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エックスの憂鬱

 異世界からの魔女の魔の手より人間世界を守るため、そして人間世界での住処と、あわよくば戸籍を手に入れるため、極力元の大きさで出歩くことにした。『いつ魔女が出てきても対処できますよー』というアピールである。

実際には人間大の大きさで戦っても負けはしない。それくらいエックスは強い。そして人間社会で生きるのであればその大きさで暮らす方がずっと過ごしやすい。だが魔女である自分を受け入れてほしいエックスの願いと、魔女という存在そのものを広く受け入れてもらいたいという吾我の希望とが合わさり、こういうやり方をすることとなった。

 ここまでで懸念が一つ。今後魔女が襲ってくることがなければ、エックスが元の大きさで出歩く必要もなくなるのではないかということだ。魔女の脅威が消えてしまえば、100mの身体であちこち飛んだり座ったりしているという行為は逆に人々から忌避されることになりかねない。

 魔女と人間とではあまりに大きさが違い過ぎる。それだけで恐怖の対象だ。どれだけ彼女が注意していても、歩きだせば人や車や建物を踏み潰してしまうのではないかと恐れられてしまう。

 止めるタイミングを間違えてしまえば魔女を受け入れてもらうという意図とは逆の結果になりかねない。エックスたちが心配しているのはそこだけだった。故に状況を常に観察し、引き際を見極めていた。

 ただ先に結果を言うと、その心配は全くの杞憂であった。


--------------〇--------------


 雲一つない星空。夜の街を見下ろす銀髪の巨人。ディオレイアから現れた魔女である彼女は眼下に見える雑多な街並みに口元を歪ませた。見える物全てが小さい。動くもの全てが弱々しい。地上を蠢く人間たちも道を走る乗り物も高く聳える建物も、全部がこの身体よりも脆い。あそこに在る小さな光の一つ一つは全て玩具だ。


「くくく。さあて。どうやって遊んであげようかしら」


 取り敢えずのプランはこうだ。浮遊の魔法を解除して一気に落下。それから近くに在る建物を蹴り飛ばして崩してしまおう。そうして人間たちの逃げ場を失くして、あとはじっくりと弄ぶのだ。

 大勢を一か所に集めて足を乗せる。ゆっくりゆっくり力を入れていき、弱い抵抗が弾けるのを楽しんでもいい。

 下着の中で奉仕させるのもいいかもしれない。目の前で何人か潰してみせて、いうことを聞かなければ同じ目に遭わせてやるとでも言えば誰も逆らわないはずだ。捕まえて他の子のお土産にするのもいい。どうせ数は幾らでもいるのだ。

 想像するだけで身体の奥が熱くなった。心臓の鼓動が早くなった。逸る気持ちを抑えて浮遊魔法を解除する。ここから先は自由落下に身を任せる。敢えて加速したりはしない。自然の速度で小人たちを怯えさせてやるのだ。

 目を閉じて数秒先を想像する。小人たちの恐怖はこれから先の遊びを一層刺激的にするスパイスになるはずだ。

 地上では迫りくる彼女に気付いたのか、困惑や怯えの声が少しづつ聞こえ始めていた。


「よっと」

「ふふふ……、きゃっ!?」


 突然声がした。かと思うと落下が止まった。身体を何かが支えている。疑問を覚えながら目を開けて視線を落とす。何やら肌色の太い何かが自分の身体に絡みついていた。触れてみると柔らかく暖かい。撫でてみるとすべすべとしていて少し気持ちがよかった。こんなものがどうして空の上に在るのか不思議だった。


「あはは。くすぐったいよ」

「……ん?」


 再び後ろから声がした。さっきの声と同じもの。空耳ではなかったらしい。不思議に思いながら振り返る。そして、彼女は言葉を失った。


「さあ。お仕置きの時間といこうか?」

「な、な、な」


 そこにいるのは巨人だった。100mほどの大きな身体である自分よりも10倍は大きく見える巨人の女が微笑んでいるのだ。表情こそ笑顔だったが、緋色の瞳は全く笑っていない。それが却って恐ろしかった。


--------------〇--------------


 少しだけ憂鬱だった。一週間に二回くらいのペースで魔女がやってくるのだ。どうして人間世界ばかり狙われるのか疑問である。

 今日もそうだった。殆ど日課になっている空の散歩を楽しんでいたところである。海の向こうの遠い国の上空で魔女の気配が出現した。それを感じ取ったエックスは急いで現場に向かった。

 この勢いで襲われるのは彼女としては好都合な部分も幾分かある。だが根本的なことを言えば人間世界にとってはあまり好ましい状況ではない。そしてこうなった原因の一端は自分にあるわけで、それを思うと申し訳ないし無邪気にはしゃぐ気にもなれなかった。


「よっと」

「きゃっ!?」


 街へと落ちていこうとする魔女を、それよりも10倍大きくなった上で捕まえる。ここまで何度か魔女の対処をしてきた末に、相手が空にいる場合はこうして捕らえるのが一番スマートだと結論を出していた。

 一分前までの余裕たっぷりな表情で目を閉じて微かに微笑んでいた表情は崩れ、予想外の展開に慌てておどおどしている。魔女は本来世界最大の生き物である。それを大きく上回る存在が突如現れたのだから無理もない。


「さあ。お仕置きの時間といこうか?」

「な、な、な」


 戸惑う姿はちょっとだけ可愛らしい気もする。手の中で暴れる小動物を愛でたい気持ちが少しだけ疼く。だが彼女は人間世界を襲おうとした魔女である。容赦は出来ない。


「そりゃあっ!」


 掛け声とともに空に向かって思い切り彼女を放り投げた。『いやああ』という悲鳴が徐々に遠ざかっていく。重力を無視して、月に向かっていく魔女の姿に、エックスは人差し指を向けた。

 この大きさでは『炎の一矢』くらいの魔法でも彼女に致命傷を与えてしまう。それは本意ではない。精々暫く動けないくらいのダメージを与えて、ディオレイアに送り返してやればそれでいいのだ。だから、今この状態であれば、一番弱い魔法で十分である。


「『炎よ』!」


 エックスの指の先でポンっという音がした。彼女の指先より少しだけ大きいくらいの直径の火球が生成される。1kmに巨大化した今となっては、この程度の魔法でさえ人間に向けて使えば骨の一つも残らないほどに強力で大きな炎となる。魔女相手にぶつけるならこれくらいでちょうどいい。

 発射された炎の球は、エックスに投げ飛ばされたせいで方向転換どころか上下左右の感覚さえ失ったディオレイアの魔女に向かって真っ直ぐに伸びていく。


「──ひ」


 故に火球は分かっていても避けられない一撃となった。果たして魔女に命中し、星空で派手な爆発を起こし、夜の街を照らす。


「よおし、命中っ!あとは──」


 魔法を使って上昇していく。気絶し落下してくる魔女を少しだけ追い越して、両手を胸の前でお椀の形にし、受けとめる。見たところ大きな怪我はしていない。爆発の衝撃で気絶しているだけである。思った通りに丁度いいくらいのダメージだ。回復魔法を使う必要すらなさそうである。


「さて、と。『開け』!」


 エックスの目の前で空間の裂け目が開いた。ディオレイアのある『王国』へ続く道。その中へ顔を突っ込んで向こう側の様子を見る。目の前にはディオレイアを守る城壁の門があった。


「うわっ!?びっくりしたあ!」


 空に開いた空間の裂け目。そこから出てきたエックスの巨大な顔。ディオレイアの門番である魔女がぎょっとしている。エックスは彼女ににこりと微笑んだ。


「あ。やっほー。また一人捕まえてあげたよー」

「は、はい。いつもありがとうございます……」


 彼女とは最早顔なじみになっていた。既に何度も捕らえた魔女を彼女に引き渡しているのだ。ここ一週間だけで言うなら、ローズやヴィクトリーよりも顔を合わせる機会は多い。それでもまだ彼女は慣れない様子だった。ちょっとだけエックスは寂しい気持ちになる。


「じゃあ今そっちに渡すからねー」


 顔を引っ込めて、その代わりに魔女を手にした右腕を突っ込む。


「えーっと。この辺かなあ」


 先ほど見た景色の記憶を頼りに門の前に手を持っていく。ディオレイアから見ればとんでもない光景である。空から現れた魔女を握るほどに巨大な手──というか実際に握っている。そんなものならば都市一つ滅ぼすのは容易だ。街を隅から隅まで撫でればそれで終わる。人も建物もあの手に巻き込まれて粉砕されて消し飛ぶのだ。

 城壁の向こうからざわざわという声が微かに聞こえてきた。門番である魔女は苦笑いを浮かべつつ、降りてきたエックスの手に捕らえられた魔女を引き受ける。


「あ。受け取った?大丈夫?」

「はーい。大丈夫ですよー」

「おっけい!お疲れ様―!」


 そう言ってエックスは腕を引っ込めた。それから少しだけ裂け目を広げる。上半身を突っ込んで『ありがとー』と微笑みながら手を振った。門番が若干引きつった顔で手を振り返しているのを見て、身体を戻し、裂け目を閉じる。


「ふうっ。……よしっ!」


 それから地上に向かって微笑むと『それでは!』と言い残して飛び去って行く。空を見上げる人たちは困惑した。日本語が分からない彼らにはエックスの笑顔からなんとなくその意味を理解するしかない。取り敢えず平穏無事に事が終わったことに安堵するのであった。

 ──ディオレイアから魔女が逃げてからこういうことが多々起きている。今のところは大きな被害もなく済んでいる。それはそれで嬉しいことなので笑顔で帰ることが出来た。だが今後のことを思うと、少しだけ憂鬱になるエックスだった。

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