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ボク今回いいところないな

 人間大の大きさに縮んだエックスは四つん這いになってぜいぜいと荒く息を吸ったり吐いたりしていた。


「ご、ごめん……落ち着いた」

「しっかりしてよ、ほんと」


 虹翼への嫌悪感は、危うくエックスに世界ごと全て滅ぼす決断をさせるところであった。最終的にどうにかこうにか落ち着いて、彼女に近寄る虹翼を出来る限り迅速に仕留めるということで話が着いた。

 呼吸が落ち着いたところでエックスはすっくと立ちあがる。


「ふう……よし。取り敢えず、これでどうして敵がこの連鎖を戦いの舞台にしたのか分かってきたね……」


 虹翼はヒトを殺し。ヒトに寄生し。そのヒトの全てを乗っ取ってしまう。聖女たちはエックスが仲間を連れてくることを予期していたのだろう。そこに虹翼をぶつける。その正体を知らないタイミングで仲間が虹翼と接していたら、殺されて寄生されていた可能性がある。仲間を失うだけではなく、仲間を奪われた形だ。戦力的には精神的にもエックスにダメージを与えるにはこれ以上ない手だ。


「それにあんなに気味わるい虫しかいないんだ……。もしかしてこれもボクに精神攻撃する作戦だったりする?」

「それは多分ないわ」


 ヴィクトリーの冷淡な返答。エックスは少し凹んだ。

 既に聖女とのファーストコンタクトから数時間が経過していた。『虹翼の連鎖』に来てからここまでいいところが何もない。仲間たちの視線もどこか冷たい気がする。何か名誉挽回出来る手はないか。全力で考える。


「……あっそうだ!」


 ポケットの中。小さな小さなリュックサックを指先で摘まみあげる。


「あのさっ。お昼ご飯作ってきたんだけど、食べる?」


--------------〇--------------


「……遅い」

「なにやってるんだ連中。時間かかりすぎだろ……どうする?追うか?」

「……得策ではない。待ち構えている可能性もある」


 二人の聖女も『魔法の連鎖』の敵を待つのに飽き始めていた。ファーストコンタクトから既に数時間が経過していた。どうして攻撃してこないのかは不明の状態。まさかエックスが虫に弱いとは想像もしていない。

 天空でエックスを待つ二人の周りには虹翼はいなかった。マリアはこの連鎖のことをよく知っている。虹翼の対策も分かっていた。

 虹翼は匂いを感知して攻撃してくる。仲間以外の匂いがあれば問答無用で襲い掛かってくる。その匂いは人間や聖女、或いは魔女でも認識不能な特殊なもの。香りを抽出した香水をふりかけてやればそれだけで虹翼は近付いてこないのである。よって、このまま待っていても何も問題はない。どの道敵はこちらに挑まなくてはいけないのだ。待っていれば必ず来る。──だが。


「このまま何もしないのもいい加減鬱陶しい。『──聖剣起動──』」


 ルータの言葉にマリアがにやっと嗤った。彼女の手には聖剣という名の杖。そこに特級影桜の力を流し込み、大きく掲げる。暗い雲が空を覆い、弾けるような音と共に雷が輝く。


「特級影桜、『バース』」


 その名を叫ぶ。聖剣が輝いて、雷雲の中から三体の黒い威容が姿を見せる。バースの能力で生み出された影桜。全長百mを超える長い身体を持った龍の姿。それはルータの意のままに動く忠実な僕である。


「小さいな。特級影桜並みの力にしては」

「でも、これくらいにしておかないと」


 ルータは視線も向けずに地上の木々に向けて雷を落とした。その枝葉で休んでいた虹翼たちが突然の事態に次々に飛び立って、ルータの指示を待つ影楼を発見する。


「あの虹翼たちが寄生できないもの」

「ああ。なるほど」


 虹翼に集られた影楼は一度大きく叫んだ。しかしルータからの指令がない以上動くことも出来ない。三体の影楼はただ黙って虹翼に外皮を食い破られ、体内に侵入されるのを待った。

 通常この大きさの影楼は一体の虹翼だけでは到底支配しきれない。だが複数体同時に内部に入り込むことで完全なコントロールが可能となる。個としての理性がなく、全ての個体が機械的に動く虹翼だからこそ出来る所業だ。


「そして、影楼の力と虹翼たちの力が合わさって、一層凶悪な怪物に変わる」

「はっ。なるほどね」


 ルータとマリアは影楼が寄生される様を興味なさげに見守っていた。虹翼の能力で敵戦力を減らすことは出来なかった。だから次は、虹翼の能力でパワーアップした影楼をぶつけ、直接的に敵戦力を削る。


「それで?これお前の力でコントロールできるのか?」

「まさか。これはもう虹翼の宿主。もう私の管理を離れた」


 だが。虹翼は聖女二人を襲うことはしないので。


「影楼を一匹、敵に向かって放てば、自動的に虹翼たちは敵の元に向かっていく」


 ルータの言った通りである。虹翼はバースの能力で新たに生み出した高速移動特化型の影楼を追って飛んでいく。二人の聖女はそれを静かに見守っていた。これでこの閉塞した状況が動けばいいなと思いながら。


--------------〇--------------


 海苔の巻かれた白い三角形。小さく口を開けてその頂点を齧る。


「あっ。おいしっ」


 ヴィクトリーが目を大きく見開いて、『思わず』といった調子で言った。エックスの握ったおにぎりは塩の加減が丁度いい。少し濃い目の味付けはあちこち動き回った身体に染み渡る。

 公平はそんなヴィクトリーの様子を見つめながらおにぎりを頬張る。


「なんでヴィクトリーばっかり見てるのさ。公平」

「いや……ヴィクトリーにおにぎりは似合わないなって思って……」


 『そうかな?』と呟いたエックスは公平の隣でおにぎりに口を付ける。

 虹翼が入ってこないようにと魔法で作られたちょっとした家。『魔法の連鎖』の面々はそこでひと時の休息をとっていた。汗やら虹翼の体液やらで汚れた身体を綺麗にし、お昼ご飯を各自食べている。

 金髪美女なヴィクトリーが美味しそうに素朴なおにぎりを食べている姿はなんだかアンバランスな光景に見える。悪いというわけではない。ただ何となくちぐはぐな光景に思えた。紅茶とかクッキーとかを嗜んでいる方がぴったりくる気がする。

 一方でローズはなんだか逆に似合っている。ビジュアルはヴィクトリー同様日本人離れしているが、幸せそうにもくもくと口を動かしているのを見ているとその幸福が伝播してくるように感じた。


「いやあ。それにしても。みんなが食べてくれてよかったよ。他人の握ったおにぎり食べられないってヒトもいるじゃない?」

「まあ。私はエックスの握ったおにぎりなんて食べたくなかったけど。公平クンが食べるっていうからね。仕方ない」


 隣に座る公平の更に隣から声がする。エックスは辟易した表情でそれに答える。


「別にユートピアに食べてほしくて握ったんじゃない」

「なるほど。通りで口に合わなかったわけだ」

「……ふんっ。じゃあ残せば?」

「なにを言っているんだか。食べ物を粗末にしてはいけないだろう?」

「むうう……」


 自分を間に挟んで行われる口喧嘩。エックスが作ってくれた美味しいおにぎりだったが、なんだか喉を通らない。


「あのさ……。気ぃ悪いからやめてくれよ」

「だ、だってユートピアが……」

「ああ。そうだね公平クン。せっかくの食事の時間にすまなかった」

「この……!」


 当てつけのようなユートピアの態度。一瞬ここまで連れてきたことを後悔する。他の手をもっと考えるべきだったのではないかと思ってしまう。


「……もしかしてあの二人相性いいのか?」

「かもね」


 エックスの持ってきたお茶を口に含む。喧嘩するほど仲がいいとは言うが、エックスとユートピアはそんな関係になりそうに思える。少し遠巻きに見つめている吾我とアリスはそんなことを話していた。


「まあ。それはそれで、いいことかもな」


 何気なく口に出した言葉。小さく笑っておにぎりをもう一口食べる。と、アリスがにまにましながら自分を見つめているのに気付いた。


「……?どうかしたか」

「ふふっ。なんだか意外だな、ってね」

「え?なにが……」

「ううん。なんでもない」

「……っ」


 理由は分からないけれど、少し照れくさい。


「まあいいか……。っ!」


 その瞬間である。遥か彼方に突如として現れた大きな力の気配。それが猛スピードで近付いてきているのに気付く。


「!レイジ!」

「ああ!エックス!」


 吾我の声掛けにエックスはにこっと笑みを向ける。


「大丈夫。これは多分影桜だ。バースの能力で生んだのかな?」

「それの何処が大丈夫……」

「だから」


 しゅんっと音を立ててエックスの姿が消えた。同時に小屋の外、ずしんという足音とともに立ちあがる。既に彼女は元の大きさに戻っていた。影楼が迫ってくる方角に視線を向ける。両足の間には仲間たちの居る小屋があった。小屋の窓から見えるのはエックスの靴だけ。


「相手はバースの能力で生まれた影楼。ってことは生んだのは『影楼の連鎖』の神であるルータの能力。ってことはつまり、だ」


 光の弓矢──『未知なる一矢』を引き絞り、続ける。


「これは神による攻撃。ボクでも落とせる」


 指を離す。真っ直ぐ飛んで行った『未知なる一矢』は、数キロ先で迫りくる影楼三体を同時に撃ち抜いた。


「……ふうっ。あっちもいい加減待ちくたびれたみたいだし。そろそろボクらも……」


 などとマイペースな調子で言っていると、身体の周りで何かふわっとしたものが触れた。疑問符を浮かべながら目を向ける。と。それは。


「うわあああああ!?」


 思わず手で虹翼を振り払う。無意識的に後ずさる。


「うわあああああ!?」


 思い切り踏み下ろされたエックスの足。そのせいで足元に在った小屋が大きく揺れた。倒壊するのではないかと思えるほどの揺れ。お茶は零れ、おにぎりは手から滑り落ちて台無しになる。それでも命があっただけマシと言える状態だった。


「え、エックスぅ!」

「だ、だってえ!?」


 本当にボク今回いいところないな。心の何処かでエックスは思うのであった。

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