これはきっと、そういう運命なんだ
「あ……このパン美味い」
「ほんと!なんだろ。小麦粉が違うのかな?」
「ふふ。サルトリア自慢の小麦で作ったパンです。お口に合ったようでなによりです」
ロミアに案内された先、彼女の住んでいる家に連れていかれたエックスたちはご飯をご馳走になっていた。とはいえ全て魔女仕様の大きなもの。公平やミライには少しちぎった欠片でちょうどいい。
「この世界に来てから何も食べていなかったからなあ。助かったよ」
「ありがとうございます。公平さま」
ロミアが優しく微笑んだ。彼女はいい意味で魔女らしくない。公平は思った。人間に対して優しいということ以上に、魔女相応の大きさであることを一瞬忘れてしまうようなか弱く儚い雰囲気が大きい。守りたくなるタイプの女性である。
「ところでロミア?」
「はい。なんでしょうヴィクトリー様」
「ここ……ええと、ディオレイア?だっけ。ディオガの国ね。この国、あそこと違って、魔女が人間と一緒に暮らす仕組みが整ってないのね」
「はい。私しか魔女はいないですから」
ディオガが治めるディオレイア。それと比べるとこのサルトリアは魔女にとって優しい街並みではない。道路はディオレイアのように魔女が歩けるような広さはないし、お店や建物は殆ど全部人間が入れるくらいの大きさでしかない。魔女が入れるのはこのロミアの家くらいだ。それですらこうしてエックスとヴィクトリーが押しかけてくると窮屈になる。
「……これは率直な感想とうか意見なんだけど。アンタディオレイアに移住したら?」
「なっ!?」
ロミアが驚いたような、怒ったような顔でヴィクトリーを睨む。
「アタシは個人的にあのディオガに借りがあるから敵対しているわよ?でもそれを抜きにしたら、あの街は魔女的に住みやすいところだと思うの。こんな窮屈な国で門番しているよりはずっといいじゃない?」
「そ、それは出来ません。私はこのサルトリアの王家の娘です。祖国を捨てるという選択肢は最初からありません」
「……え。ロミアちゃんお姫様なの?」
エックスは目を丸くした。あんな寂しい装備で門番をしている魔女がお姫様だとは思ってもいなかったからだ。驚きである。
「は、はい。まあお姫様と言えばお姫様かと……」
「へえー!すごーい!」
「ふうん。そういうことなら出て行くわけにもいかないか」
相手がやんごとなき身分の相手だと知ってもエックスやヴィクトリーの態度は変わらない。机の上で魔女たちのやり取りを見上げている公平やミライの方がハラハラした。何か失礼なことを言ったりしないかと。
そんな机の上の小さな二人の心配をよそに、エックスはパンをもう一口齧って紅茶を一口飲んで言った。
「……でもさ。それならそれで、国としてディオレイアと組んだら?いやディオガと戦っているボクたちが言うのもなんだけど。あの国、魔眼はともかくとして魔女が人間と一緒に生きていくには理想的だと思うよ。ロミアちゃんも暮らしやすくなるんじゃない?」
ロミアはエックスの言葉に目を逸らし、暫く悩んだ様子で黙っていた。が、やがて顔を上げて口を開く。
「……皆様はネクロティオの神殿を見ましたか?」
「あああれ。うん。見たよ」
何枚もの絵と魔女の遺体が安置された神殿である。文字が分からないので詳しいことはよく分からなかったが。
「あそこはディオガ王の姉、ネクロが戦火の中で命を落とした地です。ネクロは死の間際、あの地でディオガ王に力を与えました。それが魔女を魅了する魔眼なのです」
「……え?あの絵ってディオガの話だったの?」
あの絵が『王国』の設立に関わるものであるとは思っていた。しかしそれがディオガ本人とその姉のものだとは思っていなかった。
「ま、待って。ディオガって多分20代だろ……」
「はい」
「え?じゃああの神殿、ここ最近建築されたものなわけ?」
「ええ。確か……5年前だったかな」
「……ディオレイアも出来てから精々5年くらいの若い国ってこと?」
「その通りです。そしてあの国は魔眼の力だけで急速に大きくなりました。……ですが、それ故に。我が国はディオレイアとは組むことが出来ないのです」
ディオレイアは魔眼の力によってのみ成立しているのですから。ロミアはそう続けた。
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「落ち着きましたか?ディオガ様」
「ああ……。悪い。また取り乱してしまった」
エックスたちがディオレイアと微妙な関係にあるサルトリア領に入ったことで慌てていたディオガだったが、シグレの折檻のおかげで落ち着きを取り戻した。
「まあ。落ち着いて考えてみれば。サルトリアに行ったからといってなんだという話だ」
ディオガは分かっている。サルトリアとの国際交流は決して多くはない。関係性もいいわけではない。だが向こうから攻撃してくることも恐らくない。仮に魔女二人がやってきたからと言って、それで方針を変更することもないと思った。
「やつらもいつまでもあそこに隠れているわけにもいかないだろう。そのうち出てくるはずだ。勝負はその時。俺はここでのんびりと待てばいいのだ」
「流石ですディオガ様。王たるものはそれくらいの余裕がなくては」
「ふはは。あまり褒めるなシグレ。サルトリアとはこれまで通りでいこう。じっくりと攻略していこうではないか」
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ディオレイアという国の成立には魔眼以外の後ろ盾は存在しない。誰かの支援や莫大な財といった背景はないのだ。魔女を魅了し、支配することの出来る魔眼の力だけで国が築かれている。
「でも……それは。逆に言えば、万が一魔眼の力が消えたら、その瞬間に崩壊してしまう国だということです」
「あー……」
「なるほど。そんな国一緒にやっていきたくないわ」
「え?どういうこと?」
何の気なしな公平の発言。その瞬間に魔女たちが『信じられない』と言った目で彼を見下ろした。
「な、なんだよ……」
「ほ、本気ですか公平さん……」
隣に座っているミライさえも、彼の理解力と想像力の無さに同情したような目を向ける。
「え……。ミライは分かるの?」
「当たり前じゃないですか」
「えー……」
公平らしいなと。彼の様子にエックスは苦笑いして助け舟を出した。
「つまりね公平。もしもディオガが死んでしまって魔眼の力がなくなったって考えてみてよ。きっと魔女にかかっていた魅了の効果も切れるんじゃない?」
「ああ……まあ。それは何となく分かる」
「でだ。魔眼の力を受けているのは人間に敵対心を持っている魔女だけだよ?そんな連中が魔眼から解放されたらどうなると思う?」
「……怒る?」
「そうね。人間にいいように使われていた屈辱で怒り狂うでしょうね。まああの国には100人以上も魔女が暮らしてるし?一日で国が落ちるわね」
「ああ……。そういう……」
ヴィクトリーの補足で公平にも話の流れが理解できた。ディオレイアと付き合う上で一番の問題は、あの国はディオガが死んだ瞬間に文字通り崩壊する可能性があるということである。
「仮にディオガ王がどれだけ長生きしたとしても、人間である以上は間違いなく100年後には亡くなります。ディオレイアは遅くとも100年後に滅びが約束されている国なんです。サルトリアとしてはそのような国とは深く交流することは出来ません」
国と国とのやり取りである。短期的・一時的取引をするだけでは済まない。そして長く付き合うとなってもタイムリミットが必然的に存在している。そういうわけで出来れば付き合い自体を避けたい相手だった。
だが全く邪険にすることも出来ない。万が一戦争になってしまったら間違いなく負けてしまうからだ。ディオレイアには多くの魔女の兵士がいる。一方でサルトリアはロミア一人だ。勝ち目は皆無である。だから適度な距離を維持するという方針で外交を続けていた。そして、その際にはあくまでも人間の外交官とのやり取りしかしないことを両国で約束していた。それ故魔女である二人がやってきた時、ロミアは迷うことなく武器を向けたのである。ついにディオレイアが攻めてきたのか、と。
「それは私の勘違いでしたが……。まあディオガ王も積極的に戦争をしたいわけではないらしいので当然と言えば当然でしたけどね」
ロミアは照れ隠しに笑った。そんな彼女を見て、エックスとヴィクトリーは一瞬だけ互いに目配せをした。今日の二人はやけに息が合っている。だからきっとお互いに同じことを考えているのだろう。そう確信したヴィクトリーは小さく笑って口を開く。
「適度な距離を取る、ね。一見悪くはないように思えるけど……。個人的にはその方針も悪手と言えば悪手だと思うわ」
「え?」
「だって。ほっといてもあの王さまは死ぬんでしょ?後回しにすればするほど魔眼に魅了される魔女は増えていって、最終的に暴徒化する子も多くなる」
ディオレイアが成立してからの5年で100人の魔女があの国で暮らすようになった。仮にディオガが今後100年生きたとして、単純計算で2000人の魔女がディオレイアに住むこととなり、彼の死と同時に人類に牙を向くこととなる。
「その時、サルトリアが巻き添えを食わない保証なんかないだろうね。この国も魔女の国民を増やして対抗するっていうなら話は別だけど……けど今の時点で100人でしょ?まあ間に合わないだろうね」
「お、おいおいエックス……」
「これっていずれ破裂する風船を放置しているようなものよ。どうせ割れる運命なら早いうちに割ってしまって被害を抑えるべきだわ」
「お、お母さんちょっと言い過ぎでは……」
公平やミライの心配通り。エックスたちの忌憚のない意見にロミアはしょんぼりと俯いてしまった。とはいえそれは彼女にも彼女の父である国王にも分かっていた事ではあった。
このままいけばディオレイアは滅びる。そしてその滅びにサルトリアは巻き込まれる。炎に焼かれる国と逃げる間もなく魔女に踏み潰される国民たちを想像して胸が苦しくなった。ロミアはきゅっと閉じた目を開いて反論をする。
「でもまだ時間はあります。お父様も今だって対策を考えて……」
「今の時点でも1対100なのよ?正直言うけどもう手遅れに近いわ」
「う……」
そして彼女の反論をヴィクトリーはあっさりと切り捨てた。
「はっきり言うわね。もう対策を考える段階じゃない。今すぐに対策をうっても間に合うかどうかギリギリの状況でしょう?」
「でも対策と言いましても……」
「……それなら。ボクにいい考えがあるよ」
「え?」
ロミアがエックスに目を向けた。エックスはにっと微笑んで考えを告げる。
「いい?魔眼が力を失くして困るのは人を襲う恐れのある魔女が沢山解き放たれてしまうってことだろ?」
「は、はい。そういうことになりますね」
「けど今はまだ100人だ。それだけなら……」
エックスはちらっとヴィクトリーを見た。その視線を受けて彼女は頷く。
「そうね。アタシの世界で受け入れることは可能よ。100人全員アタシの世界に連れていってしまえば、取り敢えずディオガの死を起因とする滅びは訪れないわ。もちろん今後も魔女は増えていくでしょうから、そっちの対策は別途必要だけど」
「そういうわけだ。もう、ここでディオガをやっつけてしまおうよ。殺しはしなくても十分なダメージを与えればきっと魔眼は力を失うはずだ。正気に戻った魔女は魔女の世界に連れていってさ。一回リセットして、その先のことを考えた方がいいよ」
ここに来てようやく公平とミライはエックスたちの狙いが分かった。ディオガとの戦いにこのサルトリアの力を借りようとしているのだ。
ロミアは困惑した様子で尋ねる。
「あの……。ちょっと待ってください。その……せ、せかいとは……?」
「ああそっか。言ってなかったっけ。ボクたちこことは別の世界から来たんだ」
言いながらエックスはロミアの手を握る。緋色の瞳で真っ直ぐに見つめられたために照れてしまったロミアは赤面して目を逸らした。
「あ……」
「きっとさ。ボクたちはそのためにこの世界に来たんだと思う。ディオガを倒して、この世界が滅びる未来を壊すために。これはきっと、そういう運命なんだ」
「あの……」
「王さまに会わせてほしい。ボクたちと一緒にディオレイアと戦ってほしい」
「は、はい……」
うっとりしているロミア。この調子ならすぐにでも王さまに会えるかもしれない。
机の上から二人のやり取りを見上げていた公平はぼそっと呟いた。
「俺たちいつの間にかディオガを倒すために運命に導かれてやってきたみたいになってるな……」
間違ってはいないのだろうけど、何か釈然としないのは何故だろう。公平は首を傾げた。




