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誰にだって分かる簡単な計算。

 剣と剣とがぶつかり合う音がする。ギドウは舌打ちした。女の持つ水晶のような剣は、容易く折れてしまいそうな儚さを感じさせるのに。実際には心錬の剣と幾度となく打ち合えるほどの強さを持っている。純粋な力比べでは敵の方が上だ。


(あの身体のどこにそんな力があるんだよ……!)


 超高速で駆けまわりながら考える。胸が苦しい。思い切り深呼吸がしたい。ついさっきベール・タニアとの戦闘を終えたばかりのギドウである。回復したとはいえこの速度で走り続けるのは負担が大きかった。


「『ギラマ・ジ・メダヒード』!」

(きた!)


 公平の魔法である。彼には自分のタイミングで魔法を撃つように指示している。超高速でぶつかり合っているギドウはそのスピードについていけるように動体視力も強化されていた。彼にとってみれば公平の魔法は止まっているようなものである。


(それはコイツも同じ。このままじゃああの炎は当たらない)


 今のままでは魔法が通る軌跡の上に彼女を誘導しようとすることも難しい。敵もこちらの狙いは分かっているだろうからだ。相手は力で上回っている。速度では互角だ。思うように動きを操るのは困難である。


(だがこれでいい。もう少し。もう少し待つんだ)


 敵はギドウを無視して公平を仕留めようとしている。ギドウはそれを追いかけて決して逃がさない。そうした二人の攻防は公平を中心とした円の軌跡を描いていた。力では劣るギドウが辛うじて成立させた円。公平の目では動体視力を極限まで上げなければ見ることのできない超高速の円である。

 直線である公平が撃った魔法の軌跡。公平を中心とした円の形をしている高速戦闘の軌跡。その二つが交わる瞬間がある。ギドウが待っていたのは、それが少し過ぎた瞬間だった。炎が通り過ぎたその次。炎の通った軌跡の上に敵を誘導できた瞬間に。


「──今だっ!」


 落雷のような音が響いた。


「うおっと」

「うおおおおッ!」


 ギドウが出せる真の最高速度で地面を蹴る。殆どコントロール出来ず、真っ直ぐに進むことしか出来ない速度。その代わりに一瞬前までの速度に慣れていた相手では対応することのできない速度だ。その勢いで既に通過してしまった炎へと敵を押し込む。次の瞬間、爆発音が鳴り響いた。


「やったか!?」

「……へえ。ちょっとは考えたね」


 濛々と立ち込める煙の向こうに彼女は立っていた。全身を覆う鎧を発動させ炎のダメージを軽減していたのだ。その兜は顔全体をすっぽりと隠して目だけが見えている。背後で公平が舌打ちした。


「ダメか……!」

「いいや。もっと撃て。お前の魔法だけが頼りだからな。オレが絶対当てさせてやるからどんどん撃ってけ」


 言いながら剣を強く握る。


「あんなに重そうな鎧を着ているんだ。ちょっとは遅くなるんじゃあないか。そしてオレは一つギアをあげる!『デイルハード=ギラディアン』!」


 雷の力を溜める心錬。公平はすぐにギドウの作戦を察した。最初の攻防はブラフ。こちらには公平の魔法以上の火力が無いと思い込ませる。そうすれば、敵の中ではギドウはただ速いだけの存在に成り下がる。優先順位は一段階下がるはずだ。その上で『ギラディアン』を使う。雷のエネルギーを敵に溜めて溜めて溜める。最後に敵が対応できなかった最高速度で斬りつけて爆発させる算段なのだ。


「おおおおおっ!」


 三度。ギドウは敵に斬りかかった。公平の目には彼が消えたようにしか映らない。ギドウはそのまま鎧を纏った彼女の背後に回り込み剣を振り上げる。──そして。剣と剣がぶつかり合った。


「なに……?」

「残念。見えてるよ。心錬使いくん」

「おい……おいおい」


 女は鎧の重さなど感じさせない軽やかさで、振り返ることなく平然とギドウの攻撃を受け止めた。ギドウの頬を冷や汗が流れ落ちる。とはいえやることは変わらない。これで一発分雷の力を蓄積させることが出来たのだ。

 彼女はギドウを蹴って彼を突き放すと、公平の元へと走っていく。


「……させるかよ!」


 再び最高速度で駆け抜ける。敵が公平を斬る直前で追いついたギドウは、心錬の剣で攻撃を受け止めるとそのまま公平の腹部を蹴って彼を遠ざけた。『うごおお!?』と言いながら吹っ飛んでいき地面を転がる公平に少し悪いことをしたなと思うけれど、この際死ぬよりはマシだろうと思うことにする。


「あんにゃろお……」


 げほげほとせき込みながら立ち上がり、二人の戦いを目で追いかける。どうにかして公平に近づこうとする敵。それを防ぐギドウ。公平はこの際どっちに当たってもいいやと手を前に突き出した。


「『ギラマ・ジ・メダヒード』!」


 その瞬間ギドウは小さく笑った。もう一度当てる。そうすれば公平の魔法が本命の攻撃だと思うはずだ、と。その一方で。敵は輝く自らの身体に気が付いた。


「……ふうん」


 そう呟くと彼女は再びギドウから離れる。彼女にはギドウの狙いは全く分からない。ただなにかあるということは分かった。


「待て!」

「待ちません……」


 だから彼女は。


「よ、っと!」


 自ら公平の魔法へと飛び込んだ。


「……なにぃっ!?」


 同時に魔法を思い切り斬りつける。高威力の攻撃同士がぶつかり合い、先ほどとは比べ物にならないほどに大きな爆発になる。二つの巨大なエネルギーが炸裂し、その衝撃が彼女は大きく吹っ飛ばした。空中を舞う姿をギドウは見上げた。


「一体なんの真似を……」


 そこまで言って言葉が止まる。鎧には罅が入っていてダメージは大きい。それにも関わらず、彼女は兜の奥からじっとギドウを見つめていた。その意志はハッキリと彼に向けられている。嫌な予感が背筋に走った。


「あの魔法使いを殺す前に。まずは君が邪魔みたいだね。心錬使い」


 爆風で吹き飛ばされながらも剣を向けてくるその姿が、『ギラディアン』による影響とは違う、暖かくて眩しい光を放つ。


「『限定解除申請。レベル3』」

「なにか来る……!」

「『リミット1セカンド』」

「『ギド=デイルハード』!」


 一つ彼女が口を開くたびに輝きは大きく強くなっていく。それに伴ってギドウの予感は強くなっていった。もう一度、全力の速度で斬る。ここから先は細かいコントロールを考える必要はないのだ。十分に雷の力は敵の身体に溜めた。あとは一撃を当てて炸裂させるだけである。


「うおおおおお!」


 ギドウが地面を蹴る。落雷と間違えるような音が響いて、公平は一瞬目を閉じる。


「『限定解除承認。レベル3』」


 瞼の裏側の暗闇の中。敵の透き通るような声がした。そして、目を開けると。


「……え?」

「……がっ。あ……」


 心錬の剣を握っていたギドウの腕が落ちる。大地を駆けるギドウの右脚が地面に転がる。左の胸から勢いよく血があふれ出し、雨でぬれる大地を赤色で染めた。片腕と片脚を失ったギドウの身体は力なくその場に崩れ落ちた。


「……ギドウ……?」


 ギドウの最高速度には敵は追いつけなかったはずだった。それがどうしてこうなっているのか。公平にはまるで分からなかった。起こったことの全てが、まばたきをする一瞬のうちに終わっていたのだから。


「ギドウ……。ギドウ!」


 ただ彼の名を呼び掛けることしか出来なかった。距離が遠い。公平の技術ではギドウに回復魔法をかけることが出来ない。 

 赤く濡れた水晶の剣を力強く振って血を払い落とす。鎧の女は深く息を吐いて立ち上がると、背後で倒れるギドウに振り返ることもせずに公平に目を向ける。


「次は君だ。魔法使い」

「お、まえェえええええ!」


 手の中の剣を強く握り締める。敵が一歩前に踏み出すより先に、公平は風の魔法を身に纏う。


「遅いよ」

「ッ!?」


 敵は既に背後に居て、公平が動き出すよりも早く背中を斬られる。攻撃の勢いでその場に倒れそうになって。実際にそうなる前に足を前に出し、身体を支えた。


「む」

「ううっ!だアっ!」


 その足を軸にして回り、剣を振り回す。敵は一瞬早く公平の剣を受け止めた。


「むむ。思ったより冷静だね。その風はスピードアップじゃなくて防御用か」


 ギドウが倒れた今、攻撃を防ぐ者はいない。そして今の自分では彼女の速度には絶対に追いつかない。だから速度では張り合わない。


「これなら。攻撃が効かないなら、お前がどんなに速くたって関係ない!」

「……さて。困ったな」


 言いながら彼女は後方へ跳び下がる。


「っと」


 そのまま地面を蹴って宙へと跳びあがると、剣を横に振った。その軌跡を辿るようにして、巨大で武骨な水晶の槍が形成される。


「なっ!?」

「先にその防御を壊してしまおうか」


 その宣言と同時に水晶の槍が公平に向かって射出される。小さく舌打ちしながら剣に魔力を送り槍に斬りかかる。ずしんと剣に途方もない重さがかかる。水晶の槍が想定以上に硬い。

「……ンなところでぇ!」


 だからといって負けるわけにはいかないのだ。叫びながら力任せに剣を振り下ろし、槍を強引に粉砕する。


「おー。すごーい!」


 笑顔で言って剣を再び振る。さっきと同じ現象が繰り返される。


「この通りまだまだあったりして」

「この……!」


 雨のように次から次へと放たれる水晶の槍。逃げようにも逃げ場がない。一つ破壊するのが精一杯だったのに。この攻撃を防ぐには一つ一つを破壊していたのではもう間に合わない。


「クソっ!『ギラマ・ジ・メダヒード』!」


 突き出した手から放たれる炎が水晶の槍を纏めて焼き尽す。


「……うっ!」


 だがその先には、もう敵が居なかった。


「残念でした」


 声が聞こえてようやく気が付く。既に彼女は懐に入っている。公平のキャンバスと技量では『ギラマ・ジ』クラスの魔法は同時に二つしか使えない。手には『ギラマ・ジ・ギリゾート』を。槍の迎撃のために『ギラマ・ジ・メダヒード』を。そしてそのせいで敵の斬撃を防ぐ風の鎧は消えていた。


「ぐっ……!」

「これで王手だね」


 言いながら彼女は剣を振りかざす。


--------------〇--------------


 赤い視界と痛みと痛みと痛み。その中でギドウはもう自分が終わるのだと理解した。


(オレは一体。何だったんだろうな)


 聖女を倒した時に。家族と師匠の仇を討った時に自分の意味は終わっていたのかもしれない。そこから先は余りの時間。もうすぐに訪れる終わりを待つだけの時間だったのだ。


(まあ。いいさ。それだけでも出来れば満足だよ)


 赤い視界。その中で公平が戦っている。防御を固めて自分より速さで上回る相手に喰らいついている。最善手ではあるが不格好な戦い方だ。その必死な様にギドウは小さく笑う。あの男はいつでも必死でないといけないらしい。自分と戦った時もそうだった。難儀な運命である。


(あんなヤツに負けたのか、オレは。最悪だな。オレの方が絶対強いはずなのにな)

(リベンジは出来なかったな。勝ち逃げされちまった。ムカつくな。きっと勝てるはずだったんだ。オレが本気で戦えば)

(アイツに勝ったら。『ほらみろ。やっぱりオレの方が強い。そんなんで『聖技』と戦えるのか?』とか言ってやろうと思ったのにな。だからオレも手伝ってやるよって)

(アイツは手伝いなんていらねえって言うんだろうな。でもオレはあの『すまほ』っての奪ってやるから。返してほしいならオレにも手伝わせろって言うんだ。それで……イヤでも一緒に戦ってやるんだ)

(……おい。ちょっと待てよ)


 次から次に想像が膨らんできて。ギドウの赤い視界が滲んだ。未練なんてないつもりだったのに。これでは、まるでまだ沢山やり残したことがあるみたいじゃないか。

 それを自覚した時、終わっていくだけの身体に力が漲るのが分かった。


『きっと復讐はキミには向いていないんだよ。それよりも愛とか友情のために戦う方がいい』


 同時に師匠の言葉を思い出して、冗談じゃあないと切り捨てる。


(オレとアイツが友だちだって言いたいのかよ。アンタは。昨日出会っただけの他人だろうが)


 残った左手で心錬の剣を握る。


(もう死ぬだけのオレはもうどうでもいい。残った命はまだ生きていけるヤツを助けるために消費すればいい)


 剣を杖の代わりにして立ち上がる。心はまだ負けていない。心が折れていない限り心錬の剣が消えることは無いし、さっきまで撃ち込んだ心錬の効果──雷エネルギーの蓄積も生きている。


(これは打算だ。誰にだって分かる簡単な計算だ。死んでいくオレより、アイツの命の方が重いってだけだ)


 愛とか友情とか。そんな大それた理由ではない。自分はただ打算のために動くのだ。『心錬の連鎖』の未来のために。

 幸い敵はもうギドウは死んだものと認識していて、公平の懐に飛び込みとどめを刺す直前であった。それならこちらには眼もくれないだろう。


(油断してくれて……ありがとうよ……!)


 ギドウは最期の力を振り絞り、残った片足で地面を思い切り蹴った。そしてそのまま二人の間に飛び込む。


「……!」

「なっ!?」


 水晶の剣が胸を貫く。血を吐きながらもギドウは笑い、雷を纏った心錬の剣を敵の鎧にぶつける。


「──!」


 声を出す力はもう残っていなかったけれど。最期の最期で剣を振るうことは出来た。少しはやり残したことを片付けることが出来ただろうか。自分の胸に問うてみる。


--------------〇--------------


 敵の苦しむ声と鎧が砕け散る音が響いた。


「ギドウ!」


 公平は倒れるギドウの身体を支えた。


「待ってろ……!今回復を……」


 『ゲアリア』『ゲアリア』と。回復の魔法を何度となく繰り返す。しかしギドウの身体の傷が消えることは無かった。


「おい。ギドウ」


 当然、ギドウの目が再び開くこともなかった。


「……おい」


 何かを話す時間もなかった。何も出来ずに彼は終わってしまった。


「ギドウ」


 ただ言葉にはできない『何か』は確かに伝わった。痛みも無念もあっただろうに。こんな自分を、『心錬の連鎖』の住人ですらない自分を守ろうとした、『何か』が。


「いたた……。やってくれたね心錬使い……!」


 公平が顔を上げると敵は既に立ち上がっていた。しかしその身体はボロボロで、鎧も兜も完全に砕け散っていて肩で息をしているような状態である。水晶の剣を握る手も力が入っていないよう感じた。仮面のような笑顔も消えて焦りが見て取れる。


「仕方ないな。こうなったら」


 構える敵の姿を認めると、公平はギドウをそっとその場に降ろして、ゆらりと立ち上がる。


「お前は……!」

「私もこれ以上長引くとキツイんだ。次の一撃で決めるよ」


 女の身体が青白く輝く。


「『限定解除・申請』」


 これが最後になる。公平は深く息を吐いた。

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