スーパーの駐車場にて。
スーパー小枝の駐車場を大きな影が包んでいる。エックスがお店の前に体育座りで座っている。立てば身長100m。座っていても数十メートルの大きさである。その状態でも周辺の建物のどれよりも巨大であり、それだけの体躯であればスーパーを丸ごと覆ってしまう影を作ってしまうのも無理はない。
座っているだけで退屈で、手持ち無沙汰なのか、エックスは身体を左右に小さく揺らして、左右の足のつま先を交互に上げては下げてを繰り返していた。一応足下を気にしていて、来店者を踏んづけてしまわないように注意はしているが、彼らも安全な距離を保って入店退店をしている。ずしんずしんと音を立ててつま先が浮いたり着いたりするたびに微かに地面が揺れる。
エックスは何度か元の大きさのままで、スーパー小枝の駐車場に座っていなければいけないことがあった。その為、このスーパーに来る客は彼女がいることにある程度慣れている。時々手を振ったり挨拶したりする人もいるので、彼女はにこりと笑ってそれに答えた。
「あっ!やっぱり!」
「ん……?げ」
足下から聞こえてきた声に視線を落とす。露骨に面倒そうな顔をする。そこにいたのは以前彼女を『怪獣』だの『忍者』だのと言ってバカにしてきた小学生の『かっちゃん』である。隣には気の弱そうな雰囲気を纏う彼の母親が並んでいる。
「怪獣だと思ったらやっぱり怪獣だ!」
「だからボクは怪獣じゃ……」
「今度は一体何を……」
と、かっちゃんが捲し立てるところで、隣の母親が彼の後頭部をぱしんと叩いた。
「あたっ!?」
「こらっ!エックスさんに失礼でしょ!謝りなさい!」
「うぐぐ……ごめんなさい」
「ぷぷぷ。いいでしょういいでしょう。子どものしたことですから。ボクは大人なので許してあげましょう」
100mの巨人であるエックスにさえ強気なかっちゃんも所詮は小学生。母親には弱いらしい。あっさりと謝ってくる姿は見ていて愉快である。
一方で彼女は少し彼を見直していた。以前少し懲らしめてやったのだが、それでもまだ立ち向かってくるのはなかなかの気概がある。その上その相手は魔法が使えて身体の大きさも遥かに違うエックスだ。将来はそれなりの大人物になるのではないか。母親に手を引っ張られていきながらもこちらを睨みつけてくる姿を見てそう思った。
「おーい、戻ったよ」
「あっ。おかえりー」
レジ袋を手にした公平がスーパー小枝から出てくる。エックスは彼に手を振って戻ってくる公平を出迎えた。
エックスは上体を倒し、手をそっと差し出した。駐車場に射す影が一層濃くなる。公平は先にレジ袋を彼女の手の上に載せて、その後自身もそこへと登った。
「うんうん。ちゃんと買ってきてるね」
「まあこれくらいならね。言われたことをやるだけなら全然」
エックスが覗き込んだレジ袋の中には鶏肉と卵とタマネギが入っていた。今日の晩御飯である親子丼の材料である。魔法で彼女の家へと続く空間の裂け目を開き、人差し指と親指で器用にレジ袋を摘まみあげると、裂け目の向こう側にある冷蔵庫の中へと運ぶ。
「よしっ」
そう言ってエックスはゆっくりと立ち上がった。座っていてなお巨大な彼女の身体。地上からエックスを見上げる人たちは、彼女が立ち上がっただけで一層大きくなったように錯覚しただろう。
ずっと座っていて身体が凝り固まってしまったのか、エックスは大きく背伸びをする。
「さてと。行こう。公平」
そう言って彼女はこの大きさのままで歩き出した。一歩で駐車場を乗り越えて、敷地を出た瞬間に魔法で宙に浮かび上がっていく。このまま歩いたら道路が壊れてしまうだろうし、走る車の邪魔になる。場合によっては踏み潰したりぶつかったりして、相手を死なせてしまうかもしれない。自動車なんてエックスにとってはちょっと大きい虫と変わらないくらいのサイズ感でしかないのだから。
一方で彼女はまだ世界と世界の狭間に在る部屋には戻らない。戻れない理由が一つあった。話は三日目に遡る。
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人間世界に現れた『王国』の魔女。彼女を追い払い、中の人が避難してすっかり無人となったビルにもたれて一息ついているエックスの元に吾我がやってきた。隣についてくる公平が申し訳なさそうにしている。
「で?あの魔女はなんなんだ。どこから来たんだ。公平から聞いたぞ。お前ら何か知ってるんだろ?」
「うう……」
自分よりも遥かに小さな相手に問い詰められて、エックスはたじろいだ。俯きながら事情を説明する。異世界にあるディオレイアという国のこと。そこは魔女を魅了する魔眼を持った王さまが統治していたこと。そして色々あって魔眼を打ち破ってしまったことで何人かの魔女が外の世界へ飛び出していって悪さをしているらしいこと。
話を聞いた吾我は深く息を吐いて『そうか』と言った。
「あ、いやあの。吾我さん。俺たちもホラ、魔眼をどうにかしないといけなかったわけで……」
「それはそうだろな。エックスの魔法が使えないままじゃ異連鎖からの攻撃に対処できない。けどその代わりに異世界の魔女に攻撃されるのはちょっと話が違うというか……」
「はい……返す言葉もございません……」
「魔女は全部で何人いるんだ?」
「ええっと……。確か……」
魔眼の力が消えて、暴れはじめた魔女を捕らえるのにエックスも協力していた。だからそういった魔女が何人いるかはだいたい分かっている。
「多分20人以上かな、と」
「けどそれもっと増えるだろ?その世界、魔女が増える速度が俺たちの世界の比じゃないんだろ?なら人間に害意を抱く魔女も大勢いるんじゃないか?」
「……そうだね」
「ああ……なんか俺たち滅茶苦茶やばいことをした気がしてきた……」
あの世界はディオガの魔眼によってバランスが保たれていた。今後は彼の統治に期待するとしてもすぐに全ての魔女が人間と共存することを選ぶとは思えない。しかし現状人間と敵対している魔女はあの世界には居場所がない。結局外の世界へ逃げて暴れることになる。また人間世界が襲われる危険があるということだ。
頭を抱える公平とエックス。一方で吾我は口元に手を当ててぽつりと呟いた。
「……けど。ある意味これはチャンスとも言えるな」
「?」
吾我の『チャンス』という言葉にエックスは顔を上げる。意味が分からない。人間世界にとってはマイナスのことしか起きていないはずだ。
「魔女が襲ってくる危険は魔女による防衛以外で解消できない。そして運がいいことに、俺たちにはランク100の魔女であるエックスがいる。負けるわけがない」
「ま、まあそりゃあ。戦いになれば負けないけどさ」
「それなら。今なら人間に味方する魔女の価値を世界に示すことが出来る」
「な、なるほど!」
「それにどうせ遅かれ早かれこういうことになるんだから今のうちにやっちまっても……」
「なんかこの人すげえ物騒なこと言ってる……」
と言っても吾我の言い分も正しい部分はあるのだ。いずれ人間世界も魔女が現れる。その数も少しずつ増していくだろう。ディオレイアはいずれくるこの世界の未来なのだ。ならば早い段階で魔女を受け入れる用意はしておいた方がいい。その方が先々の混乱を少なくできる。
「……よし。エックス。これから暫くの間、その大きさのまま人間世界で行動する時間を増やしてくれないか?」
「え。いいの」
エックスの胸がとくんと弾んだ。吾我はこくりと頷く。
「実際効果があるかは知らないが……。そうやって魔女の出現に備えてほしい。また魔女が出てきたら今回のように追い払ってくれ。そういう実績があれば俺も上に話が通しやすい」
「話って、なんの話をするんですか?」
公平の問いかけに吾我は答える。
「エックスにこっちに移り住んでもらう。その為には土地もいるし家もいる。けどそれをしてでも人間世界にいる価値があるって証明できれば、なんとかなるはずだ」
上手くやれば戸籍も手に入るかもしれない。そういう吾我の言葉が続けざまに出てくる。
「おおー……」
エックスはその魅力的な言葉に目を輝かせた。戸籍があれば色々出来る。きっと住民票だって手に入る。マイナンバーだってもらえるかもしれない。公平と、法的に本当の意味で結婚だってできるだろう。
これが自分を手伝わせるための方便であることは察してはいたが、それでも思わず引っかかってしまいたくなるような話だった。
そういうわけで。エックスは今、出来る限り元の大きさのままで街を出歩いて、何かがあってもすぐに対応できるようにしているのだった。全ては戸籍を手にするために。




