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雷の魔法

「カレーかな」

「なにが?」

「この牢屋から出られたら最初に食べたいもの、だよ」


 分身の公平に答える。『クラスタ』には一つの想定外があった。この分身はオリジナルと全くもって遜色ないものだということである。いわばもう一人のオリジナルというわけだ。よって、この分身には自我がある。


「エックス。どうするのよこれ」


 同じ牢屋に閉じ込められているヴィクトリーが慌てた様子をしながら小声で話しかけてくる。どうすると言っても、と。エックスは困まり顔で返した。

 ヴィクトリーの言いたいことは分かっている。『自我のある分身なんて作って、消すとき大丈夫なのか?』ということだ。相手はエックスにとっては夫、ヴィクトリーにとっては娘と同じ自我を持つ分身である。消される=死。そんなものを目の当たりにして耐えられるのか。


「……まあ。最悪の場合はさ。面倒をみようじゃないか」

「また気軽に言って……!」

「こらっ。うるさいぞ」


 看守が言う。エックスは申し訳なさそうな顔で『ごめんなさーい』と答えた。

 さて。オリジナルの公平は大丈夫だろうか。想像してみる。


--------------〇--------------


「……くっ!『メダヒード』!」

「『オルトリオン』!」


 ディオガが手を前に出す。と、思うと彼のすぐ目の前に水の防壁が現れた。果たして、公平の炎の魔法は水の壁の前にあっさりと消火される。


「……っ」

「なるほどなるほど。概ねお前の魔法が分かってきたぞ」

「なにっ」


 ディオガがにやりと笑う。


「『ギラマ・ジ』は威力を定義する冠詞。『メダヒード』は炎の魔法の意味だな。『ギラマ・ジ・メダヒード』はロミア殿さえも倒す威力だが……、ただの『メダヒード』は大したことはない。『ギ』と聞こえてきた瞬間だけ注意すればいいというわけだ」

「な……!」


 図星である。公平は開いた口が塞がらなかった。今まで戦った相手の中で呪文そのものに着目した者はいない。

(あ、だけど……)


 そういえばと思い出す。確か特訓の中でエックスは言っていた。


『できれば無詠唱で魔法を使えるようになっておきたいね。呪文から次の手が読まれることもあるし。まあ相手が異連鎖の連中だからあんまり気にしなくてもいいと思うけど』


 全然ダメだ。もうちょっと呪文詠唱なしで魔法を使う術を学んでおくんだったと今更ながら後悔する。


(……待てよ。呪文?)


 そこで公平は閃いた。


「そ、そうだ。そんなの俺だって出来る!『オルトリオン』が水の魔法だろ!」

「ではこの剣は?爆発の魔法は?覚えているか?」


 言葉に詰まってしまった。そういえば、なんだっけと。


「俺はよく覚えているぞ。『ギリゾート』が剣。そうだろう?」

「う……」

「俺とお前では戦いに挑む姿勢が違う。その時点で勝敗が決まっているということだ!『オルトリオン』!」


 ディオガが剣を向けた。刃の先から高圧の水流が放たれる。公平は『ギリゾート』を盾にして水流を受け止める。落ち着けと自分に言い聞かせる。あんなのはハッタリだ。呪文の冠詞だって『バララ・ギ』が残っている。『アルダラ』は強すぎて使えないけれど。それに属性の意味だってまだ、あるのだ。


「くらえっ!『バリザンター』!」


 雷の魔法が公平の手から放たれた。


「『ラナリオン』!」


 ディオガは着弾よりも一瞬早く、足元を爆発させ、その爆風によって跳びあがり電撃を避けた。


「雷は『バリザンター』か」

「……く」

「『オルトリオン』!」


 切っ先から放たれる水流は先ほどの一撃よりも集中し、研ぎ澄まされていた。公平は咄嗟に起き上がり躱そうとする。しかし動揺している公平は一瞬だけ遅れた。ディオガの水流は身体を守る防御を突き抜けて、その肩を抉る。


「ぐああっ!?」

「ほう。頑丈な貴様にもこれなら少しはダメージが通りそうだな」

「!」


 これ以上水流を喰らうのはまずい。肩に『ゲアリア』を施して考える。あれを受けないようにするための作戦。


「……水の勢いを殺せばいいんだ。だったら」

「さて次は氷の魔法でも使ってくるか?」

「なっ!?」


 『ヒュラゴルト』で周囲の温度を下げて、水圧の勢いを落とす作戦。それが実行前から見抜かれている。


「それとも、風の魔法で防御を固めてみるか?土の魔法で目くらまし、というのも悪くないかもな」


 一つ一つ。こちらの手が殺されていく。


「く、そおお!」


 公平は剣をギュっと握りしめて走り出す。ディオガは余裕の笑みを浮かべて剣を公平に向けた。


「『オルトリオン』」


 今だ。手にした剣で目の前の空間を斬る。何もない所に裂け目が出来る。公平はその中へと飛び込んだ。破れかぶれのようなふりをして、その実、本命はディオガの背後に続く空間の裂け目からの奇襲。ギリギリで思いついたにしては悪くない作戦だ。


「『ラナリオン』」

「!?」


 なんて。思っていたのに。ディオガは振り返りもせずに反撃してきた。公平との間の数メートルの空間で大きな爆発が起こる。公平はまたしても吹っ飛ばされた。ごろごろと転がっていき、テーブルの端まで。


「く……。そ」


 起き上がろうとしたところで、突如何か大きなものが彼のいるテーブルにぶつかってくる。そのせいでテーブル全体が大きく揺れて、また転んでしまう。振り返ってみればぶつかってきたのはミライだった。シグレに押されている。


「ミ、ミライ……」


 彼女までやられてしまったら。最悪の事態が頭をよぎる。このままではどうにもならない。公平の心が少しずつ焦りでいっぱいになっていく。


「……ですか」


 ミライが立ち上がりながら何事かを呟いた。公平は彼女を見上げて尋ねる。


「な、なんだよミライ。ってか大丈夫……」

「アンタなにのんびりしたことやってるんですか!」


 どかん、と。ミライは思い切り公平の目の前にその拳を叩きつけた。その衝撃でまた公平は転んだ。


「あなたが本気でやればあんな奴敵じゃないでしょう!ぐだぐだしていると私が先にアナタを叩き潰しますよ!?」

「な、なん……」

「以上!」


 言うとミライは再びシグレに向かって行った。彼女のジャージーはボロボロで傷も沢山できている。それでも諦めずに果敢に挑んでいく。公平はぽかんとして。それから小さく笑って。ディオガに向き直る。


「本気でやれば、か。……はは。そういやあそうだな」


 少しペースを乱されたせいで、ディオガを必要以上に大きく感じていたのではないか。エックスが今日までにくれた力は、決してこんなところで負けるような、柔なものではない。


「『バララ・ギ・メダヒード』!」

「!?」


 炎のマシンガンがディオガを襲う。この冠詞はまだ使っていない。ディオガにとっては完全に予想外だった一撃だ。それでも彼はギリギリで『メダヒード』に反応した。水の壁を張り身を守る。


(そうだよなあ。そうくるよなあ)


 しかしそれは公平の計算のうち。水の壁は炎を防ぐ防御にはなるが、同時にディオガの視界を遮る壁になる。


「っ!そういうことか!」


 ディオガは回り込もうとしてくる公平に気付いた。『もう少しのんびりしていろよ』と舌打ちする。剣を公平に向けようとしてくる。ここを逃せばきっともう勝機は、ない。


(あれだ)


 この状況を切り抜ける技。公平には一つ心辺りがあった。まだ使ったことはない。ぶっつけ本番だ。だがきっと使える。心の底から本当にこの効果が起きるのだと信じて叫べばいい。あの力はよく知っているのだから、きっと出来る。


「『ギド』!」

「なんだ!?」


 ディオガは困惑した。『ギラマ』ではない。未知の魔法である。


(爆発で自ら吹き飛ばして、避けなくては──)


 と、思った時には。


「──ぐはっ!?」

「『デイルハード』!」


 既にディオガは神速の剣技によって斬られていた。横目に見えるのは雷を纏う公平の身体。さっきまで彼が使っていた雷の呪文──『バリザンター』ではない。別の雷の魔法。


「なんだ……それは……」

「『心錬』、のマネだ」


 あの剣の速さには遠く及ばない。けれどそれらしいものならきっと使える。公平が信じた通りに、かつて異連鎖で出会った友の技を再現した魔法は魔眼の王に一太刀浴びせた。

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