鬼ごっこ
人間世界にあるビルにハグして回る作業。エックスは何も言わなかったが、恐らくは人間世界を包む氷をどうにかするための秘策だ。取り敢えずそれは終わったようで、公平と共に部屋に戻ってきた。
「……で?あれは一体どういう魔法なワケ?」
ここにはガンズ・マリアの氷はない。『聖技』に情報が行くことはない。公平はエックスの手の上で彼女を見上げて、改めて尋ねる。
「ん?うーんと。なんて言えばいいかな。自己学習する人工知能みたいな魔法?」
果たして、エックスは今回、素直に答えてくれた。
ガンズ・マリアの氷は溶かそうとすればその行動が相手に伝わってしまう。その上相手は未知なる異能『聖技』である。その解除は可能な限り慎重に行わなくてはならない。
「だから魔法に安全な溶かし方を考えさせているんだ。それを同時進行で何個も動かす。一つでも正解を見つければ、その情報を共有してやればいい」
「なるほど……。……上手くいくといいけどなあ」
公平は少し不安だった。あの氷はルファーの力で出来たものである。エックスに匹敵する力だ。セキュリティホールのない完璧な術式を組んでいるのではないか。
エックスは微笑みながら答える。
「大丈夫きっとどこかに突破口はあるさ。ボクだって人間世界に仕掛けた防御は完璧だと思っていたけど、それでも破られたんだ。逆に言えばあの氷だってどこかに穴はあるはずだよ」
というかボクだけやられっぱなしなのはいい加減ムカつく。エックスはぽつりと呟いた。
人間世界を守るセキュリティをあっさりと突破された上にあんなものは鍵ではないとまで言われて、エックスは悔しい想いでいっぱいだった。敵の肝いりの作戦を攻略して仕返ししてやらないと気が済まない。
「……と、いうわけで。人間世界はボクの魔法に任せるとして」
じっと、大きな瞳が手の上の公平を見下ろす。急に視線を向けられて公平は困惑してしまった。
「……え?なに?」
「次の戦いは公平にも手伝ってもらいたいんだけど」
「もちろんそれは……」
「けど今のままじゃあ厳しいと思うんだよね」
「……俺がガンズ・マリアに負けたから?」
エックスは首を横に振る。それは仕方ないことだと言いながら。
「記憶を失くす前はさ。相手も油断していたから勝てたけど、今回はちょっと状況が違う。ガンズ・マリアは精神的にも万全の状態だった。それに公平は世界全部が凍らされて動揺している状態だったからね。初めから不利な勝負だったんだ。次にやれば勝負になるはずだ」
「なるほど……。それじゃあ何が問題なんだ?」
「つまり……こういうこと」
言うとエックスは公平を見つめたままで少しだけ力を発露させる。ボウシたちと戦う前と同じだ。
突然向けられた圧倒的な力。まるで自分が蟻になったような感覚。息苦しくて、倒れそうになる。今すぐに握りつぶしてやるぞ。今すぐに食べてやるぞ。そんな処刑宣告を耳元で囁かれている気分になった。
「う……」
やがて公平の気が遠くなったところで、エックスは力を抑えた。
「と、まあこんな感じで……」
「ちょっとなあに?今の?」
そう言いながらウィッチが部屋から出てくる。不機嫌な顔でエックスを睨んでいた。
「いきなり起こさないでよ。せっかく気持ちよく寝ていたのに……、ん?あれ?なあにアレ」
ウィッチは棚の上に置いてある家を目ざとく見つけた。田中やSF研のメンバーが休んでいる家である。その正体と中にあるもの。それに気付いたウィッチはにんまりと笑って、棚に近付いていく。
「あ、ヤバ……」
彼女がずっと眠っていたのをいいことに内緒にしていたのだが、とうとう気付いたらしい。
「人間が入ってるんでしょ?一個もらっていいわよね」
「いいわけないでしょ!?」
「いいじゃない。四つもあるんだし。一個くらいさ」
「ダメったらダメ!」
魔女の視点では玩具の家。だが中には友人である人たちが休んでいる。エックスは公平を机の上に降ろすと、棚の上の家に手を伸ばそうとするウィッチを無理やり彼女の自室に押し込む。
「ちょっと!?」
「ええいっ!」
扉を閉め、鍵はないので自身の身体で抑え込み、強引に開こうとするのをどうにか防ぐ。部屋の中から扉をどんどんと叩く音が聞こえてきた。
「いいじゃない!こっちだって無理やり起こされてるのよ!?小人一匹で許してやるって言ってるんじゃないの!」
「だからダメだってば!」
言いながらエックスは棚の上の家に魔法をかけた。魔法に対する防御と物理的な干渉に対する防御の二つ。
「よし、これで……!」
扉の前から身体を離す。ウィッチが半ば飛び込むような形で入ってきた。爛々とした目で棚に近付いていく。──が。その上にある家を一瞥すると舌打ちして、回れ右をして戻っていく。そうして扉が勢いよく閉められた。部屋中に響く大きな音が彼女の苛立ちを表している。
「ふう……」
エックスはほっと胸を撫でおろした。棚の上にかけた防御の魔法は非常に強力なものだ。ウィッチは触れる事さえ出来ず、万が一にでも魔法が使われようとも届かない。それどころか下手に手を出せば逆に傷つく仕掛けである。これでウィッチが手を出すことはないはずだ。
「危ないところだった……。……さて、話を戻すけど。その前に場所を変えようか?」
「お、おう」
--------------〇--------------
『箱庭』の街に移動し、腰くらいの高さである模型のビルの屋上に公平を下ろす。腰を落として屋上に顔を近付けて、改めて説明をする。
「で、だ。今の問題点だけど。ボクがちょっと力を出したくらいで倒れちゃうってところがちょっとよくない」
普段の特訓でもエックスは力をセーブしている。その上で本気を出している。公平向けにリミッターをかけているのが前提の全力だ。
ただ次の決戦ではその程度で挑むわけにはいかない。相手は神の力を得た聖女。デイン・ルータ。彼女を相手にするからには少しだけ力のセーブを解かなければならない。だが今のままでは力に中てられて、公平が倒れてしまう。
「公平にはガンズ・マリアの相手をしてもらいたいんだ。勿論1対1じゃないよ。吾我クンとかミライちゃんとか……。何人かで戦ってもらうけど」
「その時エックスの力にやられて倒れないようにする……ってこと?」
「そういうこと」
「エックスが力を抑えて戦うってのは無理?」
「んーまあ。出来るけど。でもボクが力を抑えてもルータはそんなことする必要ないし。あいつの力にやられて倒れたんじゃ意味ないからね」
「ああそうか……」
「そういうわけで」
エックスはにこりと笑って、公平を摘まみあげる。
「早速だけど、始めようか」
言いながらエックスは片膝をついて、公平を地面に降ろす。そうしてすっと立ち上がった。彼女の顔が遠くに離れていく。一人置いていかれて戸惑う公平に対して更に説明を続ける。
「やることは簡単だ。ただボクから逃げてくれればいい。魔法も自由に使ってくれていいよ。要するに鬼ごっこだね。ただし……」
空気が震えて。空間が歪んだように感じる。エックスが再び力を開放したのだ。息が苦しくなって、倒れそうになる。
「ボクはこの状態で追いかけるからね。ふふ。安心してくれていい。ボクはあくまでも力を開放するだけだ。魔法を使ったりはしないよ。ただ追いかけるだけ。十分逃げたら公平の勝ちだからね。それじゃあちょっと離れるからね」
ずしんずしんと地面が揺れる。半ばスキップするようにしてエックスは離れていく。そして数キロ先に立っている適当なビルの前にもたれかかると目を閉じて、『いーち。にーい』と数を数え始めた。
「お、鬼ごっこって」
公平は少し呆れてしまった。彼女が離れたことで少し余裕が出来た。これならどうとでもなる。
(……そもそも魔法を使ってもいいならどうとでもやりようはあるしなあ。離れたビルに隠れるとかさ。しかも時間はたったの十分だろ。もし見つかってもまたすぐに遠くに逃げちまえば時間は幾らでも稼げるわけで。それに魔法を使わないハンデまでついてるんだ。十分くらいすぐだって。あいついくら何でも俺を舐め過ぎて)
「おーい。公平」
「……ん?」
頭上からの声。目の前には見上げる程に大きな靴が。顔を上げるとエックスが微笑んでいる。
「え?」
「きーっく」
「え!?」
目の前の靴が迫ってきて、公平を蹴り飛ばした。と言っても本当に軽い力である。精々押し倒されたくらいの勢いだ。痛みはないし怪我もない。ちょっと尻もちついただけである。
代わりに頭は混乱していた。さっきまでエックスは数を数えていたはず。なのにどうして目の前にいるのか。
その答えが出る前に。エックスは足を上げた。公平の視界が彼女の靴の裏側だけでいっぱいになる。
「はあい。捕まえたー」
「ちょ、ちょっとぉ!?」
迫ってくるエックスの靴。しかし公平の身体は動かない。逃げる事さえ出来ない。彼女の力によるプレッシャーのせいだ。
空気が圧縮されて風になる。客観的にそんなことを感じながら、公平は近付いてくる靴を見つめることしか出来なくなっていた。まるで自分の身体から魂だけ抜け出してしまったみたいだった。
「……っ」
そして。彼女の靴が鼻先数ミリ手前で止まる。
「はい。一回戦終了」
そっと、エックスは足を退ける。同時に彼女の全身から迸る途轍もない力の気配が薄れた。公平の身体が動くようになる。
「え、え?なんで?」
エックスはその場にしゃがみこんで、公平を微笑みながら見つめる。
「ボクの力に圧倒されて気が遠くなってたみたいだね。まさか一歩も動かないなんて。ふふっ。こんなに楽な鬼ごっこ初めてだ」
くすくす笑って言うエックス。公平は彼女の発言に言葉を失った。
「まあ気絶しないだけマシ?でも動けないんじゃあまだまだだね。でもこれは慣れるしかないから。ゆっくりいこう」
公平を摘まみあげて手の上に載せる。
「と、いうわけで。少し休憩したら二回戦だ。今日すぐにとは言わないけど、『虹翼の連鎖』に行くまでには慣れてね」
「う、うん……」
「うん。頑張ろう」
エックスはにこりと微笑んだ。こんな風に意識が飛びかけるようなことを何度もやって、自分の身体は大丈夫なのだろうか。そんな疑問が一瞬だけわいたけれど。
(まあ……大丈夫だろ。多分)
結局、見てみぬふりをすることにしたのであった。




