一緒に行くのは。
『聖技』による攻撃から三日。吾我はエックスの部屋を訪れていた。巨大な彼女は巨人が使うようなスケールのカップにコーヒーを淹れると、それを魔法で人間サイズに縮め、魔法で吾我に手渡した。
カップを手に取り一口。黒い苦みが口内に広がるのを感じつつ、すぐさま本題へ入る。
「それで。『虹翼の連鎖』には他に誰かを連れていくのか?」
「ううん……。それなんだけどねえ……」
彼らの星は聖女ガンズ・マリアの聖技によって生きたまま氷に包まれた。無理に溶かそうとすれば氷に閉じ込められ仮死状態である人が殺される。無事に解放するには4日後、『虹翼の連鎖』に行って彼女と決着をつけなければならない。
今回は今までになく厳しい状況である。問題なのはガンズ・マリアではなく、もう一人の聖女、デイン・ルータだ。聖女の身体に七つの特級影楼。凡百の神々を優に凌駕する力を有していると考えられる。
(聖女の身体に神の力。それがどれほどのものかは俺にも少しくらいは分かる)
『影楼の連鎖』でのことを思い出す。その二つを手にした女、ハイロは連鎖全てを滅ぼしてしまえるほどの大きな力を得た。それに匹敵するとなれば途轍もない強敵だ。
この状況では他に仲間を連れていくという選択肢は取らないのではないか。吾我はそう考えていた。たとえ魔法使いを千人、仮にそれが魔女千人であったとしても、デイン・ルータには遠く及ばない。足元にさえ届かない。
(まして現在の人間世界の戦力は百名未満。全員で行ったって、エックスの足手まといにしかならない)
もしかしたら公平くらいは連れていくかもしれないが、逆に言えばそれだけだ。二口目のコーヒーを口に淹れながら予想する。
(……どう考えてもコレは俺たちじゃついていけない次元の戦いになる。そんな状態で俺たちがエックスの傍をちょろちょろしていたら邪魔になる。それならいっそ行かない方が……)
「それでさ。今回はみーんな連れていこうと思ってるんだけど……」
「……そうか。……げほっ!?な、なんだってっ!?」
コーヒーがおかしなところに入ってしまい、むせる。それくらい吾我は驚いていた。予想とは完全に真逆の回答である。見上げるエックスの顔はきょとんとしていた。何故そんなに驚いているのか分からないといった様子だ。それならいっそ聞き間違いであってほしい。そっちを選ぶということのリスクを理解していないなんて思いたくなかった。
「も、もう一度言ってくれ。ちょっとよく聞き取れなかった」
「だから。みんな連れていくって……」
「き、聞き間違いじゃなかったか……」
吾我は目を閉じて、カップをその場に置いて、しばし考える。エックスの意図が分からない。自分たちが行って何が出来るというのか。
「ちなみに聞きたいんだけど」
「うん」
分からないならば聞くしかない。
「何で……?俺たちが行っても足を引っ張るだけだろ……?」
「いやいや……そんなことないけど……」
少し口を濁すエックス。その態度が本心を示しているのだが、この際それは指摘しないことにする。事実だからだ。
「……まあでも今回は戦力増強のために来てもらいたいワケじゃないんだ」
「と、いうと?」
「みんなを目の届かない場所に残しておきたくないんだ。また、こんなことになったらイヤだからね」
「む……」
「正直さ。この前一瞬だけ『心錬』に行った時も気が気じゃなかったよ。『虹翼』はもっともっと長くあっちにいることになるからね」
自分のコーヒーカップを撫でたりくるくる回したりしながらエックスは言った。吾我にも彼女の考えが分かった。確かに他の魔法使いを連れていくことは危険な行為だ。だが、だからといって置いていくのも実は危ないことである。
(……究極の選択だな)
戦力がほぼゼロの状態にまで弱体化し、エックスという守り手もいない世界など、襲ってくれと言っているようなものである。この隙に敵に侵入されたら抵抗できずに占拠されるであろう。人もきっと大勢死ぬ。
「だからみんなを連れていく。魔法使いだけじゃないよ?世界ごとぜーんぶ」
言いながらエックスは親指と人差し指で〇を作った。
「世界ごとこれっくらいに小さくしたらポケットにもしまっておけるしね」
「ああ、なるほど……。……それなんだか忘れられそうだな」
なにしろエックスが指で示した〇は、相対的にビー玉以下の大きさだった。耐久性も彼女にしてみればビー玉以下であろう。
ポケットなんかに入れられた状態で、ベッドでごろごろ寝転がったりでもしたら、巻き込まれて世界ごと全てが圧し潰されてしまう。万が一でも彼女に忘れられたら、そういう運命をたどることになるのだ。聖技に勝っても下手をしたらそうなるのである。想像するとぞっとする。
そんな吾我にエックスはムッとした顔を見せた。
「忘れません。ボクを一体何だと思っているのさ」
言いながらエックスは立ち上がる。
「ああ。行くのか」
「うん。約束だからね」
公平が凍結した人間世界で待っている。
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公平と田中、それからSF研の三人は氷に包まれた高層ビルを見上げていた。彼らの周囲には公平が魔法で生成した火の玉がくるくると回っており、周囲を包む冷気で凍えてしまわないようにしてくれている。
「さてこの上か……」
「なあんだ。ここお前が買ったマンションじゃないか」
上層階には公平が買ったマンションの一室がある。その中には三人の、異連鎖の神さまが住んでいた。ボウシとキリツネとムームー。彼らは他の人のように凍ってはいないが、氷のせいで出られない状況らしい。
「それが分からねえんだよなあ……。神さまならお前みたいに瞬間移動で出ればいいじゃねえか」
「知らないよそんなこと。出られないって言うから出られないんだろ」
田中は完全に冷やかしである。神さまを助けに行くつもりだった公平に、『凍った世界を改めて見てみたいから』という理由でのこのこ付いてきたのであった。実際公平との会話は半ば上の空であり、ちょっと目を離した隙に『すげーすげー』などと言いながら凍った街の写真を撮っている。
(……ま。コイツはいいとして)
ちらっと背後に立つSF研の三人に意識を向ける。
(この人たちは一体なんでついてきたんだろう……?)
こっちは本当に意味が分からない。気温はマイナス98℃。魔法で暖を取っていなければ容易に死んでしまう地獄の凍土だ。公平から少しでも離れれば、ガンズ・マリアの聖技の影響で凍り付いてしまう。
(まあでも。この人ら元々T大の人だし。もしかしたら学徒として単に興味があっただけかも……)
ここまでの超低温の世界なんて滅多に見られるものではない。科学者であれば興味を抱くのも無理はないか──と、思ったところで気付く。一見すると感心しそうになるが、冷静に考えるとこれでは田中と変わらない。
「お待たせー!」
と、その時。後ろからこの寒さとは不釣り合いなくらいに明るくて大きな声が聞こえてきた。空間の裂け目の向こう側からエックスがずしんと足音を立てて現れる。振り返るとそこには見上げる程に大きな彼女のスニーカーが鎮座していた。
彼女の周囲には公平のような炎はない。魔女の無敵に近い肉体を持つ彼女はこの程度の寒さは平気なのである。
「きたっ!」
田母神が言うのと同時に、SF研のメンバーは三人ともスマートフォンを取り出してぱしゃぱしゃとエックスを撮影し始めた。ようやく公平は気付く。彼らが来た理由。それはこうして凍っているとはいえ、本当の街に巨人の女の子が現れ、すぐ目の前にいるという状況を楽しみたいからだ。
(こ、こいつら田中よりも酷い……)
エックスはエックスで、最初こそ戸惑ってはいたが、暫くするとなんだか調子に乗ってきて、仕舞には恥ずかしそうな顔をしつつも、自分からポーズを取り始めた。
公平たちがいるのは彼女の真下だ。真下からではどんなポーズをしようがよく見えない……はずなのだが。SF研の三人には関係のないことのようで、楽しそうに撮影を続けていた。
「え、エックス?そろそろさ……」
「あっ。そうだった」
撮影用のポーズでハッとする。人間世界に来た目的を思い出した彼女は片膝を落として、地上にいる五人をひょいっと拾い上げ、手の上に載せた。それからゆっくりと上体を起こす。背筋をピンと伸ばした片膝立ちの状態。ボウシたちがいる部屋に視線を合わせるにはこれくらいでちょうどいい。
「ええっと。ここかな……」
窓ガラスをとんとんと叩いてノックする。ここがボウシたちの部屋だ。もし本当に彼らがこの氷から出られないのであれば、公平では手に負えない。エックスでなければ救助は不可能である。
(だから別に俺なんか来なくて良かったんだけど……)
ただ彼女が一緒に来てほしいというので。先に行って様子を見ることにした次第である。せっかく来たのだからと見学モードだ。神でも脱出不能な氷の牢獄。エックスがそれをどう攻略するのか。
(きっと見るだけでもいい勉強になるはずだ……)
公平が固唾を飲んで見守っていると、突然エックスが『っていうかさ』と口を開いた。
「ボク思うんだけど。あの三人は神さまなんだからこの程度の氷は平気だと思うんだよね」
「えっ?」
「ん?どういうことですか?」
「うん。つまり」
田母神の質問に答えるよりも先に、ノックをした部屋の奥から足音が聞こえてきた。足音は徐々に近付いてきて、そして当然のように窓ガラスを乱暴に開ける。
「むー!むーむー!むむむー!」
出てきたのは岩のような肌に赤い一つ目を持った女神。ムームーである。彼女はなにやら怒っている様子でエックスに対して何事か文句を言っているようだった。
「まあこういうことで。呼びつけたい理由があったんでしょ?」
その理由が何かは分からないけど。エックスはそう続けた。




