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特級影楼・バース


 公平がぽかんとした顔で島──ではなく特級影楼を見ていると、背後から声が聞こえてきた。


「いつまであの影楼の能力を黙っているつもりなんだ」

「吾我……くん!」

「……!」


 吾我は一瞬公平の方を見た。律儀にエックスの真似をしているのがなんだか気恥ずかしくなってくる。そんな公平から目を離し、クロノに視線を向ける。


「ヤツは元々リオンが持っていた影楼だ。その能力だって知らないはずがないと思うが」

「……ええ。そうですね。当然のことですね」


 二人は互いに、半ばにらみ合うような恰好で見つめ合う。間に挟まれた公平はおろおろしながら両者の顔を互いに見比べた。そういえばここまで特級影楼の能力を一切聞いていなかった。そんな状態でエックスは一人で異世界に行ったのだ。なんだか急に彼女のことが心配になる。

 暫くして、吾我が小さく息を吐きだした。


「なにか事情があるんだろうってのは察しが付くよ。だけど。せめて何故話せないのかだけでも教えてくれ。信頼できない相手と一緒に戦うことは……」

「……いや。考えてみればここまでヤツに近付いたなら、もうここはアイツの領域ですしね。リオン様の影響力も少ないだろうし……。うん。話しますよ」


 と。クロノが言ったとたんに船内の空気がざわつく。恐らくは昨日、城からやってきた三人の影楼士の力の気配だ。


「聞いておいてなんだが。いいのか、クロノさん。口を割ったら殺しに来そうだけども」

「……まあ。特級影楼を殺すまでは大丈夫でしょう。私みたいなのでも戦力ですからね」


 クロノは親指で背後に浮かぶ特級影楼を指差した。


「アレの名は『バース』。能力は命を生み出すこと。『クラスタ』の上位互換、でもないけど近い能力ですね」


 バースは一度に千を超える影楼を生み出す力を持つ。一体一体が1級影楼相当の力を持つ厄介な相手。バースは子供たちを人里に放っては大地を喰らわせ、自分のところへと運ばせる。女王アリと働きアリのような関係性である。群れ全てを倒す必要のあったクラスタとは違い、大本の影楼さえ殺せば子は自動的に死滅する。


「子の影楼は倒してもカードにならない。こちらの戦力にはならないんです。長期戦になれば、こちらが一方的に消耗し続けることになる」

「弱点はあるのか?」

「一度出産をしたら、暫くは島の形で休む必要があるってことですかね。影楼でも出産は体力使うみたいですから」

「……と、いうことは。アレは一度子を産んだのか?城からここまでの間でそんなものを見かけなかったが……」

「アレもリオン様を警戒しているんですよ。だから産んだ子も城とは反対方向の陸地にしか派遣しない。子の姿を一度も見かけなかったのはそういうわけです」

「ふうん」


 吾我は島を見つめた。大まかにしか大きさは分からないが、端から端まで十数キロメートルはありそうに思える。その程度の大きさの相手と戦闘になる可能性があるということだ。今、体力が減って弱っている状態であるというなら、この機を逃す手はない。


「注意するべきポイントは。そうですね。切札となる攻撃はギリギリまで使わないこと、かな。下手なタイミングで撃つとその攻撃に耐性を持った強力な子を産んできます」


 クラスタとは違う、バースだけが持つ強みの一つだった。敵の戦力に応じた子を作り、常に後出しじゃんけんを押し付けることが出来る能力。例えば超強力な炎による攻撃をバースやその子供が受けた場合、次に生まれる子は耐火・吸熱性能を備えていたりする。一度学習・対策をされてしまった攻撃は二度と通じないと考えていい。


「私がアレについて知っていることは、それくらいでしょうか」

「……最後にもう一つ。リオンはどうして俺たちに影楼の情報を黙っているように指示をしたんだ?あいつは力を取り戻したいんだろう?」


 クロノは、その問いに対しては無言で目を逸らした。


「いや。やっぱりいい。答えにくいのならのならそれで」

「リオン様は」

「……」

「リオン様はどちらでもいいと考えているんです。『魔法の連鎖』が勝とうが負けようが」


 公平は思わず息を呑んだ。一方で吾我の表情には変化はなかった。「やっぱりか」と納得した雰囲気すら感じる。


「勝てば力が帰ってくる。負ければ手柄として聖技に報告出来る。そうすればルファーの力を借りて影楼を殺せるかもしれない。どう転んでもリオン様にとっては悪い結果にはならない。だから、あなた方がどうなろうと知ったことではない……。すみません。やっぱりこれは伝えるべきではなかった」

「アンタ」

「はい?」

「案外、口が軽いんだな」


 クロノは困ったような笑みを浮かべた。


「構わないさ。どうせあのジジイのことだ。俺たちが負けると思っているんだろう」


 言いながら、吾我は公平に目を向ける。


「あの特級をきっちり仕留めて、ほえ面かかせてやろうじゃないか。なあ?」


 不敵に笑う吾我。公平は一瞬ぽかんと彼の顔を見つめて、やがて笑い返す。


「当然!」


--------------〇--------------


「……なにか来てるな」


 影楼士数人と、得体のしれない異質な力が幾つか。せっかく自由になったのに。生きるということはままならないものだ。

 私は欠伸を噛み殺しながら一つの子を産む。水中戦に優れた高機動型の子供。海を突き進み獲物を喰らうのに特化したカタチ。私の願う通りに、接近してくる何者かへと真っ直ぐに向かって行く。


「そうね。この子の名前は『バイト』とかかな……」


 暫くの間遠くなっていく愛おしい我が子を見つめる。だけどまた眠くなって。私はまた目を閉じてまどろみの中に落ちる。


--------------〇--------------


「……おい。アレはなんだ」


 吾我が指差したは島の方角。その少し手前、突然現れた水しぶき。猛スピードで船へと近付いてきてる。クロノは大きく目を見開いた。


「バースの子供だ……!影楼です!警戒を──」


 と、クロノが叫んだ時には、影楼は既に射程圏内にまで迫っていた。大きな水柱を立てて、巨大な黒い影が飛びあがる。全長百メートル以上はありそうな──。


「鮫!?」


 公平は叫んだ。巨大な鮫。それがこの影楼の正体だった。血走った眼が甲板の上の標的を見つめている。船さえ丸呑みに出来そうな大口と、鋼鉄さえ噛み砕いてしまいそうな鋭い牙がこちらに迫ってくる。


「──ちっ」


 咄嗟に吾我が迎撃しようと構える。だが、魔法が発動するよりも先に、影楼の牙が何かに弾かれた。


「!」


 予想外の反撃を受けて影楼は海に潜る。公平と吾我は咄嗟に振り返った。


「アルトロイド!」

「やれやれ……間に合ったか」


 城で杉本と対決した老影楼士。強敵の気配を察知して、急いで影楼の能力を発動させてくれていた。『ボール』の能力で船の周囲に完全球体を展開し、『バイト』を弾き飛ばしたのである。


「今のなんです!?すごい音がしましたけど!」


 杉本は甲板に出てきて駆け寄ってきた。そんな彼にアルトロイドは叫ぶ。


「『杭』を使え!敵のスピードが速すぎる!この船では逃げ切れない!お前の力で動きを止めて、そのうちに仕留めるしかない」

「わ、分かりました」

「待て優!」


 『ハリツケライト』を使おうとする杉本を吾我は止める。


「ここでそれを使えば、敵の特級はそれに対抗した影楼を産んでくる」

「えっ。どういうことですか?」

「今『杭』を使ったら二度と特級影楼には効かないかもしれないってことだよ!」


 公平の補足的説明を聞いても杉本は混乱していた。特級影楼の能力を聞いていないのだから無理もない。とにかく使わなければいいのだろうと納得しようとしたところでアルトロイドが叫ぶ。


「待て!それではどうやってあの高速の影楼を捕らえる!?」


 まだ敵を倒したわけではない。チャンスを窺って船の周りを泳いでいるのだ。いずれアルトロイドの体力にも限界が来る。そうなれば完全球体は消え、船ごと彼らは影楼の餌。


「ここで敵を倒さなければ島に着くより先に死ぬぞ!」

「分かってますよ。でも捕らえる必要はない。その前に俺が殺す」


 吾我が腕を上げた。そしてちらっと公平を見る。


「お前の火力も後に取っておけ。絡め手と必殺の一撃はここで使うにはまだ早い」


 それよりも自分のような、ただただ攻撃することしか能のない力を使い潰す方がいい。吾我はそう判断した。


「『クラウ・オレガフライ』!」


 呪文と共に吾我の頭上、十メートルほどの位置がカッと輝いた。黒い雲のような蠢く何かが現れて、彼の腕の動きに従い海の中へとダイブしていく。


「あれは?」

「『オレガフライ』の進化系だ」


 吾我は公平の問いかけに答えた。彼はウィッチから自分の魔法について聞いていた。自分の魔法は『描く』ものではなく『書く』もの。自分の魔法を言語化・再定義が出来ればそれだけで性能は向上する。吾我はそれをより明確にするために、自ら開発した基本の魔法それぞれに適した強化の呪文を用意したのだった。『クラウ・オレガフライ』はそのうちの一つである。

 海が内側から、幾度となく光を放った。蜻蛉一匹一匹はそれぞれ強力な光線を放って攻撃する。今回の蜻蛉は雲を為すかのような大群である。それらが一度に攻撃するのだから、海が眩しく輝くのは当然のことだった。

 ──そして数分後。海からの光が消えた。蜻蛉の仕事が終わったのだ。逃げ切ることのできなかった鮫はやがてぷかりと浮き上がってきて、塵となって消滅した。吾我はふう、と息を吐きだす。


「なるほど。エックスの言っていた通りだ。これくらいなら俺たちでもどうにかなりそうだ」

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