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ここからが本当の

「っ!」


 遥か遠く。『魔法の連鎖』の仲間たちがいるであろう場所。突如として巨大な力の気配がそこに現れる。突然のことにエックスの意識は一瞬だけ、僅かにそちらに逸れた。


「ふっ!」

「おおっと!」


 紙一重で躱す聖剣による突き。咄嗟に敵の下腹部を蹴って距離を取る。エックスの髪の毛が数本切られてぱらぱらと落ちた。頬には一つの切り傷が。初めて一撃を受けてしまった。垂れ落ちる血を指先で撫でる。


「むー!むー!」

「ああそうだね。あれはきっとガンズ・マリアだ。……それに」


 肩の上のムームーに語り掛ける。この力の正体は恐らくアルル=キリル。どういう経緯で彼女の力を手にしたのかは分からない。冷や汗が流れる。デイン・ルータがふっと笑った。


「助けに行きたいでしょう。相手は貴女に匹敵する女神だもの。でも行かせはしない。貴女にはここでもう少し遊んでもらう」

「……神の力を手に入れるってことは、異連鎖人を攻撃できないってことだ。ガンズ・マリアの攻撃はみんなには届かないぞ」

「攻撃せずとも倒す方法は、ある」


 言うとルータは小さく息をはいて、『影楼の連鎖』の神の力を開放した。聖女の身体の性能は七体の特級影桜の力を問題なく運用できる。ここまで抑え込んでいたルータの神としての力は、空気を震わせ、大地を割った。力に中てられた虹翼は次から次へと落ちていく。

 虹翼を狩っていた吾我と高野もこの事態に気が付いた。ぜいぜいと息切れしながら降下し、エックスの胸の前で止まる。


「遂にデイン・ルータが本気を……」

「吾我さん。流石にあの二人の近くにいるのはあぶな……」


 と、その時である。突如として巨大な手が通って二人を握りこんだ。


「な、なにをする」

「ボクから離れちゃダメだよ、二人とも。今は絶対ダメだ」


 虹翼たちが落ちていった以上、二人の仕事はここまでだ。ここまでで十分すぎるほどに戦ってくれた。おかげで虹翼に触れることはなかったし、ルータとも問題なく戦うことができた。だから、これ以上はもういい。

 今のルータは逃げようとした二人を容易に捕らえることが出来る。そうなればこちらの負けだ。人質を取られれば降参するしかなくなる。


「残念。一気に勝てるはずだった、のに!」


 エックスの視界からルータの姿が消えた。反射的に身体を逸らす。ルータの聖剣が一瞬前までエックスのいた場所を突いた。彼女の服に切れ目が入る。


「はあっ!」

「なにっ!?」


 聖剣が電撃を放つ。ばちばちと音を立てながらエックスの身体を電流が走った。咄嗟に展開した防御は手の中の二人を守るためのもの。これがなければどちらも感電死している。


「……くっ」

「どうしてそんな人間を連れてきたのか、理解に苦しむ。そんなものがなければ自分だけ守れたものを!」

「……さあね!」


 電撃の痛みが全身を駆け抜ける。苦悶の表情を浮かべながら辛うじて人差し指だけをデイン・ルータに向ける。


「『断罪の剣・完全開放』!」


 13本の剣。それらが魔力の糸で結びあって構築されるネットワーク。ルータをそこに閉じ込めると、剣から放たれる力が彼女の身体を縛り、動きを封じた。


「これで少しは……。っ!?」

「こ……んなもの……!」


 が。神の力を開放したルータには最早この魔法は通用しない。エックスの力を強引に捻じ伏せ、腕を思い切り動かし、一振りで『断罪の剣』を弾き飛ばした。その衝撃は巨大なエックスの身体さえも吹っ飛ばす。


「くぅ……」

「これで、終わり!」


 ルータはその身に雷を纏うと、一気に加速し、エックスに向かって飛んでくる。今のままではどうしても押し負ける。


「ならっ!」

「今更リミッターを外してももう遅いッ!」


 雷を纏ったルータの身体は、ミサイルを思わせる破壊力と勢いでエックスに向かってくる。力を抑えた今のままのエックスではこの一撃を受けただけでも十分致命傷だ。──だが。


「むー!」

「なにっ!?」


 だからこそムームーを連れてきたのだ。強力な概念防御を用いる彼女の『無道』がデイン・ルータ必殺の体当たりを受け止める。


「おのれっ!」

「むっ!?」


 しかし全ての衝撃を受け流すことは出来なかった。僅かにダメージは発生した。だがまだ十分戦えるレベルである。そして、リミッターの解除ももう、終わっていた。

 普段、エックスは己の全能性に制約をかけている。今はその制約を一つ外した状態だ。この状態では長く戦えば戦うほど、この世界が傷ついてしまう。虹翼のいるこの世界はあまり好きではないが、それは壊していい理由にはならない。


「さあ。ここから本番だ。一気に決めるよ」


 ルータの口元が微かに歪む。ほんの少しだけ笑ったように見えた。


「そうね。ここからが本番。望むところ」


--------------〇--------------


『強力な神の力がほしい、か。なら、一つ心当たりがあるヨ』


 『機巧の連鎖』の神が教えてくれたのは『聖技の連鎖』の外側、あらゆる『連鎖』が浮かぶ虚無の海の上のあるポイントだった。ルファーの力により巨大化したガンズ・マリアは虚無の海を進んで行く。音もなく漂う連鎖たちを躱しながら。目指す先はかつて『守護者の連鎖』があった場所である。今ではこの宙域には何もない。『守護者の連鎖』の神が自らの連鎖を食べてしまったからだ。


「……へえ。本当にこんなところにいやがった」


 感心のあまり殆ど無意識に口をついて出た言葉だった。『機巧の連鎖』の情報は確かであった。そこには『魔法の連鎖』に完膚なきまでに倒されて、追い出された神がいる。目では見えないほどに極小で、感知も困難なほどに弱ってはいるが、確かにそこには彼女がいた。


「聖女……。ア・ルファーか?なら消えろ。儂はお前が嫌いじゃ」

「安心しろよ。アルル=キリル。アタシはルファーじゃあない。聖女なのは確かだが」

「何の用じゃ。聖女が儂に。一体何の用で」

「お前。『魔法の連鎖』をぶっ潰したくないか」


 アルル=キリルからの返答はない。この沈黙が肯定であることをマリアは重々承知していた。だから、構わずに続ける。


「アタシと組め。アルル=キリル。てめえの力で『魔法の連鎖』の連中を血祭にあげてやるよ」

「……理解できんな。儂はこの通りの風前の灯火よ。手を組んだところで何のメリットが貴様にあろうか」


 それにそもそも、と。アルル=キリルは考える。

 聖女は自分が宿主の精神を喰らって、力を得ることを知っているはずだ。当然だが喰われた方の精神はこの世から永遠に失われる。自分と組むとはそういうリスクを背負うことである。意味が分からない。

 アルル=キリルの疑問に対してガンズ・マリアは小さく笑って答えた。


「ああそうだな。だけどてめえの力を完全に飼いならせば、連鎖を喰らう神さえ恐れた怪物の力が手に入る。一か八か。オールオアナッシング。超ハイリスクハイリターンの大博打だ。そういうのアタシは嫌いじゃあない」

「……はっ」


 そうだ。ここからは賭けである。ルータが『影桜の連鎖』の神の力を手に入れたように。自分もその領域に入らなければならない。全てはルファーのために。

 『守護者の連鎖』の跡地、微かに漂うゴミのような残骸。その上でぐったりとしていたアルル=キリルは返答を聞くと小さく笑った。かと思うと勢いを付けて飛びあがり、連鎖の外側へと飛んで行く。向かって行く先には連鎖よりも巨大なガンズ・マリアの左の胸があった。


「よかろう。契約成立じゃ!」

「こいよ。アルル=キリル!」


 全てを受け入れるかのように腕を広げる。最後の力を振り絞ったアルル=キリルはそんなガンズ・マリアの身体の中に飛び込んでいった。


(さあ願え。お前は何をしたい。その願いを儂に喰わせろ)


 頭の中に響くアルル=キリルの声。マリアは小さく笑って答えた。


「ああ。存分に喰えばいいさ」


 目を閉じて思い描く願いの形。それに白い蛇が噛みついて、少しずつ蝕まれていくのを感じる。本当の勝負はここから。自らの力でアルル=キリルを捻じ伏せて、手懐ける。勝算の薄い賭けだ。だがそれでもいい。エックスに勝つために、マリアは悪魔に心を売り渡したのであった。


--------------〇--------------


「そして」


 嵐が晴れていく。風と巻き上げられた氷の奥に巨大な人影があった。


「アタシは勝った。アルル=キリルを捻じ伏せた!」


 人影の姿が徐々にはっきりとしていく。そこにあったのは鎧を着こんだ一人の巨人であった。氷を思わせる透明さと蛇のような冷淡さ。肩や肘、膝や手足に配置された牙のような意匠は蛇を思わせる。

 背中から生えていた翼は8つの頭を持つ蛇に変わっていた。蛇の口は銃口になっていて『魔法の連鎖』の脆弱な生き物たちを常に狙っている。


「これがアルル=キリルを捻じ伏せて勝ち取ったアタシの力だ!ははははは!」


 神の力を得た氷の鎧。身に纏うは氷の聖女ガンズ・マリア。北井善の時とは違う。アルル=キリルは完全に砕け散って死んだ。残骸は完全にガンズ・マリアの力に変わった。即ち彼女は、今のデイン・ルータに匹敵する聖女になってしまったのだ。


「ここからが本当の戦いか……!」


 ヴィクトリーの肩の上。公平は二度頬を叩いて気合を入れなおした。

 そして。高笑いを上げる強敵に対して身構える。

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