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『王国』のワールド

 人と魔女とが一緒にお茶をしている屋外カフェ。傍らにある真っ白な丸いテーブルでは、椅子に座る魔女とテーブルの上に座る人とが雑談をしながら紅茶を飲んでいた。視線を上げた先には店舗があって、そちらにも何人かの客が入っていた。落ち着いた音楽の中で静かにお茶を楽しんでいるのが見える。ワールドはそんな、穏やかで平和な場所にいた。

 ワールドという魔女は人間が大嫌いだった。かつての魔女の世界で人間たちに追いやられたのが原因だと、エックスは理解している。足元をうろつく人間を見かければ踏みつぶし、遠くに人間の街があれば魔法で焼き払う。そういう魔女がワールドだった。


「こんにちは。座れる?ワールドちゃん」

「あら、いらっしゃいませシシドさん。ごめんなさいエックス。ちょっと待っていてくださいね」


 だから人間の名前を覚えることはない。覚えてもその名で呼んだりはしない。何故なら彼女は人間を不快害虫の一種と思っているからだ。足元に人間が近付いてきた時、踏み潰すことはあっても話をすることは基本的にない。ましてや他の魔女よりも対応を優先することだって当然ない。恐がらせないようにと配慮して、ゆっくり膝を落とすことだってしないし、そっと手を差し出して相手が乗ってくるのを待つこともしない。


「あちらのお席でしたら空いております。今、ご案内しますね」

「ありがとう」


 足元を気にしつつ揺れないように配慮して、人を手に乗せて運んでやることもしない。人間相手に敬語を使ったりもしない。


「それではご注文が決まりましたらお呼びください」

「ありがとう」


 人間に頭を下げたりなんて当然しないし笑顔を向ける事だってない。そもそも魔女の世界を放っておいて、人間のために他所の世界の喫茶店で働いたりもしない。


「ええっと、なんでしたっけエックス」

「だから『なんだ』はこっちの台詞だよ。何してんだよワールド」


 今目の前にいるワールドは彼女が絶対にしないであろうありとあらゆることをやっている。おかしい。どうかしているとしか思えなかった。

 エックスの手の上。公平とミライはワールドの姿を見て言葉を失った。人間に対して苛烈な魔女であるワールドしか知らない二人にとっては、彼女のこの変わりようは逆に恐ろしい。気味が悪い。

 一方で。ワールドはエックスたちの奇異の目に対してきょとんとしている。


「なにって……見ての通りですが」

「だからそれがおかしいって言ってるの!」


 思わずあげた大声が響く。直後、カフェの客の視線がエックスに向けられた。人からの視線には見知らぬ魔女が突然怒鳴ったことへの恐怖が入り混じっており、魔女からの視線にはそれを咎める軽蔑が籠められていた。


「うっ……」

「ちょ、ちょっとエックスっ!いきなり大きな声を出さないでください!」

「ご、ごめん……」

「……話なら聞きますから、とにかく入ってください」

「う、うん」


 ワールドに案内される形で店内へと入る。空いている席に座らされて少し待っているように言われた。


「休憩を貰ってきます。すぐに戻ってきますから」


 そう言い残して彼女は店の奥へと入って行ってしまう。エックスは深いため息を吐きだして、手の上の公平たちを鉄製のテーブルの上に降ろす。

 広大なテーブルからは他の席の状況も見えた。読書をしている魔女や食事をしている魔女がいる。なにか書き物をしている魔女は、なにやらテーブルの上に話しかけていた。


「テーブルの上に座っている人間の男の子に勉強を教えてもらっているみたいだね」

「本当に人間と魔女が共存してるんですね……」


 微笑ましい光景ではある。だが今はそれよりも大きな問題があった。


「……そんなことよりあのワールドは一体なんなんだよ」


 公平の発言を皮切りに、エックスたちは今のワールドの様子についての感想を述べた。理由は分からないけれど取り敢えず恐いとか何か企んでいるんじゃないかとか、気味が悪いとか逆に心配だとか。

 半ば悪口になりかけたところでワールドが戻ってくる。


「お待たせしました。……随分と酷い言いようですね」

「あ、ごめん……」

「まあいいでしょう」


 ワールドは小さく笑いながらそっと座る。それからジッと公平を見つめた。


「な、なんだよ……」

「記憶を失くしたと聞きましたが。大丈夫ですか、公平?」

「えっ」


 今、ワールドの口から出てきた言葉の全部が信じられなかった。初めて名前を呼ばれた。気遣うような発言が飛び出してくるなんて想像もしていなかった。公平の隣に座るミライは絶句していた。目の前にいるワールドは本当にワールドなのか思わず疑ってしまう。


「あ、いや。うん。ありがとう。俺は大丈夫だよ。……それよりエックスじゃないけどさ。お前こそ大丈夫かよ。どう考えてもおかしいぞ」

「ふふ。まあ、私もこちらに来て変わりましたからね」

「……えっと。色々聞きたいことはあるんだけど。何があったの?」

「そうですね……だいたい一週間くらい前でしょうか。私は新しく見つけたこの世界──『王国』の様子を見に来ました」


 初めは『王国』に対して嫌悪感しかなかった。魔女と人が一緒に仲良く平和に暮らしている国なんておぞましい。ワールドにとっては虫唾が走るような世界である。魔女が笑って暮らしているからそうしないだけで、本当なら今すぐ魔法であらゆるものを破壊したかった。その衝動を抑えながら、彼女はこの城郭都市を見てまわっていた。


「そこで、私は王さまに出会ったんです」


 『王国』を治める王。名をディオガという人間の男である。

 見慣れない魔女がいるという市民の通報を受けた結果、城に連れていかれた彼女はそのまま王の前まで案内されたのだ。


「えっ。おかしくない?そんな簡単に王さまに会えるもんなの?」


 今回のワールドは別に約束をしていたわけでも王に招かれたわけでもない。自分で勝手に『王国』に突然現れて、街をぶらぶらしていたところを見つかっただけだ。はっきり言って『王国』にとって彼女は不審者である。普通に考えたら王と会える立場ではない。

 エックスのツッコミにワールドは眉をしかめた。


「話の腰を折らないでください。とにかく私はディオガ王と謁見できたんです。そして、王さまと話をして考えを改めました」

「はあ」

「私は間違っていたんです。魔女も人間も、一緒に平和に生きていけるなら、それが一番いい。みんなが笑って暮らせる平和な世界を築きたい。それがディオガ王の理想で、私はそれに共感したんです」

「……本気で言ってる?」

「勿論」

「……そう」


 あり得ないとエックスは思った。ワールドの人間嫌いは千年以上続く筋金入りのものだ。たった一週間前に出会っただけの人間とちょっと話しただけで変わる程度のものではない。

 ただ、今はそこに突っ込んでいっても仕方がない。ここを言い合っても並行線になる気がした。だから一度呑み込むことにする。


「まあそれは分かったよ。でもそれは魔女の世界を放っておく理由にはならないんじゃない?こっちに住むつもりなら少なくとも一言言ってからにするべきだと思うよ、ボクはね。ヴィクトリーだってキミを心配しているんだよ?」

「……そうですね。それは確かにその通りです。私は将来的に向こうで暮らしている魔女のみんなをこっちに招待しようと思っていまして……。今の仕事はそのための土壌作り、とでも言いましょうか。一言言っておくべきでした」

「……話は変わるけどさ。こっちでヴィクトリーの姿を見てない?さっきも言ったけど彼女もキミを心配している。それでキミを探しにこの世界に来ているはずなんだけど」

「ヴィクトリー……」


 ワールドがその名を呟いたとき、ミライは身を乗り出して尋ねた。


「そう!お母さん!こっちに来ていないですか?もしかして貴女のようにこっちで暮らしているんですか?」


 ミライの言葉には『そんなわけないだろう』という願いが籠っていた。あのお母さんが二人の娘を放っておいて他所の世界に移り住むなんてあり得ないと信じている。

 ワールドの蒼い瞳はミライを無言で見下ろした。そして再びエックスと目を合わせる。


「……彼女のことでしたら、ディオガ王にご相談するのがいいかと思います」

「え。なんで?」


 エックスの質問には答えずに立ち上がる。


「とにかく一緒に来てくださいな。ご案内しますので」

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