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もう、笑っちゃうしかないな。

 互いに一つ一つの世界が林檎のような大きさの球体に見える程に巨大化したエックスとハイロ。

 ハイロの目的はエックスを倒すことではない。あくまでも『影楼の連鎖』を完全に破壊することである。だから彼女はエックスを無視して手近な世界に手を伸ばした。世界を丸ごと握りつぶそうとして。

 世界の内部には小さくも強く輝く無数の点があった。それら一つ一つが恒星である。その周囲を回る惑星のうちの幾つかには数えきれないほどの命が生きていた。彼らは今、ほんの一瞬で丸ごと死滅する危機に瀕している。あまりにもスケールが違いすぎて気付いてはいないが。

 バシンッと音がした。光の矢がハイロの手を弾いたのだ。矢を放った犯人を睨む。エックスは『未知なる一矢』を構えていた。


「こら。こっちをちゃんと見なよ!」


 エックスが手を大きく挙げる。周囲にある世界たちが暖かい光に包まれた。彼女の魔法の力で世界の強度が上がったのである。ハイロは苦々し気にそれらを見つめた。エックスの防御がある限り、世界を一つ完全に破壊することさえ困難である。少なくとも物理的な破壊は諦めた方がいい。内部にある星を一つか二つ砕く程度のことならともかく、だ。


「どうしても邪魔をするんですね」

「当然。どうしても壊したいならまずはボクを倒すんだね!」


 ハイロは小さく舌打ちをして、世界が浮かぶ暗闇の海を泳ぐように進む。どうやってエックスを倒すかを考える。彼女が最も隙を見せる瞬間はどこか。そこを突けば必ず一矢報いることが出来るはずだと。

 一方で迎え撃つエックスも頭を悩ませていた。ハイロを止めるために取り敢えず同じ大きさになったのはいいものの、そこからどうやって彼女を止めるかはまだアイデアがない。殺すわけにはいかない。しかし仮にここで彼女をくい止めても、命ある限りは連鎖の破壊を目論むように思えた。かといって常に監視するわけにもいかない。

 距離が縮まっていく。両者の思考は徐々に確かな形になっていく。自分たちが置かれている状況。或いは今日までの経験。それら全てを集約して、互いに相手を倒す策を練り上げていく。


(これしか──)

(──ないな)


 そして。奇しくも二人は同時に相手を攻略する手段を思いついたのであった。

 ハイロが両腕を小さく挙げた。それぞれの手の上に黒い球が生成される。攻撃能力に於いて最強に近い『崩壊』を引き起こす影楼能力、ディケイ。その球をエックスに向かって発射された。


「やっ!」


 触れれば過程を無視して崩壊の結果をもたらす黒球。エックスはそれをさも当たり前のように殴り飛ばした。


「なにっ!」


 神の器たる魔女や聖女は完全な生命体である。その身体には自然な崩壊というものは存在しない。膨大なエネルギーで強引に傷つけること以外で魔女や聖女を殺すことはできない。故にエックスにはディケイは通用しないのだ。それが例え神の領域に至ったものの一撃であろうと関係ない。


「ふふんっ。どうだ!」

「ですがっ!」


 ハイロが腕を振る。エックスによってばらばらになった崩壊の黒球。その破片が彼女の意志によって蠢いた。世界を呑み込むほどの崩壊の破片が『影楼の連鎖』の世界へ向かって行く。


「おおっと。それなら!」


 上から下へ。エックスは手を振り下ろす。同時に黒球の破片たちはが進む軌道上に空間の裂け目が開いた。破片は同時に裂け目に入りこむ。飛び出した先はエックスの手のすぐ前である。果たしてそれらは彼女の手の平に着弾し、纏めて握りつぶされた。当然、ダメージは皆無。


「やらせないって言ったでしょ!さあ今度はこっちの番だ!」


 エックスは高速で移動した。ハイロが反応しきれないほどの速度で、一気に彼女を間合いに捕らえた。『未知なる一矢』の弓は刃としても機能する。その一閃がハイロを斬り飛ばす。


「くっ!」

「まだまだっ!」


 吹っ飛ばされていくハイロをエックスは更に追いかける。追撃の矢を放ち、次の斬撃で仕留める算段。迫りくる最強の敵を前にして、ハイロはカッと目を見開いた。再びディケイを発動させる。その形状は先ほどまでの球体ではない。真っ黒な剣の形。その剣と斬撃は、触れたそばからエックスの魔法攻撃を崩壊させていく。


「むむっ!?」

「『ユニバース』!」


 宇宙を操る影楼能力。超重力を纏ったハイロの拳。エックスは咄嗟に防御をした。しかし、その衝撃と痛みは彼女の守りを突き破り全身に響いた。


「……くっ!?」

「はあ!」


 崩壊の剣を振りかぶる。『未知なる一矢』でそれを受け止める。が、ぶつかり合った瞬間に崩壊の力が発動し、あっさりとエックスの弓が消滅した。その斬撃は弓と同時にエックスの服を縦に切り裂かれた。彼女の素肌が服の切れ目から顕わになる。


「!?」


 咄嗟に自分自身を抱きしめるようにして素肌を隠す。いかにエックスの身体が完全で不滅のものだとしても、彼女が発動させる魔法には終わりがある。ディケイは強制的にそこに至らせる。人間の身体の時では公平の魔法と相殺する程度だったが、聖女の身体を得た今、エックスの魔法レベルであれば崩壊させることが可能となったのだ。


「更に!」


 ハイロは崩壊の剣をエックスの腹部に突き刺す。当然その剣による一撃でエックスを傷つけることは出来ない。


「けど、これならどうですか!」

「?わ、あっ!?」


 しかしハイロは剣に『ユニバース』が作る超重力を纏わせていた。それはエックスに触れた瞬間に、斥力となる向きで発動して、彼女を吹っ飛ばした。しかして未だにエックスに傷もダメージもない。問題なのはこのままでは背後にある世界とエックスの身体が衝突してしまうということだ。


「『未知なる一矢・完全開放』!」


 その効果でエックスの背に白い翼が生えた。世界にぶつかる直前に体勢を立て直すと、大きく翼を羽ばたかせて、飛び上がりながらハイロに矢を向けた。


「今度はこっちの番だ!」

「いいえ!まだ私の攻撃は終わっていない!」


 ハイロが手を大きく振る。それと同時にすぐ近くにあった二つの世界がエックスに引き寄せられるように動き出した。矢を撃たんとする手が止まる。


「これは……重力操作!?」


 ハイロの一突きは攻撃ではない。その目的はエックスに超重力を纏わせることである。そうすることで周囲の世界を彼女に衝突させようとしているのだ。エックスは慌ててハイロの超重力を解除する。しかし一度動き出した世界は慣性によって、止まることなくエックスに向かって行った。

 エックス自身の力で周囲の世界は守られているが、それでも今の巨大な身体にぶつかればただでは済まない。内部の星の幾つかは間違いなく砕け散ってしまう。


「ならっ!」


 エックスは迫りくる世界を掴んだ。彼女が世界に纏わせた守りの光。それを突き破らない程度のぎりぎりの力。小さな星一つ潰さないようにと慎重である。何処も傷つけることがなかったのを確認してほっと胸を撫でおろした。


「そこだっ!」


 その瞬間、ハイロが動き出した。彼女はエックスが安心した瞬間こそが唯一の勝機であると判断した。

 迫りくるハイロに気が付いたエックスは、咄嗟に両手に持った世界を手放した。せめてこれらは彼女の攻撃に巻き込まれないように、と。その後に攻撃を避けようと後ろに下がる。しかし、既に遅かった。


「はあっ!」

「あっ……!」


 手刀。無敵に近い肉体を持つエックスを倒す可能性が最も高いのは同じく人智を超越した聖女の身体による直接攻撃である。ハイロはそう考察し、実行した。果たして、彼女の手は最強の魔女であるエックスの腹部を貫いた。手は血で染まっていて、どこか暖かい。エックスがけほっとせき込めば、彼女の口から血が飛び出して、ハイロの服を赤く染めた。


「これでも貴女は死にはしないのでしょうね。でも、それでもこの一撃で、著しく弱るはず」


 もう邪魔は出来ない。そう考えたハイロの目に、微かに笑うエックスの表情が映る。


「なにが可笑しいのです」

「……はは。仕方ないでしょ」


 訝しむハイロを、エックスは血に濡れた手で抱きしめた。


「!?なにっ!?」

「……こうも、さ。上手くいくと、もう、笑っちゃうしかないなって」

「だから……一体。っ!?」

「あ。気付いた?」


 エックスの魔法は。ハイロの中にある影楼の力を掴んでいた。決して離さないと言わんばかりに強く。

 力の奪い合いは『魔法の連鎖』では珍しいことではない。エックスも敵を無力化する目的で力を奪ったことがあるし、逆に完全に力を奪われていたこともある。『影楼』の力を持つハイロに対しても同じことをするだけだ。


「い、いや……。まだです……。この奪い合いに私が勝てば……」

「いや。無理だよ……」


 身体には穴が開いていて、今この瞬間もだらだらと血が流れている。全くもって本調子ではないエックスだったが、それでも、まだ神の力を得て間もないハイロから、力を根こそぎ奪い取ることは造作もないことだった。


「く……ぅ!?」

「ま……ず!一つ!もう一つ!」


 次から次へとハイロの中から力が失われていく。その度に彼女の存在が、そのスケールが小さくなっていく。そしてその度に、エックスの強奪から力を守ろうとする抵抗力も弱くなっていくのだ。


「これ、で。最後っ!」


 エックスはハイロを突き飛ばした。同時に彼女の中にあった最後の力を奪い取る。残っているのはイプロス・シロンから奪った聖女の肉体だけ。それも影楼を完全に失い、元の聖女の大きさに向かって徐々に小さくなっていく。相対的に、彼女の視点ではエックスがどんどんと大きくなっていった。


「く……!」

「……さあ。終わりだよ。ハイロ。もう諦めて」


 エックスとハイロ。二人の身長差は既に百倍以上もある。相変わらず血は出続けていた。既に回復魔法を発動しているエックスだったが、その顔色は決して良くはない。それでもこの大きさの差だけで勝敗は決した。ハイロは彼女を見上げて唇を噛んだ。

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