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疑念の会談

「あ……来たよ」

「うん……」


 ディオレイアの門番の目にはこちらに近付いてくる魔女の姿が見えた。落ち着いた雰囲気の白いドレスを纏い、堂々とした足取りで、しかし魔女用の道路を通っているにも関わらず足元を気にかけながらやってくる美しい巨人。サルトリア唯一の魔女であり、ローディン王の一人娘であるロミア姫だ。

 彼女の後ろには二つの魔女の人影がある。エックスとヴィクトリー。ディオレイアの城の地下牢から逃げ出した二人の魔女。彼女らはしょんぼりとした表情で手首を縛られて、ロミアの後ろについてきている。


「よ、ようこそお越しいただきましたロミア様」


 都市に入るための正門。そのすぐ前にまでやってきたロミアに門番が挨拶をする。彼女はにこりと笑って挨拶を返した。


「この二人ですね。ディオレイアの牢から逃げ出した逃亡者というのは。お引渡し致します」


--------------〇--------------


 筋は通っている。

 サルトリア王ローディンは自国にやってきた二人の魔女がディオレイアに追われている者であると気付いた。しかし彼女らは巨大な魔女であるが故に人間の手では捕らえることもディオレイアに引き渡すことも出来ない。だから魔女であるロミアが二人を捕らえてディオレイアにまで連れてきてくれた。何度考えてもやはり筋は通っている。

 これが王族の仕事と言っていいのか些か疑問ではある。だが彼女にしかできないことであるのは確かだ。決しておかしな話ではない。

 他国の姫が訪れたとなればディオガはディオレイアの王としてロミアにお目通りをし、会談とまではいかずとも対応をしなければならない。限りなく義務に近い業務である。


(……好都合ではある)


 上手くいけばロミアを魔眼で魅了することが出来るかもしれない。そうすればサルトリアは実質的にディオレイアの手に落ちる。ここでロミアと対面できるということはディオガにとってはこの上ない僥倖だった。

 エックスやヴィクトリーに再度魔眼を試すことは叶わなかった。一瞬顔を合わせたがその時はきゅっと目を閉じていたのだ。強引にこじ開けようかとも考えたが、ロミアへの対応をしなければいけない以上、あの二人に長々と時間を使ってはいられない。後回しにする。お供の人間共々地下牢に閉じ込め、現在進行形で監視中だ。監視役は部隊長クラスの魔女二人。ひと時も目を離すなと言い聞かせている。流石に今回は早々容易く脱獄はできないはずである。

 事はディオガにとって順調に進んでいる。だが順調であればあるほどに。頭の片隅から消えない言い知れぬ嫌な予感がどうしても気になった。


「ディオガ様」

(……本当に大丈夫か?)

「ディオガ様」

(なにか……。見落としはないか?本当に……)

「……えいっ」


 ばしっという音が全身に響く。シグレがディオガのことを指先で軽く弾いたのだ。


「あいたぁっ!?」

「ディオガ様。お召物はこちらでよろしかったでしょうか」

「あ、ああ……。悪い。うむ。それでいい。というか着るものはシグレに任せる。俺はこういうのはよく分からん」


 なにせスラム街出身の卑しい身分だからな、と心の中で自嘲するように呟く。シグレは一瞬、ほんの少しだけ眉を落としたが、すぐに『かしこまりました』と言い、ディオガを肩に載せると箪笥の中を物色し彼が着る服を検討しはじめた。


(……きっと気にし過ぎているだけだ。問題はない、はずだ)


 分かっているはずなのに。心の何処かで疑念がくすぶっている。


「ディオガ様。こちらではいかがでしょうか」

「ああ。それで……」


 と、言いながらシグレ選んだ服に目を向ける。最初に用意していたものはどこへ行ったのか。シグレは首元や手首や足首、腰になんだかふわふわしたものがくっついた全身タイツのような黄色い服を摘まんでいる。


「……おい。なんだそのバカみたいな服は。どこにあったんだ、そんなもの」

「私に任せていただけるとのことでしたので。適当に選ばせていただきました」

「……分かった。悪かった。俺もちゃんと選ぶ!」

「それがよろしいかと」


 シグレにはこういうところがある。苦手だから不得手だからで逃がしてくれないのだ。苦手は克服すればいい。出来ないことなら出来るようになればいい。そういう精神のもと、厳しく指導をしてくる。

 複雑な気持ちであるが彼女への感謝の気持ちは確かにある。彼女のおかげで王としての威厳を保てるくらいには心身ともに成長できているのだ。感謝しないわけがない。ただもう少し優しくしてほしいな、とは思っていたりする。


--------------〇--------------


 客間に入る。シグレの手の上に乗ってここまでやってきたディオガは、始めてみたロミアの姿に息を呑んだ。

 上品で落ち着いた雰囲気の白いドレスは、しかし王族の気品を感じさせる。一方でそれを身に纏うロミアも服に呑まれることはない。姫として王族として凛とした姿勢でソファに腰かけていた。ぴんと背筋を張って、柔らかい表情で紅茶を飲みながらディオガを待つ姿は美しい。

 彼女を前にすると自分はどうか。シグレに選んでもらった服は、残念だがロミアのドレスには劣る。あのドレスからは魔法的な気配を一切感じない。職人が作った本物のドレスなのである。サルトリアに住む魔女は彼女だけ。魔女のサイズの服をただの人間が仕立てることの大変さは想像に難くない。あれを人間が作ったというだけであのドレスはこの世のどんな服飾よりも価値ある代物なのである。

 そして着ているもの以上に。肝心の自分が負けているとディオガは実感した。精一杯虚勢をはってようやく王の真似事が出来る自分とは違う。ロミアはその在り方が王族のそれなのである。所詮自分はスラム街で生まれた日々の暮らしさえままならなかった男。ロミアにもシグレにも申し訳がない。


「ディオガ様」

「ん?」


 シグレに声をかけられる。既に彼女はロミアの向かいに座っていた。


「ああ。そうだった」


 こほんと咳ばらいをしてロミアに向き直る。悪い癖だ。自分を卑下して劣等感に苛まれる。そんなものは王として相応しい姿ではない。自分が劣っているというのは分かり切った話ではないか。それでも自分は王として堂々としなければならないのだ。


「お待たせして申し訳ないロミア殿。わざわざご足労いただき感謝する。この件はディオレイアの不始末だというのに」

「とんでもございませんわディオガ様。困ったときはお互い様です。むしろ早くに気付かなくて申し訳なかったくらいですわ」

「いやいやそんな……。……ところでロミア殿。一つお尋ねしたいのだがいいだろうか」

「?はい。どうぞ」

「その……目は。何かあったのだろうか?」


 言葉を綴る間ずっと、ロミアの目は閉じられていた。


「ああ……。申し訳ありません。件の魔女を捕らえる際に傷ついてしまって」

「おっと、それは。配慮が足りなかった。こちらこそ申し訳ない。……しかし。さっきから俺は謝ってばかりだな」


 そうして互いに笑い合う。雰囲気は一見悪くない。だがこの間にディオガは冷静に考えていた。怪我をしたなんてきっと嘘だ。ロミアは魔眼を警戒しているだけだ。

 魔女である彼女は魔力探知能力で目を閉じていても他者の存在を感じ取ることが出来る。瞼を開ける必要がないと言えば、ない。


(……これでは魔眼が使えないな)


 それならそれで仕方がないと諦める。相手は他国の姫。どこぞの世界からやってきた魔女とは扱いが違う。無理やりに瞼をこじ開けるわけにはいかない。


「ところでローディン殿は今──」


 と、話題を変えようとした時であった。ロミアの胸元、ドレスを突き破って二つの影が飛び出してくる。


「な──」

「え──」


 飛び出した人影のうち片方はくるっと振り返り、ロミアに手を向けた。


「『ギラマ・ジ・メダヒード』!」


 その手から放たれた炎はロミアに直撃し、彼女を勢いよく吹っ飛ばして客間の壁に激突させる。ディオガとシグレがあっけに取られている一瞬、もう一つの影が剣の鞘を握った。


「『魔剣/陽炎』!」


 彼女が呪文を唱えると同時にその身体が光に包まれた。人間大から一気に魔女の大きさにまで膨れ上がり、炎を纏う剣でシグレに斬りかかる。


「くっ!?」


 咄嗟にシグレはその剣戟を避けた。だがしかし、相手の剣は僅かに彼女の手を掠めていた。その衝撃でディオガを手放してしまう。


「しまっ、ディオガ様!」

「よい!お前は目の前の魔女に集中せよ!」


 空中でくるっと一回転し、風の魔法で机の上にふわりと着地する。同時に背後でズンという音がした。さっきの剣を持った魔女が着地したのだ。幸いあちらはシグレに意識が向いている。こちらに攻撃してくるということはない。そんなことをすれば背後からシグレに撃たれるだけだ。


「つまり俺の相手は貴様というわけだ」

「そうなるなあ。『ギリゾート』!」


 男が魔法の剣を構える。


「そっちは任せたぞ、ミライ」

「お任せあれ、公平サン。過去・現在・未来のミライ、ひっさしぶりに大暴れ!です!」

「……コウヘイにミライ、か」


 ワールドから聞いていた名前である。だが、おかしい。エックスとヴィクトリーを捕えた際に確かに二人の人間も確保したと看守から報告がある。

 ディオガ自身は二人の顔を見たわけではなかった。だが代わりにワールドが確認をしてくれている。あれは確かにコウヘイとミライであったと。姿かたちだけではなく、魔法の気配もしっかり感じ取ることができたと。


(……では目の前のこいつはなんだ)


 何か裏がある。だがその何かが分からない。分からないのであれば、仕方がない。ディオガは深く息を吐いた。だがそれは決して諦めのため息ではない。


「『ドライオン』」


 戦いに入る前の予備動作のようなものだ。呪文と共に生成された魔法の大剣を構える。この男は魔女ではない。魔眼は通用しない。で、あれば剣と剣を交えるしかない。


「……なんだよ。降参してくれればよかったのに」

「降参?始まる前から愉快なことを言うものだ。俺を笑い殺す気か?」


 ディオガはにこりともせずに言った。この二人が敵の切り札であるならば。ただそれを屠れば終わりなのだ。細かいことも疑念も、全部を切り捨てて解決できる。これが一番スマートなやり方だ。


「来い下郎。貴様と俺の格の違いをその身に刻み込んでくれる」


 ディオガの魔眼には公平の頬を冷や汗が流れていくのが見えた。

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