聖地へ
エックスとヴィクトリー。魔女である二人は『王国』の王であるディオガが持つ魔眼の力で魔法が使えなくなっていた。しかし公平とミライはその限りではない。二人の魔法を使うことで、城の外にまで続く空間の裂け目を開き、あっさりと脱出に成功したエックスたちである。その際にカモフラージュとして鉄格子を魔女一人が通れるくらいにはへし曲げておいた。これで自分たちが魔法を使わずに力づくで逃げ出したのだと思ってくれればいいのだが。
「これからどうしようか、ヴィクトリー」
城から離れて城下町まで逃げおおせた一行は、適当な路地に入って作戦会議をしていた。
「……ぶっちゃけた話だけどさ。今は酷く流れが悪いと思うんだ。ここは一度撤退して仲間を連れてくるべきだと思うんだけど……」
人間世界には異連鎖から逃げ込んできた三人の神様がいる。彼らは他の連鎖の神と比べたら弱いが、それでもこの世界の魔女くらいなら十分に戦えるはずだ。これなら安全に確実に勝てる……、とここまで説明したところでヴィクトリーは答えた。
「ノン。悪いけどそれだけはない選択よ。エックス」
「……ホワイ?」
「なんで英語なんだ……」
エックスの肩の上で公平が呟いた。ヴィクトリーは彼の疑問には答えずに続ける。
「だってカッコ悪いじゃない」
「ほう?」
「魔法が使えなくなって逃げ帰ってきました、なんて。リアとリゼには知られたくないわ。人間世界から情報が漏れない保証もないし。せめて魔法を取り戻してからじゃないと」
「お母さん……」
ミライが少しがっくりした感じで呟いた。ヴィクトリーの肩の上。彼女は額に手を当てている。
「な、なによ、ミライ……」
「流石にそんな理由で……」
「……そういうことなら仕方ないね」
エックスの答えを聞いて、公平とミライは同時に『えっ!?』と叫んだ。ヴィクトリーは腕を組んで満足そうに頷く。
「さっすがエックス!話が分かるじゃない!」
「な、なんでだよ!?意味わかんねーぞ!?」
「そうですよ!助けを呼びに行ったっていいじゃないですか!?っていうかその方がいいに決まってるじゃないですか!?」
「いや、まあ。この状態で戻るのも危ないかもな、と思ってさ」
ボウシたちに助けを求めることは簡単だ。だがもし万が一、エックスが魔法を使えない期に乗じて彼らが裏切ったら。ディオガと結託してこちらを襲ってきたら。そうなればいよいよ勝ち目がない。信用していないわけではないが、注意をするに越したことはないという判断である。
「大体こっちにはまだ切札が残ってるじゃない。まだ諦めるタイミングじゃないでしょう?」
「まあそうだね。ボクたちだけならともかく。今のこの状況ならまだどうとでもなるか」
「ま、待って。待ってくれよ」
「き、切札ってなんですか!?魔法が使えなくなってまだ戦う手段が!?」
二人の肩の上で公平とミライが声を荒げた。エックスとヴィクトリーは互いに顔を見合わせて、それから大笑いをする。
「なにが可笑しいんだよ!?」
「ごめんごめん。だって二人とも気付いてないんだもん」
「切札って言ったら貴方たち二人に決まってるでしょ?」
「わ、私たち……?」
「そうっ」
エックスがにこりと微笑みながら言った。たとえ自分たちが魔法を封じられていても公平とミライがいればまだ戦える。公平とミライがいればこの状況からでも十分逆転が出来る。二人の魔女はそう確信していた。
「それにボクたちだって魔法が使えなくなっただけで戦えなくなったわけじゃないしね!かっこいいところ見せてよ?公平」
「お、おいおい……」
「頼んだわよ、ミライ。アタシの運命、アンタに託したわよ?あ、あと公平クンには負けちゃダメだからね」
「は、はあ……」
公平もミライもイマイチ納得できない帰結であるが、エックスとヴィクトリーが決めたことであるなら従わざるを得なかった。無理やり彼女らをこの世界の外へ連れ出したらその後の方が恐い。
──それに。
「仕方ない。やるか、ミライ」
「はは……。もう諦めるしかないみたいですね」
二人とも、パートナーの魔女に頼られていることが嬉しくもあった。それ故に。二人は『王国』に残って戦うことを受け入れた。
「さて!そういうことで改めて!これからどうする?ヴィクトリー」
「そうね!アタシ一つ気になるところがあるの。まずはそこを目指してみない?」
ヴィクトリーの提言を受けて。城での事情を知らない道行く魔女から情報を仕入れた一行は、聖地ネクロティオを目指すことにしたのである。
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聖地ネクロティオは城郭都市からずっと西にあるという。エックスは公平の、ヴィクトリーはミライのキャンバスを利用することで気配を隠しながら進んでいく。魔眼のせいで使えなくなったのはキャンバスのみ。それ以外の魔力や魔力運用のスキルは問題なく使うことが出来た。
魔法で直接移動することはしない。城の牢獄へ入れた罪人が忽然と消え、同じタイミングで聖地へ移動した何者かの魔法の気配を察知されたらいくら何でも怪しい。ディオガに見つからないようにあえて徒歩で向かっているのである。
ありがたかったのは魔女専用の道路が整備されていることだ。元より人間と魔女とが共存する『王国』だからであろう。この道を人間が使うことがないので足元を気にしなくてもよい。胸を張って堂々と歩いていける。
「ところでさ」
「なに?」
「聖地ってなんなんだろうね」
道すがら、エックスはヴィクトリーに尋ねた。何となく受け入れたけれど、聖地がなんだというのだろう。聖地と言えば一般的には宗教的に深く関わっていることで神聖であると定義付けられた場だ。逆に言えばそれだけのことである。
エックスは一般的な意味合いで宗教的に信じられている神というものに否定的だった。異連鎖の神とは話が違う。宗教上の神は異連鎖の神とは全く別の存在だ。会ったこともなければ見えもしない。声も聞こえないし信じたところで助けてくれたりもしない。肯定する理由がエックスにはなかった。だから聖地なる場所も行ったところで収穫は何もないのではないかと思っていた。
ヴィクトリーは小さく笑ってエックスに答える。
「私だって聖地って場所自体には大した意味はないって思うわ。でもワールドが言っていたんだけどさ。あの王さま殆ど毎日そこでお参りしているみたいなのよ?それだけ大事な場所ってわけ」
それならいっそ交渉材料にしてしまうのはどうかとヴィクトリーは続ける。ここを壊されたくなかったら今すぐ魔眼の魅了を解除しろと脅してみてはどうかと。
「なるほど……。悪くない作戦じゃあないか」
「いやいやいやいや」
「流石にそれはやりすぎでは……」
「ミライ。気持ちは分からないでもないけどね。アタシもエックスも大事なものを奪われているのよ?」
「そうそう。ワールドは操られるしボクたちは魔法を使えなくされちゃうし。これくらいの仕返しをしたって文句は言われないと思うけど?」
エックスは『しゅっしゅっ』と呟きながらシャドーボクシングをし始めた。このパンチで聖地を壊してやるぞというメッセージのようにも見えら。公平は彼女のパンチのせいで揺れる肩から転がり落ちそうになって、慌てて服を掴んだ。
「あ。大丈夫?」
「あ、うん。それより、エックス。あのさ……」
どうしても聖地なるものを本当に壊してしまうのはやり過ぎている気がした。『王国』の人にとって大事なものならば、それをどうこうするのはやっぱりよくない行為だ。先に攻撃を受けたのがこっちだとしても、である。
「……ふふっ。分かっているって。本当に壊したりしないよ。やるとしてもあくまでも脅かすだけ」
そう言ってエックスはパンチの真似事を止めた。公平は安堵の息を吐きだした。
「よかった……。なんか怒りのままに思い切って壊してしまえーって感じだったし」
「あはは。実はさ。ボクそんなにあの王さまに対して怒ってはいないんだよね」
『えっ』と公平とミライは聞き返す。
「あら、奇遇じゃないのエックス。ワールドのことはともかくだけど。それを抜きにしたらアタシもそこまで腹は立ってないわよ?」
「へえ。今日はなんだか随分と気が合うね」
「ほんと。千年前じゃあこうはいかなかったわ」
エックスとヴィクトリーはくすくすと笑い合った。二人の肩の上で公平とミライは困惑する。
「お、怒ってないの?いや、そりゃあいいけど……」
「でもなんでですか?魔法を使えなくされたならてっきり激昂しているものかと」
「そりゃあアタシはミライの活躍が見られるし?」
「え?」
「ボクは公平の頑張ってるところが見られるし?これはこれでいいじゃんって」
「は?」
要するに。エックスもヴィクトリーも大好きな公平やミライが、自分たちのために前に出て戦ってくれるのが嬉しいのだ。そしてその姿を見たいのである。魔法が使えなくなったのは二人にとって好都合だった。必然的にメインは公平やミライになる。
「ま、待て。え?おまっ。え?お前色々ごちゃごちゃ言ってたけどまさか本当はそれが……」
「あっ。バレた?」
てへっと。エックスは舌を出してわざとらしくコツンと頭を叩いた。公平は困惑のあまり『おまっ』と『え?』しか言えなくなってしまう。
「こ、公平サン!?やっぱり一回帰りましょう!こんな呑気な感じでは勝てるものも勝てないです!」
ミライはそう叫ぶと空間の裂け目を開いて逃げようとする。しかし彼女のキャンバスは既にヴィクトリーに掌握されており、魔法を使うことができなかった。逆にその隙に捕らえられてしまい、物理的にもヴィクトリーに掌握されることとなった。魔力も魔法も使えない状態で、彼女は母親の手の中で藻掻いたが手はビクともしない。
「まあまあ。落ち着きなさいよミライ。アンタと公平クンが真剣にやってくれるなら大丈夫よ。アタシたちも足手まといにならない程度には本気でやるからさ」
「~~!?」
一方で既にエックスに捕らえられていた公平である。顔だけ出して首から下は彼女の手に握られている状態である。苦しくはないが抜け出せもしない微妙な力加減。公平は脱出は不可能と諦めていた。
そんな彼に。エックスは顔を近付けて、にこりと微笑みながら言う。
「まあそういうわけだ。さっきも言ったけど、かっこいいところを見せてね。公平」
「はは……」
最早、苦笑いしか出来ない。




