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東と東と東

「これが洋菓子店、シャロンの店長、東美姫の写真だ」

 

 そう言って吾我は懐から一枚の写真を取り出した。公平とエックスはそこに映る女性を覗き込む。


 新たな敵との邂逅から一週間後のこと。吾我の組織は東について調査をしていた。

 異連鎖からの侵略者。魔法とは似て非なる『何か』を操る敵。彼女について分かっているのは東京にあるシャロンというケーキ屋の店員だったということくらいだった。

 居住地から職場までも相当な距離がある。だが魔法に近い力を持った彼女であれば問題にならない。田舎の大学生協が斡旋しているアパートの一室と東京のオシャレなケーキ屋さんの間の距離はないに等しい。


 とにかく情報が足りなかった。自身の連鎖の神に守られているせいでエックスの力でも手が届かない。だからこそ頼りになるのは巨大な組織の力。人間世界にいる限り普通に生活していればどこかで痕跡が残る。それを多数の人間の足で探し出すのである。吾我の手を借りたのはそういう理由だった。

 本日呼びつけられたのも何らかの成果があったからだと期待した。エックスも公平もほいほい出てきて待ち合わせ場所の喫茶店にやってきたのである。……しかし。


「これが……?」

「東……だと……?」


 そこに写っているのは笑顔でピースをしながら初老の男性と並んでいる女性。二人が出会った東とは似ても似つかない容姿であった。

 まず顔が違う。先日見た東は『かわいい』とか『キュート』と言った言葉の似合う、ショートカットで人懐っこくてぽやっとした顔立ちで内面の邪悪さと反比例した感じだった。

 確かに写真の女性も顔立ちは整っている。しかし彼女を言葉で表すなら『綺麗』とか『クール』といった感じだ。髪型は短く切ってあるけれども、先日の東よりも短く見えた。それに彼女に比べて痩せているようにも感じる。頭身も幾らか高いように思えた。


 公平は呆れた感じでため息を吐く。


「お前コレ人違いだよ。どう見ても別人だ」


 エックスはそれに同意するように首を何度も縦に振る。どう見てもこの女性と、以前の夜の東は別人である。彼女の容姿は伝えたのにどうしてこうなったのか。非難するような視線を向ける。吾我は涼しい顔で顎に手を当てた。そして一言。


「やっぱり別人だったか……」

「は……?」


 その言い方ではまるで。


「最初からこの人は東じゃないって分かっていたの?」


 エックスは訝しげに言った。公平は眉をしかめる。


「どういうことなんだ?」

「確かにこの女なんだよ。シャロンの店長である『東』は」


 シャロンは23区内のとある場所に30年以上も営業していた洋菓子店である。『東』は18歳の時に初代の店主に弟子入りし、それから10年間先代の下で修業を続けていた。そして2年前の春に、晴れて店の跡を継ぐことになったのである。


「ちょ、ちょっと待って。10年前?」


 エックスが吾我の話を遮った。もしこの『東』とあの夜に出会った東が同一人物であるならば、彼女は自分が現れるずっと前から人間世界に潜んでいて活動していたことになる。どう考えてもおかしい。

 吾我もそれに頷いた。これがおかしな事態であることは彼にも分かっている。


「だから。先代に会ってきたんだ。そこで貰った写真がコレなんだ」

「ちょ、ちょっと待てよ。じゃあ、あの店には二人の東サンが居たってことか?」


 公平の問いかけに吾我は首を横に振る。


「近隣住民は言っていたよ。シャロンは2年前に店主が変わってからはずっと2代目が1人で営業してたってな」


 公平もエックスも言葉を失った。シャロンには『二人の東』が存在した。しかし周囲の人間は『一人の東』が存在したようにしか認識していない。先代の店主ですら、この写真に写る『綺麗』で『クール』な雰囲気の東を、公平とエックスが出会った『あの東』と認識していた。『かわいい』とか『キュート』という言葉の似合う、人懐っこくて背丈の低い女性と。それが自分の弟子であると。


 つまり。これは。


「あの女。シャロンの店長の、本物の東サンに成り代わっていたのか?みんなそれに違和感を持たないように操られているのか?」


 吾我は頷く。


「お前らが会った女は『東』って名前ですらない」


 言いながらエックスに目を向ける。


「異世界からの来訪者が何の手続きもなく他の人間に何か言われることもなくケーキ屋やって生活できるわけがないんだ」


 エックスはその言葉に心の中で同意した。身体の大きさを抜きにしても。自分が人間世界で不自由なく暮らしていくには越えなければならない障害は多い。いやむしろ、巨人であるからこそ却ってやりやすい部分もあるようにも思えた。


「それが出来る力を使えるなら誰かの人生をそっくりそのまま奪い取るのが一番手っ取り早い。そして。彼女は……」


 写真に写る東サンに指を置く。


「残念だが。もう亡くなっているだろうな」


 誰かが奥歯を噛み締めた。身勝手だ。こんなこと許していいはずがない。喫茶店のテーブルで怒りの温度が上がっていく


「……それからもう一つ。これは彼女の弟の、東信也の写真だ」

「弟?」

「見覚えがあるんじゃないかと思ってな」


 そう言って置かれた写真に写る男は。


「あ」


 金髪で。軽薄そうで。公平も知っている顔である。


「誰?」


 エックスは首を傾げた。


「ああ……。エックスは覚えてないかもね」


 エックスにとってはそこまで印象深い相手ではないだろうから無理もない。彼女も会っている相手ではあるのだが。

 だがしかし、公平にとってはとても記憶に残る相手である。


「昔、新潟の友達と酒飲んだろ?」

「うん」

「コイツはその時に俺たちを誘拐したヤツだよ」


 そう言えばこの男も東だったっけ。公平もようやく思い出した。明石四恩に魔法を教えられた男である。ここで繋がってくるなんて世の中案外狭いものである。


「アレ?ちょっと待って……?ねえ吾我クン?この人魔法が使えるってことは……?」

「そうだ。敵の認識操作が効いていない可能性がある。……とはいえ。この男は東京には住んでいないんだ。姉が入れ替わったことを知らないかもしれない。それに敵の攻撃が普通に効いている可能性もある」

「それでも念のため話を聞きに……」

「もう行った。そして。姉の写真を見てどこか動揺していた」


 即ち彼は何かを知っている可能性が高いということだ。公平は小さく息を呑む。


「それで……どうだったんだ?」

「何かを知っているのは確かだと思う。だけど何も答えてくれなかった。……時間が惜しい。こうしている間にもまた誰かが犠牲になっているかもしれない。だから」

「だから?」

「ちょっと強引な手を使うことにした。身内を亡くした者に追い打ちかけるようで悪いが、手段は選んでいられない」


 吾我は自分を責めるような口調で言った。


------------------------------------〇-------------------------------------


 ローズという魔女がいる。エックスと同じで人間に友好的な魔女の一人である。基本的に人間を虫けらか何かだと思っている魔女の中では珍しい。以前はエックスと協力して他の魔女と戦ったり、魔法の師匠として吾我を鍛えていたこともある。その時の活躍のおかげで人間世界では『薔薇の女神』なんて呼ばれていた。


 クールぶっているけれどどこか抜けている。そんな性格が幸いしてか、仲間と敵対した割にはそんなに嫌われてもいない。まあローズはあんな感じだし、という空気であった。


 そのローズは机の上にぽつねんと座っている一人の人間をじっと見つめていた。こうなった理由はよく分かっていない。金髪で。弟子である吾我より背は低くて。何だか派手なスーツを着ていて。顔は弟子の方がかっこいい。


「本当のことを言えー」


 吾我の指示通りに言葉を投げかける。男は──東信也は小さく震えた。


------------------------------------〇-------------------------------------


 吾我がローズの元にやってきたのは数十分前のこと。暴れる信也を肩に担いで現れたのだ。彼女が何か言う前に吾我は一方的に言いたいことをぶつけてきた。


「コイツを絶対に逃がさないでくれ。それから30分に一回、『本当の事を言え』と言ってやってほしい。それ以外は何もしないでほしい。ニコニコしながら見ててくれ」

「何もしちゃダメなの?」

「そうだ。あ、いや。少し遊ぶくらいならいい。じゃあよろしく」


 わけも分からないまま知らない人間を預かった。わけも分からないまま『本当の事を言えー』と驚かしている。

 何もするなと言われても黙って座ったままというのは息苦しい。頬が痒いなと思ったら掻くし、座ったままなのも窮屈だなと思ったら立ち上がった。そして彼女の一挙手一投足が信也には恐ろしいようであった。

 例え大人しいと言われても、ライオンやトラと同じ檻に閉じ込められて平気でいられる人間は少ない。『薔薇の女神』なんて呼ばれていても巨人は巨人。目の前に二人っきりで相対して、恐ろしくないわけがないのだ。まして。彼は一度魔女に敵意を向けられたことがある。エックスとの事が半ばトラウマになっているのだ。


「本当のことを言えー」


 ニコニコしながら枕のように机に置いた腕に頬をのせ、その巨大な瞳を近づける。ぱちくりとまばたきする度に信也はビクッとした。なにしろ「少し遊ぶくらいならいい」と言われたのだ。彼にはローズの基準でいう『少し遊ぶ』がどの程度なのか分からないのだ。

 信也も出来ることは全部やった。魔法で抵抗もした。効かなかった。もう本当のことを話すとも言ってみた。聞いてくれなかった。ただただ『本当のことを言えー』と、時計のように正確に、30分ごとに言うだけである。

 ちょっと飽きてくると、ローズはふうと息を吹きかけたり、指先で突っついて遊んでみたりする。魔女が動き出したのが恐ろしくて、その度に信也は小さな悲鳴を上げた。

 だがローズはこれ以上のことをする気はない。彼女にとって『少し遊ぶ』というの吐息で転ばしたり指先を押し付けたりする程度のことである。人間がネコやイヌみたいに小さくて可愛い生き物を撫でているのと同じ感覚だ。

 そうやって猛獣よりも怖ろしい魔女の住処に置いてけぼりにされた男は丸一日ローズに遊ばれることとなった。時々かけられる『本当のことを言えー』という声にどうにかなりそうだった。


 状況が変わったのは、ローズの部屋に来てからぴったり24時間後。自分をここに連れてきた男、吾我レイジが戻ってきたのだ。


「あ、あんた……!」

「話してくれないか。でないと俺はアンタをここから……」

「は、話す!話すからここから出してくれ!」


 吾我は小さく笑った。魔女と二人きりの状況を作り、精神的に追い詰める。ちょっとした拷問である。姉を亡くした相手に行うのは気が引けたが、状況が状況だ。

 一方で。その状況を魔女の視点から見下ろしていたローズは悲しそうに眉を下げた。

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