表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
201/439

鬼ごっこ②

 エックスが力の制限を少しでも外して戦えば、その余波で人間は気絶してしまう。公平も例外ではない。だから公平が耐えられるようにと特訓をしている。力の制限を外した状態で公平を追いかける鬼ごっこだ。昨日は三時間ほどやった。今日はもう少し長くやる。最早猶予はない。『虹翼の連鎖』での決戦は三日後だ。


「と、言うわけで!今日はみんなで頑張ろう!」


 おーっ!とエックスは腕を突き上げた。彼女の足元で彼女を見上げるのは、今は公平だけではない。


「……事情は分かったけど。特訓したところで役には立てないと思うぞ?」

「吾我クンは自己評価が低い!キミはハッキリ言ってめちゃくちゃ人間離れしてる自覚を持ちなさい!」


 吾我はため息を吐いた。人間離れしていても限界はあるというのに。公平がとことこ歩いてきて『頑張りましょう!』とか言っている。正直乗り気はしなかった。


(今回はどう考えてもエックスの邪魔になる。手伝う気があるなら留守番でもしていた方がいいんだが……)


 総力戦のつもりなのだろう。だがそもそも数を束ねたところで神となった聖女に勝てるとは思えないが。

 周りを見回す。ミライに魔人姉弟。杉本。それからアリス。エックスの手でこの鬼ごっこのために人間サイズに縮められたヴィクトリーとローズ。そして……。

「ねえレイジ?」

「なんだ。アリス」

「あの子知ってる?」

「……いや。知らない」


 一人知らない女がいる。大学生くらいの見た目。のほほんとした雰囲気で呑気に微笑みながらジャージ姿でローズと何か話している。少しだけ、気になった。


(どう見てもランク90以下だ。こんなの連れて行ったら死ぬだけだぞ。っていうか誰だこの女)


 何故なら魔法使いとしてあまりに弱々しいから。場違いと言わざるを得ない。だからこそどういう経緯でローズと知り合って、どういう経緯でここにいるのか、興味がわいた。


「ん。あっ。やっほ。レイジ」

「ああ。久しぶりだな師匠」

「どうしたの?妹弟子が気になる?」

「妹弟子?」


 ローズに向けていた視線を再びその見知らぬ女に向ける。『ども……』と小声で会釈をしながら初めてこちらを認識した彼女はきょとんとした表情を浮かべていた。一方でローズは何やら得意げな表情で彼女の紹介を続ける。


「そ。アタシの新しい弟子。名前は岸田ナナ」

「はあ……」


 どういう経緯で弟子になったのか。なんでローズの弟子なのにランク90程度にとどまっているのか。吾我には分からなかった。

 岸田ナナの雰囲気は到底戦いとは似つかわしくない。本当に普通のお嬢さんといった感じだった。


(……本当に大丈夫なのか?)


 吾我は頭を抱えたくなった。


--------------〇--------------


「よーっし。それじゃあ始めるよー。さーん」


 カウントダウン。これがゼロになった瞬間にエックスは力を開放する。そしてその瞬間に鬼ごっこがスタートだ。


「にーい」


 まずは最初。そこで何人が立っていられるか。初日の公平は耐えられるようになるまで一時間きっちりかかった。だからみんながみんな平気でいられるなんて期待はしていない。百メートルほど向こうにいる小さな彼らを見下ろす。このうち片手で数えられるくらい立っていられれば十分だ。


「いーち」


 まだ時間はある。少ないけれどゼロではない。その間に全員が自分の力に耐えられるようにすればいいだけだ。


「ぜーろっ!」


 さあ。スタートだ。エックスが力の制限を一つ外す。瞬間漏れ出した彼女の圧倒的に巨大な力が、地上にいる小さき者たちを襲った。さて何人が倒れるか。


「っ!」


 公平は動けていた。というか公平は動けてもらわないと困る。彼だけは昨日のうちにこの特訓をやっていたのだから。


「さ。逃げるよミライ!」

「わわっ。待ってえ!」


 ヴィクトリー母娘も問題はない。第一に高位の魔女であるヴィクトリーはエックスの力を受けてなお、問題なく行動することが可能だった。神の器である魔女の身体はあらゆる攻撃に対して高い耐性を持っている。こちらは予想の範疇の結果だった。

 そしてミライ。人間の魔法使いの中でも彼女は別格だ。エックスの中でも彼女に対する評価は一段上である。魔女になりかけの身体を十分に活かしている。その身は人間大であっても魔女の持つ防御能力をしっかりと発動できていた。


「意外なのはあっちだなあ」


 顔を上げて遠くを見つめる。魔人の姉弟が飛んでいく姿が見えた。魔人も魔女ほどではないが防御能力に優れている。そしてなにより、あの二人はいつでも自分を殺してしまえる魔女、ソードと一緒に暮らしていたのだ。理不尽に大きな力を向けられることは慣れている。


「……さて。ところで、と」


 視線を下げる。ここまではちゃんと動けた者。ここから先は動けなかった者だ。


「レイジ!大丈夫!?」

「わ、悪いアリス……」


 ふむ、と口元に手を当てる。魔女になりかけのアリスが動けなくなった吾我を背負って逃げていた。彼女も魔女の力を少し使えるようになっている。しかし覚醒に積極的ではないせいか、ミライに比べると弱い。何故なら吾我を背負って動ける程度にしか強化が使えていないからだ。──その一方で。


「うんうん。やっぱり吾我クン優秀じゃない」


 吾我は動けずとも意識は飛んでいなかった。それだけで十分上澄みと分かる。他の者と違って特殊な身体を持っているわけでも事前に特訓していたわけではない。それで意識を保てるのならば今日一日この鬼ごっこをやっていれば身体が動くようになるだろう。


「けど、残念。一番近くにいるからね。ごめんね」


 そっと足を上げる。アリスの身体がエックスの影に包まれる。慌てて逃げきろうとするけれど、もう遅い。ずずんと音を立てて。地面を揺らして。エックスの足が二人の居た場所に降ろされた。そして、顔の横でそっと手を広げる。


「わたっ!」

「あたっ」


 空間の裂け目を通って二人が落ちてくる。エックスの手に落っこちて尻もちついている。踏み潰す直前に魔法で逃がしてあげた。本当に踏みつぶしてしまうつもりは当然ないが、適度な緊張感はやっぱりほしい。手の上に顔を近付けてにこりと微笑む。


「はあい。捕まえた」

「うう……一番かあ」

「……だから言ったんだ。俺が行っても役には……」

「だから。自己評価が低いって。今のボクを前にして意識がはっきりして口が利けるだけで上等さ。公平なんて一瞬で気絶しちゃったんだから」


 捕まえた者を捕えておくビルの屋上。二人をそこに降ろす。


「今の吾我クンなら今日一日頑張れば戦力になれるよ。大丈夫。……って。ボク他のチームを捕まえないとだし。行ってくるね」


 にこやかに手を振って、次の獲物に目を向ける。


「さあてローズ。頑張って逃げてるみたいだけどもうダメだよお……?」


--------------〇--------------


「くっ」


 エックスが自分を見ている。ローズにはすぐ分かった。出だしが遅れたのは自分もだ。理由は一つ。


「もおっ!この弟子たちは!」


 杉本と岸田を抱えて駆けていく。二人ともきっちりしっかり気絶していた。流石に見逃して逃げるのは忍びないのでこういうことになった。アリスと違って完全な魔女であるローズは人間二人を抱えても問題なく全力疾走出来る。──だが。


「よっと!」

「あいたっ!?」


 やはり出だしが遅れたのが痛い。一瞬でエックスに追いつかれ、目の前に靴を踏み下ろされて、そこに衝突してしまったのだ。振り返れば『牢獄』となるビル以外全て倒壊している。制限を一つ外した状態で滅茶苦茶な速さで走ればこうもなる。


「さあて。捕まえちゃうぞー?」

「くっ。まだよエックス!」


 気絶している弟子二人をその場に降ろし、魔法の鞭を発動させて構える。エックスは目を丸くしてその場にしゃがみこんだ。


「なるほど……。ここでボクをやっつければ鬼ごっこどうこうなんかどうでもよくなる、と」

「ええ……。そういうこと。しょう──」

「えいっ」

「ひんっ」


 ぴんっと。エックスはローズを指で弾いた。その一撃でローズは倒れ、弟子共々気絶する。三人を優しく拾い上げて、魔法で『牢獄』のビルの屋上に送る。


「さあて」


 まだ獲物は『箱庭』にいる。次を捕らえにエックスは再び一歩踏み出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ