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光。

「ほら。もうやめにしようよ。これ以上やったって勝ち目なんてさ……」

「……」


 ハイロの縮小は止まらない。一秒ごとにエックスとの力の差は大きくなっていく。今の言葉通り、もはや戦いに於いてはハイロに勝ち目はなかった。


「……まだ終わってませんよ」

「はあ?なに言ってるの?」


 エックスは呆れ顔で言う。ハイロの身体は、もうエックスですら肉眼で確認することが難しいくらいに小さくなっている。意識を集中して力の気配を探ることでその大まかな位置を特定し、その上で、魔力で視力を強化した目で見つめることでようやく分かる状態なのだ。

 一方でハイロに見える景色はエックスの服の赤色だけ。顔を大きくあげても、もうエックスの顔を窺い知ることが出来ない。それだけ身体の大きさに差は出来ていた。

 ダメ押しのようにエックスはそっと指先を近付けてみた。ハイロに見える景色が一瞬で変わる。その指の肌色だけで視界が一杯になる。今のハイロにとっては天体級の大きさに見える人差し指。その先にはその主たる巨人が聳え立っている。それが、事に依れば自分に襲い掛かってくるのだ。絶望的な状況を言葉ではなく現実の光景として見せつける。


「諦めが悪いのは嫌いじゃないけど。けど、残念だけどもう無理だよ」

「ええ。戦いではもう勝ち目はないですね。でも。うん。そろそろ来るわね」

「来る?」


 次の瞬間、エックスは彼女の言葉の意味を理解した。ハイロは今、力のほぼ全てを失っている。影楼の力は皆無だ。しかし聖女としての力は残っている。扱えはしなくても確かに彼女のうちにある。故にエックスよりも早くそれに気付くことが出来た。『影楼の連鎖』を丸ごと吞み込んで消し去ってしまえる規模の一撃が『聖技の連鎖』から迫ってきている。


「ルファーか!?」


 ハイロは小さく笑った。


「ここまで。仲間の聖女が死んだことをア・ルファーが気付かないなんておかしいと思いませんでした?」

「……くっ!」


 『影楼の連鎖』を滅ぼすだけでいいのなら手段は幾らでもあった。一番簡単なのは『聖技の連鎖』に壊させることである。

 イプロス・シロンが死んだことをルファーが知れば、その瞬間に彼女が連鎖ごと自分を殺しにかかるだろうと予想できた。ここまでそうならなかったのは、ハイロが『聖技の連鎖』へ連絡が届かないようにしていたためである。

 如何にルファーが強力な女神であっても、聖女の身体と七つの特級影楼を手にしたハイロであれば、その目を欺くことが出来る。全ては自らの手で『影楼の連鎖』を滅ぼすためだった。

 だが今、特級影楼はハイロの中から消えてしまった。となればルファーは事の顛末を知ることが出来る。今ここに在る聖女の身体には、別の女が入り込んでいると。聖女本人はその身体を乗っ取った女に磨り潰されて死んだと。


「ま、ずい……!」


 エックスは大きく手を挙げた。『影楼の連鎖』全体を覆う巨大な防壁が張られた。そのコンマ一秒後にルファーの異連鎖間を超える攻撃が着弾する。


「──っ!」


 空がびかびかと瞬いている。目が痛くなるほどに眩しい。一瞬で防壁が悲鳴を上げた。かと思えば次の瞬間には砕け散る。それとエックスは同時に新たな防御を貼った。それも一瞬のうちに砕け散るのだ。


「こ……の……!っ!」


 お腹が痛い。傷は既に治したが、やはり強力な神の一撃によって出来た傷である。痛みだけはまだ残っていた。

 本来ならば難なく受け止めることの出来た攻撃である。ルファーは『聖技の連鎖』の位置を隠すのに大きなエネルギーを使用している。その為にこの一撃も本当の意味で全力の攻撃ではなかった。ベール・タニアの時とは違い、これだけに集中すればいいのであれば余裕で対処できるはずだった。

 しかし今現在エックスも全力を出せない状態にある。その為に拮抗どころか僅かに力負けしている。


「こ、のままじゃ……!」


 この防壁が完全に破られれば。自分が倒れてしまったら『影楼の連鎖』が丸ごと焼き払われる。自分は無事だろうが、この連鎖に住むものはみんな死ぬ。自分を騙したり裏切ったりしてきた者たちの顔。思い出すとやっぱり腹立たしい。今でも全然許していない。だが死んでほしいとまでは思っていない。

 それになにより。ポケットの中にいる三人がただでは済まない。間違いなく、彼らも命を落とすだろう。


「じょ、うだんじゃ……ない!」


 痛みを堪えて。負けるものかと踏ん張って。更に力を防壁に変える。少しずつ、壁の強度が増していった。罅割れて砕けるまでの時間が少しずつ長くなる。


「わああああああ!」


 エックスの叫びは、世界が浮かぶ暗い連鎖の海に響いた。その直後、彼女の叫び声よりも大きな爆発音がして。『影楼の連鎖』を照らす光は消え去った。ルファーの攻撃をくい止めたことの証明である。


「や……った。こ、れで」


 と、安堵した次の瞬間。再び『影楼の連鎖』を途轍もない光度の光が襲う。ルファーの追撃である。エックスは急いで防御を貼り直した。そして、防壁が光に触れた瞬間に悟る。今の自分ではこの一撃には絶対に勝てない。果たして防壁はあっさりと破られた。

 先ほどの攻撃と違う点は一つだけだった。ルファーがこの一撃を本当に全力で撃ってきているということである。『聖技の連鎖』の位置を隠すための仕掛けも捨てて、全ての力を賭けて『影楼の連鎖』を滅ぼそうとしている。これを迎え撃つには自分も全力を出すしかない。それが出来ない今、この攻撃を防ぐ術はない。


「くっ……!」


 視界が涙で滲む。これを受けてもきっと自分はなんだかんだで生きているのだろうなという予感があった。自分は無駄に強いから。

 それが悲しかった。

 生き残るのはきっと自分だけである。それ以外の全部が、光に呑まれて消え去ってしまう。公平も、きっといなくなる。


(イヤだ……!)


 エックスはキュッと目を閉じた。次の瞬間、『影楼の連鎖』は光に包まれた。


--------------〇--------------


 目を開けても暗闇の中だった。ハイロは自分が生きていることに気付いて、同時にそれを疑問に思う。


「……聞こえる?」


 エックスの声が響いてくる。見えないけれど聞こえてくる。彼女は自嘲するように笑った。


「……ああ。やっぱり生きてるんですね、私。あの光で目が潰れただけですね」

「運が良かったんだよ。キミは。ただそれだけ」


 エックスは暗い声で言った。最後の最後で、彼女は自分にとって一番大切なものだけを守ることにした。それは同時に『影楼の連鎖』を見捨てるということだった。

 防壁を一気に小さくして自分だけを覆う。連鎖全域を守ろうとすると強度が落ちる。逆に言えば防御の範囲を狭めればそれだけ強度が上がる。そうすることで上着のポケットの中にいる公平たちを守ることを選んだのだ。

 ハイロが生きているのは本当にただの偶然である。たまたまエックスの近くにいて、その結果たまたま防壁の中に入れたというだけの話だった。同じように助かった世界も幾つか残っている。最初に来た世界も運よく無事であった。だがやはり、殆どの世界はルファーの光に呑みこまれて消えてしまった。

 エックスはハイロを魔法の光で包んでやった。ルファーに彼女の気配を気付かれないようにする。これでルファーは彼女を殺したと思ってくれるはずだ。

 すっかり通常の聖女の大きさにまで縮んだハイロに合わせて、エックスも自身の身体を小さくする。普段の十倍くらいの大きさになって、その手に彼女を載せる。


「ここまでにしようよ。もう誰にも死んでほしくないんだよ……」


 エックスの言葉にハイロはくすっと笑う。そうして彼女に答える。


「ごめんなさい。エックス様。それはダメですよ」


 それだけ言うと。彼女は自信の胸を手刀で貫いた。ごほっと血を吐きだす。その顔は小さく笑っていた。エックスは突然のことにぎょっとする。


「ちょっ!?何を!」


 回復魔法をかけようとして、それが無駄であることを悟る。ハイロはもう死んでいる。心臓を自らの手で握り潰して、一瞬のうちに自らを終わらせてしまった。この上苦しい死に方だったろうに、その顔はどこか満足そうに見える。


「……なんでだよ」


 エックスには分からない。ハイロがどうして死のうとしたのか。どうして『影楼の連鎖』を滅ぼそうとしたのか。何も分からない。


--------------〇--------------


 私は失敗した。『影楼の連鎖』を根絶やしには出来なかった。概ね滅びたけれどもまだ少し生き残りがいる。最期に私が出来たことと言えば、一番近くに在った『影楼の連鎖』の存在──即ち自分を葬ることだけだった。


「ハイロ。ハイロ」


 誰かに呼ばれている。私はゆっくりと目を開けた。真っ白な空間で、とても、とても悲しい、懐かしい顔が私を見つめている。


「クロノ……」

「ごめん。ハイロ。私のせいだ。キミを苦しめてしまった……」


 泣きながらクロノは言って。そうして力強く私を抱きしめる。私は。彼と同じように泣きたくなった。


「ごめん。もう、次は絶対守るから。生まれ変わっても、ずっと一緒に……」

「……生まれ変わっても?」


 思わず彼の言葉を繰り返す。同時に自分の所業を思い出す。流れかけていた涙が一瞬にして乾いて。私はクロノをそっと離した。


「ハイロ?」


 首を横に振る。


「私は生まれ変わったりしない」


 生まれ変わったら、きっとまた誰かを騙して、そして傷付けてしまう。無関係の『魔法の連鎖』の人たちも大変に傷つけてしまった。彼女にとって大事な人と『影楼の連鎖』の全てを天秤にかけさせてしまった。辛い選択を強いらせてしまった。生まれ変わる権利も資格も私にはないのだ。


「そんなことは……!」

「クロノ」


 私は。精一杯の微笑みを彼に向ける。視界が徐々に暗くなっていく。私は、泣き虫の彼に最後の言葉を告げる。


「今度こそ。貴方が王さまになって」


 人と人とが手を取り合って、笑い合って暮らせる世界はクロノにしか作れない。王さまになる資格はクロノにしかない。私はそう、信じている。


「まっ……!」

「……バイバイ」


 死に際の刹那に見た都合のいい夢。ただの幻だ。この世界に生まれ変わりなんてものはない。死んだ者はどこにも行ったりしない。次の生なんてない。ただ消えるだけ。

 そんなことは分かっているけれど、最後にちゃんとクロノの顔が思い出せて、これはこれで悪くない夢だった。

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