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逃げる公平、追うエックス

「ほう。ほうほう。なるほど。確かになかなかどうして強者らしいの」


 リオンはにこにこしながら言った。杉本はこの国の『影楼士』・アルトロイドを倒し、魔法の連鎖の力を示すことに成功した。エックスは得意げな顔でにっと笑う。


「その通りだ王さま。ボクの仲間は強いのさ」

「ふむ……」

「悪いけど。ボクはみんなに手伝ってもらうことに──」

「うう……」


 そこでアルトロイドが目を覚ます。気絶していた時間はほんの数分。たったそれだけでもとどめを刺すには十分すぎる時間だ。老兵は自分の敗北を自覚する。


「そうだの。その少年はなかなかに良いものを持っておる。──それに比べてアルトロイド。お前は弱いの」


 アルトロイドはごくりと唾を飲み込んだ。エックスも公平も、みんな目を丸くしてリオンを見つめた。王は異連鎖人の視線を一切気にせずに続ける。


「お前にはいくらでも勝つチャンスがあった。それをみすみす見逃したのだ。ああ。その年になって未だに1級影楼士であるのも納得だわい」

「……は、はい」

「ちょ、ちょっと!そういうねちねちしたのはやめてよ!」


 嫌な雰囲気だった。こういうのは嫌だ。杉本が強かったのは本当だ。そのおかげで勝てたのも事実である。だが勝負とは時の運。彼が負ける可能性だってあったのだ。どちらが勝つか負けるか分からない勝負であれば、その結果を攻めたてても仕方がないではないか。

 抗議するエックスに対してリオンは柔らかい口調で、しかし冷たく言い放つ。


「若き女神よ。これは『影楼の連鎖』の問題じゃ。貴女には関係のないこと。口を出さないでもらおうかの?」

「……やだ。そういうのはやめて。やめないとボクたちはみんな今すぐ帰る」

「『鍵』も回収せずに、か?」

「……!」

「……ふん。話を戻すがアルトロイド。いつまで経ってもお前が特級影楼を仕留められないのはそういう甘さが」

「リオン様!」


 クロノが声をあげる。リオンが言葉を止める。


「……ふん。まあいいわい。アルトロイド。お前の処分は追って知らせる」

「……はい」

「それから」


 じろっと。リオンは杉本を見つめてにっこりと微笑む。


「少年よ。そなたの強さ、このリオン確かに見た。『魔法使い』というものの力も確かに証明されたの。……だが」

「?」

「かといって。全員を自由に動き回らせるのも面白くない。お前と……もう一人だけじゃ。最後の一人はこの城に居てもらおうかの」

「ちょ、ちょっと待った!なんだよそれ!話と違うぞ!」


 エックスがリオンに抗議する。リオンは彼女を見もせずに答える。


「私はそもそも勝ったから自由に動いてもいいとは言っておらんわい」

「なっ……!」

「とはいえ。有用なものを使わぬ愚か者でもない。こちらも最大限譲歩しておるのだ」


 杉本は一瞬俯いた。どうしても残らなければならないというのであれば自分が残るのが一番いい。そう自分を納得させて、公平と吾我に振り返る。


「……公平さん。吾我さん。ここは俺が」

「なにを言っておるのだ少年。私が強さを見たのはお前だ。お前が城に残ってどうする」

「……待ってください王さま!さっきも言ったでしょう、俺が一番弱いんだって」

「私はそれを見ておらん。見ていないものは信じないのが私の主義での」

「なに……!」

「分かったよ」


 やれやれといった感じでエックスは口を開く。


「まあ。こっちも条件をはっきりさせなかったのが悪いしね。一人置いていけばいいんだろ?」


 こうなると自分が残るのだろうな。吾我は思った。果たしてエックスは吾我の元へと歩み寄ってくる。そして、にこっと笑って彼の肩を叩いた。「分かった俺が残るよ」と言おうと口を開いたが、それより先にエックスが言葉を発する。


「じゃあ今回は吾我くんと杉本くんに手伝ってもらおう。一緒に聖女退治頑張ろうね」

「分かった俺が……えっ!?」

「あ、俺が残るの。ま、まあいいけど……」

「うん。悪いけど。お願いね」

「その男が残るのか。よろしい。クロノ。彼を個室へ案内しなさい」

「は、はい」

「あ、ちょっと待って」


 エックスが口を挿む。リオンとクロノは同時に彼女を見つめた。エックスはなんだか照れくさそうに笑いながら言う。


「あの……実は。今回残ってもらう公平とボクは夫婦でして。聖女をやっつけるまで、もしかしたら会えないかもしれないし」

「それで?」

「最後にハグさせて?」

「あ?」


 リオンは困惑の声をあげた。エックスは彼に構わずに公平の元へと歩み寄り、ギュっと抱きしめる。暫くして公平も彼女の身体に腕を寄せた。彼の力を、彼の存在を全身で感じ取る。エックスは満足そうに息を吐きだした。


「……暫く待っててね。公平。すぐに終わらせるから」

「……だ」

「え?今なんて……」

「やっぱイヤだぁ!」


 そう叫んで。公平はエックスを突き飛ばした。そのまま謁見の間を飛び出して。そのまま階段を二段飛ばしで駆け下りて行って。遂にはお城も飛び出して。城下町にまで逃げ出す。

 リオンは一瞬ぽかんとした。だがすぐに状況に気付いて怒号をあげる。


「お、追えっ!なにをしておるお前たち!早く追え!」


 部下の『影楼士』たちが公平を追いかけようとする。その瞬間にエックスは彼らを制止した。


「待って王さま!」

「あっ!?」

「逃げたのはボクの旦那だし!っていうかボク突き飛ばされたし!これDVってヤツじゃない!?

「お、おいエックス……」


 吾我が戸惑いながら言う。そこまで残るのがイヤなら自分が残るけどと言おうとした。だがそれより先にリオンの怒鳴り声が部屋全体に響く。


「なにをわけの分からないこと言っておるのだ!」

「ボクが追いかけるって言ってんの!」


 言うや否や。エックスまで謁見の間から駆け出していく。階段には向かわずにテラスへと。そうして柵を飛び越えてお城の外へと身を投げ出す。次の瞬間彼女の身体が緋色に輝いて、一気に大きくなる。幸いお城の敷地は広いので平気で足を着くことができた。ずずんと音が鳴り、先ほど影楼と戦った時のように城全体が揺れる。

 城内から悲鳴が上がった。影楼のように巨大な女がすぐ傍まで迫っているとあれば無理もない。エックスはそちらを気にせずに城下町をきょろきょろと見回した。やがて緋色の瞳は逃亡者の姿を補足する。


「あっ!いた!」

「げっ!見つかった!」


 大通りを走る公平はぜいぜいと息切れしながら逃亡中である。他の町民は突然城内に現れた巨人の姿に悲鳴を上げて逃げ出した。各々自分の家へと飛び込んでいく。一分もしないうちに大通りは公平だけが駆け抜ける道となった。


「逃がすもんか!」


 エックスはぴょんと跳びあがった。巨大で深く暗い影が街中を移動していく。大通りを丸ごと埋めるほどのスニーカーが逃げていく公平のすぐ目の前に踏み下ろされた。巨大で重たい物体が落下した衝撃と風圧は、小さな彼の身体を吹き飛ばす。


「……くっ!」


 やむなく公平は反対方向へと逃げることにした。方角的には城のある方向。この際仕方ない、と。

 エックスは無言で足をあげた。公平の身体を暗い影が覆う。思わず顔を上げると、青空の代わりに靴裏が視界一杯に広がっていた。そして次の瞬間。エックスの足は踏み下ろされて公平を踏みつけた。ついでのようにぐりぐりと踏み躙る。地面と足の間で公平のうめき声がして、やがてそれも途絶える。どれだけ早く走ったところで巨人の一歩には及ばない。

 足を退けると公平が倒れていた。潰さず、怪我もさせないように調整していたおかげで目を回した程度で済んでいる。エックスは腰を落として彼をそっと拾いあげた。顔のすぐ前に持ってきて、緋い瞳でじっと睨む。


「全くもうっ。ボクから逃げられるわけないだろ。何考えてんのさまったく」


 そう言って。魔法で彼の身体をぐるぐるに縛り上げ、口もついでに縛って言葉を発せられないようにし、ポケットの中へと突っ込むのであった。


--------------〇--------------


「ただいまー。つれてきたよー」


 人間大の大きさに戻ったエックスは呑気な口調で言った。彼女が出て行ってから五分足らずのことである。ポケットに手を突っ込み、縮めた公平を摘まみあげ、ひょいっと放り投げる。ぽんという音と煙と一緒に公平は元の大きさに戻った。ぐるぐるに縛られて、さながら芋虫のような姿でうーうーと唸っている。


「クロノくん。お願いね」

「は、はい」


 クロノは藻掻いている公平を起こして個室へと連れて行く。それを見届けるとエックスはリオンに顔を上げた。


「悪いね。時間を取らせて」

「……いや。思いのほか早く終わって良かった」

「それはどうも」

「……それでは改めて。『魔法の連鎖』。お主らに頼みたいことを説明しようかの」

「うん。お願いね」


 リオンがこほんと咳払いする。王が口を開くより先に、吾我がエックスにこっそりと耳打ちした。


「いいのか?別に俺は残ってもいいぞ?」

「いいのいいの。気にしないで」


 言いながらエックスはポケットに手を入れる。そこには公平が居た。彼女の指先は先ほど踏みつけたのを謝るかのように彼を撫でている。

 先ほど放り投げたのは魔法で作った人形だった。誰かを閉じ込めておかねばならないというのなら身代わりを用意すればいい。抱き合った時に念話でその為の段取りを説明していた。

 『この後ボクを突き飛ばして逃げて。城下町まで全力で。そうしたらボクは元の大きさに戻って捕まえに行くから。そしてポケットの中にしまう。その後偽物の公平をポケットから取り出してリオンに渡す。駄菓子みたいに安っぽいトリックだけど、取り出したものが本物か偽物かなんて、リオンにはきっと分からないよ』と。今回吾我ではなくて公平を選んだのは彼が踏みつけられるのに一番慣れているからである。

 我ながらナイスだったな、と。リオンの説明を聞きながら考えるエックスであった。

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