碧色の瞳の魔女
看守である魔女は定期的に地下牢の見回りをしていた。彼女はそこで捕らえた二人の魔女を入れておいた牢がもぬけの殻になっていることに気が付いた。
慌ててディオガの元へと走っていき、青い顔をしながら殆ど土下座のような恰好で恐る恐る事の顛末を報告する。
「なるほど。つまりは地下牢に入れておいた魔女二人が逃げた、と」
「は、はい……。申し訳ありません!その……鉄格子をへし曲げられていて……。恐らくは力づくで逃げ出したのではないかと……」
看守の魔女がちらっと顔を上げる。最初に目に入ったのはディオガを手にしている大臣であるシグレの顔だった。酷く不機嫌そうな顔でこちらを見下ろしている。思わず『ひいっ』と声を上げそうになった。自分も魔女であるというのに、相手はそれよりもずっと大きく見える。
「よい」
「え?」
そしてその恐怖から彼女を救う声が聞こえてくる。
「奴らの魔法は封じたが、魔力操作までは封じることが出来なかったのだろう。で、あればコレは俺のミスだ。お前の責任ではない。気に病むな」
「あ……。ありがとうございます!」
「奴らは魔法は使えない。であれば城内か、外に逃げていてたとしてもまだ近くにいるだろう。急ぎ見つけ出してひっ捕らえよ」
「はいっ!」
元気よく返事をした看守の魔女は、安心したのか来る時とはうって変わって、明るい足取りで玉座の間を出て行く。彼女の後ろ姿を見送ったディオガが深く息を吐いた。部屋に残されたのはシグレと彼だけである。
「シグレ……」
「はい。ディオガ様」
「どおおおしよおおおお!えっ!?アイツら逃げたの!?嘘だろ!?」
シグレの手の上。ディオガは取り乱すの体現であるかのように取り乱した。
「落ち着いてくださいディオガ様」
「これが落ち着いていられるかよお!俺の眼なんか所詮初見殺しなんだよ!?次は絶対対策打たれるよ!?」
「落ち着いてください。相手は所詮魔法の使えない魔女です」
「魔法なんか関係ないよ!魔女ってだけでヤバイんだってば!シグレだって魔女なんだから分かるだろ!?魔法なんかオマケなんだよ!魔女はもう魔女ってだけで圧倒的に」
「落ち着いてください」
シグレは手の上のディオガを、指先で軽く弾いた。
「あいたっ!?」
手の上でころころと転がって、危うく落ちそうになる。ディオガが起き上がったところでシグレは彼の真上にかざした指先をうにうにと動かす。
「落ち着いて下さいディオガ様。三度目です。その調子ではネクロさまが悲しみます。次はもっと酷いことをしますよ」
「ああいや。落ち着いた。すまないシグレ」
ディオガがそう言うので、シグレは指を彼の真上から離す。
「魔女は魔女というだけで強力です。しかし敵はたったの二人。ディオガ様の臣民たる魔女はその百倍以上もいるのです。恐れるに足りません。油断さえしなければこちらの負けはあり得ません」
「ああそうだな。言われてみればその通りだ」
「それに賊はまだ近くにいるのでしょう。すぐに捕らえられるはず……」
「いや。どうだろう」
冷静になったディオガの思考は違和感を覚えていた。如何に魔力が使えても、それだけで誰からも気付かれずに地下牢から逃げ出せるものだろうか。何か釈然としない。前提から間違っている気がする。
「……ワールドだ。彼女はあの二人と同郷だっただろう。彼女に話を聞いてみようか。何か足取りを掴むヒントが得られるかもしれない」
「分かりました。で、あれば今すぐに彼女を呼び出します」
手の上のディオガにシグレはぺこりと頭を下げる。そうしてゆっくりと彼を降ろした。シグレの足元には玉座がある。滅多に使われることのないそれにディオガは腰かけた。
「それでは」
シグレが出て行く。ディオガが一人残された。この部屋は広すぎて、自分一人では少し寂しい。
「ダメだな。これじゃあ」
シグレの言っていた通りだ。これでは、ネクロが悲しむ。
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聖地ネクロティオ。魔女が悠々入れそうなるくらいに大きな、白い建物があった。いわゆる神殿というものだろうか。厳かな佇まいに見上げているエックスも少し緊張する。中へ入って行く魔女たちの姿が見える。聖地という名前や神聖な雰囲気とは裏腹に観光地的要素もあるのかもしれない。
「これは……ちょっと壊すぞーって脅かすのは難しそうだね。思ったよりも大きいや」
「そうかしら?公平クンかミライが魔法で吹っ飛ばしてくれるなら簡単じゃない?」
「お母さん!?そんな事やらないからね!絶対!」
「俺だってしないからな!絶対!」
二人の魔女は公平やミライの抗議をくすくす笑いながら受け流して、神殿の中へと入って行った。
神殿内部には一つの広い部屋しかなかった。中央には何やら四角いものが置いてあって壁面には何枚もの絵が飾られていた。その下には説明文らしきものが書かれている。生憎とエックスたちはこちらの世界の文字を読めないので、何と書かれているのかは分からない。しかし絵を見るだけでもこれが意味するところを少しだけ読み解くことは出来た。
入って右手にある絵に描かれていたのはスラム街に暮らす二人の子どもの姿だった。男の子と女の子。もしかしたら二人はきょうだいなのかもしれないなとエックスは思った。女の子が魔女の力を手に入れて巨大化していく様が写し取られている。
神殿の奥へと進んで行き、次の絵を見る。魔女となった彼女は首都へと移り住んだ。男の子もそれに同行している。魔法で作った白いドレスを身に纏い、敵兵を焼き尽し、他国の領土を踏み荒らす巨人の兵士。それが彼女だった。
彼女の肩にはずっと男の子が座っていた。彼女の顔はどこか悲しそうにも描かれていた。男の子の顔は小さすぎて詳細に描かれてはいなかったが、きっと同じ表情なのだろうと想像できた。その一方で国は勝利に次ぐ勝利で活気づいており、皆が笑って楽しそうに宴をしていた。
そんな彼女の快進撃も次の絵では雲行きが怪しくなる。他国にも魔女が現れたのだ。
最初に魔女となった彼女はきっと運が悪かったのだろう。既に多くの国を踏み荒らしているが故に、彼女は誰よりも恨まれていたのだ。次から次へと出現する魔女とそれを有する国々は結託し、取り急ぎ彼女を殺すことを決めた。
「ああ……」
思わずエックスは声を出してしまった。次の絵には力尽きて横たわる彼女の姿があった。白いドレスは血に染まって真っ赤である。彼女が守っていた国は他の魔女たちによって隅から隅まで踏み潰されて火の海であった。
彼女の目の傍に駆け寄る男の子。彼を見つめる巨大な碧色の瞳は涙で潤んでいた。
最後の絵には遂に目を閉じて息を引き取った魔女と、その傍らで項垂れている男の子の姿が描かれていた。強調のためかもしれないが、なにやら男の子の身体は淡い碧色の光っている。
「……嫌な話ね。この後どうなったのかしら」
「分からないなあ。中央にあった箱を見れば分かるかな」
エックスとヴィクトリーは箱に向かって歩いていく。近付いていくと分かったのだが、側面は緑色に塗られているが上面は透明な硝子で出来ていて、中が見えるようになっている。箱の周りには魔女が何人もいて、お祈りをしていた。二人は彼女らの邪魔にならないようにして箱を覗き込む。
「……ほう」
「なるほどね」
そこには絵に描かれていた彼女がいた。魔女の身体は死しても腐敗することはない。絵の通りの悲しげな表情で静かに眠っていた。
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神殿の外。エックスはヴィクトリーに話しかける。
「ここが聖地として扱われているのは、あの子が眠っている場所だからなんだろうね。きっとあの子やあの男の子が『王国』の設立に関わっているんだ」
「でしょうね。ううん……。ってなったら嘘でもここをどうこうするぞー、とは言えないわ」
「同感。流石に品性を疑われる」
ネクロティオは人間のために戦った同族が眠る場所だ。そんな場所を利用するというのは流石に気が引けた。公平とミライはほっと胸を撫でおろした。聖地扱いされている場所に手を出さなくてよかったと安堵している。
「ってなったらふりだしに戻ったわけだけど。どうする?もう破れかぶれで突っ込んでみる?」
「面倒くさくなったな、ヴィクトリー……。まあでもそれもありっちゃありか……。ん?」
そんな無茶な作戦やらせるなと公平とミライが抗議していると、突然エックスが立ち止まった。
「?どうしたのエックス」
「あれ……」
「うん?」
エックスが指差す方にヴィクトリーは視線を向ける。思わず『げ』と声を上げてしまう。大勢の武装した魔女がこちらに向かってきている。一団の中にはワールドの姿も見えた。と、なれば何の目的でネクロティオに来たのか答えは一つである。どうやら尻尾を掴まれたらしい。
「……仕方ないね」
「ええ。もう仕方ないわ」
エックスとヴィクトリーは危機的状況であるにも関わらず、どこか楽しそうに呟いた。それ故に公平もミライもイヤな予感がしてしまうのであった。




