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決闘・三者三様

 壁を破壊したマアズは杖だけ持って外へと飛び出した。青空の下を泳ぐようにマンションの5階から落ちていく。

 その最中に彼女は計り知れない重圧を感じた。プレッシャーの源泉は後を追いかける公平や吾我のものではない。遥かな高みから見つめているエックスだ。

 八月病のせいで人っ子一人いない街並みに降り立ち、自分を睨む緋色の瞳を見上げる。『逃げようとしたらその瞬間に踏み潰す』無言の圧に冷や汗が流れる。

 だが攻撃はしてこない。ただ見ているだけである。で、あれば。マアズはくるりと振り返り、公平と吾我に向き直る。


「アンタら仕留めれば見逃してもらえるってことかしら!?」


 以前公平がマアズと勝手に交わした約束。『自分を倒せば魔法の連鎖を渡す』というもの。これは無くなったわけではない。落下してくる二人に杖を向ける。


「『凍り付け』!」

「『業火の嵐』!」


 マアズの神秘が空気を凍結させる。公平の魔法が発動したのはそれとほぼ同時のタイミングである。炎の魔法が冷気を防いだ。

 地面についた二人は同時に走りだす。それに対して、マアズは杖に祈る。


「『増えろ』」


 詠唱。その後に現象。マアズの背後に、もう一人のマアズが出現する。これで2対2。公平は剣を。吾我は斧を。それぞれ携えて敵に向かっていく。


--------------〇--------------


 刃と化したマアズの腕。それに競り合う吾我。今回は最初から完全に本気だ。出し惜しみなく。強力な魔法を初めからぶつけていく。

 唾競り合いの緊張感。一瞬間違えば全身を両断される恐怖。張り詰めた空気の中で、吾我は突如脱力した。


「なっ!?」


 想定外。マアズは咄嗟に切り込もうとするも一気に後ろへ下がった吾我には届かない。斧は地面に落ちて跳ね返る。

 一瞬驚いた。それが狙いであれば大した奇策である。でもそれだけ。武器を失い反撃できなくなった。結果的に自分を追い込んだだけである。仕留めるならば今。マアズは一歩前へと踏み込んだ。

 吾我の狙いはその瞬間である。


「『ギラマ・ジ・ガガガオレガフライ』!」


 跳ね返る斧は、その勢いで宙を羽ばたく蜻蛉に姿を変える。その複眼からレーザーが放ち、マアズの両腕を吹き飛ばす


「……えっ?」


 どんなに強い相手にも想定しきれない動きがある。それをやられたら少なからず相手は動揺する。その瞬間に僅かな隙が生まれる。魔女との戦いで学んだこと。強敵と相対するときの常套手段である。

 吾我は飛び上がって蜻蛉の尾を握りしめた。


「『ギラマ・ジ・ガガガオレガブレイク』」


 蜻蛉は斧に戻る。落ちていく勢いのままにマアズの肩から両断する。彼女は大きく目を見開いた。その姿が煙のように消えていく。


「やはりこっちが分身だったか」


 この場にローズがいなくてよかったと思う。本当の人間ではなくても。きっと見たくはないだろうから。


「さて、と」


 吾我は公平に目を向けた。


--------------〇--------------


 公平は烈火の如く、斬りかかった。休むことなく絶え間なく。相対するマアズは防戦一方。──しかし。この状況にあって彼女には余裕があった。敵は頭に血が上っている。だがこれは命を賭けた戦い。最後に勝つのは冷静さを保ち続けた者である。

 攻撃が少しずつ単調になる。大振りの攻撃が増える。もう少し。もう少し。零れそうになる笑みを堪えながら、マアズは耐えた。誘いをかける。誘導する。雑な攻撃を。


「やあああっ!」


 公平が大きく剣を振り上げる。その時が来た。縦に降りてくる刃を睨みながら、マアズは小声で詠唱する。


「『増えろ』」


 次の瞬間、もう一人のマアズの分身が公平の背後で立ち上がった。無防備な背中に刃の腕を向ける。同時にオリジナルのマアズも公平に斬りかかる。オリジナルの自分は囮である。本命は敵の意表を突く背後からの不意打ち。

 これでこの魔法使いを殺せる。これでこの連鎖を奪うことができる。そう思った次の瞬間、マアズは見た。敵が小さく笑ったのを。


「『業火の嵐』!」

「なにっ!?」

 

 公平の周囲を燃え盛る火炎が包む。その熱風を前に二人のマアズは攻撃出来ない。そして──。


「やああああっ!」


 炎の向こう側から刃が伸びる。回転して炎を巻き上げながら、二人のマアズを切り裂いた。

 痛みと血。消える分身。危機的状況であるのに、それすら忘れさせるほどにマアズは納得できずにいた。納得できないのは攻撃されたことではない。自分の攻撃を読まれたことである。敵は自分の力を探知できないはず。なのにどうして。

 しかしそれは公平にとってみれば全く不思議ではないことだった。巨大な魔女との戦いは常にギリギリ。一瞬気を抜けば即座に踏みつぶされてしまう。それ故に危険を察知する感覚的なセンサーは鍛えてきた。否、鍛えられてきた。


『目に頼るな!耳に頼るな!肌の感覚に頼るな!全部を研ぎ澄ませて全部を疑って死ぬ気で生き延びるんだよ!』


 エックスとの特訓で彼女が言い放った無茶である。この時は魔法を使って四方八方から攻撃されつつ、踏みつけられたり殴りつけられたり蹴り飛ばされたりした。こんな事をずっとやっていたのだ。ほんの少し警戒レベルを上げればマアズの不意打ちなど簡単に見抜ける。公平は不敵に笑ってみせた。


「上手いことハマってくれたなあ」

「なに……?」


 敵の隙を引き出すにはこちらから隙を見せればいい。過剰なまでに苛烈な連続攻撃は罠。大振りにの攻撃も罠。全てはマアズを倒す戦略だった。

 不用意な隙を見せればそこに攻撃してくる。確実に仕留めるならば不意打ちをする。自分ならそうする。だから、そこをひっくり返してやれば倒すのは簡単だ。


「コイツは勝つならなんでもやる。不意打ち・だまし討ち・死んだふり」


 言いながら吾我が歩み寄ってくる。公平の攻撃を受けたのと殆ど同時のタイミングで彼の相手をしていた分身が倒れたのは分かっていた。分かっていても、やはり納得できない。この状況はなんだ。いつの間にか追い詰められて。


「だからって卑怯とか言うなよ?お前の方が先に仕掛けてきたんだからな」

「さあどうする?素直に八月病を消すか。それとも痛い思いして無理やり八月病を消すか。俺はどっちでもいいが?」


 二人の言葉が耳を通り抜けていく。トルトルの一番の使途である自分が。こんな無様を晒して良いわけがない。

 一歩一歩近付いてくる姿が焦りと怒りを産んだ。心が黒く染まっていく。息が荒くなる。許せない。マアズは杖を天に向けた。


「トルトル神様!お力、お借りします!」


 彼女の切札。巨大な破壊の鳥。二人は一瞬、空を見上げた。公平はそこで立ち止まった。吾我は構わず歩いてきた。


「あの鳥は任せた」

「ああ。いい加減アレも見飽きたよ」

「な、な、な……?」


 トルトル神から授かった神の力の欠片。使途である自分にだけ許された必殺の神秘。それなのに。一人は涼しい顔で見つめていて。一人は見てすらいない。


「『星の剣・完全開放』」


 公平の右手に握られたのは流星のように輝く剣だった。エックスが遠くで笑う。彼女の切札だった魔法。『レベル5』を使いこなす特訓における、もう一つの副産物だ。

 深く息を吐く。迫りくる鳥から目を逸らさない。その柄を両手でギュッと握りしめて、そして。


「うおおおおおっ!」


 思い切り振った。放たれるのは銀河が生まれる時のような光。それはマアズの『鳥』を飲み込んで、雲を蹴散らして、宇宙の果てまで届く塔になって。そして、消えた。


「そ、そん……、きゃっ!」


 絶句するマアズを吾我が取り押さえる。腕を後ろ手に回され、地面に叩きつけられ、杖は手から離れてしまった。


「終わりだ。もう一度言うぞ。素直に八月病を消すか。それとも痛い思いして無理やり八月病を消すか。或いはもう一つ」

「も……もう一つ?」

「ここで死ぬか」

「……っ!いいの?ここで私を殺したら、八月病治せないよ!?」

「いい。どうせいずれエックスが消す。そして今、お前を消せば、将来お前に殺される人もいなくなる。こっちの方がスマートだな」


 吾我の手の力がほんの僅かに強くなった。脅しじゃあない。この男は本気でやる。

 降参するしか、ない。諦めて吾我の言葉に従おうとした時、空から雷鳴のような音が聞こえた。


「ん?」


 急に夜になったように空が暗くなった。吾我は思わず顔を上げる。


「……なに?」

「あれは……」


 二人は言葉を失った。そこに在るのは、夜そのものと見間違うような、視界一杯に広がる空を覆いつくす巨大な翼。それを持つ巨大な鳥の神。


「は、ははは。ははははは!いらっしゃった!トルトル神様がいらっしゃった!」

「あれが……」

「トルトル……だと?」


 身体の大きさだけで言うならば魔女よりもずっと大きい。血走った赤い目玉が街を見下ろす。稲妻のような低い声が響く。


『こういう結末になるとは。俺に働かせるとは偉くなったなあマアズ』

「……申し訳、ございません」


 絞り出すようなマアズの声。それに対してトルトルは愉快そうに笑った。


『いい。いいのだ。気にすることはない。この世界の強度を見誤ったのは俺よ』


 次の瞬間、マアズの身体を緑色の球体が包む。球体のエネルギーが吾我を弾き飛ばす。


「これはっ!?」

『俺の使途を傷つけてくれた礼だ。よく見ていろムシケラ。この街も星も世界も。この翼が全て吹き飛ばしてくれる』


 トルトルが大きく翼を羽ばたかせようとしている。公平は慌てて空を見上げた。『レベル5』で迎撃するしかない。


「レベル……!」

『遅いわあ!死ねえ!』

「……くっ!」


 トルトルの翼が動き出した。暴風が世界を覆う。

 神が他の連鎖を攻撃しようとしたとき、その連鎖の神の加護により攻撃は無力化される。それを承知の上でトルトルは街を吹き飛ばそうとした。

 所詮ついこの間神になった新米だ。このトルトルの攻撃を防ぎきれるわけがない。


『はははは!素直に連鎖を明け渡していればこんなことにならなかったものを!哀れだなあ!名も知らぬ神よ!』


 夜の高笑いが響く。巻き起こされた土煙が晴れていく。そして。そこには。


『ははははは!……は?』


 無傷のままの街があった。トルトルは困惑した。こんなはずがない。これではまるで自分の力が劣っているかのようではないか。

 困惑したのはトルトルだけではない。公平たちも同様である。とんでもない風が吹いたような気がしたけれども、実際には何も吹き飛ばされていない。建物も自分たちもそのままだ。


「と、とにかく今がチャンスだ」


 この隙にトルトルを倒す。そう思ったが。すぐにその必要はないことに気付いた。エックスがいない。


『今度こそ死……』

「待った」


 声が響いた。トルトルよりもずうっと大きな手の平が、彼の背後から、ペットの文鳥でも相手にするかのように握りしめる。そのまま空の向こうに向かって投げ飛ばした。


『なんだっ!今なにが……』


 トルトルは見た。街一つ夜にしてしまうほど巨大な自分が。矮小に見えるほどの巨大な姿。星よりもずっと大きな女の姿。すぐに分かった。これはこの連鎖の女神だ。


『こ、いつ……!』

「これ以上お前の好きにはさせないよ」


 この問答の直後、二人の神の姿が消えた。吾我はその場で腰を抜かした。いつのことだっただろうか。星より大きくなれるなんてエックスは言っていた。その時は冗談だと思っていたのだが。


「本当のことだったのか」


 そんな姿に公平はクスっと笑う。


「まあ。あとはエックスに任せようや」


 それで万事解決である。


--------------〇--------------


『おぉのれぇ!舐めるなよ新米!』


 暗闇の中に光が浮かんでいる。キラキラと瞬く宇宙たち。その光の渦の隙間を漆黒の翼が飛んでいった。連鎖全域を一望できる大きさ。トルトル本来の、そしてトルトル最大の大きさである。

 その大きさに平気な顔でついてきたエックス。彼女は数秒間無数の世界の内の一つを愛おし気に見つめた。公平たちがいる人間世界である。もしかしたら故郷の世界よりも大切な世界かもしれない。それを吹き飛ばそうとしたヤツがいる。緋色の瞳がトルトル神の血走った目を睨む。


『たかが星より巨大になったくらいでいい気になるな!俺は夜をも包み込む闇!宇宙を覆う闇!世界を暗闇に落とす闇!トルトル様だぞお!』

「闇闇闇闇うるさいな」


 トルトルは翼を羽ばたかせて羽を飛ばした。一つ一つが世界を焼き尽くす炎である。エックスは避けようとしなかった。避ければ背後の世界に当たる。ただトルトルの攻撃を受け入れた。

 その身体が煙に包まれる。トルトルは高笑いした。


『はははは!所詮この程度よ!連鎖を前に盾になる高潔さは認めよう!しかしこのトルトルの敵では……』


 言い終わる前に煙の向こう側からエックスが飛び出してきた。当然のように無傷。その勢いでトルトルの顔を殴りつける。


『カァー!?』

「なぁんだ。アレで終わり?」


 拍子抜けである。神様っていうんだからもっと強いものかと。


「まあ。無理もないか。これくらいの大きさが限界っぽいし?」

『な、なんだと?』


 その言い方ではまるで。自分だったらもっと大きくなれるのにと言っているようなもの。


「勿論、本気は出さないでおいてあげるけどさ」


 言いながらエックスは弓と剣の魔法を発動させた。


「『未知なる一矢・完全開放』・『星の剣・完全開放』」


 『星の剣』を『未知なる一矢』の力で作り出された弓で放つ。矢の力が剣に宿っていく。昔は切札ともいえる最強の攻撃であったが、今ではもっと強くて自由な攻撃を任意で発動できる。故にこれは。


「ハンデだ。神様って名乗るんならこれくらいは耐えろよ?カラスくん?」

『ば、かにするなあああ!』


 トルトルは真っ直ぐエックスに向かってきた。全身を炎に包み込む。羽の攻撃とは比較にすらならないエネルギーの塊である。

 それに対して。エックスはただ普通に『剣』を『矢』として放った。その一閃は炎と化したトルトルを貫く。その全身を斬撃が襲う。闇そのものを名乗る巨大な神の鳥。その悲鳴が響き渡った。


--------------〇--------------


 神秘の連鎖の中にあるとある世界。トルトルが支配し、トルトルを信仰する世界である。

 突如世界全体を揺らすような衝撃が走った。住人たちは何が何だか分からずに周囲を見回した。そして、それを見た。世界を覆うほどの巨大な影。

 信仰するトルトル神。その片翼はあらぬ方向に曲がっていた。全身から血を流れている。時々くちばしが動くので辛うじて生きているようだ。その首根っこを握る手がある。そんな手の主である女の緋色の瞳が自分たちを見下ろしている。


「……見てのとおり。キミたちの神様はボクがやっつけた。死んではいないけど、殺さなかっただけだ」


 エックスはトルトルを投げ捨てた。巨体が山を押しつぶす。事象の操作により自分の足もトルトルの身体も、この世界の住人を一人だって傷つけてはいない。一応配慮はした。大量殺戮や蹂躙がしたいわけではないのだ。


「コイツはボクの連鎖を攻撃した。何人も死んでしまった。ボクは怒った。だからやり返した。これはその結果だよ。今日はこのくらいにしてあげようと思う」


 そう言いながらも、エックスはトルトルの身体に足を乗せて踏みにじる。正直言うとまだ気は収まっていない。


「でももし。次またボクの連鎖にちょっかいだしてきたら。その時は本当に容赦しない。この鳥も。この世界も。この連鎖も。全部丸ごと握りつぶしてやる」


 その宣言に住人が震えあがる。ちょっと怖がらせすぎたかなと不安になった。エックスの身体がふわりと浮かび上がる。


「そ、そういう事だからっ!じゃあねっ!」


 そう言い残してエックスは去っていった。帰り道、段々冷静になって、やっぱり絶対やりすぎたなと落ち込んだ。


--------------〇--------------


「あっ……あっ……!」


 マアズの身体を守る緑色の球体が消えた。トルトルから貰った力が身体から消えていくのを感じる。同時にエックスが本来の大きさで人間世界に帰ってきた。絶望的な表情でその姿を見上げる。


「そんな……トルトル神様が負けた……?」


 マアズの様子を見届けた二人はエックスに顔を向けた。


「エックス……。勝ったんだな!」

「あ、えっと。うん。勝ったよ。圧勝だった。うん……けど」


 煮え切らない態度。何かやらかしたな。公平は苦笑いした。

 あんな公平の態度。見抜かれているな。エックスも笑い返した。

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