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休息の魚釣り

「なあエックス」

「なあに」

「なんで釣りなん?」


 エックスの提案で、三日間ほど魔法を使うのはやめてのんびりしようということになった公平は彼女に誘われて海釣りをしていた。市内から車で一時間くらいのところ。海上に設けられた桟橋の上にある釣り堀だ。

 今のところエックスも公平もボウズだった。餌だけ持っていかれる格好で一匹も釣れていない。ウィッチは、今日はいない。魔法が使えない状態で魔女の大きさに戻されて、エックスの部屋で自堕落に過ごしている。


「最初にボクを釣りに誘ったのは公平なんだけどな」

「俺別に釣り趣味じゃないけど……」

「何だか無性にやりたくなるってことはあるさ。まあなんにも釣れないけど」


 言いながらエックスはきりきりとリールを巻いて針をあげてみると、付けていたはずの餌がどこぞに消えていた。また餌だけ持っていかれたらしい。


「むう。なかなかやるな。魚類のくせに侮れない奴らじゃあないか」

「今日こんなんばっかだよ。ああ、寒ぅ……」


 まだ冬と春の境目くらいの時期である。気温はまだ低い。人もまばらであるが、意外にも自分たち以外のカップル客も来ていた。少し離れたところで楽し気に釣りをしている彼らの方はなんだか入れ食いみたいである。横目で見ただけで分かるくらいには大量だった。思わず『いいなあ』と呟いてしまう。そりゃあ楽しいだろう。こっちは一匹もかからないのに。


「うーん。今日はちょっとキビシイねえ。この前来た時はいっぱい釣れたんだよ?」

「前って俺が誘ったって時のこと?」

「そう。海に行きたいって公平に行ったらここに連れて来てくれたんだ」

「……なんかゴメン」


 海に行きたいと言う女の子を海釣りに連れて行くのは殆ど詐欺というかウソに近いのではなかろか。泳ぐのが苦手だからそういうことにして逃げたのだろうと思ってしまう。我が事ながらちょっとカッコ悪い。エックスはくすくす笑って『別にいいよー』と呑気な調子で答えた。

 それから十分経って。二十分経って。三十分経った。釣れたグループも釣れなかったグループも切り上げて、遂にはエックスと公平の二人だけになってしまう。


「今日はダメだな……そろそろ帰る?」

「むうう。一匹もかからないなんて。くそぅ。魚類のくせに」

「まあまあ。魚だって死活問題だからさ。色々考えてるんだよ。この辺温泉とかあるし、そこ寄って帰ろうよ」

「いや!このまま魚に負けたまま帰るなんてちょっとボクのプライドが許さない!」


 エックスは勢いよく立ち上がり、魔法を使った。彼女の身体が光に包まれて、かと思うとビキニの水着姿に早着替えしている。


「……寒くないの?」

「全然平気!もう春になるし!」

「流石魔女……」

「その魔女が魚如きに負けていいわけがないのさっ!」


 『とうっ』と勢いよく海へと飛び込んでいく。公平は桟橋の縁からエックスが消えていった海を見下ろした。


「おいおいおい。大丈夫かよエックス……」


 言ってから大丈夫に決まっているかと思い直す。とはいえ上がってこないので、仕方なく釣り竿を片付けていると、海から小さな音がした。覗き込んでみると水面が小さく泡立っている。音が大きくなるにつれて泡は一層激しくなり、海面が大きく畝った。そして、大きな水柱があがる。空高くに巻き上げられた海水は重力に従って落ちてきて、公平の身体を濡らす。


「うわっ!?なんだっ!?……寒いっ!」

「捕ったー!……わっ!?ちょっ、暴れちゃダメだよ!」


 元の大きさに戻ったエックスが勢いよく海から飛び出してきたのだ。じたばたと暴れる黒くて大きな何かを抱きしめている。よくよく見ればそれは鯨だった。この時期にこんなところにこんな大きさの鯨がいるなんてことあるのだろうか。寒さに震える公平は一瞬だけ疑問に思った。が、酷く寒いということの方が今の公平には重要だったので。現実に起きていることであるならばそういうこともあるのだろうと自分を納得させる。


「どうだい!?公平!ボクがその気になれば魚なんかには負けないんだから!」


 公平はかたかたと震えながら得意げにしているエックスに言う。


「鯨は哺乳類だろ……」

「……あっ」


 鯨は魚ではない。それに気付いたエックスは、思わず腕の力を抜いてしまった。捕らえられていた鯨が海へと落ちて。彼女から逃げていく。数百メートル離れたところで勢いよく潮を吹いて、虹の橋が出来た。


「そうだった……。アイツらあんな魚みないな見た目のくせに哺乳類だった……」


 しょぼくれて俯く。かと思うと、『あっ』と何かに気付いて嬉しそうにした。コロコロとよく表情の変わる顔である。


「ど、どうした、の……」

「くくく……。どうやらやっぱりボクは魚に勝っていたらしい」

「……え?」

「えいやっ」


 身体を傾けて胸を公平の真上に掲げる。暗い影が公平を包んだところで少しだけビキニのトップスをずらしてやる。すると海水が滝のように落ちてきて彼の身体を更に濡らした。


「うわっ!?ちょっ、なにすんだよぉ!?」

「ふふふ。よおく足元を見てみたまえよ、公平クン」

「ええ?あ、足元……?」


 言われるがままに視線を下に落とす。ぴちぴちと何匹もの魚が飛び跳ねていた。


「これは……」

「ふっふっふっ。どうやら鯨を捕まえる時に水着の中に潜り込んでいたみたいだ!小さすぎて今の今まで気付かなかったけど!」


 えへんと胸を張り、どうだと言わんばかりの得意顔で、公平と公平の周りで飛び跳ねている魚を見下ろす。そんなエックスに対して、公平は何かを抗議するかのような目で見つめ返した。


「……ん?どうかした?公平」

「だ、から……」


 そして。震える身体で大きなくしゃみをする。


「寒いんだって!しまいにゃ死ぬぞ!?」

「ええっ!?だってもう春になるのに!?」

「春でも海の水は冷たいから海開きしてないんだろ!?」


 続けざまにくしゃみを幾度となく繰り返す公平。エックスも流石に慌てた。魔女である自分は平気な水温だけれど、人間にとってそんなにも冷たいものだとは。もう春になるのに。


「えーっと。えーっと。濡れた服を着ているのがよくないんだよね……」


 そう言って公平を摘まみあげると彼の服を無理やりにはぎ取っていく。


「うわあっ!なにすんだ!?」

「それからそれから。身体を拭いて……」


 魔法で作ったタオルで公平の身体を優しく拭いていく。その後魔法で用意した服を着せてあげる。だがしかし、海の水で冷え切った身体はまだ震えていた。


「だったら……!あ、そうだよ。暖めればいいんだよ!人肌で!」

「な、なに言って……?」

「えいっ!」


 その掛け声と一緒に。エックスは公平のことを胸の間に挟んでやる。さほど大きくはないが、それでも公平くらいなら挟んであげられるくらいには大きさはあった。決して寄せて上げているわけではない。

 もがもがと胸の谷間で藻掻く。暖かいことは暖かい。エックスの体温がダイレクトに伝わってくるおかげだ。ただ、そのせいで気恥ずかしい。どうにか顔を出して彼女の顔を見上げる。


「う、うん。暫くそこにいたらいいよ。暖まるまでさ」


 エックスの顔も恥ずかしいのか、或いは照れているのか赤く染まっていた。恥ずかしがるくらいならこんなことしないで魔法で暖めてくれればいいのにと思ったけれど、それを言える空気ではなくなったので、黙っておくことにする。

 それからエックスは元の大きさに戻った。公平は同じ縮尺で縮めてやる。すぐさま魔法で元の服装に着替える。服の中は熱がこもって、水着姿の時よりもきっと暖かいはずだ。

 びしょびしょになった公平の服は、部屋にある洗濯物入れの中へと続く空間の裂け目に放り込む。ズボンのポケットに入っていたスマホとサイフは濡れたらいけないだろうと魔法で守っていた。こんなことなら公平自身も濡れないようにしておけばよかったと反省する。

 最後に跳ねている魚たちを拾って、持ってきたクーラーボックスの中へと放り込んでいく。このままぴちぴちさせておくだけでは勿体ない。みんな今晩のお夕飯のフライにしよう。


「よ、よしっ。片付け終わり!次行こう次。温泉あるんだよね!温泉!入って行こう!うん!」


 そう言うと公平の返事を待たずに、なんだかぎこちない歩き方で桟橋を後にするエックス。彼女の顔は未だ真っ赤のままであった。

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