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魔女らしく優雅に!

「ふっふっふっ。出てきたな、公平」


 カウントダウンが残り3の辺りで公平が足元にまでやってきた。彼の目前、エックスの足の下になっている小学校の校舎がぎしぎしと悲鳴を上げている。上を見上げれば、遥かに高い位置で彼女の指先に摘ままれているバスがある。

 どちらに対しても言えることだがエックスは少しも力をいれていない。今の彼女にとっては、どちらも潰してしまうよりも壊さないようにする方が困難な代物。潰れていないということは意図的に潰さないようにしているということである。


「さあて!それじゃあ約束どおりに……どっちか潰しちゃうぞー?」


 楽し気でどこか呑気な声で宣言をする。緊張感がないが気を緩めてはいけない。今のエックスは人間世界を襲う魔女や聖女という役になり切っているのだ。そこまでやってくれているのだからこっちも本気でやるのが礼儀というもの。


「させるかよ!」


 エックスの足と校舎の間。密着している両者の境目に対して空間の裂け目を開く。行先は彼女の後頭部の辺り。果たして裂け目を通った足は空間を超えて、自らの後頭部に蹴りかかる──。


「おっと」


 が、エックスはちょっとだけ頭を下げて、さっと公平のカウンターを躱した。しかし一瞬気を逸らせればそれでよかった。公平は既に校舎に対して魔法をかけていた。中にいる人間……役であるところの、エックスが魔法で作った人形を全員纏めて十数キロ離れた市民体育館にまで転送している。それに気付いたエックスはちょっとだけムッとした顔を見せる。


「ふふん。まあいいさ。それならこっちを擦り潰すだけだしねー」

「させないって!」


 手を、エックスの指先にあるバスにかざす。今と同じことをすればいい。人数で言えば学校の中にいる人の方がバスの乗客よりもずっと多い。だから学校よりもずっと簡単に転送が出来る……。そのつもりでいた。


「……!?」

「ふっふっふっ。同じ作戦がこのボクに通用すると思ったかい?」


 エックスは不敵に笑った。地上からバスまで魔法が届かない。中の気配を探知することもできない。彼女に邪魔されているのだ。公平は小さく舌打ちして、魔力で強化した脚で地面を蹴る。空気を蹴りながら上へと駆け上がっていく。追い払おうと迫ってくる彼女の脚を避け、更に上へ。そうして今まさに握りつぶされようとしているバスのフロントガラスを蹴破って、直接中に飛び込んだ。


「よしっ。ここなら……!」


 外からは中へ魔法を使うことは出来なかった。だが内部でなら魔法を使うことが可能ではないか。そう考えて飛び込んだのだが正解だったらしい。これが出来なければ全員を抱えて外に飛び出すつもりだったが、改めて中を見ると思っていたより人数が多かったので、魔法が使えて良かったと安堵する。

 車体はエックスの指先に摘ままれているせいできしきしと音を立てていた。天井は若干凹んでいる。潰してしまわないようにと意識しているはずなのにこの状況。彼女の巨大な肉体が持つ圧倒的な力を改めて実感する。

 窓の外では巨大な緋色の瞳がこちらを覗きこんで、にこりと微笑んでいる。これが彼女の想定した正解ルートなのかは分からない。ともあれ乗客を全員、魔法で外へ避難させる。


「よしっこれで……」

「ふうん。やるじゃないか。でもまだ終わりじゃないぞ?」


 言うや否や、公平のすぐ真横の空間が圧し潰された。バスに対してエックスは指先にほんの少しの力を籠めた。その為にバスが一部潰されてしまったのである。


「やっば……。早く出ないと」


 幸いバスに飛び込む際にガラスを破ったフロントガラスは磨り潰されてはいない。公平は振り返って、割れたガラスに向かって走り出す。このまま脱出できれば。そう思ったのも束の間、そちら側も派手な音を立てて潰れる。残っているのは公平のいる、この僅かな空間だけだ。


「だったら……!」


 バスの天井がばきばきと音を立てる。公平は咄嗟に窓に手を向けた。


「『メダヒード』!」


 放たれた火球はバスの車体を突き抜けて大きな丸い穴を開けた。その穴へと飛び込む。300m近い空へのダイブ。外へと飛び出した次の瞬間、背後でぐしゃりと大きな音がした。振り返ればエックスの指の間でバスが潰れている。彼女が指を離せば、そこにあるのは一枚の鉄の板だけ。それがさっきまで自分のいたバスのなれの果て。


「あ、危ねえ……」

「おおっと。まだ終わってないよ?」


 エックスは楽しげな声で言うと落ちていく公平に手を伸ばした。数十メートル級の大きさを誇る手のひらが公平に迫りくる。


「う、わっ!?」


 公平は風の魔法を纏って、空中を舞いながらエックスの手のひらを必死に躱す。彼女の手が迫ってくる度に突風が起こった。危うくコントロールを失いそうになる。吹き飛ばされそうになるのを必死に堪えながら、彼女の魔の手から逃げるチャンスを探る。


「……くすっ。そろそろ本気で追いかけようか?」

「へ?」

「えいっ」


 可愛らしい声で言いながら、エックスは大きく前へと踏み出した。公平を追いかけている間ずっと、彼女は殆ど動いていなかった。手を伸ばすだけでも届く距離だったからである。だからちょっと大きく前進するだけでも一気に近づくことが出来るのだ。公平の視界はぐわっと迫りくる彼女の胸で一杯になった。


「う、うわあっ!?」

「あっ……」


 そしてエックスにとってちょっとだけ予想外のことが起きた。彼女の胸にぶつかった公平はそのまま勢いよく吹っ飛んで行き、数キロ離れたビルに激突。そのまま壁面を突き破って中に入ってしまったのである。結果的に公平を逃がしてしまった。ここで捕まえるつもりだったのだが失敗である。


「あはは……。ちょっと調子に乗りすぎちゃったな」


 苦笑いしながら頬を掻く。

 相手が油断しているところを突く。記憶を失くす前の公平はそれを対魔女戦における基本の戦術にしていた。エックスは改めてその正しさを実感した。あんな風に遊んでいたら勝てるものも勝てなくなる。反省して公平が激突したビルを見つめた。壁面は崩れて、中が丸見えになっていた。瓦礫の中で公平はどうにか立ち上がった。


「まあ……。結果的にとは言えそこまで逃げられたのなら第一段階はクリアでいいでしょう」


 そう言ってエックスは手を挙げた。空中に光の線が走って、街全体を覆うほどに巨大な円形の魔法陣を描いていく。公平は空を見上げた。


「な、なにをする気だ!?」

「じゃあ。第二段階だ。魔女らしく優雅に行くよー!さあて、キミはどこまで抵抗できるかなー?」


 空に向かって突き出された右腕。その先にある右手がぱちんと指を鳴らす。それを合図に魔法陣が光り輝いた。同時にその円周上に、合計十個の大きな光球が生成されていく。


「……そういうことか!」


 一つ一つが半径数キロはある巨大な魔法。それらが同時に十個。これを受ければきっと街はひとたまりもない。それだけの規模の範囲攻撃をしてくる聖女と戦った時、どう立ち回るかを考えさせているのだ。

 公平は魔力で脚力を強化した。崩れた壁から大きくジャンプして、屋上へと着地する。


「……って。どうするよ!?」


 公平がいるのは、空に浮かぶ魔法陣の中心から数キロメートル外れた地点。もうすぐに光球は落ちてきそうだ。ここから全ての攻撃を喰いとめるにはこちらも合計十個、彼女の光球に匹敵するだけのパワーを秘めた魔法をぶつけるしかない。


「……あ、いや。これならどうだ!?」


 両手を空に向ける。幸いエックスは直接攻撃を仕掛けてくる素振りはなかった。余裕とか遊びでそうしているのではない。純粋に公平がどうするのかを見ているのだ。

 一瞬だけ不安になる。このアイデアならきっとどうにかなると思う。だが果たして出来るだろうか、と。

 エックスはこの特訓を始める前に言った。出来ないことはやらせない。だからこれはきっと、自分ならこの状況を解決できると思っているのだ。ならばその期待に出来る限り答えなくてはならない。両手に魔力を送る。


「『アルダラ・ジ』……!」


 両手が灼熱の炎に焼けるような痛みを帯びる。


「……っ!『メダヒード』!」


 だが、そんなものには負けずに呪文を唱えきる。公平の両手から、同時に一つずつ魔法の火球が放たれた。進んでいくほどにどんどんと大きくなっていき、遂には二つ合わせて魔法陣を呑み込んでしまえるくらいに大きくなる。

 公平は片膝をついて空を見上げた。


「どうだ……!」


 派手な音を立てて、公平の魔法はエックスの魔法陣を焼き尽くした。あのクラスの魔法を二つ合わせれば魔法陣よりも大きく、光球を破壊できるだけ強い攻撃になるのではないかと思ったが、その考えは正しかったらしい。巨大な光の球が消え去っていく。


「……あら?」


 ただし光球二つを残して。残っている光の球には公平の魔法が当たっていなかったのである。火球を二つ用意すれば全ての攻撃を同時に処理できるというのは正しかったが、位置取りが甘かった。その甘さに対する罰であるかの如く光球は街に向かって落下を始めた。


「や、やばいやばいやばい!あ、ああああ。あ、そうだ。もう一回。『アルダラ』……」


 と、再び魔法を唱えるよりも先に、光球が『箱庭』の街に衝突した。ビルやら建物やら、ありとあらゆるものが光の中に呑み込まれて消えていく。


「……ありゃりゃ。公平ったら失敗しちゃったよ」


 一瞬前までビルのあった地点。悲鳴をあげる間もなく気絶している公平の姿がある。エックスは上空から彼の姿を見下ろして苦笑いする。


「まあ。及第点かな?あの魔法を二つ同時に出すのは出来てたし。あとは練習次第でしょう。うん」


 腕組して何度か頷いて。地上へと降りて公平を拾い上げる。死なないように加減はしたが、それでも念のため回復の魔法をかけてやる。


「うう……」

「あ。起きた?おつかれー。じゃあちょっと休憩ね。少し休んだら次の特訓をしようねー」

「ま、まだやるのか……」


 がくり、と。公平はエックスの手の上で再び気を失った。

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