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決戦の前。

 エックスたちがサルトリアに入国してから数日が経った頃。


「平和だねー」

「そうだねー」


 ディオレイアの門番をしている二人の魔女。仕事中だが半ば日向ぼっこをしているような呑気な状態である。雲一つない青空と優しく髪を撫でる風が気持ちいい。一人は大きく背伸びをし、もう一人は欠伸を噛み殺している。

 のんびりしているのも当然といえば当然だった。理由は二つ。第一に魔女が立っているというだけで門番の役は果たしているということ。第二にそもそもディオレイアには門番など必要ですらないということだ。

 数百もの魔女が暮らしているディオレイア。勿論彼女らは一人一人が100mほどの身長である。この国を攻めるということは、それら全てを相手取るということだ。如何に勇猛な騎士団と言えども、魔女にしてみればムシケラも同然。まともな人間が戦って勝てる相手ではない。

 そういう国なので門番が居ても居なくても変わらない。侵入されたところで中にいる魔女に気付かれずに踏み潰されるか、気付いたところを摘まみだされるかである。


「そう言えば例の魔女たちどうしたんだろうね」

「さあ?サルトリアに逃げ込んだって聞いたけど……」

「知ってる?聖地からあの魔女たちを逃がしたのミクスさんのとこの隊らしいよ」

「知ってる知ってる。魔法も使えない魔女を取り逃がすなんてぼんやりしすぎじゃない?」

「ホント!アタシだったら……」


 腰に刺した短剣を抜くと、『やー!』という掛け声とともに振り下ろす。


「……ってな感じですぐにやっつけちゃうのに!」

「それくらいアタシだって出来るって!」


 けらけら笑いながらはしゃいでいる彼女らを、一人の中年男性が遠巻きに見ていた。二人の動作に巻き込まれたらたまらないと近付けないでいるのだった。そんな彼に門番のうちの一人が気付く。悪戯っぽく笑うと、わざとらしくずしんずしんと足音を立てながら彼に近付いていく。十分に近付いたところでゆっくりとしゃがみ込んだ。子供が足元を這う虫を観察するかのような恰好である。


「ひいっ」

「なあにおじさん。ディオレイアにご用?」


 尋ねられた男は頭上から見下ろす彼女の姿に圧倒されていた。見た目は娘と同じくらいの年齢に見える女の子。そんな彼女が恥じらいもなく股を見せつけるようにしゃがみこんで楽しそうに笑っている。身体の大きさの違いだけで、何かされているわけでもないのに負けた気分になる。

 男が声も出せずに怯えている姿を可愛らしく思って暫く見つめる。そんな彼女の後頭部をもう一人の門番である魔女が叩いた。


「あいたっ!?」

「こらっ。お客さんを困らせたらダメでしょ。ごめんなさい」


 ついさっきまで一緒にサボっていたくせに急に真面目ぶりやがってと、頭を抑えながら睨む。そんな視線を軽く受け流し、男に話しかける。


「どういったご用でしょうか?我々はディオレイアの門番。街に入る際にはその用件をお聞きすることになっています」

「あ、あの。サルトリアからこれが……」

「うん?ああ、お手紙ですね。お預かりします」


 彼女は男が差し出した手紙を大きな指先で器用に受け取る。誰から誰への手紙だろうかと小さな手紙をジッと見つめていると、足元の男がおずおずと口を開いた。


「その……サルトリア王のローディンさまが、こちらのディオガ陛下にと」


--------------〇--------------


 ロミアの家。魔女になってしまったせいで城に住むことが出来なくなってしまった彼女が暮らす家は、サルトリアの端っこ、国を護る巨大な城壁のすぐそばにあった。

 王族が使うには簡素で洒落っ気のない四角い石作りのテーブルを三人の魔女が囲む。その上には二人の小さな影があった。


「恐らく今日中に国書は届いているはず。私たちは明日、出発いたしましょう」


 エックスはロミアの言葉にこくりと頷いた。少し時間はかかったがおかげで作戦は立った。これで建前上は、サルトリアとディオレイアとが敵対することなく、公平とミライをディオガの元にまで導くことが出来るはずである。


「……って言っても。ちょっとこじつけが過ぎるというか、無茶な部分な気もしますが」

「かもね。でも戦争をするよりはずっといいよ」


 ディオガは決して悪辣な王ではない。魔女の力を他国に振るうことはあるが、基本的には脅しに近いもの。力を見せつけて抵抗できないと察した相手国が降伏するのを期待しているような形だ。

 だがサルトリアにはそれをしない。この国にはロミアという魔女がいるからである。強大な魔女の力も魔女の力でならば対抗できる。そんな国とは極力争わずに適度な距離を取ろうとしているのだ。

 ディオガの方針はきっと変わっていない。だからサルトリアを刺激するような、エックスたちを追う魔女の派遣もしてこない。彼だって戦争を起こしたくないのである。で、あれば。建前でも強引な理屈でもありさえすれば戦争をしない事を選ぶはずだ。


「きっとアイツの元には辿り着ける。……あとは公平とミライちゃんに任せるよ」

「ま、そうね。そこは最初から変わらない。ちょっと手助けがしにくくなるけど……。そこはどうにかするわ」


 公平とミライはエックスとヴィクトリーの言葉に頷いた。ここから先、二人が考えるべきことはディオガを倒すということただ一つだけ。魔眼の力を潰しさえすれば、きっとエックスたちはまた魔法が使えるようになるはずだ。


「……よしっ」


 ロミアは立ち上がって公平とミライを摘まみあげる。そうしてエックスとミライに笑いかけた。


「お二人はお城にお連れしますね。お父様が英気を養うためにもご馳走を用意しているそうですよ?」

「えっ。本当?」

「おおっ!ごめんなさーいお母さん。私たちだけご馳走になってきまーす!」

「はいはい、お休み。夜更かしするんじゃないわよ、ミライ?」


 ヴィクトリーがミライに手を振る。


「じゃあエックス、また明日!」

「うん。お休み!」


 ロミアはにこりと微笑んで、家を出て行く。しんと静まり返ってロミアの家で、ヴィクトリーは小さくため息を吐いた。


「けど。あの子はディオレイアに行った方が幸せだと思うけどなあ」


 キッチンとお風呂と一つしか部屋のない狭い家を見回しながら言う。魔女の感覚で言うと大学生が借りるような安アパートくらいの大きさの部屋である。とてもじゃないがお姫様であるロミアが暮らすような環境ではない。


「まあ。そうかもね」


 だがそれは彼女が冷遇されているわけではない。これがサルトリアという国の限界なのだ。

 この城郭都市は元より魔女が暮らす前提で作られていない。その上、彼女が満足に暮らせるような大きな建物を建てる用意も時間もなかったのだろう。それでも精一杯にやった結果がこの家なのだ。城に開いた穴の修繕が後回しにされているのがその証拠である。娘のための家を優先して自分の住む城を直す方は間に合っていないのだ。

 だが、だからといって幸福なわけではない。この都市がロミアにとって住みにくい環境であるのは変わらない。


「……いっそさ。あの子も魔女の世界に連れていく?」

「いや。あの王さま絶対怒るでしょ。……まあ、怒らなかったら連れていってもいいわね」


 そのヴィクトリーの言葉には、王さまにどうにか怒ってほしいなという願いが込められていた。


--------------〇--------------


「公平さま」

「ん?」


 上空から突然投げかけられる声。公平は顔を上げた。自分が乗せられている手の平の主、ロミアが自分を見つめている。隣に座るミライが無言で彼を見つめた。


「どうしたんですか?」

「公平さまはどうしてそんなに強くなったのですか?」

「え……」


 ロミアは顔を赤らめながら唇を噛み、一瞬目を逸らす。城への歩みは止めずに、更に続けた。


「ずっと考えていたのです。人間である公平さまが魔女である私を倒すのは、並々ならぬ鍛錬が必要だったはず。……どうして公平さまは。そこまで強くなって、戦うのでしょうか」

「どうして……って」


 公平は答えられなかった。なんとなくエックスから魔法を教わって、なんとなくここまで来たというのが正直なところだ。明確な理由は、彼には実のところない。


「……もしも。もしもですよ。戦うのがイヤだったら。……こ、これが終わったら。サルトリアに来ませんか?ここで静かに戦いから離れて暮らしては……」


 公平は目をぱちくりさせた。ミライがあんぐりと口を開けて目を丸くしている。


「その……公平さまが居れば私たちも安心ですし……」


 続けざまに降ってくるロミアの言葉。少し考えて、公平は彼女に答える。


「どうして強くなって戦うのかは、正直言語化出来てないんですけど。でもまあ悪い気はしないんです」

「……そうですか」

「ごめんなさい。せっかく誘ってくれたのに。まあどっちにしろ大学あるから。ははは」

「……いえ!おかしなことを言ってごめんなさい」


 ロミアが明るい口調で言って顔を上げた。心なしか城へと進む足取りが早くなった気がする。


「……酷くないですか?」


 ミライが隣で言うので、『え、なにが?』と公平は逆に尋ねた。

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