表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/429

子供の世界・前編

「だ・か・ら!ボクはやらないって言ってんだろ!」


 エックスが机に向かって何か叫んでいる。公平は部屋から出ると、飛び上がって机の上に着地した。


「どうした?」

「え?あ、いや。その」

「うん?」


 視線の先には無造作に置かれた巨大な本と、それから彼らがいた。


「……子供?」


 男の子が一人。女の子が二人。小学生くらいの背丈の小さな子供。銀色のぴっちりとした服を着ていて、どこか未来っぽい。

 エックスはおろおろしながら子供たちと公平とを交互に見る。


「どうしたの」

「い、いや。そう子供。なんか急に出てきて……」


 子供たちは公平を見てクスクス笑い出した。エックスはそんな彼らをキッと睨む。彼女の眼差しに三人は震えあがった。何だか可哀そうに思えた。


「おいおい。事情はよく分からないけど。そんな小さな子虐めるなよ」

「ち、違うんだよ……。と、とにかく帰って!ボクは手伝わないからね!」


 エックスが少し強い口調で言う。男の子は怯えながら懐から何かしらの機械を取り出した。それを操作して空間の裂け目が開く。三人はそれを通って行った。


「……ったく!」


 いつになくエックスは怒っていた。普段はもう少し温厚なのに。公平は彼女の方へと歩いて行く。


「何だったんだよ。あの子たちは」

「え、えーっと」


 言うべきか言わざるべきかと悩んでいるようだった。


「いや。言いにくいならいいよ?」

「あ、いや。……何を言っても信じてくれる?」

「え……?信じるけど……?」


 公平がそう言うと彼女は意を決したかのように口を開いた。


「彼らは。異世界人。『子供の世界』から来たんだ」

「……『子供の世界』?」


 「なんだそりゃ」が声の調子からにじみ出ている。思わずイッツァスモールワールドかよと言いそうになった。そんな雰囲気を敏感に感じ取ったエックスはキュッと唇を結ぶ。


「やっぱり信じてないじゃん……」

「いやゴメン!信じる信じる!異世界だな!異世界の……こ、子供の世界?から来たのね!?で、それなに?」

「む~……。子供の世界は本当に子供しかいない世界だって。彼らにとって大人であることは罪であり恥ずべきことであり笑いものらしい」

「はあ」


 言われてみれば合点がいく。彼らは公平を見てクスクス笑っていた。値札シールがついたままの服を着ている人を見る時のような視線だった。少なくとも初対面の相手に向けていい感情ではない。


「なるほどね。そんなことで俺は笑われたのか」

「ボクも笑われたんだよお……。ああ!思い出してもムカツク!」


------------------------------------〇-------------------------------------


 その時エックスが机の前に座って本を読んでいた。人間世界で購入した小説を大きくした物だ。彼女は思った事は何でも現実に変えることが出来るので、物の大きさを変えることも出来る。


「え……。お兄ちゃん死んじゃうの!?」


 その展開に思わず声を上げてしまう。双子の兄弟のお話なのに中盤で兄が死んでしまった。弟は茫然自失になりながらそれでも立ち上がる。心の中で「ガンバレ」と応援する。

 暫く読み進めていると、妙な気配を感じた。魔法のようで魔法ではない。限りなく魔法に近いけど何か違う。程なくして机の上で空間の裂け目が開いた。向こう側から三人の子供たちが出てくる。

 突然のことにエックスは目を丸くする。


「え……?なに?」


 怪訝な表情で彼らを見下ろす。いきなり現れた子供たち。顔立ちは整っている。目はぱっちりとしていて、くりくりしていてなかなかかわいらしい。六つの瞳が不思議そうに自分を見つめていた。よく分からないけれど。分からないなりにコミュニケーションをとってみようかと思う。

 こちらは巨人だ。彼らにとってみれば、その気になれば自分たちの事を食べたり叩き潰してしまったりできる存在。不安な想いも怖い想いもさせたくない。椅子を後ろに下げて床に膝を落とす。出来るだけ視線を彼らに合わせようと思った。それから優しい声を意識して口を開く。


「キミたち、だあれ?どこから来たの?」


 怖くないよ、怒ってないよ、と心の中で呟く。笑顔で声を出せば声は笑声になると一日だけ勤めたバイト先のコンビニの店長さんが教えてくれた。よく意味は分からないけれどそれでもそういう感情が伝わればいいなと思う。

 子供たちは笑って返してくれた。ぱあっと心が明るくなってホッとする。

 次の瞬間、子供たちが大声で笑い出した。ケラケラ声を上げて。まるで彼女をバカにするみたいに。エックスの笑顔のまま固まる。何が起きたのかよく分からない。暫くぽかんとしていた。我を取り戻した後、張り付いたような笑顔で聞いてみる。


「……え?ボクなんかおかしかった……?」

「大人だ!この人大人だよ!アハハハハ!」

「大人なんて初めて見たわ!アハハハハ!」

「大人だって!おっかしい!アハハハハ!」

「「「大人だってさ!アハハハハハ!」」」

「……え?」


 エックスは彼らが何を言っているのか分からなかった。分からなかったが、不愉快ではあった。きっと何かの間違いだと思う。怒りは取り敢えず見なかったことにしてもいい。笑声、笑声と頭の中で繰り返す。


「アハハハ……。ボク何かしちゃったのかな。ねえ教えて……」


 ぱしゅんと音がして。エックスの顔に何かが当たる。男の子がヘンテコな形の銃を構えている。


「……あ?」


 二人の女の子も銃を取り出した。光線が何度も何度も放たれる。エックスは微動だにせず、ただ受けていた。子供たちは相変わらず楽しそうに、それでいて彼女をバカにするように笑っている。光線は痛くもかゆくもなかった。ただ不快だった。

 緋色の瞳は何か大切な光を失った。子供たちの笑いと攻撃が一瞬止まる。だがもう遅い。次の瞬間攻撃が一層激しくなる。しかしもう遅い。

 エックスは無表情で立ち上がった。絶対的で圧倒的な威圧感が子供たちを襲う。拳を握りしめて机を思い切り殴りつけた。特大の爆弾が落ちたような音と衝撃。机の上の矮小な身体たちが一瞬浮かぶ。

 三人は慌てて逃げようとする。その姿を鼻で笑う。同じ大きさなら虫の方がよっぽど速い。それにどこまで逃げたって机の上だ。バカなんじゃないかと思った。


「逃がすわけないだろ……?」


 彼らの恐怖を煽るようにゆっくりと手を伸ばす。わざと大袈裟に開いて少しずつ近づけていく。男の子は慌てて懐から機械を取り出した。しかし空間の裂け目は開かない。あの裂け目は限りなく魔法に近い原理で作られている。妨害することは容易い。簡単に捕まえた三人を、大きく開いた手の上に載せ、顔の前に近づける。


「なんか言うことないの?」


 そして冷たく言い放つ。


「こ、このっ!」


 男の子が再び銃を撃った。光線はエックスの瞳に向かってくる。その一撃はまばたき一つせずに受けた。緋色の瞳は傷つくことはなく、唖然とする彼らを見つめるとにっこり笑った。


「残念だ。ボクは最初かわいい迷子かと思ったんだけど」

「ば、ばかにするな!みんな!撃て撃て!」


 男の子の号令で残りの二人も攻撃してくる。きっと彼がリーダーなのだろう。けどもうどうでもいい。彼らの攻撃も言葉も無視してエックスは続ける。


「どうやらウチに迷い込んだのは「害虫」だったみたいだね」


 微笑んだまま。手を閉じていく。巨大な五本の指たちが彼らに近付いてくる。同時に外界はどんどん狭くなっていった。龍が子供を捕食しようと首を近づけてくるような光景だった。子供たちは相変わらずぴいぴい騒いでいたがもう知ったことではない。


「なら、処分しないとね」


 一人に指が触れた。


------------------------------------〇-------------------------------------


「が、害虫!?そこまで言ったのか!?」


 嘘でもそんなことを言えないのがエックスだと思っていた。彼女をそれだけ怒らせた人間なんて初めてかもしれない。

 彼女バツが悪そうに視線を逸らした。


「そ、そりゃあね。ボクだって公平相手だったら絶対言わないし。それに出来れば言いたくなかったけど。……ちょっと本当に腹が立ったから。仕返ししたくなった……」

 

 彼女の気持ちは分からないでもなかった。ただ、それはそれとしてこの後の話を聞くのがちょっと怖い。まだ本題である彼らが来た理由を聞いたわけではないのに。

 公平は唾を飲んで口を開いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 全て [気になる点] なし [一言] 最高✖️99999
2023/03/01 23:25 アイウエオ(仮名)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ