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夏祭りカランコロン

 異連鎖よりの敵を撃退して暫くした頃。人間世界は、平和だった。


「公平は前期の単位大丈夫だった?」

「んー。まあ。必修はなんとか」


 と、口では言いつつも恐らく後期の授業料も免除してもらえる程度の成績だっただろうとは思っている。

 そして、成績が開示されたということは。


「いよいよ夏休みってことだよ!魔法の特訓いっぱいできる!それに沢山遊べるんじゃない!?今年はどこ行こうか?」


 去年の夏はワールドと戦ったりウィッチと戦ったり明石四恩の暗躍に巻き込まれたり、と遊べたようで忙しかった。それはそれで楽しかった部分もあるのだけれど、悲しいことや辛いことも多かった。今年はもっと純粋に遊びたい。公平に魔法の修業をつけるのも大事だけどそれ以上に色んなところに行きたかった。

 ──しかし。


「ゴメン、今年は……。ゼミがあるから……」


 公平は申し訳なさげに言う。エックスはぽかんとした。

 四年生の公平は研究室に所属している。友人の田中と一緒に確率論のゼミを行っていた。そして、それは夏休みの期間中にも行われる。当然、エックスと遊べる時間も少なくなってくる。

 もちろんゼミは毎日あるわけではない。週にたったの2回だけだ。合計すれば3時間しかない。問題なのは準備の時間である。英語で書かれたテキストを読み込んで、それなりに高度な内容を理解し、田中や教授に説明できる程度には理解しなければならない。真面目にやろうと思ったら一日二日では準備しきれない。

 当然エックスは不満げである。


「むー。そりゃあそっちも大事だけどさあ……」

「いや、もちろんエックスとの時間も大事だよ!?出来る限り一緒に遊ぶし!」


 これでも卒業研究がないだけ他の学科の学生よりずっと楽なのだ。エックスには申し訳ないけれども。


--------------〇--------------


 そしてまた日々が過ぎ去っていく。この日も公平はゼミに出かけていった。エックスは自分の部屋でぽつねんとしている。ゼミの時間も13時から14時半まで。ちょうど『この後出かけようか』とはならない時間帯。


「あーあ。暇だなあ……」


 公平が居ないと退屈だ。千年間一人でいても平気だったエックスだけれども、彼と一緒に生活を始めてからは数時間の孤独も耐えられない。彼がゼミでいない日はずっとこんな感じだった。


「……ダメだ!このままだとボクはダメになる!」


 人間大の大きさになって、人間世界への道を開いて足を踏み入れる。インターネットにつながったスマホを取り出して検索を開始する。どこかで面白いことはやってないかしらと。


「……おっ」


 そして、それを見つけた。


--------------〇--------------


 とある田舎の町。閑散とした商店街でお祭りをやっていた。決して盛り上がってはいなかった。小さな子供連れの家族ばかり。中学生以上の団体は見当たらない。

 娯楽で溢れた現代社会。田舎のシけたお祭りの優先順位の決して高くないのだ。屋台も少ない。そこに座る店番もやる気がない。「ずっとやっているから」という理由で続いているだけの儀礼的なイベントであった。暑い夏だというのに熱気がない。

 

 しかし、そこに。


「え……?」


 町では見慣れない人物が。


「わ……」


 高い身長と緋色の瞳が特徴的な女の子が来ていた。


「わあ……!いいじゃんいいじゃん!へえ……!お祭りってこういうのなんだぁ……!」


 エックスであった。スマホで色々調べていたら『夏祭り』というものを発見したのである。興味を持った彼女はどこかでお祭りやってないかなと更に調査みた。

 出来れば人が少ない方がいい。人混みはあんまり好きじゃない。そうして見つけたこの田舎のお祭り。せっかくだから形から入ってみようと、魔法で作った浴衣を着て馳せ参じたわけである。


「おー!焼きそば!」


 カランコロンと下駄の音をさせながら駆け足でお店に向かう。ソースの匂いが食欲を誘う。


「二つくださいな」


 にっこり笑って言う。店主はどぎまぎしながら店先に置いてあるパックに包まれた焼きそばを袋に詰めた。なるほど、とエックスは思う。てっきりその場で作って出来たてを包んでくれるものだと思っていたけれども。こうやって作り置きしたものを逐次売りさばいていくスタイルというわけだ。


「ありがとー!」

「ま、まいど……」


 屋台の店主は困惑した。あんな本気の格好でお祭りに来る人を久しぶりに見た。日本好きの外国人だろうか。しかしこの辺で見かけたことはない。

 こほっ、と肺の奥から咳が出てきた。夏風邪でも引いたのかもしれない。


--------------〇--------------


 焼きそばの入った袋を手に、屋台を物色する。


「……これは初体験だぞ」


 なんて独り言を言う。見つめている屋台には『たこ焼き』と書かれていた。確かにタコの足はある。しかし、パックに詰められているのは丸くて、ソースがかかった何かだ。

 たこ焼き屋さんに近づいていく。真剣な表情で真っ直ぐに。店主は一瞬ぎょっとした。知らん女がなんか怖い顔で近づいてくる。


「い、いらっしゃい……」


 近くに来るとやっぱり大きい。絶対170cmはある。本当は100mなのだけれども、彼にはそれを知る由はない。


「……タコ?これのどこがタコ?」

「え……?たこ焼き知らないの?」


 エックスはこくりと頷いた。屋台の店主はちょうど焼きあがったうちの一個に爪楊枝を刺して、ソースと青のりをかけて手渡す。どうせ客は少ない。売れ残る未来が見えている。試食に一個渡したっていいや、と。


「はい、どうぞ。試食っス」

「おー。いただきまーす!」


 エックスは貰ったたこ焼きを一口で食べた。店主はもう一度ぎょっとした。だって出来立てのたこ焼きだ。そのままでは熱くて口の中やけどしたっておかしくないのに、あろうことかこの女、冷ますことなく平気な顔で食べている。

 一方のエックスはもくもくと咀嚼しながら『たこ焼き』という名前の意味を理解した。ゴクリと飲み込み、目をとじる。


「……なるほど。この小麦粉ボールの中にはタコの足が入っているのか。それを焼いているから『たこ焼き』か……」

「あ、はい……」


 『小麦粉ボール』と表現されると急に美味しくなさそうに感じる。そんなことを気にしないエックスは顎に手を当て不思議そうに呟いた。


「これが『たこ焼き』なら、タコの丸焼きはなんて表現するんだろう……?」

「タコを丸焼きで食うことってあんまりないからいいんじゃないっスかね……」

「でもイカの丸焼きはイカ焼きなのに」


 ちょうど隣でイカ焼きが売っている。


「た、確かに……」

「まあ、いいや。美味しかった!二個ください!」

「けほっ。ああハイ。どうぞ」


 煙が変なところに入ったかな。なんて思いながらたこ焼きのパックを渡した。


--------------〇--------------


 その後エックスはかき氷のメロン味を買って、別にメロンの味がしないことに戸惑ったり、水風船釣りと一緒にやっている現金釣りをパーフェクトにこなして5千円もらったりした。

 歩き回ったエックスは色々と買い漁った食べ物を食べようと神社にある木の椅子に腰かける。割り箸を割ってどれから食べようか考える。


「たこ焼き美味しかったよねえ。あ、でもお好み焼きもいいなあ。けどやっぱり焼きそばかなあ」

「じゃあ俺たこ焼き食いたい」

「あ、いいよ。公平の分も買ったし。……よくよく見たらソース味の粉ものばっかりだねえ。お祭りってこういうものなのかな」

「まあ。そんな感じかなあ」

「へえー……。わあっ!?びっくりした!えっ!?ゼミは!?」

「あ、いや。もう終わった」


 エックスの部屋に帰ってきても彼女は居なかった。別に心配しなくても大丈夫だと思うけれども、もしかしたら怒っているかもしれないと思って魔法で追いかけてきたのである。


「今日もごめんな。本当は一緒に遊びたいんだけど」

「まあ、仕方ないよ。それより……はい。たこ焼き」

「うん。ありがと」


 爪楊枝をたこ焼きに刺して口に運ぶ。ソースとタコの味が口に広がる。


「ビール飲みてえ」

「ビールはないけど」


 言いながら取り出したのは細いガラス瓶。


「見たことないから買ってみた!」

「お、ラムネ!懐かしい!」


 と、言っても幼少期にラムネと距離の近かった世代ではない。しかし概念的にラムネは懐かしい感じのするものだと公平は思う。エックスには伝わらなかったようで首をかしげるだけだったが。

 中のビー玉を押し込んで飲み始める。エックスは興味深々といった風にそれを見つめていた。


--------------〇--------------


 それから二人は一緒にお祭りの屋台を見て回った。しかし、そろそろ店じまいという雰囲気が漂っている。祭りと言えば夜だ。恐らく本番は昨日の夜。今日は適当にやって夕方までには片付けるのだろう。

 寂しさを感じるエックス。誤魔化すつもりで、別にやりたいわけでもないのにクジ引きに挑戦してみる。全然いらないエアガンが当たった。

 その場で取り出して弾を込めずに構えてみた。何となく公平に向けてみる。殺傷能力もないしそもそも何も出ないと分かっているがちょっとどきっとする。そんな様子にクスっと笑い、エアガンを懐にしまった。


「あ、そういえばさ。魔女の世界にお祭りってなかったの?」

「ん?うーん……。あった。けど行ったことはないなあ。ボクは下級国民だったからね。そんなお金はなかった」


 思っていたよりも重たい返答だった。そう言えば魔女の世界はエックスが魔女になる前は一部の上級国民が支配するディストピア社会で、エックス自身は名前すらなかったのだと思い出す。

 一方でエックスはさっぱりしていた。


「だからさ。今日はすっごく楽しかったんだよね。こっちにきてよかったなって!」


 それを聞いて。公平は何だか嬉しくなって。だけど照れくさくて。


「そっか」


 とだけ返した。エックスはにっこりしながら「うん」と答える。

 公平は視界の隅に見える『いももち』の屋台に気付いた。祭りの屋台には新顔だが結構好きなヤツである。


「最後にアレ買っていい?」

「うん。……いも?もち?」


 エックスは不思議そうにしながら公平の後ろをついていく。よく分からないけれども芋をどうにかして餅みたいにしたものを揚げたヤツだ。二つ買って一つをエックスに渡す。そして歩きながら食べた。

 

「なんか悪いことしてるみたいだね」

「……そうだな」


 そうやって二人は笑いあった。後ろで屋台の店主の咳音が聞こえた。


--------------〇--------------


 エックスの部屋に戻った二人。これから魔法の特訓である。机の上で彼女の巨体を見上げる。今回は『箱庭』は使わずに部屋で実践訓練を行うらしい。


「なんで?」

「相手は魔女じゃない。敵を縮めることのできる相手だ。公平には効かなかったけど、もしも小さくさせられても対処できるようにしたい」


 小人になってしまった場合、現実の街を模した『箱庭』での修業は実践的ではない。縮められた身体では建物や街にあるものを使った戦い方は出来ない。それよりもエックスの部屋にある家具とか小物を利用した方がよい。


「家具の影に隠れたり、小物を投げてびっくりさせたり。こういうスタイルも出来るようになった方がいい。人間対巨人ではなくて、小人対人間の戦い方だね」

「なるほど。それは分かったよ。……それは?」

「エアガンだけど?」


 右手に持つそれをにっこりしながら掲げる。お祭りのクジ引きで貰ったエアガンだ。言いながら銃身を引っ張ってリロードする。玩具のエアガンにどれだけの意味があるのだろうか。


「なんでエアガン?」

「敵は人間を縮めて虐めて悦に浸る悪趣味な性格だったからね。敢えてこういう子供っぽい玩具で攻撃してくるのはあると思う。敢えてね。そこを慌てることなく対処できればびっくりさせられる!その隙をついて撃退も出来るのではないかと!」


 言いながら公平に向かって構える。結局のところお祭りで偶々貰った玩具を試してみたいだけではないかと思った。


「始めるよ」

「オッケー」


 公平は『レベル5』を発動させた。真意がどうであれ同じこと。やるべきことは二つ。小人としての戦い方を習得することと『レベル5』の持続時間を延ばすこと。

 エックスがエアガンを撃ち始めた。迫りくる巨大なBB弾を『レベル5』で切り裂いていく。闇雲に切っていくのではダメだ。致命的な攻撃だけを切り落とす状況判断能力も必要である。


「コレは……。思ったよりも面白いかもしれない」


 いくら巨大でも所詮プラスチックの弾。『レベル5』の切れ味と、強化された身体能力があれば容易く切断可能である。普通に魔法を撃ってこられるよりもずっと楽だ。楽しいゲームのような気さえする。


「なるほど。じゃあちょっと難易度をあげようか」

「へ?」


 瞬間。エアガンの他にもう一つ。エアガンで発射された以上に高速なBB弾が向かってくる。急なスピードアップに公平は戸惑った。咄嗟に『断罪の剣』を発動させて、二刀で迎撃する。


「な、なんだあ!?」


 エアガンは一個しかないのに、とエックスの左手を見た。何かを弾き飛ばすような手の形。


「お前手でBB弾撃ってんじゃねえよ!」

「ふふふ。このスピードに対応できるかな?」

「こんな事出来るヤツいるかなあ!?」


 これは……ダメだ。今は何とか迎撃出来ているけれども、いずれ対応しきれなくなるのが目に見えている。だってエックスはまだ本気じゃない。右手はエアガンを使っているというのが既にハンデなのだ。そして、『レベル5』もいつまでも使えるわけじゃあない。


「し、仕方ない……」


 咄嗟に二つの魔法を解除して飛び下がった。このまま我武者羅に立ち向かうのは賢明ではない。一時撤退。このまま机の下に逃げる。


「アハハハハ!逃げろ逃げろ!」


 そんな公平を嘲笑うようにBB弾の嵐が襲う。わざとなのかもしれないけれども公平が走る一歩手前を撃っている気がする。お陰で逃げようにも逃げられない。弾幕に包囲されている気分だった。


「こ、こんなエアガンの扱い巧いヤツいねえよ!」

「いたらどうする!?敵だったらどうする!?ここで生き延びるのがキミの仕事だ!」

「そんなこと言ったって……。いったあ!痛い!」


 遂に一撃命中する。当然当たっても死なないようにしてくれているのだが、痛みは本物だ。その場に倒れこんだ公平の周囲にBB弾が何発も撃ち込まれる。今のが全部当たっていたら死んでいたぞ、とでも言いたいのだろうか。


「はい。ゲームオーバー」


 言いながらエックスは公平を摘まみ上げて、顔の前に持ってきた。


「こ、これ……。どうするのが正解なの?」

「うーん。ボクが本気になる前に倒すか、本気になる前に離脱するか?」

「な、るほどね」

「よしっ!分かったところで二回戦いってみようか!」


 エックスは元気だ。公平は苦笑いしかできなかった。

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