ご安心を。みねうちですので
城がざわついている。牢屋の中からでもそれが分かる。公平とミライが戦えば当然魔力が炸裂する。その気配に城内の魔女たちも異変に気付きだしたのだ。
「うーん、あっさりと決着つくかと思ったけど。上手くいかないねえ」
「オリジナルの俺は一体何をやってるんだか」
「それなりに強い相手なんだよ。頑張っている方の公平にそんなこと言わないの」
エックスはお仕置きのつもりで『クラスタ』で作られた分身の公平をピンと弾いた。いたたと言いながら手の上で転がっている。
公平たちの戦闘が開始してから暫く経っているはず。だが依然として魔法が使えるようにはなっていない。公平たちが苦戦していると分かった。それが分かった時点でエックスたちも牢屋から脱出し加勢しようと思っていた。だがそこで重大な問題が発生した。分身の公平やミライは魔力もキャンバスも保持しているが魔法が使えないのだった。
「そりゃそうだろ。なあ」
「ねえ。私たちは分身で出来た影楼ですし」
これは影楼の能力で生まれた分身。故に出力される分身は完全なコピーだが、あくまで影楼でしかない。魔法は使えないということである。なるほどと納得するエックスにヴィクトリーは憤慨した。
「話が違うじゃないの!?」
「ボ、ボクだって影楼のことに詳しいわけじゃないし!?」
分身が使う魔法でこっそり脱出して助けに行く算段が水の泡である。
ともかくそういうわけなのでエックスたちは牢屋から出られないでいた。しかし加勢を諦めたわけではない。牢屋の外では看守たちが慌てている。小声でディオガの様子を見に行こうかなんて相談している。
「そろそろ?」
「そうだね」
さっきまでは。脱出したら公平たちの邪魔をする可能性があった。余計な騒ぎを起こせばディオガを助けようとする魔女も現れたはず。そうなれば少なからず公平たちは不利になる。
だが今はどうか。戦闘が長引いたせいで魔女たちも異変に気付いている。既にディオガの元へ向かっている魔女だっているはずだ。ならば、今から出て行っても公平たちに迷惑をかけることはない。もう既に事は怒っているのだから。エックスは鉄格子をギュっと握る。
「ちょ、ちょっと!なにをして……」
看守が狼狽する。エックスはにこりと彼女に微笑んで答えた。
「そろそろ出ようかなと思って」
「なっ……。……ふっ。言っておくけどこの前とは違うわよ。この檻の強度はシグレ様の魔法で強化されていて……」
「へえ」
エックスは魔力で筋力を強化した。そうして思い切り檻をへし曲げる。看守はぽかんと口を開けて言葉を失っている。その隙を突いて、彼女の腹部を思い切り殴りつけて気絶させる。スッと立ち上がって牢屋の外へと歩いていく。ヴィクトリーは彼女の後に続いた。
「よおし、行こうか」
「ははっ……あざやかね」
魔法が使えないくせに大暴れである。一瞬で魔女を一人やっつけてしまった。よくここまでデタラメなバケモノを敵にしていたものだなとヴィクトリーは自分で自分に関心した。
--------------〇--------------
公平の一撃がディオガを切り裂いた。雷を帯びた神速の剣技による一閃。歯を食いしばり立ち上がるディオガの身体はビリリと音を立てる電撃が走っていた。トドメには至っていないが、相当なダメージを負ったはず。思わずミライの口元が緩んだ。
「なーにが心錬ですか。私のパクリじゃないの」
「驚いたわ。そこまで打ちのめされてまだ余裕があるの」
「はい。だって私はまだ立てますし。──『魔剣/五月雨』!」
「全く。往生際の悪い」
一つの刃を無数のものに変え、たった一度の突きを回避不能な多重攻撃へと変えるミライの魔法。対するシグレは落ち着きはらった様子で刀を構え、唱える。
「『陸式秘剣』」
ミライが放つ無数の剣戟。シグレはそれを遥かに上回る数の剣の嵐で迎撃してきた。その勢いにミライは押され、切り裂かれ、倒れてしまう。
「……くっ!」
奇しくも。シグレとミライは同じタイプの魔法を使う者同士であった。二人とも刀を生成し、その刀に力を付与する魔法で戦う魔女だったのである。そして相手のランクの方が上だったので、ミライは常に一歩押されていた。
「力の差は歴然。こちらもディオガ様の援護に行きたいので提言します。今すぐに諦めて降伏なさい。そうすれば、楽に仕留めてあげましょう」
ディオガに刃を向けた者をシグレは許しはしない。ここで黙っていれば待っているのは死のみであるとミライは理解した。それはそれでイヤだったが、それよりも認められないことがある。
「悪いですけど。諦めませんよ。私はお母さんと一緒に帰るんだ」
斬られた痛みを堪えてミライは立ち上がる。ゆらりとした動きで刀を動かし中段の構えをとる。悔しいが魔法では勝てない。であれば違うアプローチで挑まなければいけない。
シグレは呆れたような表情をミライに向けた。
「無駄なことをしますね……」
何を言われようとミライの耳には入ってこない。ただ目の前の魔女を、その集中力の全てを使って観ていた。腕の動き。肩の動き。足の動き。腰の動き。その僅かな挙動も見逃さないように、と。
「……『拾式秘剣』」
(ここだ!)
シグレの刀が魔力を帯び、ミライを斬りつけようとする瞬間。ミライは思い切り前へと踏み込みながら、人間サイズへと戻った。
「!?」
その剣は空を斬った。ミライは未完全な魔女。人間でもあり魔女でもある不安定な状態だ。故に身体能力は魔女のそれには及ばない。その代わりに人間サイズと魔女の大きさを自由に切り替えることが出来る。まともに敵の剣技を受ければひとたまりもない。ミライは相手が放つ必殺の一撃に対してカウンターの要領で人間サイズに戻ることで攻撃を躱すことにしたのだ。
「本当は正々堂々やりたかったけど……。まあもう四の五の言ってる場合じゃないですし!」
シグレの刀の刃の上を駆けながら呟く。ランクが上の魔女と戦う機会なんてそうそうない。彼女と戦い乗り越えることで自分のランクを上げられないか試してみたが、想定よりもシグレは強かった。そうとなれば最早勝ち方も戦い方も選んではいられない。まずは勝つことが最優先だ。
「……!そこか──」
シグレが刃の上を走るミライに手を伸ばす。通常であれば刃を駆ける生き物をその刀で斬ることは出来ない。だがシグレは魔女である。その気になれば刃に魔力を通して一瞬にしてミライをずたずたに斬りつけて塵にすることが出来たはずだ。それをしないのは彼女が魔女であり、今のミライが人間だからである。強者故ゆえの驕り。対魔女戦に於いては、そんな精神的な綻びを突くのが基本である。
「今だ!」
ミライは思い切り足場を蹴った。それと同時に再び魔女の大きさに戻る。そうしてシグレの魔の手を躱すと、彼女の懐に入り、刀の峰を腹部に押し当てた。
「はっ!?」
「『神剣/金剛』」
そうして。ぐるんと周りながら膨大なエネルギーを纏って白く輝く刀を思い切り振り抜く。
「うああっ!?」
ずずんと。背後でシグレが倒れる音がした。ミライは振り返ることなく刀を鞘に収めながら告げる。
「ご安心を。みねうちですので」
言ってやったぜ。思わずにやけてしまう。そしてすぐに、彼女もその場に崩れ落ちた。受けたダメージは大きい。彼女も既に限界だった。
(一瞬だけ長く立っていた、ですか)
目を閉じる。ほぼ相打ちのような形だが、不思議と満足はしていた。
「後は頼みますね。公平さん…」
--------------〇--------------
硬直状態。公平とディオガの攻防からは派手さがなくなっていた。互いに向き合い、極限まで集中して相手の動きを警戒し合う状態である。公平としては下手に手の内を明かせず相手の出方を待つ形であり、ディオガはディオガで公平が使った予想外の一手に警戒心を強め『見』に回っている。
だがその状況も、今しがた少しの変化が起きた。
(まさかシグレがやられるなんて……)
ディオガの心が揺らいだのである。最も信頼する魔女が倒れたことが引き起こす動揺は、決して小さくはなかった。
だがまだ終わりではない。シグレは倒れたが彼女の相手だった魔女も最早動ける状態ではない。で、あれば自分が目の前の男を仕留めればそれで終わりだ。再び相手に向き直る。敵も肩で息をしているような状態だった。受けた攻撃は向こうの方が多い。
(そうだ……まだ俺の方が有利……)
と、そこへ。
「ディオガ様!」
客間の扉が勢いよく開いた。外から大勢の魔女たちが飛び込んでくる。彼女らの目に飛び込んできたのはボロボロになったディオガと倒れて沈黙しているシグレの姿だった。
「し、シグレ様が……」
「なんてことを……」
魔女たちはキッ、と公平を睨んだ。シグレを倒したのは一緒に倒れている魔女だろう。だが、ディオガを傷つけたのはきっとこの人間である。魅了の魔眼の効果でディオガに心奪われている魔女たちは、敵対者である公平を許しはしない。怒りと殺意をむき出しにして、一歩部屋に踏み込む。
「来るな!」
「っ!?」
その足がディオガの一喝で止まった。
この男は強い。恐らく部下の魔女が幾ら入ってきても問題にならない。ならば無駄に傷つける必要もない。
ディオガは深く息を吐いた。魔眼を手に入れてからの数年間、楽しかったことなんてなかった。苦しいことや辛いことばかりだった。だがだからこそ。ここで終わるわけにはいかない。
(俺は王だ。望んでいようがいまいが関係ない。俺には民を守る責任がある)
王の責務。姉から託された理想。全てを捨てて追いかける目標にはまだ届いていない。まだ自分は途中でしかないのだ。ここで終わるわけにはいかない。こんな中途半端では終われない。
剣を持つ腕を上げる。刃の先にある天井が大きな爆発を起こした。青空を除く大穴から風が吹き込んでくる。公平は慌てて降り注ぐ瓦礫を避けながらディオガに抗議をした。
「い、いきなり天井を落とすなんてズルいじゃねえかよ!」
「……ふん。どの道今ので倒せるとは思っておらんわ」
そう言って。ディオガは公平に剣を向ける。
「そろそろ終わりにしよう。次の一撃は俺の全てだ」




