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壊れたブレーキ

「ギドウ……」


 エックスと公平が連れて帰ってきたギドウの亡骸。ジャリウの住む山の頂上、山肌の上にそっと寝かされた彼の傍らへとジャリウは駆け寄って、その顔に触れながらじっと目を閉じる。


「……ごめん。謝って許されることじゃないけど。ボクがいたのに、守れなかった」

「そうだな。お前の言う通りだよ」


 真っ直ぐに人間大の大きさになっていたエックスを睨みつける。思わず目を逸らしそうになった。


「待ってくれ!」


 そんな二人の中に公平が割って入る。


「悪いのは俺なんだよ!敵は俺を殺しに来たって言ってて。だから、お、俺が。ギドウと一緒にいなければ……」

「そんなことはもうどうでもいいだよ」


 ジャリウは公平の言葉をバッサリと切り捨てる。


「どっちの責任とか。もうそういうことはどうでもいいんだ。お前らが来なかったらギドウは一人で仕事をこなして帰ってきていたはずだ。お前らが来なければ、ギドウは死ななかった」


 エックスも公平も何も言えなかった。二人して何も言えずに俯いてしまう。全くもってその通りだと思ったからだ。自分たちが『聖技』を相手にしているということをもっと深刻に考えるべきだったのだ。


「だけど。最終的にお前らの同行を許したのはオレだ。この件で一番ばかだったのはこのオレだ」

「……なにを。そんなことは……」

「顔を上げろ。オレはオレの責任を果たす」


 言うとジャリウは胸に手を当てた。彼の小さな手が赤く光ったかと思うと、その光をひょいっとをエックスに投げ渡す。咄嗟に光をキャッチしたエックスは怪訝な表情でそれを見つめた。


「……なにこれ?」

「『鍵』だ。持って行け」

「か……!い、いや。受け取れないよ」


 エックスは眉を落として目を逸らし光を持った手をジャリウに差し出す。自分たちは失敗した。これを受け取る資格なんてない。そんな調子の彼女を見て、そっけない感じで返す。


「いいからもってけ」

「でも……」

「ギドウは『心錬』の最後の希望だった。聖女と戦える力だった。そのギドウがお前らに賭けて。命を捨てても守ったんだ。だからその責任をお前らにも果たしてもらう」

「……」

「必ず『聖技』を倒せよ。約束だ」


 それを言われたら。エックスは首を縦に振るしかなかった。


「約束するよ。絶対だ」


 そんなやり取りの中、公平は俯いたまま強く奥歯を噛み締めて、胸の奥から這い出てくる何かじめっとしたものを押さえ込むことしか出来なかった。


--------------〇--------------


 『心錬』での戦いから三日。


「はあ……はあ……まだまだ……!」

「……」


 公平はエックスとの特訓を『心錬』へ行く前よりもずっとハードにしてもらっていた。魔法の使い方を忘れてしまってからは、通常サイズの100mのエックスを相手に模擬戦を行うことで訓練を重ねていた。だがしかし、帰ってきてからはそれよりも10倍大きくなってもらっている。


「もっと……もっと……!」


 1キロメートルの大きな身体から繰り出される攻撃から生き残るには今まで以上に速く駆け抜けなければいけない。1キロメートルの大きな身体に攻撃を今まで以上に強力な魔法を撃ち込まなければならない。そしてそれでも対応できなかった時、1キロメートルの身体から繰り出される攻撃を受けても、すぐさま立ち上がらなければいけない。

 呼吸もままならない様子で自分の周りを飛び回る公平の姿をエックスは見つめている。相対的に小さくなった公平のことを手の平で追いかけて叩いてやったり、或いは殴りつけたり。若しくは踏みつけてやったりと。魔法は使わないことにしているがそれでも攻撃の仕方は様々だ。

 始めは一撃受けただけで暫く動けなかった公平だが、今ではすぐに戦線復帰してきている。最初に比べれば攻撃を躱せることも多くなってきた。自分の限界を超えようとして無茶なことをやっている効果は出ている。


(だけど……これは)

「うおおおおっ!」


 眼前に迫り、魔法を撃たんとする公平を見つめると、エックスの胸がきゅうと締め付けられて切なくなった。普段よりも小さく見える彼の顔は酷く疲れ切っていてぼろぼろである。


(もうとっくに限界を超えて、危ないところまで来ているのに……)


 公平は止まろうとしない。立ち止まるためのブレーキが壊れているからだ。ギドウを死なせた自分の弱さとふがいなさをやっつけようとしてがむしゃらになっているだけ。自分のことさえどうでもよくなっている。

 エックスは眉を落とすと、元の大きさである100mに戻った。必然、公平の攻撃はどこにも当たることは無く空を切っていく。


「な、なんで……。おい、エック……ス」


 ゆっくりと目の前に降りてきた公平を改めて見つめる。この大きさに戻ればさっきよりも公平の様子が分かる。これ以上は身体を痛めるだけだ。


「もう今日はやらない。これ以上やったら公平が死んじゃうよ」

「なに言ってんだよ……俺はまだ……」


 エックスは小さく息を吐いて指を振った。公平の魔法に関わる全機能──キャンバス及び魔力を停止させる。宙に浮く力を失った公平は『うわっ』と言いながら落ちていく。怪我をしなかったのは地面に激突する前に彼女の手の平が彼を拾いあげたからである。


「もう今日はおしまーい。ボク疲れちゃったしさ!お風呂入って、あとはずっとお昼寝することにする!」

「待てって……。まだ……やれるよ……」

「ええいっ。もう諦めなさいって!」


 潰してしまわない程度にギュッと手を握り締める。手の中で『ぎゃっ』と小さな悲鳴がして、開くと公平が目を回して気絶していた。


「これで良し」


 言うと箱庭から部屋へと戻って、お風呂を沸かす用意をする。


--------------〇--------------


「はー。気持ちいいー!」


 湯船に浸かりながら思いっきり手足を伸ばす。肩まで浸かった身体がお湯の暖かさでポカポカして心地よさそうである。そんなエックスの肩に座って一緒にお風呂に入っている公平は複雑な気持ちだった。こんなところで休んでなんかいられないのに。


「なあ、やっぱりさ……」

「ダメ」

「早いな……。まだ何も言ってないのに……」

「もうちょっと特訓したいって言うんでしょ?ダメ。ボクは今日も明日も明後日もやらないことにしたからね。これは決定事項であーる」

「そんな……うわっ!?」


 エックスの人差し指が肩の上から公平を押して、湯船の中へと落とす。すわ溺れるか──と思ったところで、もう片方の手が彼を掬い上げた。最終的には両手で作ったお椀の中に囚われることとなった。目の前にはエックスの胸元がある。正面を見ていると気恥ずかしいので照れで少し赤らんだ顔を少し上げると緋色の瞳がじっと真剣な眼差しを向けていた。


「頑張ってくれるのは、嬉しいよ。でも頑張りすぎて身体を壊すところまでいったらダメだ」

「……や、でも。記憶を失くす前はアレくらいやってたんじゃないの?」

「あの時の公平は魔法の使い方も今より上手だった。怪我しないように立ち回ることも出来た。本当に危ないときはギブアップすることだって出来た。だから、ボクもちょっと無茶なことを出来たんだ。……でも今は違うでしょ」


 公平は言葉に詰まる。今の自分が、自分の身体のことを一切気にせずに突っ走っているだけだというのは、公平自身よく分かっていたからだ。エックスは柔らかい口調でさらに続ける。


「公平が壊れてしまったら、全部意味がなくなる。キミを守ったギドウくんにだって顔向けできない」

「でも……」

「公平はさ。色々あったせいで冷静に判断できていないだけなんだよ。……お願いだから、暫くはボクの判断を聞いてほしいんだ。これ以上、無茶なことをしないでよ」


 そういう彼女の目に見つめられて。それを見つめ返して。公平は俯いた。湯船に映る自分の顔は酷くやつれていて、思わず苦笑する。こんな酷い顔だったら、そりゃあ心配もするか、と。


「ごめん。なんか……焦っちゃって。だって……俺のせいだからさ」


 言葉の最後で声がおかしな調子になって。自分が泣きそうだったことを自覚する。これは次の瞬間には泣いちゃうな、と妙に冷静に考えたところで『やっ』とエックスが手を落とし、公平を湯船の中に沈める。一瞬何が起きたか分からなくなった。少しだけ焦ったがどうにか浮上する。


「なにすんだよ!?」

「ごめーん。手が滑っちゃった」


 てへっと、わざとらしくすっとぼけるエックスに公平は悔しげな顔で奥歯を噛み締める。けれども同時に彼女が彼女なりに気を遣ってくれたことも分かって。だから嬉しくもあり、申し訳なくも感じていた。

 エックスはクスっと笑うと、再び公平を両手で作ったお椀のお風呂の中へといれる。


「まあ、さ。取り敢えず三日。ゆっくり休んでさ。その後どうするかは、それから決めようよ」

「……うん」


 頷きながら答える。焦っても仕方がない。出来ることを出来る範囲でやるしかないと、自分に言い聞かせて。

 そういうわけで三日間、身体を休めることにした公平。しかしお風呂からあがってさあ寝ようというところで、明日のゼミの準備が出来ていないことに気付いてしまい、結局殆ど休むことは出来ないのであった。

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