決めるのは。
(まあ。当然と言えば当然か)
冷静に。エックスは公平とロミアの戦いを見ていた。この結果は始めから予想できていたことだった。
まずロミアの方にやる気がなかった。元来戦いが好きではない性分なのだろう。その上相手が自分よりも遥かに小さく弱い生き物である人間だからと全くもって本気を出していない。突き立てられた槍は勢いがなく、落ち着いていれば簡単に避けられる易しいものだった。
さて一方で。公平も本気だったかと言われると答えはノーだ。始まる前から乗り気ではなかったのはエックスにも分かっていた。やるだけやるとは言っていたけれど、彼の気質からして自分の行動の結果で戦争になってしまうかもしれないとなったら気が乗らないのは仕方がない。
(でも。残念だけど公平にはそんなの関係ない)
公平はずっとエックスと特訓をしてきた。魔女との戦いは命がけ。一瞬気を抜いたら命に関わる。そういうことを頭より先に身体が覚えた。頭で嫌がっていても身体は動く。勝つためではなく自分の身を守るために。
人間が魔女と戦う際のセオリーは先手必勝。相手がこちらを侮り、油断をしている隙に一撃で仕留めるのが基本だ。公平の身体と魔法はその基本に忠実に動いたのである。
『メダヒード』でロミアの槍をほんの少しズラし、攻撃を躱す。彼女が戸惑っている隙に空間の裂け目を開いて背後に回る。そして相手が振り返るよりも先に『メダヒード』を撃ち込んで転ばせる。これで終わりだ。
(さあて。これでどうなるかなあ)
--------------〇--------------
「──え?」
何が起きたのかロミアには分からなかった。足元の公平に攻撃をしたと思ったのにいつの間にか転んでいる。
「まあ。そうなっちゃうわよね」
後ろからヴィクトリーの声が聞こえてきた。まだ戦おうと思えば戦える。自分は転ばされただけで怪我なんてしていないのだから。当然すぐに立ち上がる。──だが。
(……あんなに小さなお身体で)
再び公平に槍を向ける気は起きなかった。巨大な魔女である自分が人間を相手にして転ばされた。最早これは敗北と同義である。他の誰かではなく彼女自身がそれを認めてしまった。
振り返って公平の姿を見る。丁度目の高さに小さな彼は浮かんでいた。ついさっき自分を転ばした人間はその場にいる誰よりも青ざめていた。『自分の手で戦争の引き金を引いてしまったのでは?』という心境が表情に出ていて、思わず笑ってしまう。ずんと歩み寄り、彼に近付く。
「あの……俺」
「……エックスさまの言う通りですね。私の──」
「ま、待った!」
突然声が聞こえた。ロミアと公平は殆ど同時に声のする方へと顔を向ける。そこにいたのはエックスで、声の主は何故か彼女の頭の上に乗っているサルトリア王、ローディンだった。
「お父様……」
公平は魔力で聴力強化を行う。声がしたのは分かったが、距離が遠すぎて何を言っているのかきっと分からない。超絶的な身体スペックを誇る魔女と自分は違う。
耳に入ってくるローディンの声は殆ど怒号に近いものだった。それでいてどこか焦りも感じさせる。
「わ、私は見ていないぞ!だから公平クンがロミアを倒したなんて信じられん!たまたま何かに躓いて転んだだけじゃないのか!?」
『見苦しいわね』と、ヴィクトリーが呆れたような口調で呟く。彼女の肩の上でミライが苦笑いした。実際見苦しいと言えば見苦しい。
ローディンは本当に目を逸らしていたので、ロミアが倒れた瞬間を見てはいない。だがロミアの足元には、身長100mの巨人である彼女の10m以上もある足が躓けるような穴も障害物も存在しないのだ。彼女が転んだのは公平がした『何か』のせいであると考えるのが自然である。何より当の本人であるロミア自身が負けを認めているのだ。外野で物言いをつけたところで最早無意味である。
(……そうだよな。そりゃそうだ)
だが公平にはローディンの気持ちが分かった気がした。平和な世界の平和な国で今日まで生きてきたの彼だから分かった。
(あのヒトだってバカじゃない。決着がついてしまったことだって分かってるはずだ)
それでもあんな主張をする理由は一つだ。当然の話だがローディンは戦争なんて起こしたくないのである。ディオガを倒す以外にサルトリアが生き残る手段はないとしても、その選択肢を選ぶことは出来ないのだ。
「……じゃあもう一回やりましょうか?」
と、そこで。ここまで黙っていたエックスが提案をする。
「あ、ああ。仕切り直しということだな。それなら……」
「それではっ」
悪戯っぽい笑顔で言いながら頭に手を近付けて、ローディンを摘まみあげる。慌てて暴れるのを強引に捻じ伏せて、彼の顔だけ出して軽く握り締める。そうして言い聞かせるようにして彼に告げた。
「今度は目を逸らしてはダメですよ?何度やっても結果は同じです。ボクの公平は必ず勝ちます」
「ぐ……」
「くすっ」
エックスはローディンを両手で包むように握った。それから親指で彼の頭を固定して、よそ見が出来ないようにする。
そして、公平に目を向けた。
(あ……)
公平はその視線に何かを感じた。彼女が何かを言おうとしていると思った。目を閉じて、エックスの心に直接語り掛ける。
『……どうした?エックス』
『おや。どうした、なんて変な公平だな。キミの方が何か言いたげだったじゃないか』
『……なんだよ。分かってたのか』
心の中で公平は小さく笑った。見透かされて呼び出されて、なんだか格好が悪い。
『あのさ。俺……』
『……分かるよ。公平の気持ちはさ。でもボクは最短で魔法を取り戻さないといけない。『聖技』やルファーのことを考えたらもたもたしていられない。手段は選んでられないんだ』
『……うん、でも。でもさ』
『……くすっ。頑固だなあ。まあ分かってたけど』
『え?』
手段を選んでいられないと言っておきながら、いきなり意見を変えるので公平は戸惑ってしまう。エックスはどこか嬉しそうな口調で続けた。
『ここに来る前にも言ったでしょ?決めるのは公平。公平がイヤなことはしなくていいの』
『……ああ。ははっ。そういえばそうだった。……あのさ』
『うん』
『……ごめん。やっぱ俺戦争はイヤだ』
『そっか』
仮に相手がディオレイアの百以上の魔女だったとしても、エックスとヴィクトリーならばサルトリア国内に侵入させることなく食い止めてしまえるだろう。きっと被害なんて出ないはずだ。だがそれは物理的なものだけの話だ。
戦争になればサルトリアの国民は当然不安を覚える。魔女が入り込んで踏み潰されてしまうのではないか。家族と離れ離れになってしまうのではないか。大事な全てが戦火に包まれてしまうのではないか。
そういった不安に勝ち負けは関係ない。精神的な傷だって大なり小なり出てもおかしくはない。そういう原因となる戦争に協力したくはなかった。
『……分かったよ。ならわざと転んじゃって──』
『……けどロミアさんにも俺は負けない』
『……え?なんて?』
『エックスが育ててくれた俺の強さは証明するよ。それで、ローディンさんに俺たちのことを信じてもらおう。戦争以外のやり方でディオガと戦う方法を一緒に考えてもらおう』
エックスは思わず笑いそうになった。これはこれで公平らしい気もする。
『いいよ。任せる。かっこいいところ見せてね?公平』
『任せとけって』
そして。目を開ける。そこではロミアが泣きそうで不安そうな顔を浮かべていた。
「公平さま。申し訳ありませんがやはり──」
「分かってますよ。さっきエックスと決めた。戦争はしない。イヤな気分になるだけだし」
「──え?」
戸惑うロミアに公平はにっと笑いかける。
「けど勝負は勝負。俺の強さはちゃんとローディンさんに見てもらいたい」
エックスの手に囚われているローディンに目を向ける。エックスに完全に掴まっている状態だ。身体の向きも顔の向きも完全に固定されてしまっている以上、目を逸らすことなんて出来ないだろう。可愛そうだが、この際好都合だ。
「悪いけどもう一回勝たせてもらいます」
「は、はあ……」
「本気で来てください。俺はそれでも、勝ちますから」
「……分かりました」
もう一度。少し距離を取って二人は構えた。『いいわね?』とヴィクトリーが尋ねてくるので同時に頷く。開始の合図として彼女が手を挙げた瞬間、二人は動き出した。
──そして数分後。
「……なんということだ」
ローディンが落胆した声で呟く。やはりロミアは負けてしまった。今度はその瞬間をしっかりと見せられてしまった。もう言い訳はできない。
「……王さま」
「な、なんだ?」
「ボクの公平は、戦争はしたくないと言っていました。公平がやらないなら、その手段をボクたちにも取ることは出来ないです」
「で、では!?」
「はい」
エックスはにこりと微笑むと手を広げてローディンの身体を開放する。直前まで彼女の手の体温に熱された彼の身体が、地上数十mの地点を吹き抜ける風で冷やされていく。
「でもその代わりに、お願いです。ボクたちはどうしてもディオガと戦わないといけない。かといって無暗に乗り込むこともやっぱり出来ません」
ディオガの瞳の能力の考察はある程度行った。恐らく自分とヴィクトリーには魅了は効かないはずだ。だがあくまでも『はず』である。確定した情報ではない。もしももう一度ディオガと対峙したとき、魅了の力を受けてしまったらそこで完全に終わりだ。だから出来ればディオガには公平が戦ってほしい。
その為にはディオガの周りにいる魔女が邪魔だった。弱い魔女であっても百人以上も集まれば、公平が倒れるということも起こりうる。だがそれだけは絶対に防がなくてはならないことだった。
「だから。一緒に考えてもらえませんか。ディオガと戦う手段。他の魔女に邪魔されずに、あの男の元に辿り着く手段を」




