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猜疑心のエックス

 港町まで戻ってきて。


「それで!二つ目の世界では協力してくれた人みんなカードが欲しいだけで!」


 特級影楼討伐で散々裏切られてきたエックス。怒りとか悲しみとか、そういったほの暗い感情が誰かを信じる心を曇らせてしまった。

 彼女は町についても人間サイズになったりせず、本来の魔女の大きさのままだった。既に日は沈んでいた。小さくなって宿の中に入ればいいのにそうしないのは、『どうせこの町の人も影楼のカード狙っているんだ。ボクは知っているんだ』という、どこか拗ねているのに近い警戒心がためである。

 公平たちが休む宿の前にぺたんと座って、外から愚痴を言っている。聞いているのは杉本。公平も吾我も疲弊してしまっていて、話を聞ける状態ではない。


「でさっ!ボクもう腹がたってさ!最後の世界では、分身を世界中にばらまいて、一人で特級影楼を探してやっつけたってわけ!」

「はあ。なるほど……」


 最後の世界、『誰かが傷ついたり建物を壊したりしなかったらもう何でもいいだろ』の精神の元、彼女の分身が世界中を闊歩した。その数は千を優に超える。一人一人が身長1km。現地人の力を借りるよりも手早く実行できるローラー作戦。これまでやらなかったのは無暗に住民を恐がらせたくなかったからだが、この時のエックスはある程度の配慮を捨ててしまったので、この作戦を躊躇いなく実行した。

 果たして世界中が大パニックに陥った。身長1kmの巨人が千人以上、同時に至るところを歩き回るのだ。常に大地震が起きているような状況である。混乱が起こらないわけがない。

 この時のエックスは大変不機嫌だったので、一言も発することなく、淡々と特級影楼を探した。これまでの世界での経験をもとに、山やらゴーストタウンやらを捜索する。乱暴に木々を踏み潰し、雑に廃虚を蹴り飛ばした。一歩進んで行くたびに、世界に300m近くの大きさであるスニーカーの跡が刻まれた。

 住民たちは外に出れば巻き込まれるのではないかと恐怖した。各々家に閉じこもって、エックスが起こす地震が収まるのを待つことしか出来なかった。600倍の大きさを誇る巨人の軍勢は下手な自然災害を優に超える。常人には怯えることしか出来なかった。

 実際には、人を踏み潰したりしないようと注意はしていた。ここまで不愉快なことは多々あったけれども、誰かを殺したり傷つけたりしてしまうのは本意ではない。

 そんなこんなで捜索を続け、2時間ほどで特級影楼を発見した。そしてその1分後、エックスは無事に影楼を討伐した。今回の相手がどんな能力だったかもう分からない。相手が何かしてくる前にさっさと仕留めたからである。予定では三日で三体倒すはずだったが、一日早く終わってしまった。


「大変だったんですね、エックスさん」


 聞けば聞くほど不憫である。既に愚痴を聞くのにうんざりしている杉本であったが、それでも流石にエックスの受けた仕打ちには同情した。だがそれはそれとして、自分も疲れているのでいい加減寝かせてほしい。


「ホント!で、戻ってきてみたらアレでしょ?みんながお城の連中に囲まれてて。ボク、すぐに分かったよ。『ああ。ここもだ』って!あ~~!もうっ!思い出しても腹立つ!」


 苛立ちのままにパンパンと地面を叩く。その一回ごとに宿が揺れた。そして宿が揺れる度に、杉本はもう勘弁してよと言いたくなった。


--------------〇--------------


 宿の外でエックスが何度も何度も地面を叩いている。その度に女主人が転びそうになって、ビクビクと外の様子を気にかけていた。


「す、すみません。大丈夫だとは思いますけど、万が一なにかあったら国庫で弁済しますので……」

「は、はあ……」


 クロノがぺこぺこと頭を下げる。彼は船の上でも裏切ることはなかったので、一緒に宿に泊まることが出来た。それがいいことか悪いことかは、この苦労を思うと判断しがたい。

 船上で裏切った影楼士は一人残らず、エックスの手で城に投げ飛ばされた。百キロ以上の長距離まで届く遠投である。その際『死なないとは思うけど死んだらごめんねー?おほほほ』などと脅かしてやったのはきっと彼女なりの仕返しだ。


「……ふうっ」

「お疲れさまです。クロノさん」

「……ナイルさん」


 にっこりとナイルは微笑んだ。一応彼女も裏切りはしなかった。だからエックスに投げ飛ばされることはなかった。

 だがクロノは気付いている。本当は彼女も特級影楼のカードを得る機会を窺っていたのだと。ただ『チャーム』を撃つタイミングを窺っていただけ。彼女が許されているのはそのことをエックスは知らないから。そしてそのことをクロノが話していないからである。


「ラッキーでしたね。私」


 宿の窓から、愚痴を言うエックスの膝を見つめて呟く。


「そうですね。本当に。……ですが、流石にもう特級影楼を狙うのは……」

「……諦めませんよ。すぐ目の前に四枚も特級影楼のカードがある。私にはまだチャンスがあるの。夜明けまでの間に必ず奪ってみせますから」

「……ナイルさん。それは……」

「それにしても、あの女神一体何を考えているんでしょうね。分身を宿で休ませてなんになるんだか」

「ああ。それは確かに。よく分からないですね」


 などと話をしていると、外からエックスの大声が聞こえてくる。


「あー!杉本くん寝たらダメだよ!もうちょっとボクの話に付き合ってよ!寂しいじゃないかー!」


 同時に宿全体が大きく揺れる。エックスが宿を掴んで前後に振っているのだ。『がたがた』という音に混じって『ピシッ』という不穏な音まで聞こえてくる。こうなるといよいよ他人事ではなくなる。このまま宿が崩壊したら自分たちまで巻き込まれてしまう。


「すみません、ちょっと注意してきます」

「ああ、それなら私も一緒に……」


 二人は宿の主人に頭を下げて、エックスの元へと向かった。


--------------〇--------------


「あの……。エックスさん」

「ん?なに?……って!ああ!?」


 エックスが地面から聞こえてきた声に気を取られた一瞬。その一瞬の隙に、杉本は窓もカーテンも閉めて部屋に閉じこもってしまった。ぐぬぬと拳を握り締める。


「あの……。すいませんエックスさん」

「え?あ、ああうん。ごめん。さっきはちょっとやりすぎだったね。気を付けます」

「ああはい。それもなんですけど」


 膝の辺りにまで歩いてきたクロノを見下ろす。彼は何事かを言うべきか言わざるべきかと悩んでいるように見えた。『ええと』とか『そのですね』とかの繰り返しである。彼の煮え切らない態度に業を煮やしたのか、一緒にやってきたナイルの方が先に口を出す。


「今ほどリオン様から連絡がありました。特級影楼を4体倒したことを確認したので、今すぐに城に戻ってくるように、と」

「え。本当?今?今ってもう夜だけど?」

「はい。あの、どうやら、城まで投げ飛ばされた影楼士たちが報告したようで」

「うげえ」


 『魔法の連鎖』だけでなく、リオンまで裏切ろうとした連中のくせに。随分と調子がいいことだ。そういうところもエックスは好きじゃない。なんというか、矜持というヤツがない。目的のために裏切ったのなら、最後までそれを貫いてほしい。


「すみません、エックスさん。そういうわけなので、その……」

「……むうう。ヤだなあ。ボク行きたくないよ」

「そこを何とか……。リオン様も相当怒っているようでして……」

「ええ……」


 どうしようか。エックスは悩む。出来ればここを離れたくない。二人には内緒にしているけれども、この宿で休ませている分身は公平である。特級影楼との戦いで疲弊していて、戦える状態ではない。

 ここで自分が離れてしまったら港町の住人に何かされるかもしれない。この町の人間はきっと公平が特級影楼を倒したことを知っているはずなのだ。これまでのことを思えば手を出さないはずがない。かといって公平も連れて行こうとすると起こしてしまう。今はゆっくり眠ってしっかり休んでもらいたかった。ジレンマである。


「っていうかなんでボクが怒られないといけないわけ……?アイツ何もしてないじゃないか……」

「あの。それなら」

「うん?」


 ナイルが手を挙げる。エックスはぶつぶつと独り言を言うのを止めて、彼女に目を向けた。


「私たちが特級影楼のカードを預かります。そうして、リオン様にお届け……」


 発現の途中でナイルの言葉が止まった。だらだらと冷や汗が流れる。身体は小刻みに震えていた。ちらっと視線をあげてエックスの目を見る。緋色の瞳が鋭くナイルを睨みつけて威圧していた。


「あ、あの……」

「い・や・だ!」


 カードを預けろだなんてとんでもない。普段ならともかく今はそんな事を絶対に認めない。エックスは頑なだった。ここまで散々裏切られたせいで猜疑心の塊になっているのである。


「で、すけど。このままだと」

「むー。しつこいなあ!」


 ムッとした表情でナイルに手を伸ばす。慌てて逃げ出そうとするけれど、そんなことがエックスを相手に出来るわけもなく、次の瞬間には顔だけ出して握り締められることとなった。


「悪いけど、ボクはキミのことなんか信用してないの!推定無罪だから投げ飛ばさなかっただけだから!分かってる?」

「や、ちょっと……」

「そんなにお城に帰りたいわけ?今すぐお城まで送ってあげようか?この国のどんな乗り物よりもずうっと早いよ?」

「ひぃ……」


 エックスの言葉は冗談に聞こえなかった。実際、数時間前にそれをやってのけたのだから当然である。


「あ、あの。エックスさん!」


 意を決したかのような声でクロノが呼び掛ける。目だけを動かして彼を視界に捕らえる。


「その。ここまで嫌な思いをしたのは分かります。でも、今回だけでいいんです。もう一度だけでいいから。私たちを信じてくれませんか?」

「う……」


 真っ直ぐな瞳が真摯に訴えかけてくる。そうされると少し冷静になってしまう、ちょろいエックスだった。ちょっとだけムキになりすぎていたかも、なんて考える始末である。


「エックスさん……」

「……はあ」


 エックスはため息をついてナイルを地面に降ろした。


「分かったよ。カードを預ける」


 クロノとナイルの顔がぱあっと明るくなった。間髪入れずにエックスは『ただし』と付け加える。


「カードを預けるのはクロノくんだけ!これは譲れません!」

「な、えっ。なんで私は……」

「そういうところ!」


 文句を言いかけたナイルを指差す。本来であれば誰が持って行ってもいいはずのもの。悪用しないのであれば。むしろ預けられるということはリオンに渡すお使いが発生するということであり、面倒が増えるだけだ。悪用しないのであれば。


「それなのにここで『なんで』なんて聞いてくる時点でアウト!オーケィ?」


 つん、と軽く突っついてみる。その勢いで彼女は尻もちついて、悔しそうにエックスを見上げた。その表情がもう本音を自白している。クロノにカードを渡したら彼に飛び掛かってきそうにも思えたので、起き上がろうとする彼女を指先で抑え込んで動けなくさせる。豊満な胸が地面に押しつぶされて、クロノの目からは苦しそうに見えた。


「ふんっ。……そういうわけだからクロノくん。キミにこれを預けるよ」


 自身が回収した三枚。公平たちが手に入れた一枚。その全てを、クロノに預ける。魔法で彼の手元まで運んでやって。


「えっ。あ。はい。えっ。いいのかな」

「いいの。キミは船でも吾我くんたちの味方だったんだから。ボクだってキミなら信じられるよ」

「……ありがとうございます」


 深く頭を下げて、ここまで来るときに使った自動車に飛び乗る。『影楼』の力を与えたことで、エンジンが音を鳴らし始めた。

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