとは状況が違う。8体の蛇の同時攻撃でならば問題なく押し返せた炎だったが、今はそれを蛇1体で対処しなくてはならない。威力は若干相手の方が上。マリアの頬を焦りの汗が流れた。


「まだだ……。ギリギリまでアルル=キリルの力を開放すればまだ……」

「いいや。もう終わりだ」

「!?」


 上から聞こえた声。顔を上げれば巨大な緋色の光で作られた弓。その隣には公平がいて、彼の手の動きに合わせて矢が引き絞られる。

 『レベル5』を発動させた今、腕を砲身にする必要はなくなっていた。その為の魔法陣を展開し、そこから放てばそれでいい。当然公平自身も魔法のすぐ傍にいる必要もない。


「な……」

「これで最後だ!『未知なる一矢』!」


 エックスの魔法。魔法の記憶を取り戻した今の公平にとって、決着を付けるのに最も相応しい魔法だった。手を放せば、それに合わせて光の矢が放たれる。


(……なんだこの攻撃は)


 『未知なる一矢』は放った瞬間に相手からその記憶を奪う。マリアは一瞬その矢を見つめることしか出来なくなった。

 ハッと我に返った時には既に手遅れ。避けることは不可能な位置にまで矢は迫っている。迎撃も出来ない。一体でも蛇を矢に向ければ、その瞬間に炎に焼かれることになる。彼女にはもはや、この一撃を全力で耐え抜く以外の選択肢はなかった。


「ち……」


 両腕で攻撃を受け止める姿勢を取る。次の瞬間に矢がアルル=キリルの力によって形作られた鎧を纏うマリアの腕に着弾する。


「……っ!」


 矢のエネルギーが鎧の中へと侵入する。力が暴れ回る。鎧のあちらこちらに罅が入り、少しずつ崩壊していく。やがて光がマリアの全身を包んで、そして──。


「ぐ、あああああっ!」


 鎧は大きな音を立てながら爆発と共に砕け散った。マリアの意識も一瞬だけ飛ぶ。同時に蛇たちが放つ『聖技』が弱くなり、公平の炎に飲み込まれる。蛇たちは炎に包まれて、許容以上のダメージを受けたことで光となって消滅する。


「が、は……」


 ついに力尽きたマリアは、翼を発動させることも出来なくなっていた。地上に向かって行って落ちてく。途中で彼女の中から光が飛び出した。それはシャボン玉のように弾けて消える。疲労困憊の公平はぼんやりした頭でその光景を見ていた。


「今のは……アルル=キリルの力か……?アレがガンズ・マリアの中から消えたってことは……」


 顔を地上に向ける。マリアの『聖技』によって起こった氷は既に溶けていた。当然、ローズを磔にしたりヴィクトリーを閉じ込めたりしていた氷も、である。2人ともほっとした様子で立ち上がり、空の上の公平に自身の安否を伝えるように手を振っていた。


「……はあ。よかったあ」


 公平はほっと胸を撫でおろしながら呟いた。


--------------〇--------------


 ぱきぱきと音を立てながら、聖女の巨体が木々を圧し潰す。高貴な騎士を思わせる青いマリアのお気に入りの服は土や虹翼の体液に汚れた。


(ここまでか)


 胸のうちで呟いた。アルル=キリルの力は失った。敵は魔女が二体、復活している状況。ダメージは大きく殆ど身体も動かせない。

 ずしんずしんと足音が聞こえる。木々を踏み躙ってへし折る足音が聞こえる。顔を上げれば二人の魔女の姿があった。


(……いいや。まだ)


 敵が近くに現れたことでマリアの闘志が蘇った。まだ自分にも出来ることがある。最後の力を振り絞り、敵に気付かれないように『聖剣』を発動させる。ここからの逆転は望めない。だからせめて、敵の戦力を少しでも削る。ルファーの力を『聖剣』に籠めて、虎視眈々と敵が更に近付いてくるのを待つ。一歩。二歩。三歩。


(ここだ!)


 痛みを撥ね退けて銃口を敵に向け、二度発砲する。クリスマスの時に使った攻撃。敵の記憶を凍結させ、砕いて奪う。ルファーの力を使った『神聖技』だ。ダメージにはならないがそれでも戦力を削るだけならば十分である。乾いた音と共に放たれた二発の弾丸は、果たして敵の魔女に命中した。マリアの頬が緩む。


「やれやれ。まさかまだ抵抗するとはね。『UTOPIA、停止せよ』」

「……あ?」


 2人の魔女は冷ややかな視線でこちらを見下ろしている。想定とは違った結果だ。2人ともこの状況に適応できている。記憶を失ったのであればそんなことになるはずがないのに。


「残念だったね。聖女」


 すぐ近くで声がした。目だけをそちらに向けると、そこには一人の女がいた。魔法の記憶を奪った女だ。


「て、め……」

「ああ、喋らなくていい。ただ聞いてくれればいいさ。結論から言うと残念ながらキミの神聖技は不発に終わった」

「な……」

「あの二人が氷から解放された時点で、私は魔法をかけた。オリジナルの人格を封印し、別の人格を植え付ける魔法。……ふふ。どういう意味か分かるかな?キミの弾丸は果たして何を撃ち抜いたのでしょうか?」

「……は」


 思わず笑ってしまった。もしもこの女の言っていることが正しければ、最後の力を振り絞って撃ちだした『神聖技』の弾丸はてんで的外れなところに命中したことになる。奪った記憶はニセモノの記憶。魔法を解除すれば当然のように元通りだ。


「分かるかな。ここに私が来た時点で、キミは何も出来ずにくたばる運命だったのさ」

「はは……。らしい、な……」


 そうして。マリアは目を閉じた。暗闇の中に彼女の意識も落ちていく。


--------------〇--------------


「……!」

「どうしたのかな?ルータ。顔色が悪いぞ?」


 エックスがニッと笑いながらルータを煽る。ルータは舌打ちして、思い切り『聖剣』を振って距離を取った。


「キミの感じた通りだよ。ガンズ・マリアは公平たちがやっつけた」

「まさか……!」


 こうなると前提が変わってくる。元々はアルル=キリルの力を得たマリアと自分と二対一でエックスと戦う算段だった。自分が今なすべきことはマリアが魔法使いを仕留めて戻ってくるまでの時間稼ぎ。二対一ならば確実に勝てる。そういう算段だったのに。


「ボクが一番警戒していたのはキミじゃない」


 ぽつりとエックスが口を開く。


「一番警戒していたのはガンズ・マリアだ。アイツは公平から記憶を奪った。気にしないわけがない。だから二重三重に対策させてもらった。アイツがどれだけ強くなっても、公平たちが確実に倒せるようにね」

「……なるほど」


 ここに来てルータは気付く。時間稼ぎをされていたのは自分の方だった。自分がマリアの手助けに行けないようにされていたのだ。

 そしてマリアに対しても入念な対策が取られていた。三体の強力な神が同時に存在していても魔法使いたちが戦えるように鍛えておいた。仮に力を絶妙にコントロールされてしまっても公平の魔法の記憶を取り戻せる用意をしておいた。クリスマスの時のようなしぶとさで、仲間の記憶を奪うことまで防いでいた。

 何より、エックス自身がマリアと戦わないようにすることで対策に気付かれないようにした。


「けれどまだ。忘れているなら言っておくけれど、貴女の大事な世界は凍り付いている。あれはルファーの力だから──」

「アルル=キリルの力を失くしたりマリアが気絶しても溶けないって?人質として使うつもりなら残念でした」


 ぱちんとエックスは指を鳴らした。同時に事前に彼女が用意していた魔法が発動し、人間世界の氷を一瞬にして溶かす。ルータは言葉を失った。


「こっちも用意はしていたさ。いつでも溶かせるようにね」

「バカな……」

「ふふふ。魔法の連鎖を舐めるなよ!あの程度の氷はボクにとっては氷じゃない!その気になれば簡単に溶かせるのさ!」


 びしっとルータを指差してエックスは言う。『むふー』と得意げな顔である。


「……そう。勉強になりました」


 そう言いながらルータは考えた。どうにかしてマリアを助けに行かなくては。しかしそのためには目の前のエックスが邪魔である。


(仕方ないルファーに支援を頼むしか……)


 と、思っていると、突如としてルータの身体が光に包まれた。ルファーの力である。彼女が自分を回収しようとしているのだとすぐに分かった。それはいい。問題なのは。


「……そんな」


 マリアの方が、回収されていないということ。まだ彼女は生きているのに、ルファーはマリアを救おうとはしていない。もっと正確に言えば、マリアが持つ『聖技』の力だけは回収されている。マリア自身はその場に放置されている。


「どうして……!」

「ムームーちゃん今だ!」

「はっ!」


 一瞬意識が逸れた。エックスの肩の上でムームーが対聖女概念攻撃を放つ。まだルファーによって強制的に帰還させられるまでに数秒時間がかかる。それだけ時間があれば、ムームーの攻撃が命中することは容易だった。黒い力の球体が直撃して、濛々と煙が立ち込める。


「……!」

「むー……!」

「……残念。本当に残念。思いのほか上手くいかなかった」


 ルータは健在であった。『聖女』ではなく『影楼士』として、影楼の力でムームーの攻撃を防いだのだ。その余波で少なからず彼女の身体は傷ついているが、それでも倒すには至らない。


「……ごめんね。マリア」


 最後にそう言って、ルータの身体は完全に消失した。


「むー……」

「元気だしなよ、ムームーちゃん。あんなにアイツを悔しがらせてやったんだ。今回はボクたちの勝ちだよ」


 そう言いながら自身の力に再度制限をかける。マリアが倒れ、ルータがいなくなった今、力を開放しておく必要はない。


「さて、と。一度公平たちのところに戻って……」


 と、その時である。緋色の瞳の前で、小さな何かが舞った。エックスは一つ大事なことを忘れていたのだ。


「……うぎゃあああああ!?」


 神の力という暴力から解放された虹翼は自由である。当然外敵であるエックスの周りにも寄ってくる。

 エックスの悲鳴が世界中に響いた。まだ『虹翼の連鎖』の神から鍵を回収する仕事が残っているのに。彼女の上着のポケットの中で吾我は思った。

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